「瞳の中の竜」

第二十一話

砂漠の真ん中の盗賊都市、シェキルの行き止まりになった路地裏で
一団の盗賊に囲まれたフラクたち一行。
何か状況を打開できる呪文はないかと、必死に考えをめぐらせていたフラクの頭に
不意に何かが閃いた。
「そうだ!」
「わ!?」「なに!?」「はい?」
いきなり後ろでフラクが叫んだので、3人とも驚いて一瞬だけ注意を後ろに向ける。
その一瞬をついて盗賊たちがまた斬りかかってくる。
「おっとぉ!」「はっ!」
なんとかしのいだセピアが怒鳴る。
「驚かすな!」
「あ、ゴメン・・・いや、使える呪文を思いついたから」
「マジ?なんでもいーよ、この状況が変わるなら!」
「うん。3人とも僕が合図したら、ボクに寄り添って!」
「了解!」「わかりました!」「頼りにしてるぜ!」
当然、その会話はスティックたちにも聞こえる。
「呪文!?厄介だぞ、集中させるな!」
シュッ!
何本かの投げナイフが、すでに呪文の準備に入っているフラク目がけて飛ぶ。
「させるかぁっ!」
キンッ!
セピアたちが必死にそれを払い落としていく。
「まだかよっ!」
魔力を集中し呪文を詠唱しているフラクからは返事はない。
アキはだんだんとその魔力が高まっていくのを感じていた。
(すごい!前にも感じたけど、フラクの魔力は桁違いだわ・・・いったいどんな呪文を?)
そして路地の手前で光の壁をたてている女魔術師もその膨大な魔力を察知していた。
(なんだ、こいつの魔力は!?・・・まずいか!?)
距離が遠いのでどんな呪文を詠唱しているのかがわからないが
これだけの魔力をそそぎ込んで唱える呪文では、どんな呪文でも致命的になりかねない。
スティックたちを下がらせようとして、声を上げかけたとき
3人の後ろのフラクの様子が目に入った。
高まる魔力に全身がぼんやりと光に包まれ
その金色の髪は風もないのに波打ち逆立っている。
そして今まで前髪に隠れていた黄金の瞳が露になっていた。
(・・・こいつは!)
そのとき
「今です!」
「スティック!下がれ!」
3人がパッととびすさってフラクに寄り添い
女魔術師が叫び、諦めの悪い盗賊たちが一斉にナイフを投げ・・・
キィンッ!
そして、フラクの呪文が完成した。

ブゥ・・・ン・・・
最後に投げられたナイフは、すべて地面に落ちて散らばっていた。
「・・・なに?これ、どういう呪文」
「障壁、ですか?」
「うん」
「それって・・・身の回りに見えない壁を作る呪文・・だよね?」
「そう。よく知ってるね、サーヤ」
「よく知ってるね、じゃないよ・・・確かにこの中にいれば安全かもしれないけど
 アタシらも身動きとれないじゃないか!?」
「うん、まあ・・・そうなんだけど」
「まあ、時間稼ぎにはなりますわね」
「時間稼いで、状況変わればいいんだけどね・・・」
落胆するセピアたちとは逆に、女魔術師は安堵していた。
(どんな呪文がくるかと思えば・・・取り越し苦労だったか)
スティックたちはまだ呪文の効果がわかっていない。
「おい、こりゃどうなってるんだ!?」
振り返って女魔術師に尋ねる。
「心配ない。ただの防御用の呪文だった。目に見えぬ壁で身を守っている。
 こちらから手は出せないが、中にいるものも外には出られぬ。籠城したようなものだな。
 魔力が切れれば、呪文の効果も終わる。それまで待て」
「どうすりゃ呪文が終わったかわかる?」
「石でも投げつけてみろ。壁がなくなればそれでわかる。
 あれだけの魔力を注ぎ込んだのだ。そうは持つまいがな」
「なるほど。聞いたな、野郎ども?」
コンッ。
小石が投げつけられ、結界に阻まれて跳ね返される。
コンッ・・・コツンッ・・・
「フラク・・・どれぐらい持つんだい、この呪文?」
「えーと・・・ボクもよくわからない」
「・・・頼りないなぁ」
だが、女魔術師の読みも、セピアの嘆きも的外れだった。
フラクがどれぐらい「障壁」の呪文を維持できるかわからない、と言ったのは
この程度の魔力の消費では、おそらく丸一日中でも呪文を維持できるからだった。
そして、フラクの狙いを理解している者もいなかった。
(後ろと横は石の壁・・・前だけ・・・前だけに・・・)
フラクは一心に目の前の見えない壁に集中している。
変化のない状況に、小石を投げ続けている盗賊たちはだんだん大胆になってきた。
見えはしないが位置の見当がつき始めた結界の壁のすぐ前まで近づいてくる。
「おーい、いい加減観念したらどうだ小僧?」
「坊主、俺たちゃそれぐらいじゃ諦めて立ち去ったりしないぜ」
「ま、ひよっこ魔術師の呪文じゃこれが精一杯なんだろうけどよ?」
嘲笑いながら壁の周りをうろつく。
「・・・小僧でも、坊主でも、ひよっこでも、ない・・・」
「ああん?何かほざいたか、小僧?」
「ボクの名前は、フラク・ヒューベット。もし生き残れたら、覚えておくがいい」
「はあ?生き残る?この呪文で、俺たちどうにかなっちゃうわけか?」
ゲラゲラと盗賊たちが笑うなか、フラクが最後の迷いを振り払った。
「こう・・・なるんだ!!」

ブォン!
「グワッ!?」「ぎゃっ!」
突然、盗賊たちが後ろに跳ね飛ばされ、そのままものすごい勢いで何かに後ろに押しやられていく。
(なんだ・・・!?結界が・・・膨張している!?)
一瞬にして膨大な魔力を注がれた結界の壁は
今はうすぼんやりとではあるが光を放ち、はっきりと目に見えていた。
その半透明の光る壁が、盗賊たちを跳ね飛ばしながら馬が走るぐらいの速度で進んでいる。
あるものは石壁と結界の壁の間に挟まれたまま引きずられ、石壁にガリガリとすりおろされた。
またあるものは倒れこみ、地面と結界の間で押しつぶされた。
だが、それらのものはまだ幸運だった。
殆どの盗賊たちは、逃げることもできず結界の壁に後ろに押しやられ・・・
「な、なんだこれは!?」
そして後ろには、狼狽する女魔術師が立てた光の壁があった。
ドスンッ!!バシバシバシッ!
二つの呪文の壁に挟まれ、盗賊たちは身動きもできず、押しつぶされて悲鳴をあげた。
「ぐはっ!?」「ぐ・・え・・・」
後ろからは結界の強烈な圧力、前からは光の壁の衝撃波。
挟まれた全員がすでに気を失っていた。
「・・・な!?」
バシバシバシッ!
さらに結界の壁が、光の壁をも突き破ろうと干渉し始める。
「くっ・・・!」
このままでは光の壁が破られるのは時間の問題だった。
だが、逃げ出せば光の壁は消える。自分の足でこの結界の壁から逃げおおせるとは思えない。
跳ね飛ばされれば、自分の後ろの石壁と挟まれただではすまない。
万事休すか、と女魔術師が観念しかけたその時
一つの影が走りより、女魔術師をがっしと抱きかかえると
矢のように後方に飛んだ。
途端、術者のいなくなった光の壁はパリンと音を立てて結界の壁に押し破られる。
だが、その先にすでに女魔術師はいなかった。
「フラク、もう止めて!」
呆気にとられていた3人のなかで、真っ先に我に返ったアキがフラクに声をかけ
そしてようやっとフラクも呪文への魔力回路を閉じた。
「・・・いったい・・・何が・・・」「わ、わかんないよ・・・」
3人が呆然としている中、フラクだけが自分の結果に満足していた。
フラクが成人の儀式で起こしてしまった呪文の暴走。
あの呪文も、「障壁」の呪文だった。
通常は変わらない結界の大きさが、注ぎ込まれた魔力の膨大さのために
城の中庭を越え城壁を破壊するほどの大きさに膨れ上がった。
それを今、フラクは自分の意志でコントロールしながら再現したのだった。
それも、その形までコントロールしなければならないという難問付きで。
正直、上手くいく自信はなかったが、フラクは一か八かの賭に出て
そして、賭に勝った。
「障壁」を前方だけ膨張させ、壁を破城槌のように盗賊たちに叩きつけたのだ。
目の前には気絶するか、倒れてうめき声をあげるものしかいない。
ちょっとやりすぎたか、と思えるほどだった。
(誰も死んでない・・・かな?)
辺りを見て確かめていると、サーヤがハッと気がついて叫ぶ。
「あの女魔術師は!?」
「あ・・・そう言えば、寸前で誰か飛び込んできましたね」
皆があたりをキョロキョロと見回し
セピアが声を上げて一つの建物の屋根の上を指さす。
「・・・あそこ!」
先ほどの女魔術師と、もう一人剣士風の男がこちらを見下ろすように立っていた。
「仲間はみんなやられちまったぜ!もう観念しな!」
サーヤの叫びに、女魔術師は笑いながら答える。
「仲間?スティックが?あれは、ただの道具だ。失ったのは惜しいが、また替わりを探すさ。
 それより・・・お前、フラク、と言ったな?」
「・・・ボク?」
「そう。ちょっと目を見せてみろ」
「・・・目を?」
ちょっと躊躇ってから、フラクが前髪をかき上げ女魔術師を見据える。
女魔術師も、被っていたフードを払いのけフラクを見つめる。
「あ・・・」
すぐにフラクはその右目が自分と同じ金色の瞳なことに気づいた。
「・・・さっき、こう言ったな。覚えておけ、と。そうさせてもらおう」
そう言うと女魔術師が傍らに立つ剣士の肩に手をかける。
「・・・では、な」
立ち去ろうとする気配を感じ、フラクが呼び止める。
「ま、待って!」
「・・・この場は引くよ。なに、いずれまた会うだろうさ」
そして、かき消すようにその姿が消えた。
「わ、どこ行った!?」
「すごい・・・あれは、転移の呪文ですよ・・・かなり高いレベルの魔術師のようです」
「くそっ、逃げられたってわけ!?」
「追いかけるか?」
「無駄だよ・・・あれが転移の呪文なら、きっと、もうずっと遠いところ」
「ですねぇ」
「最後の最後で、詰め損なったかね」
魔術師とその連れが消え去った屋根をしばらく4人で見上げていた。

「だぁからぁ、さっきから謝ってるじゃない!」
「謝ればすむってもんじゃないだろ!勝手に人を囮にしやがって!」
「あーっ、しつこいしつこいしつこい!」
夜遅く。酒場の中、小さな個室でセピアとサーヤが怒鳴りあっている。
「そういえば、クラウスさんは私たちが囮だと知っていたのですか?」
アキの問いかけにクラウスが肩をすくめる。
「いやぁ、俺もそこまでは知らなかった。すっかり騙されてたよ。人が悪いよなぁ、お嬢は」
「いやほら、敵を欺くにはまず味方から、っていうじゃん?」
「アンタなんか味方じゃないわよっ!」
「ふーんだ、フラクは仲間だって言ってくれたもーん」
「なに!?そんなこと言ったの!?いつ!?どこで!?」
セピアがキッとフラクを睨む。
「あ、いや・・・えっと・・・そんなこと言ったっけかな?」
急に矛先が向いてフラクが言葉を濁すが、サーヤは口を閉じない。
「昨日の夜、ベッドでアタシに囁いたのよ。やっと本当に仲間と思える人と巡り会えた、って」
「なぁにぃ〜!?」
「言ってない!そんなこと言ってないよ!」
「あんな筋肉女や世間知らずの尼さんはうんざりだ、これからはキミと二人で旅がしたい、って・・・」
「なんですってぇ!?」
「言ってないー!!」
「ちょっと待て・・・二人で旅がしたいって、なに?」
「あれ?フラクってば旅の途中なんでしょ?」
「そうだけど」
「だから、アタシも行くの。一緒に」
「ちょ、ちょっとちょっと!冗談じゃないよ、アンタなんかと一緒に行けるかっての!」
これにはセピア、アキだけでなクラウスも血相を変えた。
「ちょっと待てよお嬢、組合はどうするんだよ!?」
「アンタに任せるよ、クラウス」
「はあ!?な、なんだよいきなり!」
「・・・ホント言うと、最初から後を継ぐつもりなかったんだ。
 親父の仇をうつには都合がよかったから今まで代理みたいなことしてきたけど
 でもそれもおしまい。仇の片割れは逃げちゃったけど、フラクと一緒にいればまた出会いそうだし
 ね、いいだろ?アンタなら安心して任せられるし」
「そりゃ・・・まあ光栄だけどよ・・・ずいぶん簡単に放っぽり出すよなぁ・・・
 組合の親方の座だぜ?スティックだってそのために人生棒に振ったってのによ」
「いいじゃないか。そんなものよりずっといいもの、見つけたんだよ」
「なんだよ、そりゃ・・・ま、いいけどよ」
騒がしいなか、それまで静かに飲んでいたアキがきっぱりとサーヤに向かって言う。
「サーヤさん。旅に同行するつもりなら、これだけは守ってください」
「なに?」
「一つ、盗みはしないこと。一つ、人を騙さないこと、一つ、仲間内で争いを起こさないこと、一つ・・・」
「ちょ、ちょい待ち!・・・それ、全部でいくつあるの?」
「基本部分では12です。さらに守っていただきたい部分が・・・」
「基本だけでいいって・・・ま、なんとかやってみるけど」
「ふん・・・そのうち尻尾出すに決まってるよ。そしたらその尻尾を掴んで追い出してやるからね」
セピアが悪態をつくと、サーヤがペロッと舌を出し
「お生憎さま。アタシの尻尾なら・・・」
フラクにぴょん、と抱きつく。
「もう、フラクに掴まれちゃってるの♪」

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