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〈その2〉 |
| 4.名古屋行き帰省バス | |
| 5.松山から大阪へ | |
| 6.大阪から東京へ | |
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| ちばのおっちゃん(平成5年1月著) |
| ※ この作品は、「BUS MEDIA」通巻41号に掲載されたものに一部手を加えました。 ※ 運行時刻,経路等は当時のもので、現在のものと違うことがあります。 |
| 4.名古屋行き帰省バス(平成5年1月2日) | ||||
「なんごく特急106号」を下車し、バス待合室を覗く。中にはちょっとした売店があるが、待合室には見えない粗末な造りである。この待合室は19時までしか開いておらず、夜行便を利用する人は駅の待合室を使わなければならないようだ。バス案内所はなく、駅のみどりの窓口へ掘り出し物がないかと行って見ると、1月2〜5日に運行する「名古屋行き帰省バス」のパンフレットが置いてあった(ワープロで作ったようなもの)。帰省バスというのはお盆と年末に運行するものだと思っていただけに、驚きである。そして、なぜ名古屋行きなのかも不思議だった。 駅前にもかかわらず閑散としていたJR松山駅前から、路面電車で松山のもう一つの駅である伊予鉄松山市駅へ行く。こちらは駅とデパート(いよてつそごう)が一緒になっていて、賑やかで活気がある。 地下街の一角にある伊予鉄バス案内所に、伊予鉄バスが運行する「名古屋行き帰省バス」のポスターが張り出されていた。伊予鉄も2〜4日運行予定のようだったが、2日には×印がしてあった。1階高速バス待合室にも同じようなパンフレットが置いてあったのでいただいた(伊予鉄はカラー刷り)。この待合室は暖房が効いていて、利用時間も22時50分までと、「オレンジライナーえひめ号」出発時刻まで使えるのは便利である。併設されたコインロッカーも同じ時間まで使え、こちらに荷物を入れ、観光することにした(JR駅構内のコインロッカーは19時までしか使えない)。 |
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■道後温泉本館は満員札止め |
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| 松山城を見学し、夏目漱石「坊っちゃん」で有名な道後温泉へ行く。正月だと言うのに、道後温泉本館は満員で札止めである。今夜乗る「どっきん松山2号」の出発までは十二分に時間があるし、着替えを持って来なかったため、一度市駅に戻り早目の夕食とした。 | ||||
| 観光客の宴会時間を見計らって(18時頃から始まるし、その頃になれば空くと思った)、再び道後温泉本館へ向かうが、やはり満員だった。名古屋行きの帰省バスを見たかったため、やむを得ず別館「椿の湯」で入浴する。家族連れが多く賑わっていたが、入浴後休憩できるスペースもあり、ゆっくり身体を休めることができた。 伊予鉄の帰省バスパンフレットは「2日×印」で運行中止の可能性があったが、暖房の効いた待合室でバスを待つことにする。出発時刻が刻々と迫って来たが、利用者らしき人が全く集まらない。出発時刻まで待ってみたが、ついにバスは現れなかった。2日×印は予約終了ではなく、やはり運行中止の印だったようだ。予約者が少なかったのだろう。 |
![]() ▲ 松山城 |
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| そして、今夜乗車する「どっきん松山2号」とJR便名古屋行き帰省バスの始発地であるJR松山駅へ移動した。前述したとおり、すでにバス待合室は明かりが消され、閉められていた。 | ||||
■名古屋行き帰省バスを見送る |
▲ JR四国バスの名古屋行き帰省バス |
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| 21時10分、ボディに水色と黄色のラインのJR四国バスが1台入って来た。乗り場には数人が荷物を持っていた。「名古屋行き帰省バス」という表示はなく、前面方向幕には「JR四国観光」の表示である。乗り場に横付けされ、乗務員が降りて来、「名古屋行き帰省バスです。」と言うまで分からなかった(運転席前に高速バス同様「路線バス」の表示を出していた)。 早めに入線したため、これから利用者が集まるのだろうと思っていたが、出発時刻が近づいてもあまり増えず、20名程度の乗客だった。伊予鉄が運行中止にしたのもうなずける。そして、21時30分、バスは多数の空席のまま名古屋へ向けて出発して行った。 |
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| 5.松山から大阪へ【どっきん松山2号乗車記】(平成5年1月2日) | ||||
名古屋行き帰省バスを見送り、駅構内の待合室へ入る。道後温泉で入浴したのは良いが、湯冷めをしたようだ。伊予鉄バスの待合室ほどではないが、暖房が効いていて助かる。すでに路線バスも路面電車も運行が終了、見るものもない。壁際のベンチがちょうど空いていたので、寄りかかりながらボーッとして時間をつぶす。 帰省バス同様、「どっきん松山2号」も早めに入線するのではと、20分ほど前に乗り場に出る。外はだいぶ冷え込んでおり、暖かい缶コーヒーを飲んで身体を暖める。飲んでいる間にJRバスが入って来た。水色と黄色のラインではなく、ピンク色が見える。今日の「どっきん松山2号」は西日本JRバスの担当だ。 寒いため何枚か写真を撮るとすぐに乗り込んだ。やはり風邪を引いたようで、乗客がどのくらいいたのか確認するのを忘れてしまった |
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■オレンジライナーえひめ号と同時運行 |
▲ 西日本JRバス担当の「どっきん松山2号」 |
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| 22時50分、すべての乗客が乗り込み、次の停車扱いとなる「大街道」バス停へ向け、バスは走り出した。「大街道」では2名が乗車し、「道後温泉」へと向かう。「道後温泉」駅前バス乗り場には10名ほどの人がバスを待っていたが、「どっきん松山2号」に乗車したのは1名だけだった。伊予鉄・阪急バス共同運行の「オレンジライナーえひめ号」も同時刻運行で、誤乗のないよう乗務員も乗車券を良く確認し、便が違うことを説明していた。 23時12分、定刻よりやや遅れて、いよいよ堺東駅へ向けてバスは出発した。駅前でバスが方向転換していると、「オレンジライナーえひめ号」が2台、阪急バス担当で入って来た。すでにカーテンが閉められていたため、残念ながら乗客がどれくらい乗っていたのか分からないが、2台運行と道後温泉からの乗客数を考えれば、こちらの便より多かったと思われる。 |
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■二つの理由でなかなか眠れず |
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| 道後温泉を出ると、すぐに車内案内のビデオ放送があり、間もなく消灯になった。体調が良くないので、シートを倒し寝ることにしたが、前席に座った学生が読書灯を点け、さらにカーテンを開けているため眠ることができない。目を閉じて眠る努力をする。 ウトウトし始めると、今度はバスの振動で眠れなくなる。松山からいよ西条までは一般道を走らなければならないが、揺れがすごい。昨夏(平成4年)、金沢へ行ったときも、北陸道での揺れで早朝目を覚ましたが、それ以上である。計画はあるようなので、一日も早く松山まで延長して欲しいものだ。 松山道に入ると揺れもなくなり、落ち着いて眠ることができた。 |
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■瀬戸大橋を通過 |
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| 薄暗い明かりと人の声で目が覚めた。 「ここで10分間休憩します。」 とのことで(寝ぼけていたためはっきり聞き取れなかったが、何名かバスから降りたので休憩だと分かった)、時計を見ると0時59分を指していた。時間的には豊浜SAのようだ。 |
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| 寝ぼけ眼をこすり、カメラを手にして車外へ。タバコを口にし、バスの後ろへ回って見る。阪急バスが2台、「オレンジライナーえひめ」の表示を煌々と点けて止まっている。しっかり乗降口とカーテンが閉められているので、乗客は降車しての休憩はできないようだ。 1時07分、再び乗客を乗せ「どっきん松山2号」は闇の中へ入って行った。 「瀬戸大橋は何時頃通過しますか。」 と、松山で乗車する際聞いていた人がいた。今回はちょうど窓側3C席になったことだし、目が覚めてしまったので、カーテンの継ぎ目に首を突っ込んで外を見ることにした。これなら中に光が入らないだろう。 1時36分、坂出ICを通過し、いよいよ瀬戸大橋になる。右手の工場群の明かりがまぶしい。しかしそれもつかの間、工場群の明かりが見えなくなると海上は真っ暗、幾つか停泊している船が細々と明かりを点けている程度で、残念ながら期待はずれだった。 |
▲ 豊浜SAで休憩している阪急バス担当「オレンジライナーえひめ号」 |
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■瀬戸大橋を過ぎ深い眠りに |
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| 瀬戸大橋を渡り切ると、霧が出て来て周りが見えなくなる。早朝6時到着を考え、再び眠りにつくことにする。体調は良くなってきたようだ。一般道とは違い心地よい走りのため、すぐに眠ることができた。福石PA、加西SAの休憩には目が覚めなかった。 |
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| 5時10分頃だったろうか、一般道の揺れと車内の明かりで目が覚めた。外はまだ暗いが、もうすぐ「なんば高速BT」である。 「間もなくなんば高速BTに到着いたします。」 との車内案内放送で他の乗客も目を覚ましたようだ。所々のカーテンが開き、網棚から荷物を下ろす人もいる。急勾配の坂道を上がり、南海難波駅、サウスタワーホテル5階に造られたBTに到着、5時37分である。 何名かを降ろし(寝ぼけていたので何名降りたかはっきりしないが、10名はいなかったと思う)、再びバスは一般道へ戻る。約20分後、堺駅に差し掛かるが、下車する人がいないと言うことで通過、6時09分、終点堺東駅に到着した。11分早着である。 まだ夜も明けず、明かりが点いているのは南海堺東駅だけである。どうしようかと路頭に迷っていると東京からの「ドリーム堺1号」が到着、乗客を降ろし始めた。見に行ったが、あまり利用者はいなかったようだ。 |
▲ 堺東駅に到着した「どっきん松山2号」 |
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| 6.大阪から東京へ【ドリーム大阪4号乗車記】(平成5年1月3日) | ||||
堺で時間を潰そうかとも思ったが、関西立ち寄りの理由は「初笑い」である。大阪へ向かうために駅に入った。改札を抜けコンコースに出ると、大きな看板が目に入る。南海電鉄バス「サザンクロス号」の運行案内だった。 |
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■「阪急三番街BT」と「なんば高速BT」を見学 |
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| ひとまず南海電車と地下鉄を乗り継いで大阪駅まで出、朝食を済ませる。荷物をコインロッカーへ預け、「桜橋口」と「阪急三番街(梅田)BT」を見に行く。三番街BTの阪急バス案内所で千葉・TDL行きの予約状況を聞いてみたが、満席だった。 頃を見計らい、難波へ戻る。サウスタワーホテル5階へ上がり、今朝方車内から見た「なんば高速BT」を見に行く。思ったほどの設備が無く、「これがBTか?」と疑ってしまった。いくつかパンフをいただき、「初笑い」のために「なんばグランド花月(NGK)」へ向かった。 |
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■お笑いと演芸を楽しむ |
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| NGKに着いてみると、すでに立ち見になっていたが、入場料を払い(正月特別料金で3,500円、高いような安いような、何とも言えない金額)、約2時間、3,500円分をしっかり笑う(笑わな損ヤ)。 適当に昼食を済ませ、道頓堀辺りをぶらつく。ドリーム号に乗るのには十分時間があるため、今度は松竹「浪花座」へ。こちらは入場料2,000円と吉本より安かったが、その分(?)活気とテンポがやや落ちていたような気がした。それでも夕方までゆっくりと演芸を堪能した。 17時過ぎに大阪駅に戻り、地下街や阪急三番街を歩き回り、書店で立ち読みなどして時間を潰す。大阪駅中央コンコースには、夜行列車で行くスキー客でごった返していた。 夕食を済ませ、19時頃から暖房の効いている桜橋口の西日本JRバス待合室に入る。昼行便のハイウェイバスもほぼ終了していたが、中国道での渋滞で到着がだいぶ遅れている便が多く、窓口担当者も気が気でないようだった。 |
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■大阪〜東京便はすべて満席 |
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| 最初の夜行便は22時00分発の「ドリーム大阪2号」だが、私同様、夜行便を利用する人は皆早目に集まってくる。なかには飛び込みで窓口に駆け込む人もいる。 「東京行きはすべて満席で、横浜行きなら乗れるんやけど、観光バスなんですわ。うち(西日本JRバス)も初めてなんで、よう分かりまへんけどね。あとはキャンセル待ちでんな。9時からここでやりますから。」 と説明している。何名かはその横浜行きの乗車券を購入していたが、夜行列車に流れていった人もいたようだ。 21時(9時)からキャンセル待ちの受付が始まり窓口へ行く人がいるが、皆東京行きのキャンセル待ちだ。やはり「ドリーム大阪号」は盛況だ。 21時40分、乗り場へ出て「ドリーム大阪2号」の入線を待つ。間もなく西日本JRバスのWD車2台とSHD車2台が入ってきた。そしてほぼ満席の状態で、定刻22時00分に出発して行った。 |
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「ドリーム大阪2号」が出るとすぐに「ハーバーライト大阪2号」が入線した。通常便は西日本JRバスが担当で2台、窓口で小耳にした観光車は神奈川中央交通の1台である。神奈中ではお馴染みのマグネットボードを車体側面と後部に張り付けてある。今回の増発便はあまり利用者がなかったようで、空席を多数残し(乗客は1人で2人分の座席を利用できたと思う)、22時20分、西日本JRバスの通常便に続いて出発して行った。 |
▲ 「ハーバーライト大阪2号」の神奈中観光車続行便 |
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「ハーバーライト大阪2号」が出発し、5分もすると「ニュードリーム大阪2号」が入ってくる。こちらは西日本JRバスが2台、JRバス関東が1台の担当。この頃から乗り場に多くの人が集まってきた。「ドリーム大阪4号」の利用者だ。やはり低運賃であり、東京ディズニーランド行きということで、学生が多い。多くの乗客を乗せた「ニュードリーム大阪2号」が出て行くと、さらに待合室で暖を取っていた人達も出てきて、乗り場はさらに賑やかになった。 |
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■「ドリーム大阪4号」5台運行 |
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| 22時45分、「ドリーム大阪4号」の3号車表示を出したWD車が入線する。それに続いてWD車、SHD車が入る。この日はWD車3台、SHD車2台の計5台、すべて西日本JRバスの担当である。改札が始まり、乗務員が乗車券を確認し案内する。 今回はWD車には乗れなかった。乗車券には「ドリーム大阪4号増4号車9番B席」と書かれている。私も改札を受けて乗り込む。荷物を網棚に乗せ、手持ちのエアークッションを膨らませている間に皆乗り込んだようだ。私の隣の9A席と前の方に一つ二つ空席が見られた。 出発時刻の23時00分になっても、乗降口の扉が閉まらない。キャンセル待ちの乗客処理に手間取っていたようだが、この4号車に乗車する人もなく、23時09分に出発した。車外には見送りの人が多数残り(親類か友達か)、手を振って別れを惜しんでいた。 |
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■渋滞も気にせずグッスリ |
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| 駅を出ると車内案内のビデオが流され、バスはスムーズに進む。出発時の余韻も収まり、間もなく消灯になる。私も後ろの老夫婦に断り、シートを倒して休むことにする。高速道に入ると渋滞にぶつかった。この時間(23時過ぎ)になっても解消されていないようだ(大阪駅の待合室窓口で、夕方、高速道が事故か何かでで渋滞していることを知る)。止まっては進むバスにやや気を揉みながらもいつの間にか眠っていた。4泊5日、うち車中3泊の旅の疲れが出たのだろう。 翌1月4日、目が覚めたときには、すでに首都高に入っていた。多賀・三ケ日・足柄の休憩、江田・向ヶ丘の降車には全く気が付かなかった。後ろを覗くと10C・D席の二人はいなかった。 霞が関を6時55分に通過、 「間もなく東京駅に到着いたします。」 の案内放送に、身支度を整えたり、網棚から荷物を降ろし始める。 |
▲ 東京駅八重洲北口に到着した「ドリーム大阪4号」続行4号車 |
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■東京駅に到着 |
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| バスは東京駅八重洲北口へ回り、7時05分、21分の早着である。下車して周りを見渡しても他の「ドリーム大阪4号」はいない。すでにTDLへ向かったのかと思っていると5号車が入って来た。その後ろに東京駅〜TDL間運行の「ファンタジア号」着く。北口車両整理の方が「ファンタジア号」の運転手に何か言っている。 するとWD車が連なって3台入って来た。この3台は本来の降車場に着けられなかったが、乗客を降ろし始めていた。 「ファンタジア号」は北口脇に造られた駐車場に回り、私も回って見ると、4号車とつくば行きのJR関東・関鉄バスが、それぞれ時間調整をしていた。WD車を見送り八重洲南口へ行くと、四国から到着した「ドリーム松山2号」(JR四国担当)が降車を終えて回送するところだった。何の因果か、四国から戻ったときに四国からのバスを見る。再び四国へ行こうと強く心に誓い、おじさんの約2,000キロに及ぶ一人旅が終わった。 |
▲ 東京駅八重洲南口に到着したJR四国担当「ドリーム松山2号」 |
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