与那国島
(1)与那国島
与那国島に着くと雨が降っていた。急いでフェリーターミナルを探したがないので、他の人達が張っていた近くの芝生に、良くないとは思ったが、テントを張ることにした。 行きの船は少し大きかったが、波が高いために間隔を置いて大きく揺れて酔った。フェリーターミナルがなかったのは、祖納港が工事中だったので代わりに久部良漁港に入ったためだった。日本最西端までは歩いて15分ほどで、岬のある整備された小さな公園になっていて、何人かの先客がいた。西に見えるはずの台湾は残念ながら見ることができなかった。 帰ってから少したった頃、警官がやってきてテントを砂浜に移すように指示された。
「わざわざテントを張ったのにまた畳んでもらわないといけないね。」
気がつくと警官にくっついてきた小学生がいて、
「ぼくもテントを畳むのを手伝うよ。」
「いいから帰って漢字の練習をしなさい。」
優しそうな若い人で南の島の警官らしいと思ったが、「歩く法律」には変わらないので、面倒なことにならないように神経を尖らせた。
周りの住民のことを考えればもっともなことだったが、わがままなことをいえば、テントで来る学生が多いことが分かっているのならキャンプ場を作ってもよさそうなものだ。キャンプ場を有料にすれば観光事業の一環にもなりそうだが、こういう柔軟な発想は南の島ではなかなか生まれてきそうにない。
しかし、警官に指示された砂浜(ナーマ浜)はそんなに悪くないところだった。時々降ってくる雨と強い東風がなければ、星空の下の過ごしやすい静かなキャンプ場であっただろう。
帰りは飛行機にしようと思ったが、天気が悪くて運航しそうになかったので仕方なく船にした。帰りの船は行きほど揺れなかったので安心した。与那国では低い山にも登りたかったので、何日か滞在したいところだった。
戻った石垣島では、結構充実している石垣市立図書館に入った後、変わったものを食べたかったが、結局ソーキそばとどこが違うのかよく分からない八重山そばを食べた。
帰りは那覇までフェリー、那覇からスカイメイトを使って飛行機で帰った。暇つぶし用の本は1冊、テープも1本で私は充分だった。3月ともなると暑いので、寝袋は必要なく、シュラフカバーで充分だった。
99年は沖縄に行けなかったので、代わりに本でも読もうと思って「パイヌカジ」という本を読んだ。西表島の近くにある鳩間島の話で、私は1回目の沖縄旅行で行ったことがあった。その時の島を思い出しながら1日で読み通してしまった。
“私は、酒を飲むのにこれほど理想的ですばらしい場所を、いまだ、ほかに知らない”
という文を読むにつれ、私は何時間か寄っただけだったので、今度はぜひ民宿に何泊か泊まりたくなった。
(2)与那国島の歴史
15世紀末、与那国島にはサンアイ・イソバという女酋長が君臨していた。サンアイ村に生まれ、俗にイソバ・アブ(あるいは元司アブ)として島民の崇拝を集めたという。アブ(阿母)は老婦の尊称。サンアイは与那国方言でガジュマルの意。伝承によると、イソバはとても背が高く強力の持ち主で、4人の兄弟を村々に配し、自らは中央台地に拠って島内を治めた。16世紀初め、宮古勢が侵略した際、阿修羅のごとく奮戦したが滅ぼされた。祖納集落を一望できるティンダバナは、サンアイ・イソバが居住していた村があったところで、記念碑やイヌガンがある。
イヌガン伝説は次のような話。昔、久米島の船が遭難して与那国島に流れ着いた。この船には女一人と雄犬一匹が同乗していたが、一行の男たちはこの犬によってかみ殺されてしまった。そして女は、この犬とイヌガンで暮らし始めた。あるとき、今度は小浜島の漁師が船で漂着した。女はすぐに逃げるように忠告するが、美貌にひかれた漁夫は女の留守中に犬を退治した。やがて漁夫は女と結婚し、幸せな生活を送っていたが、犬の死を知った女は命を捨てたという。
与那国島は悪名高い人頭税に悩まされ、やむなく人減らしをした悲惨な歴史がある。トゥングダは島の男子を突然召集し、時間内にこの田に入れなかったものは惨殺された場所だという。クブラバリは幅が3〜5mある岩の裂け目で、村の妊婦を集めてはここを飛ばせ、ほとんどの妊婦が転落死、うまく飛び越えても流産はまぬがれなかったという。
終戦後の混乱期、与那国島には台湾からの密輸入品が流れ込み、島は活況を呈していた。沖縄本島からの戦利品(米軍物資の横取り品)と台湾・香港あたりからヤミ船が持ち込む食料・日用雑貨を交換する中継地が与那国島の久部良港だった。この間約5年、人口は約2万人にものぼり、飲み屋が38軒、食堂は100軒、ホステスは200人余を数え、台湾人が常時400人はいたという。この時代を象徴する有名なエピソードに「与那国のニワトリは庭先に落ちた米粒など見向きもしなかった」というものがあるが、米軍の統治体制が整うとうたかたの夢のように消えてしまった。
参考文献 「やえやま GUIDE BOOK」(南山舎,99年)