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第1次千葉ロケ撮影日誌4月25日 火曜日 曇り一時雷雨後晴れ
午前3時には起床、4時前には自宅を出立し、千葉県某所の廃病院を目指す。しかし、本来なら1時間ばかりの道中、眠くて仕方がないため、途中2度も休憩を入れなければならなかった。正直なところ、先日の謎の頭痛以後、車の運転を持続することが出来なくなっているのだ。それでも予定通りに目的地に到着、建物内に荷物を運び込み、準備作業を進める。と言っても、不良達が建物中の消化器をぶちまけているため、拠点の設置と撮影場所の整理と拭き掃除で、午前中は終わってしまう。昼寝した後、人形を緊縛し、病室に吊し上げ、撮影を終えると、既に夕刻近い時間になっていたため、翌日の準備を整え、撤収する。4月26日 水曜日 曇り
千葉ロケ2日目、本日は大掛かりな撮影に備え、応援要員のU山を同伴し、昨日に引き続き早朝出撃を実施する。基本的には、1人で撮影する方が集中出来るのだが、今回は手間の掛かるセルフポートレイトが予定されているためそうはいかない。そこで、U山君の出番となったわけだが、日頃より、掃除屋稼業をやっているだけあって、清掃の手際も良いし、爺さんが産婦人科医だったというだけあって、手術用具の並べ方も素人の業ではない。また、浪漫主義者の父親の影響でカメラの扱いにも比較的慣れているため、大いに助けられた。人形を立たせるスタンドを自宅に忘れ、悲嘆に暮れたさいも、彼の機転で見事に切り抜けることが出来た。あれで、約束や時間を守るようになり、周りに影響されがちな人間性が何とかなれば、かなりなものだと思うが、天は万能の人間をお望みにならないらしい。夜、スーパー銭湯でしばしくつろぎ、周り寿司屋で腹一杯飯を食った後、廃病院の敷地内で車中泊したところ、これが後々大問題に発展することになる。4月27日 木曜日 雨
未明、廃墟病院の敷地内で車中泊していると、周囲がただならぬ気配に包まれていることに気付き、目が覚める。外の様子を伺うと、交差点の角で警官が何やら話し込んでいる姿が目に入る。飲酒の検問でもやっているのかと思い、再び横になっていると、警官が寄って来て、車の中をライトで照らし、窓ガラスを叩いてきたのでやむを得ず応対する。何でも、閉鎖された病院に、見慣れない足立ナンバーの車が停まり放しになっている上、表に靴を脱ぎ(これが特に悪かったらしい)、中で横になっている人間がいるのを目撃した近隣住民が、勝手に自殺していると思い込み、警察に通報したらしい。そのため、自分の知らぬ間に想像以上の大問題に発展していて(どうやら救急にも連絡が入っていたらしい)、厳重な取り調べを受ける羽目になる。免許証を見せ事件性の無いことを証明し、酔った振りしてのらりくらり交わして、撮影のことは何とかはぐらかしたが、特に問題が無いことが分かっても、警官は「ここからどこかへ行ってくれ」と口うるさいため、近くのカラオケ屋の駐車場に車を移動させる。廃墟病院内での撮影のことは発覚していないまでも、近隣との摩擦が生じ、警察に目を付けられ、しかも現場のすぐそばに交番がある事実は無視出来ない。空が白むのを待って、撤収作業を開始、撮影予定を大幅に消化出来なかったことを悔やみつつも、家路に就くことになる。・
第2次千葉ロケ撮影日誌
6月5日 月曜日 曇り
午前3時に起床し、水分を大量に摂取し、アルコールを抜き、クソをたれ(撮影地は水が出ないので、朝の水分摂取と排便は、極めて重要だ)、千葉某所へ向け車を走らせる。一気に荷物を運び込み、飯を食って1時間程車で横になった後、準備作業に取り掛かるも、すぐさまアオバの頭部を忘れて来たことに気付かされる。一瞬、家に帰りたくなったが何とか気を取り直し、何とかアオバ抜きの状況設定を練り直し、撮影に臨む。朝から鼻炎の具合が悪化していたが午後になり、発熱を自覚するようになる。早めに帰宅して、休息を取り、翌日以後の激闘に備える。6月6日 火曜日 曇り
早朝、撮影助手を伴い、再び千葉某所の闘いの地へ。本日の撮影は、この廃病院シリーズ最大の山場であり、前回の撮影で詰めきれなかった手術室での撮影のやり直しが主たる目的だ。4月の失敗を踏まえた事前対策が功を奏し、概ね当初の予定通りの傑作をモノにすることが出来た。
今回の廃病院シリーズは、自分の写真としては珍しく構図が縦位置になっている。別に意図的にそうしたわけではない。そうなってしまったのだ。自分の中でのこの変化を把握しきれず、縦と横双方の構図を押さえようとしたことが、前回の失敗の大きな要因でもあった。そもそも、16歳で初めて一眼レフを使い始めた頃、縦、横ほぼ半々の割合で撮影していたのが、大学に入り、映画を作るようになると、横位置だけで撮ることを余儀なくされることになる。その後、再び本格的に写真を撮るようになるも、映画撮影で変質した視覚は簡単に変わることなく、せいぜい6×6の方形フォーマットを主軸に据えることしか出来なかった(病的なまでに縦構図での撮影が出来なかった)。他の人はどうだか知らないが、構図の縦・横、並びにフォーマットのアスペクト比は、視覚に直結しており、自分の場合、そう簡単に切り替えられない。現在、デジタル(アスペクト比3:2)で撮影する過程で細部を詰めた後、フィルム(同7:6)でトレースしているが、そのアスペクト比の差異さえも、実は非常に苦痛なのだ。話が脇道に反れてしまったが、縦位置での撮影が苦でなくなるどころか、縦位置でしか撮れなくなっている現況は、およそ15年近くに渡る映画の呪縛から逃れられたことの表れである。齢32にして、視覚が新たな発展段階に入ったのか。
夜は、車中泊、寝場所を探してうろうろしていると、具合の良い公園に行き当たる。しかし、ナビで確認したところ、そこは陸自の駐屯地の敷地内。また警察に通報されでもしたら面倒だ。やむを得ず、少々騒々しいが、朝まで営業しているカラオケ屋の駐車場で就寝する。6月7日 水曜日 晴れ一時雨
午前4時、空が白むと同時に起床、朝飯を食い、コンビニでクソをたれ、身体の具合を整えた後、撮影作業に臨む。疲労と、前日山場を越した達成感が重なり、まったくやる気が出ない中での作業は非常に苦痛だった。午前は、赤ん坊絡みの写真、午後は半ばその場の思い付きで着手した写真を撮影したが、事前に入念な準備を行った前者がさっぱりな結果だったのに対し、後者は思いも寄らない好結果を導き出してくれた。6月8日 木曜日 晴れ後曇り
引き続き撮影続行、午前中は比較的軽めの撮影をこなし、午後、中絶用の診察台を使用し撮影を行う。それにしても、産婦人科の診察台とは、実に恐るべき機械だ。又の下に、堕胎した胎児を受ける金属製のざるがあり、さらにその下には流れ出た体液・血液を溜める容器が繋がっている。ステンレスの無機質な質感が余計にそう思わせるのか、堕胎という殺人行為の罪深さを感じずにはいられない。この診察台の本来の機能を再現するため、2万円出して買っておいた胎児の模型が活躍してくれたのはいいが、血糊と併用すると正に本物にしか見えない。
4日目にして疲れが頂点に達し、意欲も枯渇したため、夕闇迫る薄暗い廃病院内で荷物をまとめ、銭湯で疲れを癒し、車中泊する。6月9日 金曜日 雨
午前4時、空が白むと同時に行動開始、朝方雨が降ってくれたお陰で、表を出歩く住民は皆無だった上、ちょうど雨が小休止してくれたこともあり、順調に大量の荷物の積み込みを執り行い、千葉ロケを終了させる。帰宅して、大量の荷物を降ろし、横になって身体を休ませ、午後、気晴らしに荒川沿いを車で走りつつ、次回作のロケハンを行う。駅周辺で公共料金やら各種支払いを済ませると、わずかな金しか残っていない。こんな調子で月末に熊本に行けるのだろうか。6月12日 月曜日 曇り
第2次千葉ロケでの心身の消耗激しく、土日共に退勤以後の予定をキャンセルし、自宅で食って飲んで寝るだけの生活をしていたところ、疲れと運動不足が重なり、腰痛に苛まれる。腰から下の下半身のみを指圧してもらい(疲れが下半身に集中したのは初めての経験だ。これもオッサン化の一端か)、何とか持ち直す。午後、川崎の風俗店に赴き、泡風呂に浸かり、至福の時間を過ごしつつ、大恩人であるMさんに先日の撮影の結果を報告する。殺伐とした廃病院での5日間の激闘の果てに、思考がエログロ一色に染まり、反社会的生物と化したオスは、お姉さんに慰めてもらい社会的生物として更正する他、生存する術を持たない。めでたく財布の中が素寒貧になったところで、FカメラやK商事を渡り歩き、F3一式を売り払い、5万円余りを取得する。銀座の日発にネガ現を依頼し、旅行社で熊本行きの航空券を受け取り帰宅する。
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