石屋川
石屋川本流の写真はそろいました。
2005/07/12カウンターのデザイン更新、最近は、私用は読書とニフティー内のサイエンスフォーラムの方に回ってホームページは更新していません。
石屋川は、神戸市の東灘区と灘区の境目を流れている小さな川です。
御影石という墓石等に使う石がありますが、昔は六甲山系の花崗岩の事を御影石と言っていました。その名残で「御影」と言う地名が残っています。ちなみにこのホームページ作者は「御影 石町」に住んでいます。石屋川の近くには「御影町 石屋」と言う地名も残っています。又、1998年に移転するまでは「御影石材」と言う石屋さんが川の横にいたりしました。 御影石の加工をする石屋がこの川の付近に多かったので、石屋川という河川名がついたと言うのがこの川の由来だそうです。
ちなみに「日本で初めての鉄道トンネル」である。「石屋川トンネル」はこの川があまりにも高い天井川のために、当時の蒸気機関車の馬力では、スロープを上がって、橋を越えることができなかったこと、川底の高さが家の2階半以上有り、平地レベルで走っていても充分トンネル高さを確保できることから、作られることになりました。このページの下の方に、「天井川の特集」と言うページへのリンクをもうけております。鉄道ファンの方は見に行って下さい。
「「みんなで詩を作ろう」に参加している皆さん、自分のメールアドレスが間違っていました。正しくは
DQA01044@nifty.ne.jpでした。
今回っている文章は、メールアドレスの「t」が抜けているので、今回っているアドレスでは、エラーメッセージがでて不達メールになります。
すみませんでした。また、その間にどんな詩になっているのかがわからないので、詩の内容には全く責任が持てません、もし気を悪くされるような内容になっていたら、たぶんそれは改詩改作された結果だと思うので、自分のせいにはしないで下さい。元の詩を見たい方は、上記アドレスに連絡頂ければ、返信いたします。」
あなたは、
人目に見た人です。
今回は、
本流の部分のシリーズは完結したのですが、番外編−1として 昨年の夏に建った
「日本で初めての鉄道トンネル 石屋川隧道跡(機種依存文字の方はすみません隧道=トンネルのことです)」
について書いてみます。
石屋川トンネルというものがあったことについては天井川の特集のページでも触れていますが、今回、2003年に記念碑・記念プレートが建ったと言うことで再度特集ページを作ってみました。
記念碑は石屋川公園内の遊歩道にある説明版と、実際にあった場所にある高架下の堤防土手の地点にある石碑との2組でできています。
石屋川公園内の川に対して東側の遊歩道を上っていくとJR西日本の交差地点近くで次のような記念プレートが見えます。
記念碑に書かれている内容は、写真の所をクリックすると見れるように作っていますが、プレート上の写真を正確に写すためと、書かれている字が小さいので、あえて200万画素無圧縮でのリンクページとして作っています。
その為電話回線やISDN回線の方だと表示に時間がかかりますのであらかじめご了承下さい。
明治7年、大阪から神戸間で今のJR線が開通したときの事、芦屋川・住吉川・石屋川の3つの河川は、線路が天井川になっている場所に当たり、川底が他の地区よりもはるかに高いために、坂を造って橋で越えるということができずに、川の下にトンネルを掘って、川くぐりで通過することになったのです。
そのうち石屋川のトンネルが一番早く明治4年7月に完成したそうです。そのために石屋川隧道(機種依存文字の方はごめんなさい「ずい」と言う漢字が入っています。ずいどう=トンネルのことです。)は日本初の鉄道トンネルとして、記録に残ることになったのです。ただし現在はJRが高架線になった為に石屋川トンネルは埋められてしまっています。2本の側道の真ん中の高架橋の下にあったそうです。
石屋川トンネル周囲の川の風景
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石屋川トンネルの跡地の川の南側の風景 |
石屋川トンネルの跡地の川の北側の風景 |
現在でも、川の下には道路トンネルが2本走っているために、漏水防止のためこの部分の川底はコンクリートで固められています。
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石屋川トンネル近くの川下の道路トンネル。左に見える柱がJRの高架線になった橋桁で、道路の上の橋に見える部分には、石屋川が流れています。 |
石屋川隧道の跡地には、その場所を後生に残すためにに記念碑が2003年に建ちました。
石屋川隧道は、旧国鉄の高架線工事のために、また天井川である石屋川の土手の強度を高めるために埋められたために現在は残っていません。
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石屋川トンネルというものがあったことについてと同時期に造られた、住吉川川下鉄道トンネル、芦屋川川下トンネル、辣いては天井川の特集のページでも触れていますが、今回、記念碑が建ったと言うことで再度特集ページを作ってみました。
ただ川を見るのが好きな者ですが、近くの石屋川をテーマに写真をHPを作っています。
たまに町内会の大掃除で3ヶ月に1回ぐらい、「上石屋地区の近くだけの」川掃除に行くことがあるぐらいです。
阪神淡路大震災の時、この川からと御影小学校からバケツリレーをやりました。興味のある方は下の文字を押して下さい。
3面張りの問題点バケツリレーをやってみて。できれば見て下さい。
最確数法の器具の改善案細菌試験で使う器具の改善案です。今のところ遊びです。
The improvement proposal of the MPN method.htm 最確数法の英語版(翻訳ソフトによる一括変換)版です。
| 石屋川シリーズ(気の向いたときに更新) |
| 石屋川 | 一様ホームページ。阪急線から、砂防ダム内の畑までを撮ってきました。 |
| 渇水期の下流部 | 2000年08月渇水期の水無し川になっている河口部の写真を撮ってきました。 |
| 石屋川公園(下流部) | 石屋川公園の2回目です。国道2号線から阪神電車を経て下流のの写真です。 |
| 石屋川公園(中流部) | 石屋川公園の1回目です。JR線から国道2号線までの人工河川が流れているところ写真を撮ってきました |
| 石屋川公園(上流部) | 石屋川公園の3回目です。JR線から阪急線までの写真を撮ってきました。 |
| 上流部(下) | 阪急線から、砂防ダム内の畑までを撮ってきました。 |
| 上流部(上) | 1999年11月石屋川本流の方の上流の方の写真を撮ってきました。 |
| 防災ふれあい公園 | 1999年07月24日に「防災ふれあい公園という公園ができました。 |
| 水量増加実験 | 1999年8月建設省の「阪神疎水構想」に関係して、「水量を増やす実験」という実験が有りました。 |
| 石屋川トンネルの記念碑 | 「日本で初めての鉄道用トンネル石屋川トンネルの記念碑」の特集ページです。 INDEXページのミラーページです。(将来更新のため) |
| その他の作成したページ |
| 沢の井 | ※御影の町に有る井戸です。 |
| 天井川の特集 | ※更新後は画像が多いため開けるのに時間がかかります。時間に余裕がある時に見て下さい。 石屋川の名所で、鉄道ファンなら知っているはずの「石屋川トンネル跡」等の写真があります。 |
| 自己紹介 | 作者 伊豆倉 正敏 の自己紹介です。 |
タダ川を見るのが暇つぶしで、掃除とかは何もしていないという怠け者ですが、ホームページのネタがないので、石屋川をテーマに作っています。
| 他の人へのリンク |
| サイエンスフォーラム | @ニフティのフォーラム廃止に伴いfolomy - みんなでつくるコミュニティ -というサイトへ移動しました。 |
| 化学の広場 | サイエンスフォーラムのWEB化に伴い共通で使うようになったフォーラムです。今までは見ているだけでした。 |
| 【環境】私たちの暮らしの未来 | 上記2フォーラム共用掲示板です。 最近の生息域。 検出頻度が高めです。 |
| 安形さん |
| 名水大全 (ホームページ) |
http://homepage1.nifty.com/agatashi/meisui/ | 日本中の名水2600種類を集めたページです。 |
| 名水大全 (兵庫県) |
http://homepage1.nifty.com/agatashi/meisui/meisui_hyogo.htm | 上記の内兵庫県版です。 |
| 長谷さん |
| べんとや長七食堂 | 弁当屋さんのサイトですが、阪神大震災の時に同じ御影石町3丁目にいたと言うことで、震災関係者として相互リンクを貼っています。 | |
| 阪神大震災・災害に備えよう | http://longseven.at.infoseek.co.jp/new_page_20.htm
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上記の内震災の話題の部分です。 |
| 數越達也さん |
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昭和52年有珠山噴火と平成7年兵庫県南部地震(阪神・淡路大震災)を体験した理科教師が制作する防災・減災教育を考えるウェブサイトです。 |
| 1995年阪神淡路大震災被災者の教訓集 | この教訓集は@niftyサイエンスフォーラムにおいて、伊豆倉 正敏(自分です。)の原稿に伊豆倉恵子と数越 達也氏が意見を出して共同でまとめたものです。 地震は「自然災害」ですが、その後の対策の間違いや遅れは「人災」です。「あの時ああしていれば良かった」ということが無いようにするためにも、この教訓集を参考に使って下さい。 |