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2008年夏広島遠征 呉・江田島観光篇
海上自衛隊呉資料館
潜水艦「あきしお」を陸揚げし、資料館として再活用している。
町中にいきなり潜水艦が転がっている光景は正しく異様。
外観だけでも圧巻だが、入場料が無料なのも凄い。2008年5月30日 金曜日 曇り後雨
島を離脱後、海沿いの国道を経て、呉へと向かう。目的地に辿り着くと同時に、巨大な潜水艦が視界を覆う。話には聞いていたが、これには驚愕した。早速、施設中に入ると、海上自衛隊創設への道筋と掃海活動の変遷と詳細に関する展示に続き、潜水艦による哨戒活動とその技術的進展が紹介される。書かれている文章が理解出来れば、海洋国家日本にとって、海自は必要不可欠だと納得せざるを得ない内容なのだが、用語や趣旨が極めて専門的であるために、とても一般受けするとは思えない。そのため、最も啓蒙が必要な輩に対しては、何ら効力を発揮することが期待出来ない。自分も知らなかった情報が幾つも含まれていたが、時間の制約もあり、大ざっぱな把握に留める。海自のあらましについて学習した後、いよいよ実物の潜水艦へと入っていくのだが、中は思った以上に広い。時代が違うから当然だが、映画「Uボート」の印象とは全く異なる。発令所には、元潜水艦乗りの海自OBがいて、かなり突っ込んだ質問にも、すらすらと答えて下さる。本物の潜望鏡を覗かせて頂き、呉港に停泊している護衛艦を観測。これだけでも感激だが、ニコン製なのがさらに泣かせる(海自創設以来、全ての潜望鏡がニコン製)。こういうのを見てしまうと、スペックや画質が少々良かろうが国賊企業キャノンのカメラを買おうとは思えない。注)会長の御手洗が経団連の代表を務めながら、偽装請負や過労死といった労働問題の具体例において突出した実績を誇り、裏金・汚職絡みの黒い噂は枚挙にいとまがなく、一般消費者向けの一眼レフにおいては、シャッター幕に油がにじみ出し、遅かれ早かれ確実に使用不能になるのもキャノン製品限定の特徴。写真業界においても、プロサービスによる囲い込みビジネスと圧力によって言論封殺を行い、社内においても徹底した情報統制を強いている。それがキャノンという企業の実態だ。もともとは、株取引のブローカーが、ライカの模造品で一山当てようとして作った町工場だから、企業体質が卑しいのも無理からぬ話なのだろう。
展示室の様子
天井からぶら下がっているのは、もちろん魚雷。
俺たちの大和
全長約10数メートル、スケールで言うと1/20程でしょうか。
ペットボトルの再利用というエコ活動と大和との融合!熱い、熱過ぎます。
車止めは、何と大和の主砲弾
大和ミュージアムは現在も拡張中。呉、恐るべし!大和ミュージアム付近の建物の2階には、未だ「男たちの大和」の撮影セットが無理矢理に展示されていた。元々、実物大のセットが建設された尾道市は、当初大和ビジネスに大いに乗り気であったが、尾道出身の映画監督・大林宣彦の鶴の一声によって、その目論見は瓦解してしまった。その残骸が、呉に流れて来たわけだが、最初から呉で撮影してしまえば良かったのではないか。呉市は大和ミュージアムの成功に気を良くし、今後もこの路線を強化していく予定だとか。
映画「男たちの大和」のセット
尾道から追い出され、現在は呉で活躍中。
天井に穴を開けてまで、設置している
無理矢理さに男気を感じずにはいられません。
続いて、船で江田島へ渡る。海自の幹部養成学校、かつての海軍兵学校と貴重な戦争資料を見学するためだ。通用門で受付を済ませ、見学が始まるまで売店を見物する。定年間際のベテラン自衛官に引率され、基地内を順次巡って行く。
見学者が通される広報部の一室
海自の掃海艇がペルシャ湾で回収・処理した機雷
ハワイ・真珠湾に先行突入した特殊潜航艇5隻のうちの1隻
見学コースを一巡した後、最大の目的であった駆逐艦「雪風」の錨を発見、真珠湾から大和の沖縄特攻作戦まで歴戦をほぼ無傷で闘い抜き、戦後は中華民国海軍の旗艦として活躍した伝説の船の最後の痕跡を前にして感慨に浸っていると、何とその隣にうちに爺さんが乗艦していた戦艦金剛あるいは榛名がガダルカナルにぶち込んだ徹甲弾が置かれていた。
金曜の海軍と言えばもちろんアレの日で、基地内の食堂で海軍カレーを食べ、土産物(隊員が使っているTシャツや軍手)を買い込み、江田島を後にする。大和ミュージアム周辺をしばし散策した後、東京へ向け車を走らせる。
奇跡の駆逐艦「雪風」の碇
台湾政府との長年に渡る返還交渉を経て、
この碇だけが祖国に帰還することが出来た。
36センチ一式徹甲弾
戦艦「金剛」「榛名」が、ガダルカナル島に撃ち込んだ実物。
弾の傾きはガ島の方向を示している。
36センチ一式徹甲弾を裏側より望む
弾が炸裂しているのは、回収後、不発弾処理されたため。
海自の売店
残念ながら制服だけは売ってもらえませんでした。5月31日 土曜日 雨
東名阪の工事による渋滞を避けるため、朝までに静岡に抜けることを目標に、ひたすら高速道を走り抜ける。浜名湖SAで4時間程仮眠した後、湖畔を散歩して気分転換。海老名SAの指圧屋で痛めた腰をほぐしてもらう。これは本当に助かった。運転するだけでもきつかったが、到着してからの荷物下ろしをする体力を何とか確保することが出来たからだ。順調に東名を抜けて、苦手の首都高を避けるため、環八に下りたのだが、土曜だというのに酷い渋滞でうんざりする。第二東名なんて作る金があったら、どう考えても外環道の整備が先だと思うのだが・・・。今のままではせっかく作った外環の切れ端がもったいない。午後3時過ぎ、自宅に到着。オバチャン猫の出迎えを受け、餌をやって可愛がった後、大量の荷物を自宅内に運び込む。一休みした後、車を返却。1週間に渡る旅もようやく終わった。
江田島基地内の大講堂
奥の玉座は、天皇陛下専用の御座所であったが、米軍による占領期間中は、
ここにマリア像が置かれ、この講堂は教会として利用されていたそうだ。
国敗れるとは、正にそういうことなのだろう。
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