「瞳の中の竜」

第四話

「おや、どうしたフラク。元気が無いな」
小屋の中でぐったりしているフラクに、立ち寄ったハラルドが声をかける。
「ええ、ちょっと疲れちゃって・・・」
「何だ、いい若い者がだらしないな」
「いや、疲れもしますよ。だって、あっちは二人掛りでくるんですよ」
「ああ、なるほど」
二人掛りで、というのはフラクの修行のことだ。
メラニとバルーグの2人が、あるときは同時に、あるときは交代で見ているのだ。
当然、フラクの負担は2倍になる。
「まあ、考えようによっちゃえらく贅沢なんじゃないか?弟子一人に師匠二人なんてさ」
「ボク、そんな贅沢しなくてもいいです・・・」
「そういえば、その師匠二人組みはどこに?」
「何か用事があるとかで町に行きましたよ。帰りは日暮れすぎじゃないかな」
「ふーん。ま、メラニはいないほうが都合がいいか・・・」
「?なんです?」
「お前さん、成人の儀が終わったら・・・誰の所に行くんだね?」
ハラルドが言っているのはある「慣例」のことだった。
それは公の行事ではないのだが
城の広場で成人の儀が終わった晩は
男子は誰か想う相手のところに行って「男」にしてもらうことになっている。
もちろん、いきなり「お願い」に行ってもいいのだが
あぶれないようにそれとなく前交渉をしておくのが普通である。
しかし、めったに街に出ないフラクがそんな交渉をしているはずがない。
「・・・」
答えに詰まり、フラクが顔を赤くするのを見てハラルドはため息をつく。
「その様子じゃ、当てはなさそうだなぁ。なあ、お前さんさえよけりゃ、ワシが誰か探して・・・」
「いえ、あの・・・だ、大丈夫ですよっ!」
「別に恥ずかしがることも遠慮することもないんだぞ?ワシの見たとこパン屋のミューシャなんかは・・・」
「いやホントにっ!大丈夫ですっ!」
「大丈夫って、お前さんがマトモに話できる女なんて・・・」
とそこまで言ってハラルドはふと思い当たる。
「お前・・・まさか・・・?」
「ボク、水汲みに行きますからっ!」
逃げるように小屋を出て行くフラクをハラルドは呆然と見送っていた。

「お帰りなさい。早かったですね?」
「うん、今日は品物を受け取るだけだったからね」
「あれ?バルーグ師匠は?」
「そのまま街に残って『金の梯子』亭に泊まるって。はい、これ」
そう言って大きな紙包みを無造作にフラクに渡す。
柔らかな感触。夏用の衣類だろうか?
「・・・なんです、コレ?」
「開けてご覧」
ガサガサガサ・・・
「わあ・・・」
それは、メラニが着ているような、いかにも魔術師風のローブだった。
「新しいの、買ったんですか?」
「お前によ」
「え?」
「お前、その格好で成人の儀に出るつもりかい?」
そう言われて自分の姿を見れば、野良着のような粗末な麻の上下である。
とても晴れの舞台に立つ格好とはいえない。
「そんな格好で出られちゃ、師匠のアタシが恥をかくのよ。さ、ちょっと着て見せて」
「・・・いいんですか?」
「汚さなきゃね。さあ、早く着て見せてよ」
奥に引っ込んだフラクが次にメラニの前に現れたときには
真新しいローブに身を包んだ、立派な魔術師の姿になっていた。
「どう、ですか?」
「素敵よ。よく似合ってるわ」
「ありがとう・・・師匠?」
「ナニ?」
「甘えついでに・・・もう一つ甘えてもいいですか?」
「あら、急に甘えんぼサンになっちゃたわね。なに、言ってごらん?」
「ボク・・・成人の儀が終わったら・・・すぐに帰ってきます」
「嫌だ、そんなことわざわざアタシに言わないでヨ!もう・・・アンタその・・・相手いないの?」
言ってから気がつく。
行く所が無くて帰ってくるのではない。
ここに来たい、と言っているのだと。
そして、それが何を意味するのかということに。
「いい、ですか?」

眠れない理由はメラニにはわかっていた。
返事を避けてしまって、フラクは傷ついただろうか?
突然のことに混乱してしまい
何も答えずに部屋にこもってしまったが
あれでは拒絶と取られても仕方が無い。
頭から拒絶するつもりは無かった。
むしろ、フラクの告白を喜んでさえいた。
だが、それを受け入れるかというと躊躇してしまうのだ。
メラニは今年で32歳になる。
フラクとは、親子ほども年の差があるのだ。
確実に、自分のほうが先に老いる。その時が来たら・・・
そんな考えが、メラニを困惑させていたが
やがて意を決してフラクの部屋の前に立ち、ドアをノックする。
「フラク・・・もう寝ちゃった?」
返事は無い。が、そのまま部屋に入る。
フラクはベッドに腰掛けてぼんやりしていた。
「・・・さっきはゴメンね。その・・・驚いちゃって」
フラクが突然頭から毛布を引っかぶって横になる。
「もう・・・忘れて下さい・・・」
「だって、まだ返事をしてないのよ?」
そのままベッドに歩み寄ると、フラクの耳元で囁く。
「真っ直ぐに、帰ってきてね。寄り道しちゃ、ダメよ・・・」
「・・・え?」
驚いて毛布から飛び出したフラクの顔のすぐそばにメラニの顔があった。
「約束よ・・・」
メラニの唇が、フラクのそれに軽く触れる。
「じゃ、お休み・・・」
部屋を出るメラニに声をかけることも出来ないほど
フラクはボーッとしてしまっていた。

「ん?どうしたんじゃ二人とも。喧嘩でもしたのか?なんだか余所余所しいぞ」
街から再び小屋を訪れたバルーグが
二人の間の微妙な空気の違いに気づく。
「そ、そんなことないですわよっ!ねっ、フラクっ!」
「は、はいっ!」
「・・・まあそれならよいがの。精神が安定しとらんと術をしくじりやすい。気をつけることじゃ」
二人して安堵のため息をつく。
別に知られても困ることではないはずなのだが
なんとなく気恥ずかしかったのだ。
「さてフラクよ、成人の儀で披露する術じゃが・・・今までに習得した術を言ってみよ」
「はい・・・『魔力検知』『明かり』『点火』『障壁』・・・あ、あと最近『念動』を覚えました」
「ふむ・・・」
バルーグはしばらく考え込んでいたが、やがて手をポンと叩いて口を開く。
「よし!それでは披露する術は『障壁』としよう。さあ、いまからおさらいじゃ!」
「あの、師匠?」
「何じゃ、メラニ?」
「その・・・『障壁』ではお披露目には向かないのでは?」
メラニの心配ももっともである。
障壁の呪文は術者の周りに半径約1メートル強の
「見えない」魔力の壁を作り出すものだ。
目に見える効果がなければ、お披露目で皆をどうやって納得させるのか?
「もちろん、ただ術をかけただけではダメじゃな。だから城の騎士たちにでも協力してもらう」
「どうするのですか?」
「矢を射掛けたり、剣で切りかかってもらうのじゃ。それが『障壁』で止まるのを見てもらおう」
「・・・!なるほど!」
バルーグにはもう一つ考えがあった。
仮にフラクが魔力のコントロールを失い
大量の魔力が「障壁」の呪文に流れ込んでも
それはただ壁をより強固にするだけなのだ。
したがって、失敗しても回りに被害を与えるようなことが無い。
これが、彼が「障壁」を選んだ最大の理由だった。
「納得したかな?では練習を始めるとしようか。あと3日、みっちりしごいてやるぞ」
嬉しいような、困ったような複雑な表情のフラクだった。

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