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エルキントン社のシルバープレート技術と明治新政府の岩倉使節団
シルバーウェアを探していると、細工は素晴らしく、またコンディションも良好なのに、その品がシルバープレートであって、スターリングシルバーでないと分かって、ちょっとがっかりすることがあります。
シルバープレート、つまり銀メッキの品には、私を含めて日本の多くの方はあまりよい印象を持ちません。「メッキが剥げる」という言い方に代表されるように、言葉自体に悪い意味を感じることもあるのでしょう。
しかし手仕事の素晴らしさ、細工の美しさを感じさせるシルバープレートの品に出会うことがしばしばあります。実際に使ってみても、しっかりしたプレートであれば日常使いでプレートが容易く剥げてくることはありません。お手入れもシルバー製品と同様にシルバーポリッシュの布で磨いてもらえば銀の光沢を維持できます。 それではシルバープレートの品とどう付き合っていったらよいのでしょうか。私なりの考えを先に申し上げると、コンディションがまず良好で、細工が素晴らしく、職人さんの心意気が伝わってくる品であれば、シルバープレートの品であっても取り入れていったらよいのではと思うようになりました。
付き合い方を考えるには、そもそもシルバープレートとは、いったい何で、その歴史はどうなっているのか知っておくことも有効でしょう。
シルバープレートと一口に言っても、実際には二種類あります、さらにその歴史においてエルキントンという会社が主要な役割を果たしています。以下ではエルキントン社の略史を中心にしてシルバープレートについて解説します。
(写真1)ヴィクトリアン後期 シルバープレート プリザーブスプーン
手彫りの透かしが美しいプリザーブスプーンです。柄先の扇模様は日本のモチーフをとり込んだオーセンティック ムーブメントの一環です。

エルキントン社は従兄弟どうしの二人のエルキントン氏によって設立されました。
スターリングシルバーの銀製品も数多く残していますが、この会社の名声はエレクトロプレートの技術を完成させ、普及させたことにあります。
ヴィクトリア期の大発明時代にあって、当時の科学者の間で開発されつつあった電気メッキ実験の行方を注意深く見守っていたのが、エルキントンでした。
銀を溶かしたシアン化溶液の中に金属を入れ、電極を通じて電流を流すと金属の表面に銀が付着するこの実験を、当時おもしろい見世物として見る人はいても、ビジネスになると考える人はエルキントンの他にはありませんでした。
エルキントン以前のシルバープレートは、熱処理して溶かした銀を金属表面に付着させるフューズドプレートと呼ばれた1742年開発の技術が主流でした。この古い技術を用いてシェフィールドのメーカー達がシルバープレートウェアの一大産業を築いていたことから、シェフィールドプレートとも呼ばれます。
エルキントンは注意深く、電気を用いるこの新技術に関する数々の特許を手に入れ、外堀を埋める格好にしてから、シェフィールドプレートに対抗するエレクトロプレートとして1840年商業生産をはじめました。
エルキントンの新製品を当時の人々は驚きを持って迎えました、エレクトロプレートは古い技術に比べ、細部にいたる銀メッキが可能で、仕上がりがより美しく、丈夫で長持ちし、そして今までの物より安かったのです。
こうした事実が明らかになっても、シェフィールドプレートのメーカーはそれまでに築いた圧倒的な地位に安住して、シェフィールドプレートの地位は安泰なものと楽観していました。彼らは、エルキントンの人気は一時的なもので、人々はすぐにエルキントンに飽きて、またシェフィールドプレートに戻って来るだろうと考えていたのです。
1851年のロンドン万国博覧会でも、当時、主流であったシェフィールドのメーカーを後ろ盾にもつ産業界の長老達からは、エルキントンの革新的な仕事は評価されずに終わりました。
ところが衰えるはずのエレクトロプレートの人気はますます高まるばかりで、ついに今度はエルキントンが、逆にシェフィールドのメーカーたちを圧迫するときがやってきました。
注意深くあらゆる関連特許を押さえてあったお陰で、膝を屈してエレクトロプレート技術の使用許可を求めてきたシェフィールドのメーカーに対して、エルキントンは、初期登録料が1000ポンド、さらにこの技術を利用して銀を1オンス使う毎にいくらというように、高額な特許使用料を要求しました。
この使用料が払えないシェフィールドの中小メーカーがまず仕事を失い倒れました。
そして1875年までにはシェフィールドの有力メーカーも3分の1に減っていました。
エルキントンは事業を拡大する過程で敵対メーカーの買収もおこない、いつしか当時最高の技術を持った職人たちを抱えるメーカーに成長していったのです。
エルキントンの成長過程は、メーカーの淘汰が進み、厳しい競争ゆえに、残ったメーカーの技術が飛躍的に向上した時期でもありました。
シルバープレートの歴史を概観した上で、最初に述べた私なりのシルバープレートとの付き合い方を、もう一度まとめて申し上げれば、ヴィクトリアン後期以降のシルバープレートには質、デザインともに素晴らしい品も見受けられるので、コンディションがまず良好で、細工が素晴らしく、職人さんの心意気が伝わってくる品であれば、シルバープレートであっても取り入れていったらよいのではないでしょうか、ということになります。
(写真2)ヴィクトリアン後期 シルバープレート バターナイフ、ピクルフォーク、プリザーブスプーン セット
柄の先にある通常はイニシャルを入れる部分がハートの形をしています、忘れな草の模様と合わせて、ヴィクトリア期に好まれたモチーフです。

今から約130年前、当時のエルキントン社と日本を繋ぐ糸がありますので、これも合わせてご紹介しておきましょう。
明治維新から数年後の1872年に、欧米の進んだ制度や技術について見聞を広げ、新政府の政策に活かすことを目的として、岩倉具視を代表とする使節団が欧米に派遣されました。使節団は一年十ヶ月に及ぶ大旅行をして、米、英、仏、独等、当時の先進国を見て回り、イギリスには四ヶ月滞在しました。
イギリスでの見聞記録は岩波文庫の収録されており、『特命全権大使米欧回覧実記(二)』として今日でも、この130年前のアンティークな記録を読み返すことが出来ます。380ページに及ぶ大著ですが、すべては当時の英国の制度や技術を日本人の手で分析し報告したものです。使節団は、先進的な制度や技術を見学させてもらいながら、ロンドンからスコットランドまで見て回っています。当時の日英の格差は圧倒的でしたから、見るもの聞くもの、驚きの連続だったはずです、冷静な分析ながらこの書物の随所にその様子が現われています。
エルキントン社は当時英国でも一流の会社に成長しており、エレクトロプレートの技術を独占する会社として、使節団の工場見学のスケジュールに加えられていました。
報告書はエレクトロプレート技術にページを割いて詳細な報告を行っていますが、今読んで興味深いのはその先のくだりです。
『エルキントン氏会社の金銀器製造場に至る……(エレクトロプレート技術に関する詳細な報告は中略)……また、この場に日本の銅器、象嵌細工、七宝塗り等をあまた蓄え、苦心して模造をなせり。銅細工の場に、日本の紫銅の火鉢に、紫式部石山日記の図を彫刻したるものあり、……(中略)……その模鋳せるあり、その顔貌は真物に異ならず。凡そ西洋にて模造をなすものは、その原品の名誉ある証なり。社中の人より、日本にて象嵌の細工は、いかなる秘術ありて之をなすや、この場にて種々に術をかえて、模造すれども似ずとて、しきりにその術を学ばんことを望めり。また七宝塗りを模造せる場において、贋造と真物とを並列して、覧定せんことを要求せしによって、之を見るに鳳凰桐葉の画なるを、只に一の花紋を模するかの如くに模描し、一目にて真仮は判然なりしかば、皆その似ざることを嘆息せり。また柿本人麻呂像を持ち出して、その人は何人にて、略伝如何を問いけるにより、千二百年前の高名な歌人であることを述べたれば、喜びて筆記し、之に付箋したり。』
英国の先進技術を見学に行った使節団が、逆に日本の工芸技術について、エルキントンのイギリス人技術者から質問攻めにあって、多いに面目をほどこした様子が見て取れます。柿本人麻呂の挿話に至ってはそのほほえましい情景が眼に浮かび、当時の日本人でなくても鼻が高い思いです。
1853年のペリー来航以来、日本の工芸が広く西欧に紹介され、シルバーウェアの世界にも日本の伝統的なモチーフとして蝶などの虫、飛翔する鳥、扇、竹、さくら等のデザインが取り入れられていきました。1870年代、80年代のこうした潮流はオーセンティック ムーブメントとして知られていますが、その取り組みが真剣なものであったことが、使節団の報告書からも窺い知れます。
当時の最有力シルバースミスであったエルキントンで、日本工芸の研究がこれほど進んでいたのは驚きです。その影響が直接、間接にヴィクトリアンシルバーにも現われているわけで、遠いところで日本ともつながっていることを思うと、アンティークシルバーに対してあらためて親しみを覚えます。
(追記)
お客様から『特命全権大使米欧回覧実記』について、
「慶應大学出版会から現代語訳も出版されており、たいへん読みやすいです。 ご参考まで。
http://www.keio-up.co.jp/iwakura/index.html
」 との情報をいただきました。
情報提供ありがとうございます。 私もさっそくアマゾンで第二巻イギリス編を注文いたしました。 ちなみに、上記の四六判上製
全五巻を購入すると、けっこうなお値段になってしまいますが、普及版で第二巻のイギリス編だけでしたら1890円となります。
原文の岩波版は文語調の漢字とカタカナによるもので、通読に時間がかかって苦労しておりましたが、助かることでしょう。 それにしても、四百年前のシェイクスピアが今でも読めるのに、百四十年ほど前の米欧回覧実記は難しいというのは、どういうことか、これが日本の発展ということなのでしょうか。
(写真3)ヴィクトリアン後期 ジャポニスム シルバープレート ジャムスプーン


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