「瞳の中の竜」

第八話

うるさくて目が覚める。
頭が痛い。
痛む頭にその音が響き追い討ちをかける。
朦朧としたまま音の出所を探す。
「んががっががが・・・ぷふしゅ〜・・・んがっががが・・・ぷふっふしゅ〜・・・」
セピアだ。
隣で寝ているセピアの鼾がうるさくて・・・
・・・隣で・・・寝てる?
「うわあぁっ!・・・ッツゥッ!・・・」
「んあ?・・・ん〜っ・・なんだフラクか・・・おはよ」
もそもそと起き上がると、大きく一つ伸びをしてセピアが応える。
「・・・どした〜頭抱えて。二日酔いか、ん?」
「あ・・・これが、二日酔いか・・・いや、そんなことより・・・ここ、どこですか?」
「宿屋だよ、見りゃわかるだろ」
セピアに言われてゆっくりと首をめぐらす。
小さな窓から射す朝日に照らされた狭い部屋には
二人のいるベッドとランプの置かれた小さなテーブルに椅子といった
基本的で質素な調度品しか置かれていない。
典型的な宿屋の一室といった感じだ。
髪をかき上げて、フラクは痛む頭で記憶を辿ってみた。
セピアに誘われた屋台で無理矢理エールを飲まされて・・・
そこから後の記憶がない。
「えーと・・・セピアさんがボクをここに?」
「まあね。大変だったんだよ、アンタが酔いつぶれちまってさ」
「あ・・・どうもスイマセン・・・」
「いいよ、無理矢理飲ませちまったアタシも悪いんだ・・・」
そう言ったところでセピアが急に顔を近づけてくる。
「?・・・な、なんですか?」
「いや、今気がついたけど・・・綺麗だね・・・アンタの瞳・・・」
しまった!
フラクの顔から一気に血の気がひく。
慌ててソッポを向いて前髪を顔の前に降ろすがもう遅い。
見られてしまった。
魔族と同じ色の、金色の瞳。
仲良くなれたかもしれないのに。
失望感がフラクを襲う。
だが、思いがけないセピアの言葉に驚かされる。
「あ、なんで隠すのよケチ。もっとよく見せてよ、綺麗なんだから」
「・・・え?」
ぐきっ
「あ、痛タタタタっ!」
後ろからセピアがフラクの顔を掴んで無理矢理自分のほうに向ける。
「やっぱり・・・綺麗だねー。こんな綺麗な瞳初めて見た・・・」
掴んだ手を振り解き顔をそむける。
「だ、だって・・・金色ですよ・・・魔族と同じ・・・」
「え?・・・あ、そういやそうか。でも、アンタ魔族じゃないだろ?」
「それは!・・・それは、そうですけど・・・」
「じゃ、いいじゃない。それに・・・仮にアンタが魔族だとしても、アンタの瞳が綺麗なのは変わらないよ」
フラクは自分の瞳への反応に戸惑っていた。
「・・・そんな風に言われたのは・・・」
いや・・・初めて、ではない。
瞳の色でいつも苛められて、泣いて家に帰るフラクに
母、リシャーラが言った言葉。
『お前の瞳は、とても綺麗よ。誰がなんと言おうと、その美しさは変わらない。誇りに思っていいのよ』
そして、フラクを引き取ってすぐの頃、フラクの問いかけに答えたメラニの言葉。
『瞳の色を変える魔法?そんなものないし、あっても教えないよ。もったいないじゃない、せっかく綺麗な瞳なのに』
呼び起こされた記憶の中で、ゆっくりと、振り向いて見る。
セピアは微笑んでいた。
あの時の二人と同じように。
「アタシもガキの頃さあ、多分アンタと同じような理由でよく苛められたよ」
そう言ってセピアが自分の頭を指差す。
「こっちじゃそうでもないんだけどさ、アタシの郷里じゃ赤毛なんて他にいなくてね」
「あ・・・」
「アタシのオヤジってのがしょっちゅう家を空ける人でね、それもあって
世間じゃオフクロが余所者と浮気して出来た子だとか・・・結構色々言われたよ」
これまで陽気な表情しか見せなかったセピアの顔に、一瞬悲しみの色が浮かぶ。
だが、すぐにまた快活な表情を取り戻し、右腕を上げてグッと力瘤を作ってみせる。
「ま、んなコト言うヤツはみ〜んなぶっとばしてやったけどねっ!」
そう言って高笑いするセピアに
いかにもらしい、と思わずつられたようにフラクも笑い出してしまう。
「セピアさん・・・」
「ん?なに?」
「・・・ありがとう」
セピアの動きが一瞬きょとんとした表情で止まる。
面と向かって礼を言われたのが気恥ずかしかったのか
慌てたようにパッとベッドから抜け出て
「さ、朝飯朝飯っ。早く行かないと食いっぱぐれちまう。先行くよっ」
そのままフラクには目も向けずに部屋を出ていってしまった。

「どう?食欲ある?」
「う〜ん・・・ミルクだけでいいです」
「ダメだよ、多少無理してでも喰わなきゃ。途中でへばるよ?」
「じゃ・・・少しだけ」
ぽそぽそとパンを齧るフラクにセピアが尋ねる。
「ところで、フラクって何処に行くとこ?」
「あ、まだ最終的な目的地はハッキリしてないんです。とりあえず東の『エルフの森』を目指してますけど」
「ふえ〜・・・そりゃまた・・・えらく遠いねぇ。そこでもまだ途中なのかい?」
「ええ、おそらく・・・旅の目的は、場所じゃなくて、ある品物を探してなんです・・・」
フラクがぽつり、ぽつりと自分とメラニのことや
旅に出た理由を話しはじめると
セピアも朝食をとる手を止めて真剣な表情で聞いていた。
「・・・それで、ボクがその魔道器を探しに旅に出ることになったんです」
「そう・・・大変なんだね・・・アタシもね、探してるものがあるんだ」
そう言うと、セピアがちょっと遠い目になる。
「もの、じゃないか。アタシは・・・親父を探してるんだ。行方不明になっちまった親父を・・・
親父もアタシと同じ傭兵でね。もともとあまり家にはいなかったけど、それでも年に一度は帰ってたのさ。
アタシもオフクロも、親父が帰る日を楽しみにしてたもんだよ。
でも、6年前にぷっつり音沙汰なしになっちまった。傭兵仲間に尋ねても消息が知れなくてね・・・
4年前にオフクロが流行り病で死んじまってから、アタシも傭兵稼業になって、親父を探してあっちこっち旅してる。
こんな商売じゃ生きてるかどうかわかりゃしないけど、くたばっちまったんなら墓でも作ってやる。
もし生きてるんなら・・・一発ぶん殴って、お袋の墓まで引きずってってやろうと思ってさ」
「大変なんですね、セピアさんも」
「ま、アタシはこういう暮らしが割りと性に合ってるみたいでね、大変とは思ってないよ」
「でも・・・若い女性が一人で旅をするのは大変だって聞きましたよ」
「そりゃま、色々あるけどね・・・ねえ、ちょっとした提案があるんだけど、聞いてくんない?」
「なんですか?」
「アタシもアンタと一緒にその『エルフの森』に行こうと思うんだ。どう?」
「え?でも、セピアさんはお父さんを探してるんでしょ?」
「そうは言っても、何も手がかりないしさ。『エルフの森』は行ったことないし、
どうせなら一緒に行ってみようかと思うんだけど」
「ボクは・・・セピアさんが一緒に来てくれれば、スゴク心強いです」
「じゃ、決まりだねっ!ヨロシクね、相棒!」
テーブル越しに満面の笑みで差し出されたセピアの右手にフラクが戸惑う。
「・・・相棒?」
「そうだよ、旅の相棒。同じ旅路を旅する仲間。だろ?ほらっ!」
差し出された右手がさらにずいっとフラクの方へ進んでくる。
一瞬の躊躇は、フラクがそういった存在に今まで出会っていなかったから。
でも、もうためらわない。
「うんっ!ヨロシク、相棒!」
フラクの右手がセピアのそれをしっかりと握り締める。
相棒。仲間。
フラクにとって初めてのそれが、今できたようだ。

「さて、『エルフの森』ってえと・・・やっぱり一旦南に行って、モスティスからストール川を船で東に?」
宿を出て街の出口に向かう途中でセピアが訪ねる。
「いえ・・・それだと遠回りなんですよね」
「じゃ・・・このまま東に?」
「そのつもりです。少しでも早く行かなきゃ・・・」
「う〜ん・・・それだとシェキルを通ることになるけど・・・アンタ、シェキルのこと知ってる?」
「あんまり評判が良くないとこですよね」
「あそこが『評判が良くない』って程度なら、どこだって『すごく評判がいい』街になっちゃうよ」
「・・・そんなにヒドイんですか?」
「まあねぇ・・・出来れば立ち寄りたくない街の筆頭だね」
「でも・・・ボクは一日でも早く・・・行きたいんです」
フラクの言葉にしばらく考え込んでいたセピアがぼそりと呟く。
「・・・わかったよ、相棒・・・アンタの師匠が羨ましいや」
「はい?」
「なんでもないよっ!東に行く。それでいいんだね!?」
「はいっ!」
「じゃ、自由市場でいろいろ足りない物揃えないとね。行こっ!」
「わ、待ってよ!」
街に着いたときは一人だったが、街を出るときは二人。
ここバモルギアで、色々な経験とともに、大切ななにかを得たフラクだった。

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