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済州島遠征記
2006年 7月27日 木曜日
午前7時に起床し、旅の最終準備を整え、皿に山盛りになった猫の餌を数カ所に設置して、成田へ向かう。展示の準備に使用するため、トランクに入れておいたハサミやカッターがX線検査に引っかかる一方、大量の釘や金槌(杖の部分も含め、全体が鉄製で、凶器としてはハサミを遙かに凌駕する)が難なく通過してしまうのだから不思議な話だ。約10年振りの海外旅行、しかも目的地は、かつての大日本帝国領、自ずと期待と不安とがない交ぜになるというものだ。2時間程で、ひとまず釜山に到達、空から眺めると、かつての開発独裁体制の名残だろうか。平地が田畑や工業用地に重点配分される一方、山の手の高台は、全域高層住宅になっており、都市計画の徹底振りに感嘆させられる。釜山空港での数時間、硫黄島戦の最高司令官・栗林忠道中将の評伝本を読書して過ごした後、最終目的地である済州島へと飛び立つ。空から眺めると、こちらも想像以上に大きな島なので、驚かされる。島というから八丈島と同じくらいに考えていたが、とんだ間違いであった。済州島の空港に到着したが主催者側の迎えとは遭遇出来ず、観光案内所で情報を確認し、単独タクシーでホテルへ向かう。受付で少々厄介なやりとりがあった後、何とか部屋を確保してもらい長い1日を無事終えることが出来た。
大韓航空の機内食、見よう見まねでつくったのだろうか。画面中央の寿司のようなものは、寿司とは思えぬ不味さであった。
夕闇迫る日本海を望む
今回の韓国行きは、これでも一応招へいされた形になっていて、旅費は自分持ちだが、滞在費(宿泊費、宴会での飲み食い代)やアートフェアの運営費、カタログの印刷代等は、全て主催者持ちということになっている。しかしながら、イベントに関する詳しい情報は事前にほとんど知らされず、宿泊先についても渡航直前まで聞かされていなかった。実際、行ってみると宿は1泊2万円もする済州島で最高の高級ホテルであった。大韓航空傘下なので、もちろんスチュワーデス、パイロット御用達、しかもカジノ付だ。これには、正直驚いた。
宿はご覧のような超高級ホテル7月28日 金曜日
早朝、ホテルの周囲を散策する。かつては日本領だけあって、飛行機でも、案内所でも、ホテルでも日本語は通じてしまうし、建物も車のデザインも日本のそれに酷似しているが、全てが微妙に大ざっぱで、まるで、日本の実物大の模型の中をさまよっているような錯覚を覚える。市街地の概要を記しておくと、ところどころに垣間見える古い貧しい民家の上に、日本で言えば昭和40〜50年代の街並みが分厚く滞積し、さらにその上に21世紀がふりかけられているといった感じだ。
正にキティー尽くし!こういう趣味は、国を問わないようだ。
韓国名物性的サービスを行う床屋、24時間営業というのが凄い。シとツを間違っているのは愛嬌か。
何と書いてあるのでしょうか。呪われそうです。何とか、宿には泊まれたが、現地の状況がさっぱり分からず、朝から空港で読書して、他の日本人作家がやって来るのをひたすら待つ。正午過ぎ、ようやく他の日本人作家並びに現地スタッフと合流、バスで島の中心に位置する死火山のすそ野を1時間程走った先に、展示会場であるインターナショナル・コンベンションセンターはあった。建物が余りに巨大で立派なことに驚愕する一方、その所在地は空港・繁華街の反対側に位置した辺ぴな場所(周りは馬がいるだけ)で、主催者側の企図に疑問を感じざるを得ない。しかも、その場で会場が1つになったことを伝えられ(事前の予定では、何故か2会場で展示することになっていた)、約束されていたはずのテレビモニターもビデオデッキも用意されておらず、カタログに6枚写真が掲載されるはずが、済し崩し的に1枚になっており、事前の約束は全て反古にされてしまう。本来なら秋までにやる仕事を胃を痛めてまで仕上げて来たというのに、一方的に準備作業の2/3以上を無駄にされ、さすがに怒り心頭だ。
と言いながら、準備作業を終え、繁華街の焼き肉屋で腹一杯タダ飯、タダ酒をご馳走になった後、カラオケ屋でドンチャン騒ぎしているうちに、先程の不愉快な気分もどこかへと消えてしまう。それにしても、韓国人のノリの良さと、激しさは凄まじい。当初は閉口する思いであったが、慣れてしまえば、なかなか楽しい思い出だ。
展示会場であるインターナショナル・コンペティション・センター
7月29日 土曜日
作家間の日韓友好を深めるためホテルが用意したバスに乗り込み観光ツアーへと出掛ける。溶岩が流れ出た後に出来たという世界最長の溶岩洞に案内されたが、ただひたすら穴が長いというだけで、悲しいまでに何もない。日本人ならば、観光用の洞窟と言えば、秋芳洞に代表される鍾乳洞を思い浮かべてしまうため余計にがっかりさせられることだろう。昼食は、済州島の古民家を再現した民俗村で焼き肉を食らう。ちなみに済州島で焼き肉と言えば、地元特産の豚肉である。確かに独特の風味があるが、特に美味いというわけではない。
こういうインテリアが普通らしい。
済州島の特産品は、豚とミカンと朝鮮人参
歓迎レセプションの様子、さすが国家絡みだけあって結婚披露宴級だ。
夕方、インターナショナル・アートフェアの開会を記念し、コンベンションセンターでテープカットを行ったのに続き、ホテルの大宴会場で歓迎レセプションが催される。結婚披露宴並の会場で、ご馳走が振る舞われたが、怒濤の焼き肉攻勢で既に胃が悲鳴を上げていたため、魚を少し食べるのがやっとだった。その後は、韓国人作家の手引きでナイトクラブなる夜の遊び場に案内される。ナイトクラブ(とカタカナで記されている)とは、小さめの体育館ほどの建物(床面積が1600平米あるのが店の売り)に舞台と踊り場と酒をたしなむ座席を備えた、飲んで、演奏を楽しみ、客も踊って楽しむ大人の遊び場である。しかしながら、その規模と舞台装置の豪華さは、今の日本ではまず考えられない程に過激で凄まじい。しかも、入って最初に目に入ってきたのが、マッチョ野郎の1人DJ・ストリップ!いきなり度肝を抜かれる。男の裸なんて、見て楽しいものではないが、野郎1人でDJやって、踊って、ストリップをやり、舞台装置を巧みに駆使し、客を盛り上げるエンターティナーとしての技術は、相当なもので、ただただ感心させられた。お陰で、その後のバンド演奏や水着のお姉さんの踊りは、半端な出し物にしか思えなかった。客が演奏に合わせて踊り狂う舞台も、電動で上下するため(今の日本では安全上まず設置出来ない装置だ)、うっかり足を踏み外しそうになったが、命が危ういくらいでないと、本当の遊びではない。その後も、朝方までカラオケ屋でドンチャン騒ぎ、カラオケと言っても、こちらも歌って踊るディスコ状態で三十路のオッサンの体力では、とても付いていけない。
日本ブースは会場の中央に位置する。
はっきり言って、国際イベントと称するための添え物扱いだが、少なからぬ存在感を発揮していた。
このシリーズを最初に韓国で公開することになるとは、思ってもいなかった。7月30日 日曜日
本日も日韓友好観光ツアー日、鉄筋コンクリート造のド派手なお寺で参詣した後、いかにも田舎臭い食堂で、魚料理を中心に腹一杯昼飯を食う。その後、本日の最大の目玉である潜水艦ツアーへと赴く。船で沖合に出て、一旦ハシケに上がり、いよいよ黄色い潜水艦に乗り込む。軍の払い下げ品に乗れるかと密かに期待していたが、残念ながら観光用の遊覧潜水艦であた。しかしながら、前傾して潜水していく時の重力の掛かり具合は、独特のもので、貴重な体験をすることが出来た。もっとも、最高で水深16メートルまで潜ったところで、特に何かがあるわけではない。岩場に何ということのない魚がいるだけだ。韓国人にとっては、東洋のハワイであっても、所詮は日本海、珊瑚礁があるわけではないし、熱帯魚がいるわけもない。潜水夫が潜水艦の周囲で餌付けしても、寄ってくるのもアジと小さな鯛ばかりである。だからこそ、潜水艦という大掛かりなギミックで勝負するしかないのか。或いは、昨日の洞窟にしてもそうだが、何か凄いものが見られると勝手に期待してしまう我々の心がさもしいのか。韓国の文化や国民性には、いわゆる情緒、哀れみの心といったものが希薄に感じられるが、両国の自然条件の差が大きく作用しているのではないか。東西南北に広がる島国・日本は如何に多様な自然と美しい景観に恵まれていることか。連日の暴飲暴食により胃の具合が悪化、カラオケや飲み歩きは断り、早々に床に横になる。
現実に「イエロー・サブマリン」を目にすることになるとは夢にも思わなかった。
潜水艦の運転席、窓の向こうに本当の異世界が広がっていれば、どれ程素晴らしかったことか・・・
残念ながら、アジとワカメと岩しかない。7月31日 月曜日
日本人作家の年輩組と連れ立ち、路上観察と買い物に勤しむ。まずは市場へ赴くと、日本の昭和40〜50年代初めの市場・商店街が、さらに威力を増したような感じで、その猥雑さ、大ざっぱさはなかなかに心地が良かった。軒並み店番を務めるのは、韓国名物パーマのおばちゃん、あの麗しい娘達も、辛い食い物を毎日腹一杯食っていると、行く行くはああなってしまうのか。
市場の様子、とにかく色が派手!
たかが、ホウキまでも・・・
カウル付きだろうが、アメリカンだろうが、荷台を付けて使うのが韓国流
地下街を散策した後、Eマートで韓国の消費動向と流行を観察、婦人衣料品売場を巡ると、婦人肌着売場で幾つかの商品が目に止まる。現在進行中の「金剛寺ハルナとその姉妹」において、バブル期のエロスの再現を志向していることは、幾度も記した通りだが、流行が日本と微妙にずれている韓国で、ちょうど日本の80年代半ばを感じさせる婦人下着が売られていたのだ。普通の衣服ならば、比較的多様な商品が販売されているし、中古品を入手することも出来る。しかし、下着の類はそうはいかない。流行の波が激しく、古い商品はすぐさま市場から駆逐されてしまうし、特定の変態向けの市場以外、古着として流通することもない。とにかく、これはまたとないありがたい機会である。既に手持ちの現金は底をついていたので、わざわざ店員にクレジットカードが使えることを確認して、変態臭さ丸出しで買い物をしていると、ある作家さんが連れて来ていた小学5年生の娘にその姿を目撃されてしまう。その後、彼女が自分を見つめる視線が氷のように冷たくなったことは言うまでもない。しかも、周囲がかつての後藤久美子に例えるほどの美少女に、その輝かんばかりの瞳で陵辱されるのだ。未体験の快感で身体が震える思いであった。
ホテルで一休みした後、空港へ、そして直行便で成田に戻る。帰宅すると、どういうわけか猫の毛並みが幾分綺麗になっていた。留守中、奴の身に何があったのか。少々気になるところではある。
座り読みが、還流スタイル?
韓国のマネキン、やはり造型が大ざっぱに思われます。
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