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一  行  寺
一行寺ご本堂
 一行寺は山号を専修山、院号を念仏院と称し、浄土宗(総本山・京都・知恩院)です。川崎が東海道五十三次の宿場町として繁栄するようになり、鶴見矢向の良忠寺十八代顕譽円超上人により、寛永八年(1631年・徳川三代将軍家光の時代)この川崎上新宿の中心地に、念仏弘通の道場として開創建立されました。
  ご本尊は、太平洋戦争にて焼失し、その後浄土宗宗務所により下付された阿弥陀如来(江戸時代初期の作)であり、本堂の脇陣に安置される善導大師像は文化勲章受賞者の円鍔勝ニ先生の御作、宗祖法然上人像は小森邦夫先生御作である。
 また、外陣には、牧島如九画伯の涅槃画、玄関には徳富蘇峰先生九十ニ歳の時の書が掲げられてある。

 現在の本堂は、昭和五十八年に第二十二世精譽學榮上人が発願し、檀信徒と共に本堂・客殿・墓地・境内を整備し、面目を一新しました。

 川崎の中心地や駅に近く、にぎやかな町並みの中にありながら、樹齢四百年の大銀杏をはじめとして緑ある境内は、静かに穏やかに私達の心をなごませるお寺です。
 
     
 
お閻魔さま
お 閻 魔 さ ま
一行寺は別名、閻魔寺ともいわれ、古記によると「五間四面の本堂が南面しており、左側に閻魔堂があり」と記されている。戦前は毎年一月と七月の十六日に縁日がたち、屋台店等が出て雑踏をきわめた。子供達はお閻魔様をお参りし、地獄変相の恐ろしい絵図を見て怖がったものである。
   戦争のためすべて焼失したが、本堂・客殿の新築とあわせて、「お閻魔様復興委員会」が結成され、仏師・田中大三先生に依頼をし、昭和五十八年に完成した。お閻魔様は客殿正面にお釈迦様と水子地蔵と共に安置されている。
現在は、一月の第二日曜日と七月十六日に、お閻魔様をお開帳し、地獄極楽変相図を掲げ、住職が参拝の皆様に説明をしている。
なお、お開帳についての詳細は、トップページより「おえんまさまお開帳」をクリックしてください。

 

夫 婦 像

 現下の社会情勢を考えたとき、今程、家庭の有り方が問われることはない。夫婦が互いに敬愛し、苦楽を共にして、人生を明るく、正しく、仲良く努力する姿を見た時、青少年が非行(犯罪)に走ることはないだろう。大人までが人間の心、日本人として豊かな心を見失ってしまった感がする。

 人間として豊かな心を育み、お念仏の中に強く生きる指標となれば幸いである。           (平成十四年一月建立)

       
 
浅井忠良の墓
浅 井 忠 良 の 墓


 
川崎宿で寺子屋「玉淵堂」(後の川崎小学校)を開き、太田南畝と交誼があった能書家である。

 


西 川 満 翁 の 墓

 
  富士講の大先達として幕末期に著しい活動(富士山信仰・宗教活動)を川崎宿にて展開した。
 西川氏は、講員を同行し、稲毛神社(堀ノ内山王社)に参集後、府中街道から甲州街道へ出て、富士山参詣道に入り、富士山に登拝した。

     

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