Topindexに戻る 私の寄り道サイト 南会津の山登り

尾瀬 御池〜上田代

1990.4.21(土) ●→○  

メンバー:大村健次、 橋爪 俊、森田英夫、広川清美(東京雪稜会)、初鹿裕康(プリムラ山の会)高橋正行(あざみ山の会)  

タイム:中土合公園7:10→七入9:55→御池12:00〜13:15→上田代上部(1650m)14:00〜14:10→御池14:27〜14:45→七入15:50


前夜、中土合公園前の駐車場でテントを張る。村営バスの音で目を覚す。森田はテント撤収中す巻になってからようやく目を覚す。
そして目的地の御池へ車で向うが、なんと、ナンート!七入橋を過ぎるとそこにあったのは「コンクリートブロックの立入り禁止の立札」であった。皆ガックリする。雨が降っている中テントを七入駐車場に張る。フライシートのないジャンボテントは、雨水が漏れて来ている。そんな中朝食を軽くすます。雨足はますます激しくなって来る。テントの底に雨水がたまり車に避難する(皆に不安が生れる?)幸い七入キャンプ場に屋根付き休憩所があった。そこへびしょ濡れのテントを張ったまま運ぶ、これでテントを乾かせる。しかし雨はやみそうもない、ラジオ情報は「土、日晴れでところによっては雨」と言う。「リーダーどうするの?」「うーむ」「どういうルートで行くの?」「‥‥うーむ」とリーダーははっきりしない。(リーダーは七入からのコースを考えていなかった) 雨は小降りになっあたが、降続いている。橋爪、森田の説得力ある発案で「ブナ平-御池-燧ヶ岳」のコースを行くことにする。
時刻は10:00遅い出発となる。コンクリートブロックを横目に見ながらアスファルト道路を歩き出す、ザックが軽いのと雨がやんだのが唯一のすくいか、スニーカー、プラブーツ、登山靴、スキー兼用靴とバラバラのスタイル急傾斜の道路を歩く、一つ目のヘアピンカーブを過ぎたところで、(1)初鹿、高橋は歩き、(2)そして森田も歩き、(3)橋爪は道路脇からシール登行、(4)そして広川、大村は続いてシール登行と4つのグループに分れる。初鹿組は早く道路の先へ行って見えなくなる。橋爪は登りづらい急斜面にもかかわらず、電光型登行で見えなくなる。最後に残された広川組はスキーにシールを貼り、道路脇の藪の急斜面を登り始める。-略-
 3回の道路横断が終ると、広くて平らな林に出る。「ここがブナ平だな」と思いつつ流れる汗をぬぐう。50m前には森田がスキーにはきかえて滑り出そうとしていた。追いつけるかなと思いきや森田はブナ林のなかへ消えて行った、山スキーがピッタリ似合っている。-略- 天気が良くなってきて日差しがまぶしいくらいだ。静かなブナ林、白樺林の歩行(スキー)は、さわやかで楽しい! 平坦な雪面だと体力に勝る広川は素早く、大村はついていくのがやっとだ。約1.5kのブナ平を過ぎると、傾斜がきつくなり」、またアスファルト道路に出る。少し歩いて行くと左手に緑色のトタン屋根が見えてくる。御池ロッジだ。その手前に、小型バイクが2台置いてありうらやましいく思う。そこを過ぎると橋爪、森田、高橋、初鹿らが、除雪後の駐車場の路上で酒を酌み交しながら待っていてくれた。少し休んでから初鹿、橋爪はの2名は燧ヶ岳に向った。(村ケン)

リーダーの大村に、14:30までに戻ると約束して、 元気な初鹿と橋爪は、 入深沢ルートの偵察を兼ねて出発。御池は福島県土木課の除雪車がフル回転で駐車場の除雪中だ。御池田代を横断し緩い沢状部に入る。右の小尾根に上がりしばらく行くと突然前方が開け上田代だ。 標高も1600mを越えている。時間切れで上田代の上部、標高1650m地点で引き返す。 前方には入深沢と出戸深沢、 2本の沢がはっきり確認できる。入深沢は熊沢田代への最短ルートだ。
上田代の上部を滑り御池田代に続く沢状部に入る。4〜5回ターンしたと思ったら、もう御池田代だ、 あっけない。 御池に戻るとみんな道路上に寝ている。困ったパーテ ィだ。初鹿と橋爪は下りも先行、少し車道を戻ってからブナ平に入る。 斜度は緩くあまり滑らないが、ブナ林の中をのんびり下るのも悪くない。七入に続く沢に出て右岸を滑りヘアピンカーブの左端を横切る。七入沢の出合を過ぎると傾斜はさらに緩くなり、 一度枝沢を渡渉して車道へ出た。
七入キャンプ場のBCに戻るが、後続パーティがしばらく到着しそうもないので、初鹿と橋爪は桧枝岐まで宴会の食料を買い出しに行く。買物が終りキャンプ場に戻ったら後続パーティが到着したばかりでタイミングが良かった。(imokubo)

翌日は快晴だが、山に行く元気もほとんどなく(夜の宴会のせいもあって)桧枝岐村歴史民族資料館に立寄り少し頭を使う。桧枝岐温泉そして例のごとくはっとうそば定食(湯上がりのビール)舌つづみを打って帰路につく、軟弱な山行だった。(村ケン)