飯田恭生作品集

作品bS  三つの願い           短編

         三つの願い

                               


「で、何がご希望でしょうか? ご主人様」
 ランプからもくもくと煙が立ち昇り、その中から姿を現したいかつい顔の、身の丈三メートル はありそうな巨人は、にこりともせずに僕にそう言った。
 誰も訪れない寒い冬の浜辺に打ち上げられていた古ぼけたランプ。まるで魔法のランプみ たいだな、こすればひょっとしてランプの精が出てきたりして……なんて思いながらこすって みたら、本当に出てきたのには驚いた。浅黒い肌、上半身は裸で下は半ズボン、頭にはター バンみたいなのを巻いて腕組みをして僕を見下ろしているその姿は、マンガで見たランプの 精そのものだった。
 僕は頬っぺたを思わずつねった。痛かった。やっぱり夢じゃない!
「ねえねえ、あなた、ランプの精でしょ。三つの願いをかなえてくれるって言う……、あっしま った、これ願いじゃなくて質問だよ、質問は三つの中に入らないよねえ」
「もちろんでございます、ご主人様、今のは願いではなくて質問です。質問は願いのうちには 入りません」
 僕は胸をなでおろした。ショートショートなんかでは、つまらない事をカウントして本当の願 いをする前に、あなたの三つの願いはこれでかなえました、さようなら、と消えてしまう意地悪 なランプの精が出てくる。この精はゴツイ顔はしているけれど、良心的な精のようで安心し た。
「じゃ、さっきの質問。本当に三つの願いをかなえてくれるの?」
「はい、なんなりと。ただし、以前私を拾った人の中にテロリストがおりまして、アメリカを原爆 で吹っ飛ばしてくれ、との願いを受けたことがございましたが、これはお断り申しました。あく まで常識的な願いをお申し出ください」
「ふーん。じゃ、死んだ人間を生き返らしてくれ、とか、タイムマシンで別の時間へ連れて行っ てくれ、なんてのもだめなんだ」
「はい、さようで。さて、一つ目のお願いはやはりお金ですか? こう言っては失礼ですが、お 見受けしたところ、さほど裕福なご家庭のようではないように思えますが」
 ランプの精は僕を上から下まで……僕のもしゃもしゃの髪、古びてあちこち穴が開いてい るジャンパー、つぎだらけのよれよれのズボン、ボロボロの靴……を無遠慮にじろりと見な がら言った。
「うーん、ちょっと待ってね……」
 僕は目をつぶった。すると、僕と同じように薄汚れた服を着た妹の姿が浮かんできた。そう だ、願うならあれだ! 僕は目を開け、ランプの精に言った。「お雛様がほしいな」
「お……ひな……さまぁ?」
 ランプの精は口をぽかんとあけ、片方の眉をキュッと上げ、信じられない物でも見るような 目で僕を見た。「……確かに今日はひな祭りが近い日ではありますが、そんな物でよろしい んですかぁ?!」
「うん、七段飾りとか、いっぱいくっ付いてるのじゃなくて、小さい安物でいいんだ。お殿様とお 姫様が並んでるのが一つの箱に入っているようなやつ」
「しかし……、お金がほしいと言って下されば、金貨を差し上げますものを。その金貨なら、 立派なお雛様が何百個でも買えますぞ。それでもそんなちっぽけな願いがいいと?」
「うん、お金は欲しいけど……、でも、いらない」
「どうしてでございます?」
「自慢じゃないけど、今行っている小学校の生徒の中で、うちが一番貧乏だと思う。おかあさ んは朝から晩まで働きづくめで、いつも疲れていて……。おとうさんが生きていてくれたらよ かったのに。だから、お金がほしかったんだ。お金がいっぱいあれば、お母さんを楽にさせら れる、いつもそう思っていたから、ある日僕は……盗んでしまったんだ、他の人のお金を」
「ほう、それで?」
 ランプの精は僕の身の上に興味を持ったらしい。身を乗り出して僕の話を聞いている。そ の顔には最初出てきた時のような冷たい色は消えていた。それどころか、眉を寄せて僕の話 を聞いている彼の目には、明らかに僕への気遣いがあった。顔に似合わず、けっこう優しい 性格のようだ。僕は話を続けた。
「財布を拾ったんだ。それもお札がいっぱい入っている財布を。すぐに交番へ届けようと思っ たんだ。でもこのお金があったらおかあさんの新しい服が買える、僕と妹の小学校の給食代 も、まだ払ってくれないんですか、なんてしょっちゅう言われなくてもすむ、それからディズニ ーランドへ一度行って見たい、なんて思いながら歩いてたら、もうアパートに着いてたんだ。 家に入ったら、おかあさんが夜の仕事に行く前に僕たちのご飯の支度をしてて、でもすぐに 僕の様子がおかしいのに気が付いて、問い詰められて、僕は白状したんだ。
 そしたら、おかあさん、わあわあ泣きながら僕をぶった。生まれて初めてだった。おかあさ んが言った。『貧乏はしてるけれど、泥棒の子供を育てたつもりはありません』って。それか ら今度は、自分の体を叩き始めた。『お前をそんな悪い子にしてしまったのも、かあさんが悪 いの。全部かあさんが悪いのよ』って言って、もっと激しく泣きながら。僕も泣いちゃった。先 に帰っていた妹も泣き出した。そして三人で抱き合って、わあわあわあわあ、いつまでも泣き 続けたんだ」
 心の中にその場面が浮かんだ。僕の目から涙がこぼれていく。
「さ、さようでございますか……」
 ランプの精の目も潤んでいた。はなをすすり上げている。僕はさらに続けた。
「結局、お金は交番に持って行ったよ。そのあとで、おかあさんが言ったんだ。僕の目をじっ と見つめながら、『たしかにうちは貧乏よ。きれいな服も買って上げられない、おいしい物も 食べさせて上げられない。かあさん済まないと思ってる。でも生きていくだけで今は精一杯な の。もうちょっとだけ我慢してね。それからもう一つだけお願い。汚い服を着ていても、心まで 貧しくならないで。お天道様の下を胸を張って歩いていける人間になって。それがかあさん、 一番うれしい事なの。どう? 約束できる?』って。だから僕はその時誓ったんだ。おかあさ んが喜ぶ人間になるって。おかあさんと指きりげんまんもしたし」
「えらい! 本当にそうなってくださいませ、ご主人様」
 ランプの精は僕の頭をなでながら、そう言ってふうっと一つ息を吐いた。「久しぶりに感動さ せてもらいました。いやね、願いを言う人間のやつら、欲の皮が突っ張ったヤツばかりで、こ れが仕事とはいえ、いつもむかつきながら願いをかなえてやっているんでございますよ。でも 今日は実にすがすがしい。こんなさわやかな気持ちになったのは初めてございます。こうなっ たら、あなた様が嫌と言っても、どうしても金貨を差し上げたくなりました。どうか、願いを変 更してくださいまし」
「だから、だめなんだよ、お金はもらえないんだよ。お金をもらって家に帰って、ランプの精か らもらいましたって言っても、信じてもらえると思う? 僕が約束を破って、どこかからまた盗 んできたと思って、おかあさんを悲しませるだけだよ。そんな事、絶対出来ない」
「な、なるほど。金貨を差し上げるのはあきらめました。でも、安物のお雛様のお願いの方は もうちょっとグレードアップさせてはいただけないでしょうか。多分、妹様に差し上げるつもり なのでしょうが、もうちょっと豪華に」
 僕は首を振って断った。
「それもだめだよ。安物の人形なら、七段飾りを買った家があって、いらなくなった古いのが 捨ててあったから持ってきたって、どうにかおかあさんに説明出来るけど、豪華なのじゃ言い 訳が思いつかない。それにちっぽけなのだって、妹は喜んでくれるはずだよ」
「やはり、妹様に差し上げるわけですね」
「うん、妹は学校でいじめられているんだ。汚い、臭い、風呂に入るのは一年に一度くらいだ ろう、なんてからかわれて。付けられたあだ名が……ゾウキンなんだ」
「それはひどい!」
「で、ひな祭りが近いだろ。またからかわれたんだ。お前のうちには、お雛様なんか絶対ない だろう、何しろゾウキンだからな、って。妹は……泣いてた。だから欲しいんだ。ちっちゃくて いいから、お雛様を」
「ご事情は大変よくわかりました。私の気持ちには反しますが、安物のお雛様のお願い、確 かにお受けいたします。いやあ、私がこれまでにお受けした願いのうちで、二番目に質素な お願いでございますなあ」
「二番目って言うと、一番目があるんだね」
「はい、でもこれは人間のお願いではありませんでした」
「というと?」
「ハエでした」
 ランプの精はしかめ面で答えた。「ハエがたまたま私のランプの上に止まって、手すり足す りした時、何かのはずみでランプをこすってしまったのでございます。ハエとは言えど、こすら れたら出なければなりません。そこで『ハエのご主人様、三つの願いをどうぞ』と言いました ら、ハエのヤツ、首をコキコキさせながら『うん、でっかい臭そうなウンコを三つ』ですと。あの 時はさすがに参りました。あ、つまらない事を申してしまいました。二番目の願いをどうぞ、お っしゃってください」
「二番目、ねえ。うーん、何にしよう。そうだ、僕、不思議に思うんだけど、願いの品物だのお 金はどこから持ってくるの? だってあなたは半ズボンに上は裸で、とてもお金持ちには見え ないもの」
「これはコスチュームでございます。貧乏だから裸なわけではございません」
 ランプの精は少し嫌な顔をしたが、すぐに元の顔付きになって言った。「それから、今のご 質問ですが、これはいわゆる企業秘密みたいなもので、ちょっとお答えいたしかねます」
「それじゃ、質問じゃなくて、お願いとしてならいいのかな。お雛様のほかには欲しいものはな いから、二番目はそれにしたいんだけど」
「おお、なんと無欲な。では、本当なら願いとしてでもお引き受けできない内容なのですが、あ なた様の無欲さには負けました。秘密を漏らすに値する、信頼度A級の人物としてあなた様 を認め、特別にお見せすることにいたしましょう。アパラパー、アブラカダブラ、エフカップブ ラ、えいっ!」
 ランプの精が呪文を唱えると、突然まわりの砂浜が消え、僕は海の底にいた。魔法がかか っているらしく、水の中なのに呼吸ができた。かなり深い所にいるのかもしれない。横にいる ランプの精が指先から光を発して、前方がスポットライトの様に明るくなっている所のほかは 真っ暗だった。
「あれでございます」
 ランプの精が示すスポットライトの所には、朽ち果てた難破船が海底に横たわっていた。 「金銀財宝を乗せたまま沈んでいる船が、世界にはたくさんございます。そこからちょいと金 目のものをいただいてくるのでございます。せっかくですから、船の中をご覧になりますか?  ただし、ガイコツもごろごろしてはおりますが」
 ぷるぷるぷる。僕はあわてて首を振って断った。
「ご納得いただけたようですので、次。アパラパー、オン、マエノカー、チャンデ、ベッソー、え いっ!」
 場面がまた変わった。どこかの広い工場のようだ。高い屋根の下で、たくさんの人たちが 忙しそうに働いている。人種もさまざまだ。すぐ近くでは、ミシンをかけたり布を裁断したり、 あるいはきれいにラッピングしたり、と、どうやら色々なぬいぐるみを作っている人たちがい る。そのもっと向こうには、彫刻刀を手に木彫りの人形を作っている人たちがいる。さらに向 こうには、きれいな紙を使って人形を作っている人たち……と、種々雑多、膨大な数の人形 がここでは作られているようだった。
「ここが人形部門の第一工場でございます。もっと奥の方には雛人形タイプの人形を作って いる所もございますので、あとで注文して出来立てほやほやのを持ってまいりますね。とにか く仕事が速くて、注文するとあっという間に作ってくれるものですから、私もよくここを利用す るのでございますよ。おまけにタダだし」
「タダ? 無料なの?」
「はい。この工場のほかにも、プラスチック製品工場、金属製品工場、木製品工場、電気機 械工場、園芸品工場、あるいはペット飼育場とか、ありとあらゆるものを扱っている工場がた くさんございますが、そこでできたものはすべて無料でございます。オーナーの方針ですの で」
「ここは……一体どこなの? そのオーナーって一体誰なの?」
 僕は疑問だらけの頭でまわりを見回しながら言った。
「あなた様もよくご存知の方でございますよ。ほら、あそこにいる」
 ランプの精が指差すほうを見れば、赤い服を着た人が工場内を忙しそうに駆け回って、現 場の人となにやら打ち合わせか何かの話をしている姿が見えた。小太りで、めがねを鼻の 上にちょんと乗せ、白いひげを生やして……。あっ、あれは……。
「サンタクロース……サンタさんだ」
「そう、サンタさんでございます。では私は雛人形を注文してまいりますので、その間、サンタ さんとお話でもしておいてください」
 そう言うと、ランプの精はサンタさんに走りよって言葉を交わすと、そのまま工場の奥の方 に消えて行った。サンタさんが代わりにやってきた。
「メリークリスマス、ぼっちゃん、ようこそわが工場へ」
 大きなはっきりした声が、僕に投げかけられた。
「うわっ、本物のサンタさんだ。ええと、あの、メリークリスマス」
 僕も挨拶をした。サンタさんは白いあごひげを指で掻きながら、人なつこい素敵な笑顔を僕 に振りまいた。
「ランプ君から話は聞いたよ、ここを見たいんだってね。どんどん見なさい。訊きなさい。何で も話してあげよう」
「すごい工場ですね。ここで作ったおもちゃなんかを全世界の子供たちにプレゼントしている ってわけですね」
「そうじゃよ、子供たちの喜ぶ顔が大好きじゃからな」
「でもすごくお金がかかるでしょう。あっ、すいません、お金の話をして。僕、うちが貧乏だか ら、どうしてるのかなって、つい思っちゃうんです」
「ほっほっほっ、子供はそんなことは気にしなくてもいいのに。でも気になるのなら教えてあげ よう。世の中は悪い人も多いが良い人もたくさんいる、ということじゃ。そんな良い人が子供 たちの幸せのためなら、ってお金やら何やらを寄付してくれるんじゃ。イスラム教徒だけど、 考えには賛成ですと、油田をくれたアラブの王様もいたし、金鉱をくれた人もいる。じゃから、 お金がなくなって子供たちへのプレゼントができなくなる心配は全くないんじゃ。そういえば今 日も、大口の出資者が視察に来ていたな。ボルボ13(サーティーン)と言って、愛車のボル ボを走らせて、派手な暗殺事件を何度も起こしている殺し屋じゃ。もっとも、今はベンツに乗 ってるそうだから、ベンツ13、かな。ほれ、あそこにいる」
 そのほうを見て、僕は背筋がぞっとした。鋭く、冷たい目をした長身の男が、刺すような視 線でこちらを見ていたからだ。あわてて目を伏せた。
「殺し屋がなぜサンタの私に金をくれるのかはわからんが、お金はお金。大切に使わせても らっとるよ。噂では、子供の頃、家が貧しくておもちゃ一つ買ってもらえなかったから、それが トラウマになって、顔に似合わぬ仏心を出して寄付を続けているとか言う話じゃ。何でも、子 供の頃住んでいた……」
 そこまでサンタさんが言った時だった。
 ズキューン!
 銃声がこだました。サンタさんが一言うめいた。そしてそのままばったりと倒れた。
「ど、どうしたんですか、サンタさん!」
 あわててサンタさんを抱き起こしたが、すぐに無駄だとわかった。サンタさんの額のど真ん 中に、銃弾が撃ち込まれていた。即死だった。振り返れば、ボルボ13の姿も消えていた。
「ああ、遅かった!」
 いつ帰ってきたのか、ランプの精が僕とサンタさんを見下ろしていた。「サンタさん、地声が 大きくて、遠くからでもボルボ13の話をするのが聞こえておりました。ボルボ13は自分の過 去を暴かれるのが大嫌いだから、余計な話をする前に止めてやろうと思って走ってきました のに。ああ」
 僕たちはしばらくその場に立ち尽くした。すると、
「ソウジシマス、ソウジシマス」
 どこからか、右手にモップ、左手にフックを付けた、電球眼をチカチカさせるロボットがやっ てきて、掃除をし始めた。背中に背負った袋から寝袋のようなものを取り出して手際よくサン タさんを中に入れ、モップで飛び散った血をきれいにすると、寝袋をフックに引っ掛けてずる ずる引きずってあっという間に消えてしまった。その間、近くで作業している人たちは、サンタ さんが倒れた時だけこちらに目を向けたけれど、あとはいちべつもせずに仕事を続けてい た。おまけに、ランプの精までが、
「さあ、行きましょうか」
 と、事件など何もなかったように平気な顔で僕に言ったのには驚いた。
「でも、サンタさんが殺されて、大事件じゃない。それなのにみんな何してるの! 騒ぎもしな いで」
「ああ、あれ。あれは本物のサンタクロースではございません」
「本物じゃない?」
「はい。と言うより、本物のサンタクロースという人物などもうどこにもいないのでございます。 ちょっと考えればお分かりになると思いますが、サンタクロースがプレゼントを配るようになっ たのは、はるか昔。その時、すでに年寄りでした。そんな年寄りがまだ今も生きているとお思 いですか?」
「そ、そう言われりゃ、そうだね」
「さっき撃たれたサンタは、正式には『サンタ・ナンバー69599号』、簡単に言えば、一種のク ローン技術とロボット工学で作られた人造人間でございます。サンタクロースはとっくに亡くな っていますが、半分人間・半分ロボットの人造人間サンタさんは、この世に何万人もいて、世 界中の子供たちにプレゼントを運んでいるのでございます。ですから、サンタさんが一人死 のうがふたり死のうが、ここの人たちは全く気にいたしません。それより、ボルボ13の気が変 わって、あなた様のお命を狙うといけません。お金や品物の出所をお見せして、第二のお願 いはこれで果たしましたので、元の所へ戻ることにいたしますよ。アパラパー、ポーパ、イノ ホー、レンソーハー、コマツナージャ、ダメー、えいっ!」
 呪文が終わると、僕はもとの砂浜にいた。ランプの精が小脇に抱えていた小さな箱をうやう やしく差し出した。
「第一のお願いの雛人形でございます。お受け取りください」
「ありがとう! 妹が喜ぶよ。本当にありがとう!」
 僕は箱の中を見る。小さなお雛様が二体、おすまし顔で並んでいた。
「さて、最後のお願いでございますが、何にいたしましょう?」
「僕、本当に、欲しい物なんかもうないんだ。そんなものより、疑問がもうひとつあるんだ。な ぜ、あなたは、ランプをこすった人に三つの願いをかなえさせる、こんな仕事をしてるの?  好きでやっているようにも見えないのに」
 そう言うと、ランプの精の目が一瞬光った。
「それを知りたいとおっしゃるのですね。ああ、これまでたくさんの人と出会いましたが、いつ も自分が何をもらおうかと考える人ばかりで、私のことなど気にかける方などございませんで した。私の事情を聞いてくださるとは、感激でございます。……実は、今からはるか昔、若気 の至りでどちらの方がこの世界で一番か、と、ある魔法使いと魔法合戦をしたことがござい ます。その結果、私は負け、その時そばにあったランプに閉じ込められてしまいました。おま けに、その魔法使いは私に呪いをかけました。『お前は少しくらい魔法が使えるからと言って いい気になりすぎた。その頭の高さを思い知るがいい。これからお前は、人間のしもべとな り、ランプをこすった者の願いを三つかなえなければならない』そう魔法使いは言ったので す。それからですよ、ランプに封印された私の流浪の旅が始まったのは。魔法は新月の時 は弱くなるので、時々はランプから抜け出しておりますが、いつもはやはりランプの中。こん な生活をもう千年以上続けているのでございます」
「その魔法、どうやったら解けるの?」
「え! それをお聞きになってどうするつもりでございます? ただ、ランプの精よ、自由にな れ、と願うだけでございますが」
「ああそう、僕、願うことがないから、三番目のお願いはそれにしてあげるよ。……ランプの 精よ、自由になれ!」
 そう言った途端、砂浜に転がっていたランプがバチンと大きな音を立てて砕け散った。ラン プの精はそれを目が飛び出しそうなほど目を剥いて見ていたが、やがて満面の笑みになっ て僕に振り向いた。僕の手を痛くなるほど握り締める。
「魔法が消えました! 私を縛っていた呪いの力がもう感じられません。自由です、ああ自由 になったんだ! ありがとうございます、ありがとうございます。三つの願いのうち、一つを私 のために使ってくださるような無欲の人など、未来永劫に現れないとあきらめておりました。 夢のようでございます。このご恩は決して忘れません。おお、エネルギーが体いっぱいに満 ちてきた。喜びが大きすぎて、じっとしてはいられません。うわっ、体が勝手に動く。こりゃ、 地球を五、六週回ってこないとおさまらん。助けていただいたのに勝手なことを申しますが、 これにて失礼いたします。ありがとう! ありがとうございました!」
 そういい残すと、ランプの精はミサイルみたいにすごいスピードで空へすっ飛んでいった。
 あとには誰もいない浜辺に僕だけ。手には残していった雛人形の箱。
 僕は箱の中をちらりと見た。高価なものはだめ、と注文したその通りに、安物の人形が僕 に向かって微笑んでいた。
「人間を生き返らせる願いは無理だって聞いたから、こんな物にしたけど……。ふん、本当 に安物のガラクタだ」
 僕は箱を砂の上に叩き付けた。足で踏みにじる。あっけなく箱は壊れ、中の人形もばらば らになった。数度踏みつけたあとには、もう残骸しか残っていなかった。その時、後ろから、 人の気配が近づいてきた。はあはあ息を切らしている音がする。すぐ後ろまで来ると、僕に 話しかけてきた。
「どこにいらっしゃったのですか、ぼっちゃま。じいはずっと捜しておりました」
 振り返れば、じいやの顔があった。
「うん、この浜辺で魔法のランプを見つけてね。ランプの精と遊んでたんだ」
「また、そんな見え透いた嘘を。ぼっちゃまのことを陰でみんなが何と言っているかご存知で すか? 嘘つき少年と言っておるのですぞ。それも、どんどん手の込んだ嘘になってきて。も ったいない。家庭教師たちがみんなびっくりするほどのIQをお持ちなのですから、それをい い方向に伸ばしたらどんなに素晴しいことでしょうに。それなのに最近は『乞食ごっこ』とか言 って、汚い格好で町をお歩きになって。おぼっちゃまは将来、三友グループ総裁のお父様の あとを継ぐお方。なげかわしくて、じいは胸がつぶれる思いでございます」
「だけどさ、じい、貧乏人の格好で庶民の家に転がり込んで、お金を落としたから貸して欲し いとか、何か食べさせてくれだの言うと、色々な扱いをされるんだ。これが面白い。邪険にさ れたり、反対に同情されて親切にされたり。そしてそのあとに、この姿は仮の姿、実は……と 言って、親切にしてくれた人にはベンツ一台プレゼントしたりすると、びっくり仰天、時々失神 したりする人もいるんだから、面白くて『乞食ごっこ』はやめられないよ。いや、それよりも、 邪険にした人は僕の正体を知って、なぜ親切にしとかなかったんだろう、って、地団駄踏んで 悔しがる。そっちの方が面白いな。ふふふ、嘘つきは楽しくて楽しくて」
「またそんなことを。今日も海へ行ってスケッチをしたいな、なんておっしゃるから、町中じゃ ないから大丈夫だろうと思ってお連れしたら、姿をくらませて。おまけにどこに隠していたの か、また『乞食ごっこ』の服なぞまとって」
「今日の嘘はうまくいったぞ、じい。僕の家が貧乏な家で、貧乏な妹と母親がいるって想像し たら、涙まで出てきた」
「そんな話はおやめください。お母様が亡くなられてから、お寂しいだろうと思って大目に見て きましたが、ものには限度がございます」
「ママの話はするな! あんなヤツ、大嫌いだ!」
「とにかく、おうちへ帰りましょう。さあ、そんなむさくるしい服はお脱ぎになって……」
「やだよ。僕はネクタイの服なんて嫌いだ。こっちの服の方がいい。それに、僕のことを嘘つ きだって言うけど、じいだって嘘つきじゃないか。いつもいつも、じいは悲しゅうございます、 皆様に申し訳ないから、腹を切ってお詫びします、なんて言ってるくせに、僕はじいが腹を切 ってるの見たことないぞ」
「またそんなことをおっしゃって……。とにかくその服を……。あっ、どこにいらっしゃるつもり です。お待ちください、ぼっちゃま! ぼっちゃまーっ!」
 僕はじいを振り切って走り出した。みんな大っ嫌いだった。
 嘘つき! 嘘つき! 
 僕の心の奥底で、もう一人の僕が泣きながら叫んでいる。その声が心の中でこだまする。
 ──ママなんて大っ嫌いだ! ヨーロッパへ一緒に行こうって約束してたのに、その約束も 守らないで、勝手に病気で死んじゃって! 嘘つき! 嘘つき!
 走り続ける僕の目から涙が流れてきた。その涙は、嘘をついたときに流れた涙とは違い、 いつまでたっても止まろうとしなかった。
                            (了)
 



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