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クラシック作品を使った映画はたくさんあります。その中で、ある作曲家の作品、あるいは、ある単独の作品を扱った映画をご紹介したいと思います。
1994年フランス/ドイツ/ベルギー。監督:シャルリー・バン・ダム、出演者 リシャール・ベリ、イネス・ディ・メディロス 原作:アンドレ・オディール「Musikant」
ギドン・クレーメルがヴァイオリン演奏と音楽監修を担当。全般に渡ってバッハの「シャコンヌ」が流れています。その他、ベートーベンの「クロイツェルソナタ」「ヴァイオリン協奏曲」、イザイ「無伴奏ソナタ」なども演奏されています。すべて、クレーメルの迫真の演奏。映画に統一された緊張感を与えています。
舞台はフランスのリヨン。ヴァイオリニストのアルマン(リシャール・ベリ、左図)は、ソリストの代役としてデビューを飾り、その後第一線で活躍してきたが、自分への疑問と親友の自殺をきっかけに、舞台から退いた。彼は地下鉄の通路で一人演奏するようになる。そんな中、切符売りのリディア(イネス・ディ・メディロス、右下図)と出逢う。アルマンの奏でる音色に酔いしれる。ある日の停電をきっかけに二人は愛情で結ばれていることに気づく。しかし、リディアはいつの間にか仕事を辞めていた。更に、アルマンは警官に地下道からの立ち退きを強要され、彼のヴァイオリンは…。
彼は再び一人になったばかりか、楽器まで奪われてしまう。しかし、何もかも奪われても、彼は心の中で演奏していた。無伴奏で。そして、ラストシーン。身も心も荒みきっていたところに、昔の仲間が現れ一本のヴァイオリンを置いていく。そして、「シャコンヌ」渾身の全曲演奏。何処とも知れない薄暗い地下に人が集まっていく…。
1985年日本。監督:大林宣彦、出演者:富田靖子,尾美としのり,藤田弓子,樹木希林,浦辺粂子,小林聡美,小林稔侍 原作:山中恒「なんだかへんて子」。
全編にわたって、ショパンの練習曲Op.10-3「別れの曲」が使われている作品。 写真を趣味とする高校生の井上ヒロキと、他校の名も知らぬ少女(橘百合子[富田靖子])との恋物語。ヒロキはピアノを弾くこの少女を「さびしんぼう」と心の中で呼んでいた。ある日少女の自転車が壊れたところを通りがかり、二人は知り合いに。その後、もう一人の[架空の]少女が、同じく富田靖子によってピエロのようなメイクで演じられる。自らを「さびしんぼう」という少女は、ヒロキの心の中に現れたものだが、不思議に現実の世界の人間たちにも影響を与えるという設定。以下、さびしんぼうによる台詞です:
ひとがひとを恋うるとき、ひとは誰でもさびしんぼうになる----
人を恋することは、とってもさびしいから、だから、私はさびしんぼ。
でも、さびしくなんかない人より、私ずっと幸せよ。
大林監督はピアノをよく利用しますが、ピアノを実際に俳優たちに演奏させることでも知られています。今回は、母親に弾くようせがまれて練習するヒロキと、稽古事として練習しているであろう少女がどちらも「別れの曲」を弾くという共通点をもっています。ラストシーンがハッピーなのかそうでないのかは、「別れの曲」を奏でるオルゴールが鍵となっています。
20年前位にTVで見て、私が「別れの曲」を演奏したいと思うきっかけとなった映画です(ちなみに、最初に親に買ってきてもらったクラシック楽譜は「別れの曲」「英雄ポロネーズ」「革命」「舟歌」)。今見るとストーリーの非論理性が気にならないでもありません。ファンタジーに寛容でないと苦しいかもしれませんが、最後まで見るとやはりいい映画だなと思わせる魅力があります。「転校生」「時をかける少女」と共に大林監督尾道3部作といわれています。
この映画は、ストーリーがありません。アルベニスの音楽に合わせて、様々なフラメンコが踊られるという形式になっています。
音楽は、アルベニスの作品のみ。最初はアルベニスの中期以前の作品が流れますが、その後エボカシオンが流れ、トゥリアーナに続いていきます。 トゥリアーナは女性によるピアノ演奏に合わせてダンスがなされますが、他の作品では様々な編曲が流れます。原曲が何か分かりにくくなるくらいアレンジされているものもあります。
映画の最初に、アレンジを多用したことに対するアルベニス(とそのファン)に対する謝罪文が流れます。本当にアルベニスが好きな監督の作品なのでしょう。
通常の映画とは異なりますが、映像美と編曲の妙技とが組み合わされ、惹きつけられるものとなっています。 最近は日本でもフラメンコがとても流行っているので、このようなダンスに少なからず興味がある人にはお薦めできます。
1990年日本。毎年創立記念日にチェーホフの「櫻の園」を上演する女子高の演劇部が舞台。開演までの2時間をほぼリアルタイムに描かれている。 前日に演劇部の一人(つみきみほ)がたばこを吸っている仲間達と一緒にいるところを補導されたことが、開演前話題になる。3年生にとって1回切りの演劇が無事開催できるか… 生徒達の不安、担当の先生の頑張りなどが、美しい映像と音楽と共に表現されていきます。吉田秋生原作のコミック「櫻の園」の映画化。
使用されているのは、モンポウのショパンの主題による変奏曲ただ1曲。甘い変奏、切ない変奏、弾むような変奏・・・これらは、繊細な少女達の心を表すのに最適といえるでしょう。
1984年フランス。田舎で使用人と二人で住む老紳士の家に、子供と孫達が休日に遊びに来た日の一こまを描いた作品。いくら身内とはいえ、はっきりとものを言う人たちが久しぶりに集まると、なにかと気まずい空気が流れたりするもの。そういう微妙な心情の描写を上手く表現した映画です。娘に彼氏が居るのかどうか訊くこともできない老人が、あることが切っ掛けで、娘(と彼との関係)を応援したくなってしまう、という心の移り変わりを表現したところも秀逸。
フォーレ最晩年の傑作、ピアノ五重奏曲第2番第1楽章、ピアノ三重奏曲Op.120第2楽章、弦楽四重奏曲Op.121第3楽章が使用されています。 私は特に五重奏の第2番が好きなのですが、この作品が最後の1シーンでとても上手く使われております。一家が帰り、いつものようにひっそりとしてしまった部屋。絵描きである老人は、 娘から「いつも部屋の隅ばかり描いているのね」と言ったことを思いだしたのか、書きかけの絵を片づける。そして白いキャンバスをじっと見つめ新たな着想を・・・ここで五重奏第2番冒頭がかかります。沸々とわき上がる情念のようなものを表しているのだと思います。
デジタルリマスター版が出ており、DVD入手は比較的容易です。
1992年フランス。ラヴェルの室内楽が使用されています。 ピアノ三重奏曲、 ヴァイオリン・ソナタ、 ヴァイオリンとチェロのためのソナタ、 フォーレの名による子守歌。 主役のエマニュエル・ベアールはバイオリニスト役。バイオリンの調整をする硬派の男性に想いを抱きます。しかし、ベアールには既に生活を共にしようと決めた男性が…。
ベアールが映画に登場すると、その魅惑的な表情からあらゆる「説明」が必要なくなり、映画に圧倒的な説得力が加わります。ラヴェルが使用されていることを抜きにしても楽しめる名画です。
ロベルト・シューマンが少女時代のクララ・ヴィークと出逢い、結婚するまでの伝記的映画。クララを演じるのはナターシャ・キンスキー(右写真)。クララの半生を描いた映画とも言えるかもしれません。
出だしで、パガニーニをバリバリ演奏するくクレーメル似の俳優が出てくるので、 誰がクレーメルを演じているのだろう?(というかシューマンの時代にクレーメルはいない…)と思ったら、クレーメル本人が、パガニーニを演じているのでした。 また、少女時代のクララがショパンのエチュードを弾いたりするので、シューマン以外の作品もいくつか聴かれます。
しかし、中盤以降はシューマンの作品が多用されます。以下に列挙します: 交響曲第1番「春」、 ピアノ協奏曲イ短調、 ピアノ・ソナタ第1〜3番、 「クライスレリアーナ」、 交響的練習曲、 「トロイメライ」、 ダヴィッド同盟舞曲集、 「蝶々(パピヨン)」、 「謝肉祭」、 トッカータOp.7、 「ミルテの花第1曲〈献呈〉」。 クララ・シューマンのポロネーズ、ピアノ協奏曲Op.7なども登場。
ピアノ曲は全て当時のピアノがそのまま使用されています。シューマンがどういう音を想定して作曲していったかが分かります。クララと結婚するところまでなので、ブラームスとの出逢いや、シューマンの狂気などには触れられていません。
複数の作曲家の作品を使用した作品もいくつかご紹介します。
<準備中>