ライムント・ホーゲ論
10月5日(日) 14:00横浜赤レンガ倉庫1号館ホール
ライムント・ホーゲ:レクチャー・パフォーマンス「Throwing the body into the fight」
(振付・演出・脚本・出演:ライムント・ホーゲ)
(共同制作:ルカ=ジャコモ・シュルテ)

今回の公演[ Throwing the body into the fight ] はレクチャー・パフォーマンスと銘打って、これまでにホーゲが制作した作品から選んだシーンを幾つか演じながら、合間に作品の経緯などを話すという趣向。舞台の中央に正座して行うこの講演自体も一種の身体パフォーマンスであり、講演と身体パフォーマンスが渾然一体となった面白い公演だった。しかし、圧倒的にインパクトがあったのは、昨年の初来日公演である[ Another Dream ] (初演:2000年)だ。このときの観劇体験は非常にユニークで、私は寡聞にして似たようなパフォーマンスを見たことがない。そこで、ここではもっぱら昨年の公演を念頭におきながら、私の”ホーゲ体験”とは何であるか書くことにする。

観客の意識を変えてしまう特異な作品構造
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"Another Dream" (2000)
©Luca Giacomo Schulte
彼のパフォーマンスの最大の特徴は、作品の構造的特徴にあるので、それをまず説明したい。なお、レクチャー・パフォーマンスで取り上げられたシーンも、どれも構造的特徴は[ Another Dream ] と同じであった。これらは、[ Another Dream ] よりも古い4作品からピックアップされているので、この特徴はホーゲの舞台全般のもの(少なくとも2000年までの)と考えて良さそうだ。

舞台は終始薄暗い。音楽が絶えず流れている。ほとんどの場合、加工したりせずに曲全体をまるまる掛けて、一曲終わったら、すぐに次の曲が始まることが多い。音楽は古いポピュラーソングやキャバレーソングが多い。そして、原則として、一つの曲が流れている間は、ホーゲはたった一つのことしかやらない。それもごく簡単な行為だ。例えば、舞台の壁(実際には暗幕)を掌で触りながら、壁に沿って下手の端からずっと歩いていく。あるいは、ポケットから虫眼鏡を取り出して、それを肩の前辺りに掲げて歩く。レンズを覗くような演劇的身振りは一切見せない。彼の動作はだいたいがノンビリとしたスピードで行われる。曲ごとに行為を変えながら、こうしたシーンを延々淡々と続ける。[ Another Dream ] の場合は、シーンの合間に「I remember...」で始まる記憶の叙述(「・・・こう思った」「・・・こう感じた」とは言わない。ただ覚えている出来事を事実として語る)を挟む。こんな調子で[ Another Dream ] ではたっぷり2時間やったと思う。途中でちょっと「春の祭典」が掛かったりして、舞台は劇的空気を帯びるのだが、そういうときも激しく動いたりはしない。ストラヴィンスキーはむしろアンチクライマックスな笑いを誘う。

当然、だんだん眠くなってしまうのだが、一方で、これは面白い公演/つまらない公演という判断が下せるような種類のものではなく、何か特別な儀式に立ち会っているのだ、という感覚が立ち上がってくるのだ。そして、この儀式によって生まれる特別な時間をしっかりと受け止めることが自分の務めだ、という意識も芽生えてくる。そして、見終わったときに、清々しい気持ちになっている自分がいる。

極限まで絞り込みこみ、行為そのものだけが残る
彼のやっていることは極めて単純で簡素(準備に労を要するような装置や衣装はなにもない)で、さらには単調なのに、どうしてこんな力を持っているのか。

それは、見かけの素っ気なさにもかかわらず、実は非常に完成度が高く、厳しく磨き上げられているからだと思う。適切な選択のもとに極限まで絞り込まれたシンプルさから、驚くような強度が生まれる。

ホーゲの行為は極めて単純で、単なる日常動作と言えるほどに容易なものだが、彼は極めて正確に動く。1曲演奏し終わるまでの間、2〜3分は持続するわけだが、その間に行われる反復にはまったくムラがない。彼の動作は、再現性が高いという意味でも、ニュアンスを含まないという意味でも、機械的反復と言える。このことは、今回、ワークショップ参加者(前日と前々日にWSが行われた)が一人、途中で登場して、ホーゲと同じ行為をやって見せたときに、びっくりするほどの鮮明な違いとなって浮かび上がった。

2日間WS受講しただけのその男性には申し訳ないが、彼の動きは正確さに欠いていた。それだけでなく、彼が振付に物足りなさを感じていたり、確信が持てず意識が安定しないでいる様子が、動きの質感のムラとなって表れていた。こういう演技を見せられるのと、ホーゲのような演技を見せられるのでは、観る側の関心がまったく異なってくるということに気づかされた。

彼の動きには確かに彼独特の質感がある−−彼は独特な人間だが、そういうことではなく、誰もが持っている「その人らしさ」(motion signature のようなもの)がはっきりと感じ取れる。しかし、彼の内面的な変化を暗示させるような表出や何か行為にニュアンスを与えるようなアクセントは一切見られない。残されたものは、彼が示す行為そのものだ。だから、行為と彼自身との関係(行為主体としての彼自身の状態の変化)を彼の身体から探ることは出来ないし、ましてや行為の意味を彼の身体に尋ねることは出来ない。では、情感や意味は捨ておいてムーブメントそのものを楽しめばいい(フォーサイスが言ったように)のかというと、ホーゲの場合、執拗に繰り返される行為には何度も見て楽しめるほどの面白さもない。そうすると、観客は、音楽や彼が挿入するテキストにヒントを求めるか(*)それも飽きたら、あとは、彼が自分に課した課題をやり遂げるのを見届けようという気持ちになる。

彼は行為の影に消失し、そして英雄となる
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"Throwing the body into the fight" (2000/01)
©Rosa Frank
どうして、彼が遂行し終わるのを退屈した気持ちで待つことにはならないのか。一つには彼には身体的なハンディがあるからだ。彼の背中の右半分には大きな瘤が盛り上がっていて、そのために左半分も歪められている(そして、とても背が小さい)。彼は[ Another Dream ] でも今回の公演でも、パフォーマンスの一環として、上半身をはだけてその背中を観客に晒してみせた。彼のハンディは彼の公演では無視できない大きな要素であり、彼がパフォーマンスを始める一つの契機となっただろうことは想像に難くない。実際、彼はこう書いている−−「私が舞台に立つことになった出発点の一つは私の身体です」。そして、こうも−−「この身体によって私は、美しい身体の持ち主とは異なる可能性、そして時には彼ら以上の可能性を手にしているのだと考えています」(当日のプログラムからの訳)。

そこで彼が取った驚くべき戦略は、自分に対する凄まじい厳格さで、行為に付随する身体のもろもろの表出を徹底的にそぎ落としていき、観客が一旦、彼のmotion signatureに慣れてしまうと、もはや観客の目からは彼が消失して、後には行為だけが残るようにしたのだ−−これが退屈しないもう一つの理由だ。そんな風に動くことは、”美しい身体の持ち主”にとっても容易なことではない。

彼の単純さへの徹底ぶりは、移動の道筋や位置の選び方にも表れている。軌跡はほとんどが直線だ。それも、矩形に仕切られた舞台の床に対して、辺に平行かあるいは対角線上というように、幾何学的な単純さを重視した歩き方をする。[ Another Dream ] では、小さなたくさんのロウソクに火を点けて床に並べて、その間に横たわるという行為を場所を変えながら繰り返していたが、こういう場合も、床面における対称性を重視して場所を選ぶ。それは場所に対する西洋人らしい感覚(対称性、支配的布陣への好み)の表れであると同時に、極力恣意的な要素や気まぐれな身振りを排除しようとする意志の表れでもある。

こうして到達した見かけの単調さと、その背後にある厳しい求道的な態度は、彼を英雄的に見せる。そして、パフォーマンスに対しては、宗教的儀式のような崇高さが与えられる。誤解のないように付け加えると、「身体が不自由なのに、偉いね」などというようなレベルの話ではない。実に見事なのだ。彼の戦略は、通常のダンサーのように飛んだり跳ねたりできない自分が、どんなことに挑戦しうるのかを探求した末に選んだ、一つの真摯な選択と言えるだろう−−パゾリーニからの引用である「Throwing the body into the fight」という言葉が彼の決意を示している。そして、この真摯さの強度は彼の身体的ハンディとは直接関係がないのだ。

いったい、これは儀式なのか? いかなる事態に自分は立ち会っているのか?−−観客は自問せずにはいられない。行為主体が消失して行為だけが宗教的な光を放って残っているというのに、それでいて舞台空間の全体は、ライムント・ホーゲという一人の闘う男によって支配されているのを私は感じる。まるで、武道の達人とでも向かい合っているかのようではないか。私は彼に降参し、そして、彼から勇気を貰う。

(2003年10月11日記,稲倉達)


(*) 私がテキストや音楽の意味性を簡単に通り過ぎてしまい、このホーゲ論が真っ直ぐに彼の行為へと向かっているのは、私自身の限界によるところだ。私は彼の語る英語をおそらく7割くらいしか理解できていない。さらには、ドイツ現代史に明るかったり、それぞれの歌がどの時代のどんな気分や出来事と結びつけられているのかピンと来る人だったら察知しただろう、ホーゲがテキストや選曲に込めただろう暗示にも気がつかない。だがしかし、そうした情報が彼のパフォーマンスの本質であるとは思えない。彼のパフォーマンスは、彼と知識を共有しない人々にも開かれているはずだ

Raimund Hoghe
1949年ヴッパタール生まれ。ジャーナリストとして出発し、アウトサイダーや著名人の評伝をドイツのニュース週刊誌「Die Zeit」に発表していた。1980年から10年間、ヴッパタール舞踊団で、"artistic advisor"を務める(ドラマツルギーという言い方もされる。シーン作りで脚本家的な役割を果たしたということか?)。1989年からはダンサーや俳優のために劇場作品の演出などを手掛けるようになる。1994年、自分自身が舞台に立つソロ作品[ Meinwarts ] を発表。これは他の2つのソロ[ Chambre separee ] (1997)、[ Another Dream ] (2000)とで「20世紀についての三部作」になっている。ジャーナリストとして著書が数冊あり、そのうち1冊が邦訳されて『ピナ・バウシュ タンツテアターとともに』(三元社)として出版。2001年にGerman Producer賞の振付部門を受賞している。最近はサッカー選手とともに舞台に立つ作品を発表したそうだ。