「瞳の中の竜」
第六話
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薄暗い城の中の小部屋の寝台でバルーグは目を覚ました。
「・・・ここは・・・?」
「おお、気がつかれましたか?」
傍に控えていたマクグーハンが答える。
「とりあえず、城までお連れしたのですよ、魔術師殿」
「それは・・・かたじけない」
「いやあ、驚きました。あの混乱が収まって中庭にもどると・・・」
そう言いながら、コップに水を汲んでバルーグに差し出す。
軽く会釈をしてバルーグがそれを受け取る。
「あなた方3人、倒れておりましてな。城壁は壊れておるし、いやはや大変でした」
「弟子の不始末、誠に申し訳ござらん・・・して、メラニとフラクは?」
「シンクレア殿は別室で・・・やはり意識を失っておられましたな。あの若者は・・・」
そこまで言って口よどむ。
「フラクは・・・どうしました?」
「すぐに目を覚ましましたよ。今は・・・地下の牢におります。哀れとは思いますがな」
「牢、ですか・・・いや、止むを得んでしょうな。メラニには会えますかな?」
「それは構いませんが・・・お体はもう?」
「なに、これしきのことではまだまだ参りませんわい」
「それではご案内いたしましょう。こちらへ」
マクグーハンの後をついてバルーグが部屋を出る。
「そういえば、ハラルドはどうしましたかな?」
「ああ、あの者ならばシンクレア殿についておりますよ」
「おお、無事でしたか・・・おや、あれは・・・」
「あそこがシンクレア殿のお休みになられている部屋ですが・・・殿も足を運ばれたようですな」
近づくと、カディモスもこちらに気がついたらしい。
「魔術師殿!お体はもうよろしいのですか?」
「はい・・・ご領主殿、この度の不始末、誠に申し訳ございませぬ」
バルーグが深々と頭を下げる。
「いや、バルーグ殿に責めはありますまい。ただ・・・あの若者は・・・」
「入牢のことなら、止むを得ません。それより、メラニの按配が気になります」
「おお、そうでした!・・・お体に傷などはないようなのですが、意識が戻らないのですよ」
バルーグが部屋のドアをノックする。
「どちらサン?メラニならまだ目を覚ましませんよ?」
とハラルドの声。
「ワシじゃ、入るぞ」
言うなり部屋に入ると、寝台に横たわるメラニの傍でハラルドが不安げな面持ちで腰掛けていた。
「ああ、大先生!良かった、大先生が目を覚ましたんならメラニも大丈夫ですよね?」
「それをこれから見る。ちょっと下がってくれんかね?」
ハラルドに代わってバルーグがメラニの傍に歩み寄る。
「む・・・やはり、か・・・カディモス殿、術をかけるがよろしいですかな?」
「どうぞ、ご遠慮なく」
「かたじけない。では・・・」
そして呪文を詠唱し始める。
額に玉のような汗が浮かび、そして流れ落ちる。
やがて、長い詠唱の後、バルーグがメラニに手をかざすと
ぼんやりとした光にメラニの全身が包み込まれた。
その途端、バルーグががっくりと膝をつく。
「魔術師殿!」
「これで・・・当面は大丈夫・・・」
「まだ無理をなさってはいけないのでは?・・・今の術は、なんだったのですか」
「後ほど、ご説明いたします。それより、ご領主殿、もう一つお願いがございますのじゃ」
「フラクを・・・ここに連れてきていただきたい」
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マクグーハンに連れてこられたフラクの目の周りは真っ赤だった。
さんざん泣いたのであろうことは皆にすぐわかった。
だが、横たわるメラニの姿を見て、またフラクの目に涙があふれる。
「師匠!師匠〜!」
泣き叫びながら、マクグーハンの手を振り切ってメラニの元に走りよろうとする。
「落ち着け、フラク!」
部屋にいるもの全員がすくむような大声でバルーグが一喝する。
「どうして・・・どうして・・・」
なおも泣きじゃくるフラクにバルーグが歩み寄る。
「なぜ、メラニが目を覚まさないか・・・わかるか?」
ただふるふると首を横に振る。
「フラクの呪文が暴走したとき、ワシとメラニは『魔力消失』の呪文を使いました」
その場にいる全員に説明するように、ぐるりと周りを見回しながらバルーグが話し始める。
「ですが、フラクの呪文は強力で、完全に打ち消すことはできませなんだ。そこで・・・」
メラニのほうに振り向く顔は悲しげだった。
「メラニは自分の『魂』を使ったのです」
「・・・魂を使うとは、どういうことですか?」
カディモスの問いにハラルドもマクグーハンも頷く。
「魔力というのは、たとえ限界まで放出しても、休息を取れば回復します。
ですが、あの場では限界以上の魔力が必要だった・・・メラニはそう判断したのですな。
そこで、自分の魂を削って、魔力の限界値そのものを上げたのです。
魔力と言うのは魂に密接に繋がっております。魂が魔力を生み出すともいえますな。
その魂を、直に魔力に変換する非常に危険な術をメラニは使ったのです
それは膨大な魔力を生み出しました。お陰でフラクの呪文を消し去ることができましたが・・・」
「・・・それでは、シンクレア殿の魂は・・・失われてしまったと?」
カディモスの問いかけを聞いて、わっとフラクがその場に泣き崩れる。
「ボクが・・・ボクがっ・・・!」
「泣くなっ!!!」
先ほどよりもさらに大きな声でバルーグが怒鳴る。
「まだじゃ!まだメラニの魂全てが失われたわけではない!!助ける手はあるのじゃ!!」
「それは・・・魔術師殿の先ほどの呪文ですか?」
「いえ、残念ながらワシにはそれほどの力はございません。先の呪文は『停滞』です」
「停滞・・・ですか?」
「左様、今メラニの魂はほんのひとかけらしか残っておりません。
そのひとかけらも、時が来れば体を離れていってしまうでしょう。
そうならぬよう、メラニの中の『時』を止まったままにしたのです」
「・・・それでは・・・如何にしてシンクレア殿を?」
「ワシが昔聞いた話ですが・・・魔道器というものはご存知ですかな?」
「話だけなら。古の大魔術師たちが作り上げたと言う、大変な力を秘めた道具とか」
「そう。その魔道器のなかに・・・魔力の限界値を増幅するものがあるということでした。
その魔道器があれば、メラニが使った呪文を逆転させることで
残された魂のかけらを元に戻せるはずなのです・・・フラク!聞いておったな!?」
「はい!」
目を赤く腫らしてはいるが、最早泣いてはいない。
「お前がその魔道器を探すのじゃ、よいな?ワシはメラニに『停滞』をかけ続けねばならん。
この呪文はそう長く持続しないのでな。魔道器の探索には『魔力探知』が必要じゃから
魔術師でなければ探し出せん。ワシが残る以上、後はお前しかおらん。わかったな?」
「はい!必ず・・・必ず探してきます!」
カディモスが慌てて遮る。
「あいや、魔術師殿。フラクには・・・その、刑に服してもらわねばなりません。城壁を壊した罪で・・・」
「おや、ご領主様、フラクはまだ成人として認められてはいないんじゃねえんですか?」
ハラルドが混ぜっ返す。
「む・・・それはそうだが・・・しかしあれだけの事件を起こして誰も咎人がいないというのは・・・」
「子供が罪を犯したのなら、その咎は後見人が受ける。ワシが牢にはいればどうです?」
「ハラルドさん!?」
「ワシもこれで少しは役に立てそうだな。フラク、しっかりな」
「・・・よろしい!ハラルドとやら、そのほうの願いどおり、入牢申し付けるぞ!」
「ハラルドさん・・・ありがとう!ボク、必ず探し出して戻りますから!そしたら牢屋代わりますから!」
「牢屋を交代で出たり入ったりなぞ聞いたこともございませんぞ。よろしいのですか、カディモス様?」
マクグーハンが顔をしかめてカディモスに問い掛ける。
「良いではないか・・・私はな、今なんとなく嬉しいんだよ」
和んだ表情のカディモスを見て、ため息をついてマクグーハンが苦笑いを浮かべた。
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「フラクや、もう一つ、言っておくことがある」
「は、はい?何ですかバルーグ師匠?」
「『停滞』の呪文も万能ではない。止められる時にも限度があるのじゃ。
呪文の効果が消える前に次の呪文をかけ続けるわけだが・・・それは1年が限界じゃ。
それ以上は、呪文が効果を発揮せず、メラニの『時』は動き出す」
「それじゃ・・・1年以内に探し出さなければいけないんですね?」
「うむ。だが、多少ワシに心当たりがある。まずは東のエルフの森を訪ねよ」
「エルフの森?それはまた随分と遠いですね・・・」
「うむ。だが、何の手がかりもなく闇雲に探し回っても魔道器は見つからんじゃろう」
「では・・・エルフ達が手がかりを?」
「左様、さっき言った魔道器の話をワシにしてくれたのがその森のエルフなのじゃ」
「わかりました!では早速!」
そのまま飛び出そうとするフラクをバルーグが制止する。
「これ!何の支度もなく行けるわけがないじゃろう!」
「でも、急がなければ!」
「急がば回れ、というじゃろ。長い旅になるのじゃ、キチンと支度をせねばならんぞ」
(可愛い子には旅をさせろ、か・・・。いつかはそうさせるつもりじゃったが・・・)
図らずもフラクを旅立たせることになり
バルーグは運命と言うものを感じずにはいられなかった。
最初の目的地、エルフの森はバルーグにとって因縁浅からぬ地なのだった。
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