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アンティーク スターリングシルバー バターナイフ
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No. 5047 エドワーディアン スターリングシルバー バターナイフ
長さ 15.2cm、重さ 20g、ブレード最大幅 2.0cm、1904年
シェフィールド、Henry Williamson Ltd作、一万四千円
ブライトカット様の手彫りのエングレービングが効いており、光の反射が美しいエドワーディアンのスターリングシルバー バターナイフです。
線状に見える切れ込みと切れ込みの間の部分も、緩やかな切面を持たせた彫りになっており、角度の異なる二種類のファセット(彫刻切面)が交互に配列されている点で、ブライトカットの一つの様式となっています。
英国でアンティークという言葉を厳密な意味で使うと、百年以上の時を経た品物を指します。 このバターナイフが作られたのは1904年ですから、少し前に正式なアンティークに仲間入りしているわけです。 日本における1904年といえば日露戦争の頃にあたり、ずいぶんと昔のことになりましょう。 やはり百年経っているということは、アンティークとしての大きな魅力になると思うのです。
シルバースミスのHenry Williamson Ltdは、ヴィクトリアン中期の1865年にヘンリー・ウィリアムソンが創業した銀工房です。 1895年には時計店を買収して小売部門を拡張し、1899年に今度はファクトリーを買収して製作部門を強化しています。 ヴィクトリア期の最後の頃には、シルバー部、シルバープレート部、ジュエリー部、時計部、眼鏡部等を抱える大きなビジネスに成長していたようです。 1920年代には、英国産業フェアやスペイン バルセロナのフェアに出展したりと活躍しましたが、1929年世界大恐慌のあおりを受けて店を閉じました。 このバターナイフはエドワーディアンで1904年の製作ですから、H.
Williamson Ltdが最も勢いの盛んだった頃の品と言えそうです。
写真二番目で柄の裏面に見えるブリティッシュ ホールマークがどれもしっかり深く刻印されているのもよいでしょう。 ホールマークは順にシェフィールド アセイオフィスの王冠マーク、スターリングシルバーを示すライオンパサント、1904年のデートレター、そしてHenry
Williamson Ltdのメーカーズマークになります。
No. 5436 ヴィクトリアン スターリングシルバー バターナイフ
with ピアストワーク
長さ 19.0cm、重さ 43g、ブレード最大幅 2.8cm、透かし柄の最大幅
1.85cm、最大厚み 4mm、1856年 ロンドン、二万七千円
このバターナイフが作られたのは今から150年以上の前のヴィクトリアン中期にあたる1856年です。 柄にはピアストワークが施されています。 この透かし細工をルーペで詳細に見てみると、断面には糸鋸を引いたギザギザ跡が残っていて、時間のかかった手仕事であることが分かります。 大きくてしっかりした雰囲気の品で、柄元のデザインや透かし柄の様子からもヴィクトリアン中期の時代の勢いを感じさせてくれるところは好感が持てます。
英国でアンティークという言葉を厳密な意味で使うと、百年以上の時を経た品物を指し、この品が作られたのは19世紀半ばですから、余裕でアンティークのカテゴリーに入ります。 アンティークにもいろいろありますが、やはり百五十年という古さは大きな魅力となりましょう。
この品が作られた頃の日本史年表を眺めてみると、三年前の1853年には黒船来航で、『太平の眠りを覚ます上喜撰(蒸気船)、たった四杯(四艘)で夜も眠れず』の狂歌が流行っています。 四年後の1860年には、安政の大獄で引き締めを図った幕府の大老・井伊直弼が江戸城桜田門外の変で暗殺され、以降は幕府の権威も地に落ちて、明治維新への流れが決まっていく激動の時代でありました。 そう考えてみると、このアンティークがいかに古い品であるかお分かりいただけると思います。
英国のシルバーウェアではピアストワークの品を時々見かけますが、その制作年代を見てみると1920年代以降の作であることが多いようです。 この品はヴィクトリアン中期の透かしデザインということで、透かし物の走りとも考えられ、アンティークとしてはレアものの範疇に入るかと思います。 また、そもそもバターナイフの歴史はそれほど古くないので、1856年作のこの品はバターナイフとしても初期のアンティークと考えられます。
ブレード裏面には、ロンドンレオパードヘッド、1856年のデートレター、スターリングシルバーを示すライオンパサント、ヴィクトリア女王の横顔でデューティーマークがしっかり刻印されていますが、メーカーズマークはあまくなっていて、判読が困難です。
このバターナイフが作られたヴィクトリア時代の様子については、「英国アンティーク情報」欄の「31. 『Punch:1873年2月22日号』 ヴィクトリアンの英国を伝える週刊新聞」と「14.Still Victorian」の解説記事もご参考ください。 また、バターナイフの歴史について詳しくは、「9.トラディショナル イングリッシュ バターナイフ」の解説記事をご覧ください。
No. 6240 ヴィクトリアン スターリングシルバー バターナイフ
with マザー オブ パール ハンドル SOLD
長さ 20.2cm、重さ 53g、ブレード部分の最大幅
2.9cm、マザー オブ パールの最大幅 2.0cm、最大厚み
0.95cm、1874年 シェフィールド、Hilliard &
Thomason作、三万二千円
バターナイフは元々バタースペードという鏝状(こて状)のシルバーウェアから発展してきた経緯があります。 このバターナイフは写真三番目にありますように、ブレードと柄のつなぎ部分に、こて状バタースペードの面影を残し、湾曲したブレードを持つヴィクトリアン中期の品で、バターナイフの歴史的発展過程を示しており、博物館的な興味を感じさせてくれるアンティークと言えましょう。
裏面に四つのブリティッシュ ホールマークがしっかり深く刻んであるのも好印象です。 Hilliard
& Thomasonのメーカーズマーク、ヴィクトリア女王の横顔でデューティーマーク、スターリングシルバーを示すライオンパサント、バーミンガム アセイオフィスのアンカーマーク、そして1874年のデートレターが刻印されています。
メーカー名は一流で、当時の最高峰の一つと言ってよいでしょう。 「Hilliard
& Thomason」は1837年にバーミンガムで、John
Hilliard によって会社が起されました。 1840年にはJohn
Thomasonとパートナーを組んで、以降はH&Tのメーカーズマークを使っています。 初めの頃は、スナッフボックス、ビネグレット、ワインラベル等の品で人気があったようですが、次第に商品の幅を広げていきました。 1851年の万国博覧会には、ナイフ、フォーク、スプーン等のフラットウェアも出展しています。 当時から評判も上々で、「極めて美しく、そして上品に仕上がっており、デザインも巧妙かつ強い印象を与える。」との賛辞を得ています。
バターナイフの歴史について詳しくは、英国アンティーク情報欄の9.トラディショナル イングリッシュ バターナイフをご覧ください。
No. 5960 エドワーディアン スターリングシルバー バターナイフ
長さ 12.9cm、重さ 12g、ブレードの最大幅 1.9cm、柄の最大幅
1.15cm、柄の最大厚み 2mm強、1903年 チェスター、一万六千円
今から百年と少し前に作られたスターリングシルバーのバターナイフで、小振りながら手彫りのエングレービングが素晴しく、芸術品の領域に入るアンティークと思います。
彫刻デザインの波模様はオーソドックスなヴィクトリアンおよびエドワーディアン アンティークの特徴です。 波模様のウェーブパターンは、Continuation(続いていくこと)や
Eternity(永遠)を象徴するクリスチャンモチーフで、ヴィクトリアンやエドワーディアンの時代に好まれました。
波模様の背景で色合いが濃く見える部分は、1ミリ間隔に何本もの彫刻線を引いて影を付けていった細工で、手仕事としては限界的な繊細さを持っていることがルーペで見ると分かります。 写真では十分にその繊細さがお伝え出来ませんが、アンティークハント用のルーペがお手元にあれば、眺めているだけでも楽しめるアンティークに仕上がっています。
さらに各パートを詳しく見ていくと、柄のねじれデザインは装飾的な美しさを追求すると同時に、強度のアップにも役立つ構造です。 私はどうしてもこのエドワーディアンの小品が、実用品と言うよりも鑑賞用なのではないかと思えてなりません。
柄の表側には四つのブリティッシュ ホールマークが刻印されています。 ホールマークは順にスターリングシルバーを示すライオンパサント、チェスター アセイオフィスのシティーマーク、1903年のデートレター、そしてメーカーズマークとなっています。
この品が作られた当時の時代背景については、「英国アンティーク情報」欄の「14.Still Victorian」の解説記事を、そして英国のバターナイフの歴史については、「9.トラディショナル イングリッシュ バターナイフ」もご参考ください。
No. 7311 スターリングシルバー バターナイフ
長さ 13.7cm、重さ 20g、1942年 シェフィールド、一万二千円
孫悟空が空を飛ぶ雲のような形はユーモラスで、英国のバターナイフとしては珍しいブレードの形をしていますが、裏面にはブリティッシュ ホールマークが刻印されています。
No. 5770 スターリングシルバー バターナイフ
with ジェイド(翡翠)ハンドル
長さ 13.4cm、ブレードの最大幅 1.95cm、重さ
15g、翡翠ハンドルの最大幅 1.05cm、厚み 5mm、一万六千円
ジェード(翡翠)ハンドルの翠色が美しい、スターリングシルバー バターナイフで、「NEWZEALAND」の文字とブレード部分の飾り彫りはハンドエングレービングです。 差込み式のシルバー柄にマザー
オブ パールやジェード等のハンドルがついた、このタイプのバターナイフはあまり見かけないので、まず珍しい品といってよいでしょう。
ブレード裏面にはスターリングシルバーを示す「STERLING」の刻印とメーカーズマークがあります。 英国のホールマークはありませんが、スターリングシルバーと翡翠の素材を使っていることから、当時の英国を取り巻く状況を考え合わせると、ニュージーランド製であることの察しがつきます。 当時は大英帝国の海外版図が拡大し、ニュージーランド産のジェードが多く本国にもたらされた時期で、1920年頃までこうした状況が続いていたのです。
No.5560 エドワーディアン スターリングシルバー バターナイフ SOLD
長さ 16.5cm、重さ 28g、ブレードの最大幅 2.3cm、柄の最大厚み
2mm、1905年 シェフィールド、John Round &
Son Ltd.作、一万七千円
今から百年以上前のエドワーディアン半ばに作られたスターリングシルバー バターナイフです。 ブレード部分と柄に施された手彫りのエングレービングがとても繊細で上品な印象に仕上がっています。
28グラムと持ちはかりがあって、持った感じがしっかりしているのは英国風ですし、ブレード背の
two notchesなどトラディショナル イングリッシュ バターナイフの特徴もよく備えたアンティークと思います。 古い品ですが、コンディション良好で綺麗なのもよいでしょう。
柄の裏面に刻印されたホールマークは順に、シェフィールドの王冠マーク、スターリングシルバーを示すライオンパサント、1905年のデートレター、そしてJohn
Round & Son Ltd.のメーカーズマークです。
メーカーのJohn Round & Son Ltd.はシェフィールドの大きなシルバースミスで、アンティークとしても今日でもよく見かける有名メーカーの一つです。 ジョン・ラウンドによって1847年シェフィールドで創業され、当初はスプーンとフォークのメーカーでした。 職人技の素晴らしさとデザインの優雅さで、次第にその評価を確立して、息子のエドウィンをパートナーとして迎える頃には、銀器なら何でもこなすシェフィールドの大メーカーに成長していました。 第一次大戦を境にしてイギリスの国力が衰えていくと、多くのシルバースミスも衰退していった中で、John
Round & Sonは1962年までシルバースミスとして仕事を続けていたというのも珍しい例と思います。
No. 5475 スターリングシルバー バターナイフ
長さ 13.5cm、重さ 18g、ブレード部分最大幅
1.85cm、最小幅 1.25m、柄の最大幅 1.3cm、1946年シェフィールド、James
Dixon & Son作、一万三千円
小振りな品ですが、手元に置いて見るほどにフォルムが美しいバターナイフと思います。 いくつかの方向から写真を撮ってみました、純銀バターナイフの優雅な雰囲気が伝わりますでしょうか。
ブレードの先の方は最大横幅が1.85cmありますが、中ほどは絞りが入って1.25cmになり、綺麗な流線型のフォルムになっています。 華美な彫刻はありませんが、品のよいフォルムは十分に美しく、磨きぬかれたソリッドシルバーの輝きを楽しむのも、またよいのではと思わせてくれます。
お客様から、なるほどと思わせていただいたお話がありますので、ご紹介させていただきましょう。
『先日北海道では珍しい大型台風が通過し、短時間ですが停電となってしまいました。夜、仕方がないので古い灯油ランプを持ち出し屋内の照明としたのですが、以前手配いただいたティースプーンをランプの光にかざしてみたところ、ほの暗い明るさの中、スプーンのボウル内や彫刻の輝きにしばし見とれました。銀のアンティークには点光源の古い照明が合うようです。また昔の貴族が銀器を重用したのもうなずける気がします。』
私はアンティーク ランプ ファンで、早速に試してみたのですが、シルバーにアンティークランプの灯がほんのりと映って揺れているのを見ていると、なんだか落ち着くものでした。
写真三番目にあります柄の裏面のホールマークは、「James
Dixon & Son」のメーカーズマーク、1946年のデートレター、スターリングシルバーを示すライオンパサント、そしてシェフィールドアセイオフィスの王冠マークです。
メーカーの「James Dixon & Son」は、1806年創業、家族的な経営で、職人さんの中には、親、子、孫…と5世代にもわたり、ここで銀製品を作り続けた方もいらしたようです。 シェフィールドで創業後、順調に発展し、1873年にはロンドン進出を果たしました。 1900年頃にはロンドンのお店は5つに増えていました、また1912年にはオーストラリアのシドニーにも支店を開いています。 1851年のロンドン万国博覧会には多くの作品を出品したとの記録が残っており、その後20世紀初頭にかけて、海外での展覧会にも出展し、パリ、メルボルン、ミラノ等で名声を博しました。
銀工房は一般に、その創業がヴィクトリア期というケースが多いのですが、「James
Dixon & Son」は創業1806年と、ジョージアンの時代にまで遡れる老舗シルバースミスで、評価の高いメーカーの一つと言ってよいでしょう。
No. 6899 ジョージアン スターリングシルバー フィドルパターン バターナイフ
長さ 18.8cm、重さ 44g、ブレード最大幅 2.6cm、1823年
ロンドン、William Eley & William Fearn作、一万七千円
今から百八十年以上前に作られたスターリングシルバーのフィドルパターン バターナイフになります。 長さが19センチ弱に40グラム超という持ちはかりは、やはりかなり大きくて、ジョージアン アンティークの迫力を感じさせてくれる品と思います。
シルバースミスのWilliam Eley & William
Fearnは、当時の有力なパートナーシップとして覚えておいてもよい名前です。
英国シルバーフラットウェアの歴史を紐解くと、1700年代後半から1800年代初めの頃には、有力シルバースミスとして四つのファミリーがありました。 それらはChawner家、Fearn家、Eley家、そしてSmith家の四つのファミリーでした。 彼らは互いに競争しあうと同時に、徒弟制度を通じてお互いに密接に結びついていたので、ある意味ではシルバーギルドの枠内で四ファミリーがもっと大きな大家族を構成していたと考えてよいかも知れません。 と言いますのは、トーマス・チョーナーの下で徒弟として修行を積んだのが、ウィリアム・ファーンやジョージ・スミスであって、長じたウィリアム・ファーンの下で修行をしたのが、ウィリアム・チョーナー二世やウィリアム・イーリーであるといった、徒弟制度上の樹形図で四つのファミリーは結びついていたからなのです。
四つのファミリーは必要に応じてパートナーシップを組んで、メーカーズマークを使い分けており、この品は四大ファミリーのうち、イーリー家とファーン家が組んだパートナーシップであったと言うわけです。
写真二番目でホールマークは順に、William Eley
& William Fearnのメーカーズマーク、ロンドン レオパードヘッド、スターリングシルバーを示すライオンパサント、1823年のデートレター、そしてジョージ四世の横顔はデューティーマークです。
英国のバターナイフの特徴と歴史については、英国アンティーク情報欄の「9.トラディショナル イングリッシュ バターナイフ」の解説記事を、またフィドルパターンについては「4.イングリッシュ スプーン パターン」の解説記事をご覧になってください。
No. 5767 ヴィクトリアン スターリングシルバー バターナイフ SOLD
長さ 15.9cm、重さ 24g、ブレード部分の最大幅
2.1cm、柄の最大幅 1.5cm、1893年 ロンドン、George
Maudsley Jackson作(=Josiah Williams &
Co.作)、一万七千円
ブレードとハンドルの全面にわたって手彫りのエングレービングが施され、ゴージャスな雰囲気のスターリングシルバー バターナイフです。 作られたのはヴィクトリアン後期の1893年のことで、ゆうに百年以上の時を経ているという古さも魅力と思います。 見たところ華やかな印象のアンティークでありますが、その一方で、柄は最大で3ミリの厚みがあって、しっかり作られた銀のバターナイフであることもポイントです。
ブレード中央に位置するお花のエングレービングは可愛らしく、植物文様とウェーブパターンの融合デザインはオーソドックスなヴィクトリアン アンティークの特徴です。 波模様のウェーブパターンは、Continuation(続いていくこと)や
Eternity(永遠)を象徴するクリスチャンモチーフで、ヴィクトリアンやエドワーディアンの時代に好まれました。
手彫りの彫刻はかなり細やかな仕事で、写真では十分にその繊細さがお伝え出来ませんが、アンティークハント用のルーペがお手元にあれば、この限界的な職人技の素晴らしさを分かっていただけると思います。 ルーペでじっくり観察していくと、彫りの跡から彫刻刀を振るった向きまでもが窺い知れ、銀職人さんの息遣いが伝わってくるところにも私は惹かれます。
柄の裏面には四つのブリティッシュ ホールマークが刻印されています。 ホールマークは順に「GMJ
(=George Maudsley Jackson)」のメーカーズマーク、ロンドンレオパードヘッド、スターリングシルバーを示すライオンパサント、そして1893年のデートレターとなっています。
George Maudsley JacksonはJosiah Williams
& Co.の共同パートナーの一人であったことから、GMJはJosiah
Williams & Co.と実質同体と考えてよいシルバースミスになります。
ホールマークのガイドブックである『JACKSON'S
HALLMARKS』によれば、「GMJ」についてのコメントは「Wide
range of particularly good flatware.」とありますので、GMJ単体の評価もかなり高いのですが、Josiah
Williams & Co.も有名シルバースミスの一つです。
一般にヴィクトリア時代創業のシルバースミスが多い中にあって、Josiah
Williams & Co.はジョージアンの時代に始まった老舗の一つになります。 1800年創業のJosiah
Williams & Co.はブリストルのメーカーで、地方では最大のシルバースミスでした。 今日でも中世の街並みや大聖堂が美しいブリストルは、16世紀にはエイボン川河口の貿易港として栄え、その後はイングランド南西部の主要都市として発展しました。 しかし大きな都市であったがゆえに、第二次大戦中の1940年11月24日にはドイツ軍による空襲を受け、Josiah
Williams & Co.も工房を失い、残念ながら140年の歴史に幕を閉じました。
それから、この品のデートレターをご覧いただくと、その形が盾状をしていて特徴があります。 ロンドンアセイオフィスにおける19世紀のほぼ第四四半期にあたる1877年から1895年までのデートレター サイクルは「盾」と覚えておかれると、アンティークハントの時には便利です。 この時代はイギリスの国力が大いに伸張した時期にあたることから、今日においてもこの頃のアンティークに出会う可能性も高いのです。 デートレターをすべて暗記することは難しくても、「ロンドンの盾はヴィクトリアン後期」と知っておく価値はあると思います。
ちなみにヴィクトリアンの物品を示すアンティーク専門用語に「Victoriana」という言葉があります。 ヴィクトリア時代は1837年から1900年までの六十余年の長きにわたり、英国の国富が大いに伸びた時代なので、アンティークコレクターにもヴィクトリアーナ専門という方が英国には結構いらっしゃるようなのです。
この品が作られたヴィクトリア時代の背景については、英国アンティーク情報欄にあります「14. Still Victorian」や「31. 『Punch:1873年2月22日号』 ヴィクトリアンの英国を伝える週刊新聞」の解説記事もご参考ください。
No. 6925 スターリングシルバー バターナイフ
長さ 16.1cm、重さ 28g、ブレードの最大幅 2.25cm、柄の最大厚み
2.5mm、1919年 シェフィールド、John Round
& Son Ltd.作、一万四千円
今から九十年ほど前に作られたスターリングシルバーのバターナイフです。
シンプルかつプレーンタイプの品ながら、28グラムと持ちはかりがあって、持った感じがしっかりしているのは英国風ですし、ブレード背の
two notchesなどトラディショナル イングリッシュ バターナイフの特徴もよく備えたアンティークと思います。 古い品ですが、コンディション良好で綺麗なのもよいでしょう。
柄の裏面に刻印されたホールマークは順に、シェフィールドの王冠マーク、スターリングシルバーを示すライオンパサント、1919年のデートレター、そしてJohn
Round & Son Ltd.のメーカーズマークです。
メーカーのJohn Round & Son Ltd.はシェフィールドの大きなシルバースミスで、アンティークとしても今日でもよく見かける有名メーカーの一つです。 ジョン ラウンドによって1847年シェフィールドで創業され、当初はスプーンとフォークのメーカーでした。職人技の素晴らしさとデザインの優雅さで、次第にその評価を確立して、息子のエドウィンをパートナーとして迎える頃には、銀器なら何でもこなすシェフィールドの大メーカーに成長していました。 第一次大戦を境にしてイギリスの国力が衰えていくと、多くのシルバースミスも衰退していった中で、John
Round & Sonは1962年までシルバースミスとして仕事を続けていたというのも珍しい例と思います。
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