「瞳の中の竜」
第三話
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「遅い!何をしておったのじゃ!」
部屋に入るなりの怒鳴り声に、メラニだけではなく
フラクもハラルドも思わず首をすくめる。
部屋の中央の椅子にどっかと腰掛けた四角い顔にボサボサの白髪頭の老人が
口をへの字にしてゲジゲジ眉毛の下から3人を睨みつけていた。
深いため息をついてメラニが答える。
「遅れて申し訳ありません。ですが師匠、お出でになるのはもう少し先だったはずでは・・・」
「カッ!可愛い弟子の最初の教え子が成人の儀を迎えるというから
何を置いても、と老体に鞭打って急ぎの旅をしてきたのよ。
それがどうじゃ!出迎えの一つも無いとは!これでは遥々テミッシュから来た甲斐が無いわ!
こんなことになるなら後10年はお前に修行をさせるべきじゃった!」
「・・・それでは私がフラクを弟子にできませんわ」
「またそのように口ごたえをする!まったく、可愛げの無い弟子じゃ!ところで・・・フラクとやらはどこじゃ?」
「は、はい!」
突然自分に声を掛けられ、直立不動で返事をするフラク。
「フラク・ヒューベットです!」
「ははは、そのように硬くならずとも良いわ。ワシがバルーグ・ホスタ−ドじゃ。どれ・・・」
バルーグはゆっくりと椅子から立ち上がってフラクの傍によると
頭のてっぺんから足のつま先までをじろじろと見つめていたが
やがて相好を崩してフラクの頭をなでまわし始めた。
「なるほど・・・これは大したものじゃ。フラク、なかなか将来有望じゃぞ」
「そ、そうでしょうか?」
「おお!ワシはお前ほどの魔力の持ち主は見たことが無いぞ。
いずれワシやメラニなど足元にも及ばぬ、大魔法使いになれる素質充分じゃ!
お前のような若者の後見人になれるのは実に喜ばしいことじゃわい」
心配そうに様子を見ていたメラニの表情がパッと明るくなる。
「では師匠、フラクの後見の件、受けていただけるのですね?」
「勿論じゃとも!フラクが嫌でなければの。フラク、この爺にお前の後見をさせてもらえるかね?」
「はい!あ・・・ありがとうございます・・・」
「よかったな、フラク。これで安心して成人の儀に出られるな」
ハラルドがフラクを後ろから肩を抱きかかえるようにして祝福する。
何時の間にか、フラクの目から涙が零れ落ちていた。
3人の後見人が揃ったという安堵感もあったが
人の優しさに触れることが少なかったフラクには
初めて会うバルーグの優しさが痛いほど嬉しかったのだ。
「・・・なんじゃ、目出度い話で泣くやつがあるか・・・さあ、今日はもう遅い。
お前たちもこの宿に泊まるが良かろう。話はまた明日じゃ」
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「・・・あれがリシャーラの忘れ形見ということか」
「はい・・・」
フラクとハラルドが自分にあてがわれた部屋に入った後
残ったメラニとバルーグが二人きりで話を始めた。
「不憫な子じゃのう・・・あの眼のせいで随分つらい目に会ったのじゃろうな」
「ええ・・・そのせいか、チョッと引っ込み思案になってしまって・・・」
「無理も無いのう。まあしかし、良い子に育て上げたよ。お前にしては上出来じゃな」
「それで・・・師匠はどう見ましたか?」
「ふむ・・・リシャーラは父親のことは明かさずじまいだったのかな?」
「ええ・・・結局聞き出せないまま、急な病で逝ってしまって」
「惜しいことよ・・・生きておればさぞ腕の立つ魔術師になれたであろうに」
そういうと、バルーグは昔のことを思い返していた。
フラクには黙っていたが、バルーグはフラクの母親
リシャーラ・ヒューベットの師匠でもあり
メラニはバルーグの元でリシャーラと共に修行をしていたのだ。
だが、リシャーラは修行のために一時バルーグの下を離れ
次に二人の下に姿をあらわしたときはすでに身ごもっていた。
そして、子供を育てるため、と言って
故郷であるボーディンに引きこもってしまったのだった。
「あの時、無理にでも引き止めるべきだったわい・・・」
しばらく二人とも言葉も無く座っていたが
やがてバルーグが口を開く。
「さて・・・ワシの見たところ、あれは魔物の血は引いておらぬ。お前もそう思っているのじゃろう?」
「では、あの金色の瞳は?」
「それはワシにもわからん。確かに人間離れした魔力を持ってはいるが・・・
なんというか、奴らの持つ魔力とは匂いが違う」
「匂い?」
「うむ。ワシは若い頃何度か魔族と戦ったこともあるので判るのじゃがな」
「問題は、どうやってそれを成人の儀で皆に証明するかなんですけどねぇ・・・」
「それはチト難しいのう・・・ここのご領主殿はフラクのことを知っておるのかね?」
「カディモス殿ですか?話だけはしていますが・・・」
「一度、フラクに会ってもらえると良いのじゃがな」
「そうですね・・・そうすればきっと判ってもらえるのですけど・・・」
「ご領主殿が一言『認める!』と言ってくれれば、まあ大概はそれに倣うからの」
「ただ・・・どうやってフラクを目通りさせればいいのか・・・」
「ふむ・・・おお、つい話し込んでしまったな。今日はもう休むとするか。この続きはまた明日にな」
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メラニがいかにして領主のカディモスにフラクを引き合わせるかの算段で
頭を悩ませるのは結局この一晩だけだった。
翌朝まだ早い時間、まずバルーグが宿の亭主に起こされる。
「ナニ?ご領主殿が?」
「へえ、是非アンタさんに会いてえってんで、下の食堂でお待ちで」
「こりゃイカン!亭主、すまぬがワシの連れを皆起こしてくれ!」
手早く身づくろいを済ませると、バルーグは階下の食堂に急いだ。
食堂には身なりの良い、いかにも貴族然とした長身の男が
ゆったりとテーブルで待っていた。
供の者はいないようで、テーブルにはその男一人。
年は20代後半ぐらいだろうか。栗色の髪はキチンと整えられ
薄い口ひげもキレイに切りそろえている。
この街中の宿屋の食堂には、いかにも場違いな人物だった。
「おお、お待たせして申し訳ござらん。ワシがバルーグ・ホスタードでござる」
「初めまして。ボーディン領主、ファスティーグ・カディモスです。
昨日、城門の番人から高名なる魔術師殿が当地に見えられた旨報告を受け
こうして遅ればせながらご挨拶に伺った次第です。」
「おお、ワシのような老いぼれ魔術師に会うために?
わざわざこのような所まで足をお運びいただき真に恐縮でござる」
「して、魔術師殿には当地にどのようなご用件で?」
「は、されば今しばらくお待ちいただけますかの?じきに連れの者も参りますゆえ」
「連れ?門番の報告ではお一人でお出でということでしたが」
「いやいや、そうなのですが・・・おお、参ったようです。これ、早くせぬか!」
「おや・・・シンクレア殿?」
「おはようございます、カディモス様。ご機嫌麗しゅう」
「カディモス殿、これはワシの弟子でございました」
「おお、そうでしたか!ではボーディンにはシンクレア殿にお会いになるために?」
「いや、用件というのはまた別でございましてな。これ、フラク!」
「は、はい!」
「前に出て面を上げよ!ご領主殿にご挨拶をせぬか!」
あまりに急なことで、フラクだけではなく
メラニもハラルドも戸惑っていたが、バルーグの一喝で我に帰る。
「どうしたフラク!前に出ぬか!」
メラニに後押しされ、フラクがカディモスの前に立つ。
「メラニ・シンクレアの弟子、フラク・ヒューベットと申します!」
「む・・・」
フラクの顔を見たカディモスの顔が一転して険しくなる。
それを見て取ったバルーグがすかさず言葉をはさむ。
「驚かれましたかな?実に珍しい瞳の色ですからの」
「いや・・・こう言ってはなんだが、これはまるで・・・」
「古の大魔術師、バディロスのようでござろう?」
「・・・は?」
一同、狐につままれたようななか、バルーグは話しつづける。
「極々稀に、膨大な魔力を生まれながらにして持つものがおりますのじゃ。
このフラクがそうでしてな、あまりの魔力の強さに瞳が輝いて金色に見えますのじゃ。
かつて、このアマカリア中にその名を轟かせた大魔術師バディロスも
やはりこのような金色の瞳だったといいますが、フラクはその再来とも言えますかのう」
「ほほう・・・いや、私はてっきり・・・いやいや、何でもありません。忘れて下さい」
「ところで話を戻しますが、ワシがボーディンに参りましたのは
このフラク・ヒューベットの後見人になるためですのじゃ」
「ほお、すると・・・ヒューベットとやら、お前は今年成人の儀を迎えるのかね?」
「はい、左様でございますカディモス様」
「そうか・・・もう少し近くへ参れ」
「はい」
カディモスが射抜くような視線でじっとフラクを見つめる。
「なるほど・・・頼もしい若者ではありませんか!行く末が楽しみですな!」
「はい、真に左様で。カディモス殿はよい領民を得ましたぞ」
高笑いをするバルーグとカディモスとは対照的に
後の3人は今にもその場にへたり込みそうになっていた。
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カディモスが城に帰ると、メラニがバルーグに食って掛かる。
「もう、師匠ったらあんなでまかせを言って!もしカディモス殿にばれたら・・・」
「ああ、あれはとっくにばれとるよ」
「なんですって!」
「まだ若いのに大したお方じゃ。全て見抜いた上でワシの嘘に付き合ったのよ」
「ど、どうして?」
「フラクが邪悪な者ではないと見抜いたのじゃろうな」
「ボク、寿命が縮むかと思いました・・・」
「ワシもだよ。ねえ大先生、今度こういうのをやるときには前もって一言お願いしますよ」
「仕方なかろう、急じゃったから打ち合わせるヒマがなかったわ」
「それにしては、随分良くできた作り話でしたわよ?」
「いやいや、冷や汗ものじゃよ。寿命が縮んだのはワシのほうじゃわい」
宿の食堂にまたバルーグの高笑いが響き
つられて皆が笑い始めるのもそう時間はかからなかった。
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