第八日 「出直し」

数えてみる。
1、2、3、4、5、6、7・・・
慣れてないわけじゃないが何分多すぎる。
もう一度。
多すぎてもつまらないが、少なかったりするとコトだ。慎重に・・・
よし。間違いなし。
残りは・・・まあ、こんなもんか。
残った分を仕事道具の入った小さなカバンに詰め込むと
窓から顔を出して下を覗く。
のんびりした日曜日の昼下がり(オレらには日曜も祝日も関係ないが)
外はいい天気だ。
メリルが鼻歌交じりで愛車をいじっている。
「メリルー」
「なーにー?」
「今ちょっといーかー?」
「んー・・・もーすぐー」
しばらく開けたボンネットに頭を突っ込んでいたが
大きく息をついてバタンと閉めると、車から離れ建物に入ってくる。
やがて手を襤褸切れで拭いながら部屋に入るなり
「あー!やっぱり新品パーツはいーわー!これでエンジン絶好調!」
このところ、メリルは稼いだ金を愛車のチューンアップに注ぎ込んでいる。
今まで高くて手が出なかったパーツなんかをごっそり仕入れて
あっちをいじりこっちを治しては悦に入っている。
「・・・油、付いてるぞ」
頬についた油汚れを指で拭ってやる。
ん、と顔を差し出してオレの手のなすがままに顔を拭かせる。
「・・・落ちた?」
「大体な。後でちゃんと洗えよ」
「サンキュ・・・あ、で、ナニ?」
「あー・・・コレ」
テーブルの上を顎をしゃくって指し示す。
「7万2千ドルある。オマエに借りていた分だ。受け取れ」

メリルは凍りついたように動かない。
ただじっとテーブルの上の7万2千ドルを見つめている。
「遠慮しなくてもいーんだぜ?まだオレの取り分も多少は残ってるし」
前回の仕事の報酬(ZEROから受け取ったコトはオレしか知らないが)が一人頭10万。
だから実際まだ結構残ってる。
「・・・うん・・・」
メリルの躊躇する気持ちもわかる。
意地っ張りのオレ達が
一緒にいたい理由が『愛してるから』なんて、どちらも言えるわけがなくて
無理やりこじつけた理由が金の貸し借り。
それが今消えてなくなろうとしている。
でも、もう正直になってもいいんじゃないか?
だから今、オレは言わなくちゃならない。
〜メリル、もう貸し借りナシだけど、まだオレについて来てくれるか?〜
でも、口から出た言葉は違っていた。
「で、オレこの街出ようと思うんだわ。ちょっと長居しすぎたしな」
おいおい、違うだろ!
そりゃ街はでるつもりだけど、それにメリルがついて来てくれるかが大事なんだろ!?
「そう・・・どこに行くの?」
「まだ決めてねーんだけどな・・・多分西のほうかな」
ふっと顔を西(だと思われる)に向けたりしてみる。
なんとなくメリルの顔をみていづらかった。
そこで会話が途切れる。
なんだか『ついて来てくれ』と言うタイミングを逃がしちまった。
メリルが『アタシも一緒に行ってもいい?』とか言い出さないかな、なんて
ほんのちょっぴり期待してみたが
そんな台詞をメリルが言うはずもなく・・・
ふと気が付くと、うつむいたメリルの肩が小刻みに震えている。
「・・・うっ・・・うぐ・・・うぅ・・・」
「・・・メリル?」
「コッチ見るなぁッ!馬鹿ぁっ!!出てけぇっ!!!」
「わ、ちょ・・・コラ落ち着けって!痛えっての!」
叩かれ蹴られ引っ掻かれ・・・
「出てけぇっ!!!」
バタン!
蹴り飛ばされて廊下に転がされ、後ろで部屋のドアが勢いよく閉まる。
・・・追い出されちまった。
出てけ、ってココの家主はオレなんだぞ・・・一応。
仕方ねえ、とりあえずトニオの所にでも一時退避しよう。
メリルの頭が冷えるのを待つとするか・・・
ああ、蹴られた尻が痛え・・・

「・・・なんでオマエらがここにいる?」
トニオのトコのリビングではジョーとK・Mがのんびり茶など啜ってやがった。
出かけてるな、と思ったらこんなところに・・・
「そりゃアタシが聞きたいわね。何しに来たワケ?メリルはどうしたの?」
うう、コイツラがいると説明しにくいが・・・
「なんだ、なんかあったのか?」
トニオにまで黙っているわけにもいかねえし・・・
てなワケでオレは簡単に事情を話し始めた。
「オマエが悪い」「マディが悪い」「右に同じ」
「少しはオレの言い分も聞けっ!」
いきなりオレは悪者にされてしまった。
「まったく・・・気を利かせて二人っきりにしてあげたってのに」
ジョーがやれやれといったカンジで肩をすくめる。
「そりゃどーも。ありがたくって涙が出ちゃうね。お陰でオレは尻が痛くてしょうがねえよ」
「尻?」
「なんでもねえ」
K・Mが心配そうにオレの顔を覗き込む。
「けど・・・本気でメリルと別れたいワケじゃないんでしょ?」
「あー・・・いや、別に別れたいとかそーゆーんじゃなかったんだけど・・・」
「なんか、手切れ金ってカンジじゃん、ソレ」
「だから、そんなつもりじゃなかったんだって!」
「オマケに街を出るなんて言っちまったんだろ?そりゃオマエ・・・どー見たって別れ話だぞ」
「だから・・・!そこで、オレについて来い、って・・・」
言おうと思ってはいたんだよなぁ・・・
「マディ・・・ホントに街を出るの?・・・アタシは・・・」
思案顔のK・Mをチラと横目で見て、ジョーが少し大きな声で呼びかける。
「しゃーない、K・M、戻ってメリルの様子見てこ」
「う、うん・・・マディ、元気出してよね」

二人のキューピッドが部屋を出て行くと
トニオがキッチンからビールを持ってきた。
「まあ、やれよ」
「すまん」
「で・・・別れる云々は別として・・・街を出るってのはマジか?」
「ああ・・・ここももう3年になる。長くいればいろいろ繋がりもできるが・・・しがらみも増えるしな」
「足もつきやすくなる、か・・・ま、潮時かもな」
「アンタには色々世話になったな」
「よせやい・・・実を言うとな、オレもそろそろ足を洗おうかと思ってたんだ」
「そっか・・・アンタのがずっと長いんだもんな」
「オマエが出て行くってんなら、ちょうどいいのかもしれねえな」
「な、足洗ってどうすんだ?」
「そうだなー・・・どこか暖かいトコに行って、小商いでもしてのんびりやろうかと思うんだが」
「だったら・・・アンタK・M連れて行く気ないか?」
「ああ!?なんだよイキナリ。オレぁロリコンじゃねえって」
「いや、だったらんなコト言わねえって。なあ、アレはまだ今なら堅気に戻れるよ」
「ああ・・・そういうことか・・・そうだな・・・だけど、あの子はなんて言うかね?」
「オレがいなくなりゃ自然とアンタを頼るんじゃねえかな」
「オマエが街を出てくのについてっちまいそうだけどな・・・アレは一丁前にオマエに惚れてるぜ?」
「馬鹿言え」
「馬鹿なもんか」
「とにかく、これ以上オレらみたいなのと仕事してちゃダメだって。な、頼んだぜ」
「ま、なるべくそうなるようにはするがね・・・ジョーはどうする?」
「アレは・・・もともとココの人間じゃねえんだろ?」
「東部から流れてきたんだけどな・・・オマエがいなくなったらまた別の仕事相手探してやらにゃ」
「別にアイツの面倒まで見てくれなくてもいいよ。ガキじゃねーんだし」
「そうか?なんか危なっかしいけどな。羽目をはずすし、金遣いも荒いとか聞くし・・・」
「ありゃあそう見せてるだけだよ。金遣いが荒いってのも・・・アレ、知らなかったっけ?」
「ナニを」
「病気の家族だかがいるらしくてな・・・その治療費を稼いでるらしいんだよ」
「へー、知らなかったな。誰に聞いた?」
「メリルがな・・・前にジョーからちろっと聞いたのを教えてくれたんだ」
「ふーん・・・泣かせるねぇ」
「今度の稼ぎはでかかったから、ひょっとしたらアイツも帰るコト考えてるかもな」
「そうか・・・そうなると、皆バラバラだな」
「そういうもんだろ、人生って。出会っては、別れるのさ」
「けど・・・オマエとメリルはそう簡単にはいかねえだろ?」
「どうかな・・・オレはついてきてほしいさ。問題は、アイツがついてくるかどうかだよ」
プルルルル・・・電話が会話を遮る。
「・・・ジョーか?ああ、うん・・・ちょっと待て」
トニオが受話器を差し出す。
「マディだ。どうだった?」
『マディ・・・メリル、いなくなっちゃったよ』
「ああ!?」
『いないんだよ!あの子の荷物とかなんにも残ってないの!車もないし・・・』
「じょー・・・リビングのテーブルの上に何かあるか?」
『え?・・・書置きとか?・・・なんにもないよ・・・アンタが馬鹿だから、メリル出てっちゃったのよ!』
ブツッ!
切れた電話機を持って、オレはその場に立ちすくんでいた。

「・・・行くの?」
ドアのところで腕組みをしたジョーがオレの荷造りを見つめている。
荷造りったってたいした荷物があるわけじゃないが。
「ああ・・・ココの家賃は今月分まで払ってあるから後は好きにしていいぞ」
K・Mが思い切ったように大きな声を出す。
「マディ!・・・アタシも・・・」
「・・・ダメだ。オマエは学校とか行って、ちゃんとした暮らしに戻れ。トニオに後のことは頼んであるから」
「もう少しここで待ったら?メリル、戻ってくるかもしれないよ?」
「いや・・・待つのは性に会わねえ」
「じゃあ・・・これで終わり?」
「いや・・・じっと待っていられないだけさ・・・探してみるよ」
メリルがいない何日かをまるで腑抜けのように過ごしたオレがたどり着いた結論だ。
「そう・・・探す当てはあるの?」
「うーん・・・まずはアイツの郷里とか、かな。オハイオ」
「また遠いね・・・ま、頑張りな。見つけたらちゃんと謝るのよ?」
「わかってるよ・・・じゃあ、そろそろ行くわ」
小さなカバン一つ肩に担いでドアを開ける。
「マディ!」
振り向くと、背伸びしたK・Mが抱きついてキスをしてくる。
「・・・ファーストキスだったんだから・・・忘れないよ・・・」
「おや、羨ましい。じゃ、アタシも」
今度はジョーが強引にオレの首をひねって情熱的なキスをしてくる。
「・・・ん・・・結局、アンタともメリルとも寝なかったな。惜しいことした」
「・・・そうかもな・・・じゃあな」
住み慣れた部屋。
見慣れた廊下。
結構便利だった、古びたアパート。
これで見納めかもしれないと思うと妙に感慨深い。
でも、ここにはもう未練はない。
メリルがいなくなった今となっては、思い出に溢れたこの場所はつらいだけだ。
・・・イカンイカン、なんとなく湿っぽくなっちまう。
気合いれにゃ!
さあ、探しに行くから待ってろよメリル!

アパートを出たところで気づく。
今までオレは大体メリルの車で移動していた。
だからオレは車は持っていない。
っていうか、オレは自分の足以外何も移動手段を持っていない。
なんてこった。
メリル探索の旅はアパートを出たところで早くも頓挫してしまった。
仕方ねえ、ジョーの車で空港まで送ってもらうかタクシーでも呼ぶか・・・
と。
聞きなれたエンジン音。
目をやる。
向こうのブロックから走ってくる、見慣れた黒いムスタング。
ドライバーズシートに座っているのは・・・
ムスタングがオレの前で止まる。
「・・・よう」
探索の旅、終了。
「・・・ハイ」
「どした?」
「・・・忘れ物したから」
こちらを見ないで、メリルがボソッと話す。
「そっか」
「・・・どこまで行くの?」
「オハイオ」
「アタシはそんなトコ行かないわよ。LAかベガスか・・・そっちのほうなら行くけど」
「じゃ、オレもそっちでいいや」
オマエがいれば、どこでもいいや。
「じゃ、乗って」
ふと上を見ると、ジョーとK・Mが手を振っている。
オレも軽く手を振りかえしてナビシートに乗り込む。
「・・・言っておくけど、アンタについていくわけじゃないわよ」
「・・・は?」
「忘れ物したのよ。アンタに貸してたお金」
「な・・・返しただろうが!」
「利子をまだ貰ってないもの」
「・・・利子って・・・ああ、もういいや。で、後いくら返せばいいんだ?」
「沢山よ・・・スッゴク沢山・・・きっと、アンタが一生かけなきゃ返せないぐらい・・・」
「スゲ−高利貸しだな・・・わかった。一生かけて返す」
「・・・うん。だから、ずっとアタシについてきてね」
「オレがついていくほうか!?」
・・・・・・
ま、いっか。
「OK、どこまでもついてってやるぜ」
「ホント?」
「おう。病めるときも健やかなる時も、ってヤツだ」
利子の返済が二人を分かつまで。

・・・・・・・・・・・・・・・・・Fin・・・・・・・・・・・・・・・・・

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