生体観察日記:2003年春愛媛への旅

2月22日 土曜日 曇り
 午後2時過ぎに起床後、帰省のための荷造りに取り掛かる。作品展で使用したアルバムや余剰になったビデオデッキ、K星のために集めておいた玩具や絵本を段ボールに詰め、近所のお茶屋に持ち込み、運搬を依頼する。旅行用の歯ブラシやら晩飯の弁当を買い込み、自宅で最終準備に取り掛かる。食い物の残り物を炒めて、それをつまみにしてビールを飲み、飯を食って「ヤマト2」1、2話を視聴、「さらば宇宙戦艦ヤマト」のテレビ版だが、やはりこちらのほうが西崎義展哲学が色濃く反映されていて見応えがある。説明書無しで不在中のビデオ録画を何とかこなし、7時半頃自宅を出立、電車賃をケチって地下鉄で東京駅に移動したところ、予想以上にに時間を食われた上、地下鉄の駅はバスターミナルの全くの反対側で、地下道を小走りに駆け、何とか夜行バスの発車時間には間に合うことが出来た。バス乗り場の脇にあった郵便ポストにM木さんあての印鑑入りの封筒を投函し、東京を後にする。

2月23日 日曜日 晴れ 夜行バス→松山→N町
 深夜1時過ぎ、事故渋滞によりバスが1時間以上に渡って停止する。お陰で、到着は2時間近く遅れることに・・・今回のバスは、足下も冷えず、大いびきをかく人も皆無(おそらく自分を除けば・・・)で、所用時間が掛かったことを除けば、比較的快適だった。妹と甥のK星に駅まで迎えに来てもらう間、密かに愛好している松山駅のうどんを食べる。K星にタダ同然に入手した電車やスーパーカーの玩具を与えると、実に嬉しげな様子だった。玩具をもらえると分かったからか、便所にまでK星はついてくる。妹7も、K星にはいろいろしているのだが、何をやっても「イヤ!」と拒否されるらしい。口うるさいせいか、鼻持ち成らない態度を子供にも見抜かれているのか、男児の心が理解出来ないせいかは知らないが、とにかく嫌われているそうだ。大街道の額縁屋に足を運び、写真を収める額を買い求める。いつも居るはずの感じの悪いお姉さんとのやりとりに期待していたのだが、残念ながら今回、彼女は店番をしていなかった。マットを切ってもらっている間、K星を連れ大街道を散策する。店頭のキャラクター人形、等身大パネル、(それと食い物)にいちいち反応している姿を見ると、デフォルメされた愛らしいキャラクターが幼児に強いインパクトを与えていることがよく分かる。妹宅でそばを食べ、2時間程昼寝する。夕方、近所の公園に散歩に出掛けたが、松山飛行場が近いため、騒音対策のために住宅地が買い上げられ、部分々々が歯抜けになった土地が、宅地でも農地でもない荒野のようになっている。しかも旅客機が低空で侵入してくるので、その異様な光景に胸をわくわくさせる。昨日、一食しか食べていなかったせいか、強い空腹感に襲われる。K星の餌(スパゲティ)を横からもらい飢えをしのぎ、妹夫婦共々N町に帰省する。夕飯は、昔懐かしい味のチャンポン、一日で麺類4種類を制覇、妹や母親と例の件やら何やらを話し合った後、帰省してもやっていることは相変わらずで「ガンダム」「ガンダムX」を視聴し午前1時過ぎに就寝する。


2歳になった甥のK星

2月24日 月曜日 晴れ N町
 午前10時半に起床、N病院で花粉症の薬を処方してもらい、昼飯を食べ、2階に新たに設置されたテレビのチャンネルを合わせを行う。押入に押し込まれたままだった掛け軸を影干しし、自分にとってはどうでもいい類の絵画を確認し、頃合いのいいブツを妹に持ち帰らせる。その間、子供が暴れると大変なことになるのでK星は母親に連れられ、牛を見に行ったのだが、牛の大きさと犬の鳴き声に散々ビビって半泣きになって帰ってくる。夕方、K星と妹夫婦が帰宅、晩飯を食べ、翌日の農協との話し合いに備え、母親と意見を交わしたが、特に何かが前進したわけではなかった。

2月25日 火曜日 晴れ N町
 午前10時過ぎに起床、持ち帰ったビデオデッキをテレビに接続し、昼飯を食べ髭を剃り、身支度して、連帯保証人問題(死んだ父親が親族の経営する運送会社の連帯保証人になっていたために負債を背負い込むことになった)にケリを付けるために母親共々、隣り町のS川町農協に出頭する。到着早々、懸案になっていた土地の売却問題が片付いたことを知らされたことにより、一方的に高まっていたわだかまりは幾分か解消された上に、話の展開自体はそう的の外れた内容ではなかったために、想像していたよりも穏やかに協議は進んでいく。なかなか具体的な数字を提示してこなかったため、こちらから幾分少な目の数字を切り出してみたところ、ようやく向こうも黒い腹づもりを明かしてくる(直接的な債務者でない上、責任を均等に果たす単なる保証人ではないため債務は確定していない。資産額と支払い能力と責任割合や人間関係の兼ね合いで決定される)。農協側が「あと200万円は何とか」と言うものだから「こっちも、これ以外に2300万円貸し倒れているんです。勘弁して下さい」とか、そういう話をやりとりしているうちに、農協側の一人が緊張感溢れる形相で「あと100万でどうですか」と言ってきたので、この辺が潮時かと思案していると、一番偉いオッサンが「少し(農協側の)3人で話させて下さい」というのでロビーでこっちも話をまとめていると、再び応接室に通され、結局150万円上乗せの700数十万円負担することで、渋々話はまとめる。元金2千万円は絶対に負けないと言い張っていた農協側も1割強、損金を負担することにもなったし、事前に予定していたよりも幾分大き目の負担額にはなったが、最初に要求された金額よりも負けることは出来たので、なるようになったのだと思う。2時間以上に渡って協議した経過を叔父に報告し、帰宅して近所のおばさんにもらったハマチを肴にしてビールを飲み、自分を慰労する。晩飯を食べ、M口夫妻宅を訪れる。以前はおとなしかった将軍様の息子は、活発に動き回っていた。しかも、どういうわけか自分にすっかりなついてしまう。9時過ぎには帰宅し、風呂に浸かり、読書していると、昼間の疲れが出たのか強い睡魔に襲われ、横になったのはいいが、2時間もしないうちにすっかり目が覚めてしまう。「バビル2世」「ガンダム」しながら、こっそり酒を飲み午前3時過ぎに就寝する。

2月26日 水曜日 曇り N町
 午前10時に起床、昨日大まかな道筋が付いた返済計画を具体化するため、預金や保険の証書、株券を持ち出し、何をどう処分するのか詰めていく。昼飯を食べ、庭の植木をせん定し、ゴミ溜めになっていた東側の屋根裏部屋を整理する。どうでもいいような骨董品や古い衣類、全てまとめて棄てたいが、母親の手前そうもいかない。と言っても、1年前、家財道具を整理することに、あれ程拒否反応を示していた母親も、大分まともに対応出来るようになったのもまた事実である。昨春、自ら拒否権が発動し、処分を阻止した不要品ばかりをまとめた段ボールを発見し「要らないものしか入っていない」と言い出すのだから困ってしまう。居間の照明器具の傘を改造してバージョンアップさせ、晩飯を食べていると、山陽新幹線の運転手が居眠り運転したことが報道される。運転手が居眠りしようが心臓発作で倒れようが、自動停止する新幹線の安全性が立証されたにも関わらず、マスコミは相変わらず下らない報道ばかりしている。そもそも、個々人の睡眠なんて、社会や会社によって統制されるものであるわけがないのだから、管理責任だとか、何だとかつべこべ言っても仕方がない。深夜「ガンダム」の最終回、「ガンダムX」を視聴し、1時過ぎに就寝する。

2月27日 木曜日 晴れ N町→宇和島
 午前8時過ぎに起床、開店間際の銀行に長らく放置されていた証書を持ち込み現金化、当座の活動資金を得る。もともとは、祖母の姉が「喜貴にやれ」と残しておいた数万円足らずの預金だったのだが、20数年間、定期預金やら期限付き特別預金(何と、金利5パーセント!)などに入れられ忘れ去られている間に20万円に化けてしまうのだから、昔は貯金にもロマンがあったのである。銀行の行内には、御影石で作られた犬や猫、亀の造形物が展示され「短足あつまれ」と命名されていた。かなり笑えるが、地方銀行だから出来る遊びである。


凸凹神宮の道案内看板、和霊神社の付近まで行くと、至る所にこうした看板があるので場所はすぐ分かる。

飯を食い、クソが出るのを待って、車で宇和島方面に出掛ける。ろくな下調べもせず、地図も見ないで行った割には、目的地の凸凹神宮には難なく到着、世界最大の性文化展示施設と名乗っているだけあって、前庭の段階で怪しげな造形物が多数展示されていて、かなり歌舞いている。施設の入り口付近に知恵遅れのオッサンが「アーウー、アーウー」言っていたこともあり、逃げるようにして性の博物館に入り込む。平日の昼間ということもあり、客は自分一人な上、暖房が入っていないため肌寒い。昭和40〜50年代臭が濃厚に漂う薄暗い建物の中に、世界中の性器を象った神具、造形物、エロ絵、仏像、曼陀羅、自慰器具・・・性に関するありとあらゆる物品が所狭しと展示された館内は、聞きしに勝る言葉にしようのないいかがわしい空気に満ちあふれていた。少々読み難い手書きで書かれた説明書きも大抵が笑える内容である上、仏教における性の位置付けが理解出来たりと、いろいろためにもなる。岩田専太郎という画家が昭和初期に描いた「香のかほり」というエロ絵の官能性は実に見事で、複写しておきたいところだったが、残念ながら「館内撮影2万円、資料撮影20万円」という張り紙がしてある以上、撮影は控えておいたが、だったら、カタログか絵葉書くらいは販売して欲しいところである。和霊公園を散策すると、暇そうな年寄りと学校をさぼった不良ばかりが目に付く。


凸凹神宮境内、前庭はあくまで前戯である。施設内の濃さは半端ではない。


凸凹神宮境内の祠、人形や女性の髪の毛が供養されている。お土産に持ち帰ることも考えたが、祟りが怖かったので辞めておいた。

何となく港のほうに足を伸ばすと、えひめ丸の慰霊碑が建立されていた。道路と道路の隙間のようなかなりどうでもいい感じの場所に建てられている上、ボタンを押すと恥ずかしいくらいの大音量でえひめ丸の事故を忍ぶ唄が流れてくる。歌詞の内容も実に恥ずかしく、しかも演奏は3番まで延々と続く。御影石から削り出されたえひめ丸、スピーカー廻りの造形処理などは実に見事だったが、何故か施工したのは茨城の業者だった。帰りに宇和により、細々した買い物をして帰宅、長らく放置されていた2階の本棚の不要品を処分し、チャンポンを食べ、今日から放映を開始した「Zガンダム」を視聴し、しばらく横になり、特に何をすることなく就寝する。


えひめ丸慰霊碑1、ご覧の通りかなりなげやりな場所に設置されている。


えひめ丸慰霊碑2、船体の造形はご覧の通り実に見事。


「ああえひめ丸」歌詞、この歌詞にかなり力強い唄が被せられる。製作者のセンスの良さには脱帽する他ない。


スピーカー部分拡大図、画面中央下の黒いボタンを押すと慰霊歌が流れる。この薄いフィンのような部分も御影石の削り出し。

2月28日 金曜日 晴れ N町
 8時過ぎに起床、「クリィミーマミ」を視聴し、墓掃除に出掛けた後、本日は西側の屋根裏部屋の掃除に取り掛かる。ゴミはそれほど出なかったが、18年間滞積し続けたホコリや汚れが凄まじかった。ひと拭きするだけで雑巾が真っ黒になってしまうのだから参ってしまう。昼飯を食べ、「クリィミーマミ」を視聴し、午前中の作業の仕上げに取り掛かる。その昔、半年だけ使って、しまったままになっていたカーペットを表に持ち出し、居間の大きさに合わせて切り直し、作業がようやく一段落したところで、散歩に出掛ける。M口夫妻宅に寄り、正男君(将軍様の息子)と遊んだり、写真帳を開示した後帰宅、ビールを飲み、晩飯を食べ、軽く微睡んだ後「ガンダムX」を視聴、相変わらず、決して名作とは言えない内容だが、「こち亀」と監督は同じだから、とりわけクソアニメというわけではない。ニュータイプの意味を的確に理解しないまま最終的にニュータイプを否定してしまう力技の過程を一応検証するためにお付き合いしていけるだけの内容はあるのでついつい惰性で見てしまう。


ヘアカラー祭り、N町の床屋の店先に貼ってありました。


ヘアカラー祭り拡大図、渋谷で大人気だそうです。

3月1日 土曜日 雨 N町
 雨天のため、薄暗かったせいか9時半に起床、身支度して折り込みチラシの情報を分析し、出掛けようとしているとM口夫妻が白い大きな車で迎えに来る。隣り町のダイエーU和店に行ってみたが先着XX名様限りの商品は、既に売れてしまったのか、端から咬ましだったのか、何も買うことが出来なかった。閉店セール中のホームセンターに足を伸ばすと、こちらもろくな商品が置かれていなかった。電動ドリルを買おうとしたが箱だけで中身は空だったし、4割引きで売られているはずの家具類もほとんど目にすることは出来なかった。一旦帰宅し、買ってきたにぎり寿司を平らげ、吉本新喜劇を見ながら一休みしていると、再びM口夫妻がやって来る。今度はO洲方面に出掛け、1980円の電動ドリルを買い求めたところ、すぐ近くのホームセンターで同じ商品が300円安く売られていて、少々悔しい思いをさせられる。H屋書店で散々立ち読みした挙げ句、雑誌を買って帰宅、しばらく読書した後、晩飯を食べる。ビデオデッキを持ち帰ったがいいが、リモコンを忘れてきたために録画予約が出来ず、深夜、本を読んだり、目が疲れるとテレビ番組を視聴して過ごす。午前2時、ようやく目当てにしていた軍艦島の元住民のドキュメント番組が放映される。番組の根幹はどうでもいい内容だったが、軍艦島に住民が住んでいた頃の動くカラー映像を初めて目撃することが出来たことはちょっとした収穫だった。元住民の女性が島に行ったのはいいが、「危険のため建物には近付けない」とナレーションが入っていた割に、島の市街地内で撮影された映像が流される不条理に切れそうになったが、テレビ番組とはそうしたものだろう。


N町の標語、小学生が考えただけあって明らかに間違っています。それともN町では、万引きよりも嘘のほうが罪が重いのでしょうか?地元警察と地域の防犯協会のお墨付きがあるので冗談では済まされません。

3月2日 日曜日 晴れ N町→松山→東京
 9時過ぎに起床、10時より荷造りを開始、実家で余剰している食料や衣類を箱に詰めていく。昨日、ダイエーで安売りされていたうなぎ丼を食べながら、地方局が制作した70分まるごとN町の紹介番組を視聴する。大半は予定調和内の展開だったが、乳牛が子牛を生んだときにだけ搾乳出来る特別濃い乳を横取りして作る牛乳豆腐の非道さは許せない。子牛が育つのに大事な栄養を人間が搾取していい道理はないはずである。N病院、N学園無き後、N町最大の怪奇スポット「なんでもや」もしっかり紹介され、店のオヤジが「なんでもあるよ。なんでもあるけど、どこにあるかは分からない」とうそぶく姿は相変わらずだったが、コレクター、業者に買い占められ、消え失せたと思われていたお宝が、実は「なんでもや」の2階に秘蔵されていることは衝撃的な情報だった。午後は言いつけられた細々した用事をこなしたり読書して過ごす。フィルムが半端に余っていたので、荷物を運ぶついでに、子供の写真でも撮っておこうと思い立ち、M口夫妻宅に赴いたが、あいにく正男君は熟睡中だった。機関車に乗るため、内子駅まで車で送ってもらったが、余りに早く到着し過ぎたため、駅近くに居住している親戚宅を訪れるとあいにく留守だった。暇つぶしに全国的に有名な内子の古い街並みを見物した後、松山に移動する。駅でうどんを食べ、夜行バスに乗り込む。往路、厚着し過ぎて失敗したが、復路は昼間余りに温かさに油断し、薄着し過ぎて失敗する。もっとも消灯前に暖房が強められ、結果として凍えて眠ることはなかった。前席のお姉さんが椅子の傾きを変える度に、後ろを気にして、そっと眺めたり、声を掛けてくれたりするのだが、余りに度々な上、暗くなってからはむしろ不気味でもありほとほと困ってしまう。

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