「瞳の中の竜」
第五話
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「良い天気になったな」
ボーディン城の塔の中の私室で、小さな窓から外を眺めながらカディモスが呟く。
「左様でございますな。これなら人出も多そうで、さぞかし賑わうでしょう」
傍に控えていた初老の男が、その独り言とも取れる言葉に答える。
「マクグーハン、今年の成人の儀は何人だね?」
「6人になります」
「ふむ・・・ちと、少ないな」
「まあ、こういう年もございますよ。それに、あまり多すぎては儀式も大変です」
「あー・・・フラク・ヒューベットと申す者の申し出はあったかね?」
「は・・・少しお待ちくだされ」
ごそごそとマクグーハンが懐から羊皮紙を取り出す。
「ございますな・・・シンクレア殿のお弟子ですな?」
「順番は何番目だね?」
「ジュデッカ森の住人はこの者だけですから、最後6番目になります」
「ふむ・・・マクグーハン?」
「なんでございますか?」
「その・・・ヒューベットと申す者の順番、もう少し早くはならぬか?」
「殿・・・儀式のしきたりでは森の住人の順番は最後と決まっております」
「それはわかっておるが・・・」
「私も、その者の噂、聞いてはおります。金色の瞳を持つとか」
「ならば、必要以上に目立たせたくないという私の気持ちも・・・」
「はい、よくわかります。ですが、特別扱いもどうかと思われますな」
「むう・・・」
「ご案じめさいますな。わが領民はそれほど心狭くはございませんぞ」
「そうであればよいが・・・」
「なに、何事もなく今年も終わりますわい。さて、そろそろ私も準備に参ります。では」
マクグーハンが部屋を出て、一人残ったカディモスはそっとため息をついた。
「そうあって欲しいものだが・・・」
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「うわあ・・・凄い人ですねぇ」
たまにしか街に来ないフラクは、これほど沢山人間を見るのは初めてだった。
「まあ言ってみれば今日はお祭りだからな。屋台なんかも沢山でてるぞ」
「へえ・・・」
「ダメよ、寄り道してるヒマないんだから。早くお城まで行かなきゃ間に合わなくなっちゃう」
ハラルドの誘いにメラニが釘をさす。
「残念。結構美味いものもあるんだけどな。じゃ、帰りにでも寄ってくか、フラク?」
「え?いや・・・えっと・・・帰りも・・・寄り道はしないから・・・」
「ハラルド!ヒマなんだったら一足先に『金の梯子』に行って師匠を呼んできて!」
「はいはい・・・ではな、フラク」
小走りに人ごみの中をハラルドが立ち去ると、メラニがため息をついてフラクに耳打ちする。
「ダメよ、あんな・・・その・・・バレちゃうようなこと言っちゃ」
「え・・・どうして?」
「どうして、って・・・は、恥ずかしいでしょ!」
なんとなく可笑しくなって、フラクがクスリと笑う。
「ナニが可笑しいのよぅ」
「いいえ、別になにも」
そう言いながらもクスクス笑いが止まらない。
「ただ・・・師匠って可愛いなぁと思って」
「!もう・・・そんなコト言うんだったら、帰っても部屋に入れてあげないから!」
「あ、約束したのに〜」
「約束なんてしてないもん」
「じゃあ、あのキスは?」
「・・・知らないっ!」
歩調を速めスタスタと歩き出すメラニを、フラクは苦笑いして追いかけ始めた。
「待ってくださいよ、ハラルドさん達がまだなんですから!」
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「誰か異議のある者は!?」
城の中庭に集まった人々は、ただざわめくだけで誰も答えない。
「では、モリス・ネシューを成人として認める!おめでとう!」
ざわめきが拍手と喚声に変わり、少年がぺこりと礼をして後ろに下がる。
「次ですね」
「うむ・・・のう、ワシの髪、変じゃないかの?」
「大丈夫ですよ」
控えている後見人3人も心持ち緊張しているようで
バルーグはしきりに髪をいじり、ハラルドは貧乏ゆすりが止まらない。
メラニはと言えば儀式が始まってからというもの
ずっとローブの裾を指でこすっている。
やがて、マクグーハンの良く通る声が広場のざわめきを制する。
「次!ジュデッカ森、魔術師メラニ・シンクレアの弟子、フラク・ヒューベット!前へ!」
「はい!」
中庭にしつらえられた少し高くなった場所にフラクが進み出る。
「この者を後見する者は!?」
3人が立ち上がり、年長のバルーグが答える。
「我ら3名、フラク・ヒューベットを後見いたします!」
「よろしい!では、フラク・ヒューベット!己が鍛えし技の証しを見せるが良い!」
「はい!」
大きく一回深呼吸をすると、フラクが呪文の詠唱を始める。
やがて、詠唱が止まり、精神を集中して呪文が完成すると
バルーグが目配せをして、兼ねて打ち合わせてあった城の騎士が
フラクから少し離れた場所で弓を構える。
ビンッ!
放たれた矢が、フラクの作り出した障壁に阻まれ
一瞬宙に止まったかと思うとそのまま地に落ちる。
人々のざわめきが大きくなる中、次々と矢は放たれ
やがてフラクの傍の地面には10本ほどの矢がたまっていた。
「なかなか上出来じゃな」
バルーグが満足げに呟く。
「気づいたか、メラニ?今やあの障壁はとてつもない魔力で支えられておるぞ」
「はい・・・これほどとは思いませんでした」
たまっているのが足元の矢だけではないことには
まだ気づいていなかった。
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次に現れた騎士は剣の名手として知られたゾットという騎士だった。
腰の長剣を抜き、ゆっくりとフラクに歩み寄る。
「小僧、用意はいいか?仕損じても、オレを恨むなよ?」
そう言うと、真っ向からフラクに切りかかる。
ビュッ!
だが、やはりフラクの障壁に阻まれ、剣は中空で留まる。
喚声と拍手と共に、ゾットへの冷やかしの声も広場のあちこちから上がる。
「やるな、小僧!これではどうだ!」
ビュッ!ビュッ!
だが、その都度剣は障壁に押しとどめられ、ゾットへの冷やかしの声が増える。
顔面を紅潮させたゾットが、ひときわ大きく剣を振りかぶる。
「うおおおおっ!!」
そして、そのまま振り下ろそうとしたとき
フラクの中にたまっていた感情が、限界に達する。
それは、恐怖だった。
次々と自分に向かって打ち込まれる弓矢が
恐ろしい表情で切りかかってくる剣士が
フラクの中の恐怖心を限界まで大きくしていたのだった。
感情が爆発したとき、魔力のコントロールは失われ
感情と同じように、呪文に流れ込む魔力もまた爆発する。
「うおっ?」
まず、剣を振り下ろそうとしたゾットが弾き飛ばされる。
魔法の障壁が、その大きさを急速に広げ始めたのだった。
大きさの変わらないはずの、魔法の障壁が。
「こ、これは!いかん!メラニ、『魔力消去』じゃ!」
「は、はい!」
メラニとバルーグが急いで呪文を唱え始める間にも
見えない障壁は石畳を割り、人々を押しのけて
その大きさを拡大していく。
「フラク!もういい、落ち着くんだ!」
ハラルドの呼びかけも、今はフラクの耳には届かない。
やがて、二人の「魔力消去」の呪文が完成するが
障壁はその拡大の速度を遅くしただけで
今や城の城壁に迫りつつあった。
(このままでは、止められない)
魔力消去を掛けつづけながら、メラニは考える。
(止められなければ・・・フラクはどうなるの?お城を壊して・・・ダメ!絶対に・・・止める!!)
一瞬の判断だった。メラニが別の呪文を唱え始める。
「!いかん、止せ、メラニ!」
バルーグが慌てて制止する。
だが、直後メラニの呪文は完成した。
バンッ!
短い爆発音と共に、あたりが閃光に包まれる。
「なんだ!?一体何が起こった!?」
光が消え、後ろに控えていたカディモスが、目をこすりながらあたりを見回したとき
目に入ったのは倒れている3人の魔術師と
半ば崩れかけた城の外壁だった。
「なんということだ・・・」
誰もいなくなった中庭で、カディモスは呆然と立ち尽くしていた。
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