「瞳の中の竜」

第九話

「じゃ、よろしく頼むよ親方」
「こちらこそ。いやあ、正直助かるねぇ。アンタらみたいなのが一緒なら安心だよ」
バモルギアからシェキルを目指して出立して3日目
フラクとセピアはハバスという小さな村に辿り着こうとしていた。
ここから先はシェキルまで村もなく、ただ荒地のみで道らしい道もないため
地図だけでは心配だからハバスで道案内を雇おうか、と相談していたところ
たまたまシェキルまで荷を運ぶロバ追いの隊商に追いついたのだ。
何かと物騒なシェキルまでの道のりに
セピアが話を持ちかけて護衛として同行することになった。
隊商の親方はザニクルという四十がらみのがっしりとした男で
他に3人の若者が同行している。
「皆ワシの息子だよ。一番下のがやっと今年成人してね」
「へえ、じゃフラクと同い年だね」
「おや、そうなのかい?魔術師ってぇから見た目よりは年がいってるのかと思ったよ」
「魔術師だって普通の人間ですよ。子供の頃だってあるし、ちゃんと年もとります」
「はっはっは、そりゃそうだ。いや、気分を悪くしないでおくれよ。何せ魔術師なんて初めて会うんでね」
「まあ、子供でも魔術師には違いないからね」
「・・・子供じゃないってば」
ぷう、とふくれるフラクを無視してセピアが話を進める。
「ところで、積荷はなんなんだい?」
「酒だよ。グディリアのワインと、あとエールが少しだな」
「?・・・じゃあ、あんまりアタシ達の必要ってないんじゃないの?」
シェキルは荒地の中の街なので酒や食い物は外から運び込まれる物に頼っている。
山賊が横行するこの界隈でも、食料を運ぶ隊商が襲われることがないのは
そんな事をすれば隊商が来なくなり、山賊たちが根城にするシェキルそのものが干上がってしまうからだ。
セピアの疑問を聞いて親方の表情が曇る。
「うん、山賊の心配はないんだが・・・最近サバクオオカミの群れがよく隊商を襲うんだよ」
「オオカミか・・・ロバ追いにはイヤな相手だね」
「まったくだよ。この間も2頭やられて、せっかくの荷物を・・・」
「え、捨てちまったのかい?もったいないね。アタシなら担いででも運ぶけどなぁ」
「いや、捨てたりはせんよ。といって担いでも行けんからね、ワシらで全部飲んじまった」
「・・・ふ〜ん」
「ダメだよ親方、そんなこと言ったら。やられたロバの分を飲もうとして、セピアが真面目に護衛しなくなるよ?」
「なぁんだぁってぇ!」
「はっはっはっは、心配いらんよ、姐さん。ワシたちの飲み分は別にちゃんとあるさ。だから護衛はしっかり頼むよ」
「・・・親方まで・・・そんなにアタシが意地汚く見えるの?」
今度はセピアがぷう、と膨れっ面になっている。
その時、少し先を進んでいた若者が声をかけてきた。
「親父!そろそろハバスの家畜囲いだぜ」
「お〜う!それじゃあな、お二人さん。ワシらはロバを繋いだりせにゃならんから先に村に行っててくれ」
「あ、ここの村には宿屋はありますか?」
「村の入り口すぐのところに『鉄の鞍』亭ってのがある。あ、主にザニクルが来るって言っといてくれ」
「わかりました。じゃ、また後で」
ロバを囲いに追い込み始めた隊商と別れてからハバスの村まで
セピアが一人ブツブツと文句を言うのを、フラクは笑いをこらえながら聞こえない振りをしていた。
「・・・アタシってそんなに飲兵衛に見えるのかな・・・」

「チョッと待って・・・なんだか様子がおかしいよ」
少し小高くなった土地を木の柵で囲ったハバスの村の入り口まで後少し、という所で
セピアが手を上げてフラクの脚を止める。
「え、なにが?」
「村の中をご覧よ。まだ日暮れまではだいぶあるのに・・・通りに誰もいない」
「そういえば・・・でも、たまたま今は誰も出てきてないだけじゃ・・・」
「今だけじゃない。村の中が見えてからずっと、人っ子一人見かけないんだ」
セピアの言葉に、立ち止まってしばらく村の中の様子を窺うが
何時までたっても人影は通りに現れない。
「何か・・・あったのかな・・・」
「フラク、ここで待ってて。アタシが先に中に入ってみる」
「そんな、ボクも行くよ」
不満を顔に露にするフラクに、振り返って諭すようにセピアが答える。
「アンタはここで、アタシが安全を確認するまで、ザニクル親方達が村に入らないよう説明して欲しいの」
「あ、そうか・・・でも・・・何かあったら呼んでよね?」
「わかってる。取り越し苦労ならいいんだけどね」
険しい表情で再び村の入り口を見つめると
不安げなフラクの視線を背にセピアはゆっくりと歩き出した。
(建物は・・・荒らされたような形跡はないわね・・・血の匂いもしない・・・山賊とかではないのかも)
注意深く様子をうかがいながら、村の入り口までたどり着く。
(門衛も誰もいない・・・やはり何かあったか?)
相変わらず無人の通りをざっと見渡す。
すぐ傍にザニクルから聞いていた「鉄の鞍亭」の看板をつるした宿屋があった。
(とにかく、誰か人を探さないと・・・事情も何もわかりゃしない)
セピアは意を決して宿屋の扉を押し開けた。
「ごめんよ・・・誰かいるかい?」
セピアの声に、奥のカウンターから初老の男が一人驚いた表情で出てくる。
「アンタ、村の入り口で看板を見なかったのかい!?」
「看板?そんなもの見なかったけど・・・」
「ちっ・・・風で飛ばされでもしたか・・・」
「看板ってどういうこと?それに、何でこの村はこうも人気がないのさ?」
「今この村は・・・オード熱にやられちまってるんだ・・・」
その言葉を聞いた途端、セピアは背筋が寒くなるような感覚を覚えていた。

オード熱。この地方では珍しい伝染病の一種である。
まず高熱を発し、その後体が麻痺を起こし始め
症状が重くなると呼吸も困難になり、最悪死に至る。
食物や排泄物、体液から感染するらしく、感染力はそれほど高くはないが
潜伏期間が長いため病原を突き止めるのが困難で
後から後から患者が発生してしまう点が厄介な病気だ。
「参ったな・・・それじゃ通りに人気がないのもオード熱のせいだったのか・・・」
「ああ・・・なるべく飲み食いを控えにゃならんから、消耗せんように皆家でじっとしとる」
「医者は・・・ここにはいないんだろうね・・・」
このハバスのような街から離れた小さな村では、医者がいることなど殆どない。
セピアの言葉に男も力なく頷く。
「一応、シェキルまで使いは出した・・・もう戻っていいはずなんだが・・・まだ戻らんとなると・・・」
「今・・・どれくらいやられちまったんだい?」
「村の若い者はその使いに出したのが最後で、後は皆倒れちまった。残ったのはワシみたいな年寄りばかりだ」
「罹っちまった連中はどうしてるの?」
「教会に集めてる。たまたま通りかかった旅の司祭様が術をかけて下さってるんじゃが・・・」
男は顔をうつむいて黙ってしまう。
小さな村とはいえ、人口は100人近くはいるだろう。
その殆どが病に倒れたとしたら、いくら高位の司祭でも
全員に治癒の術をかけることなどとても一人では無理である。
「・・・そうだ!親父、アタシの連れが力になれるかもしれない!」
「医術の心得でもあるのかね?」
疲れきっていた宿屋の主の顔に、僅かに希望を感じるような表情が浮かぶ。
「医術はどうかしらないけど、そいつ魔術師なんだ!司祭の術の手助けができるかもしれないだろ!?」
「そうか!頼む!今は少しでも助けが欲しい・・・恩に着るよ、お嬢さん」
慣れない呼ばれ方にセピアの顔が赤くなる。
「お、お嬢・・・と、とにかく、今連れてくるからねっ」
恥らいを隠すように背を向け走り出すセピアを
主は拝むようにして見送っていた。

フラクの元にセピアが戻ると、既にザニクル達もそこで待っていた。
手短に事情を話すと、ザニクルがきびきびと息子たちに指示を与え始める。
「ノッブ!ショーニーとロバから食い物を運んで来い!ゼフ!お前はワシと先に村まで行くぞ!」
パッと二手に分かれた親方達を見送ると、セピアが思い出したことをフラクに話しかける。
「そうだ、ね、フラク!アンタにも手を貸してもらいたいコトがあるんだよ!」
「うん!ボクはどうすればいい?」
「教会まで行って、手当てをしている司祭の術の手助けをして欲しいの。出来る?」
「あ・・・」
フラクの表情が沈んでいく。
「ゴメン・・・ボク達魔術師の術と司祭の人達が使う術は違うんだよ・・・」
「え?だって・・・同じ魔法じゃないか?」
「全然違うってわけじゃないけど・・・魔力の使い方が違うんだよ・・・」
魔術師はそれを魔力と呼び、司祭は霊力と呼ぶが
実際には同じ力と考えられている。
だが、フラクが言うようにその使い方は違っている。
魔術師は自分の持つ魔力を放出し
その力を呪文によって別の形のエネルギーに変換するのだが
司祭は自分の霊力を己の信じる神に
その神に通じる言葉−呪文と共に捧げることで
神から「奇跡」を授かるのだ。
「じゃあ・・・ダメ、なの?」
「熱さましの薬草なら少し持ってるから・・・でも・・ゴメン、期待に応えられなくて・・・」
「あ・・・いや、勝手に思い込んでたアタシが悪いんだよ・・・」
気まずい沈黙が二人に漂う。
そのとき、ふとフラクの脳裏にある閃きが走った。
「・・・そうだ!ひょっとしたら・・・!」
「ナニ?なんか上手い手があるの?」
「うん・・・その司祭様次第だけど・・・とにかくその教会に行ってみよう!」

薄暗い礼拝堂に数十人の村人が、毛布に包まれて横たわっている。
あちこちからうめき声が聞こえる様子はまるで野戦病院のようでもあった。
その中に、しゃがみ込んで貴婦人のような長手袋をした手を
患者の一人にかざしている若い女性の姿があった。
地味な僧服と首から下げた聖印がなかったら
その人が宿屋の主が話していた旅の司祭とはわからなかったかもしれない。
肌は透き通るように白く、切れ長の目の奥の瞳もまた透き通るような青。
長く伸ばした栗色の髪を首の後ろでリボンでくくっている様は
普通の村娘とそう変わりがないようにも見えた
やがて、フラクたちの姿を認めると、ゆっくりと歩み寄ってきた。
「こんにちは。この村の方ではないようですね?」
セピアが姿勢を正して応える。
「はい、司祭様。旅の途中でしたが、村が病に苦しんでいると聞きました。何かお手伝いできることは?」
「有難う御座います。貴方がたに神のご加護がありますように・・・」
そう言って深々と下げた頭をあげると、実に和やかな表情をしていた。
「私はアキ・キュリシェスと申します。ヘンディック神の司祭を勤めさせていただいております」
歓迎の意を表すかのように緩やかに広げた両の腕に
フラクはほんの少しだけ違和感を感じていた。

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