「瞳の中の竜」

第二十話

「なに!?」「だ、誰だ!?」
「その声は・・・」
それまで誰もいなかった空間からスーッとフラクの側に現れたのは
「・・・な!?」「サーヤさん!?」
今朝がたとは違い、軽い皮鎧をまとい腰には小剣を吊したサーヤだった。
「アタシがここにいたのは気づかなかったみたいだね。女2人じゃない、3人だよ」
スティックと呼ばれた男が舌打ちする。
「ち・・・隠れ身か」
「ま、色々探って回るやつがいればそっちから尻尾を出すだろうとは思ってたけどね」
「ちょい待ち。ってぇとなに?アンタ、アタシらを囮にしたってわけ?」
「実際、いい餌だったみたいだね。こうも食いつきが早いってのは」
「誰が餌だってぇ!?」
顔を赤くして怒るセピアは無視して
「なるほど・・・まあお前が怪しいとは思ってたんだよ、スティック。
 ハバスがやられちまって、西の砂漠を渡ってくる隊商が入ってこなくなりゃあ
 得をするのは東のルートを押さえてるお前だからね」
「おいおい、やめてくれよ・・・何か証拠でもあんのかい?
 だいいち、俺はただ辺りを嗅ぎ回ってる余所者に、ちょいとお灸を据えようとしてただけだぜ?」
「アタシが探らせたのはお前じゃない、行方の知れない魔術師なんだけどね」
「う・・・」 
「今度の一件、魔術師が絡んでると思ってたんだよ。
 オード熱に罹ってて、わざわざ南方から旅してくるヤツなんていやしないし
 仮にいたとしても、ハバスまでたどり着く前にくたっばちまう。
 死体からはオード熱は伝染しない。勝手に病気だけやってくるとも思えない。
 誰かが、どうやってかオード熱の患者を病気に罹ったまま運んできた。
 フラク?」
「え?な、なに?」
「魔術師には、人間の状態を時間が止まったみたいにする呪文があるんだって?」
忘れるはずのない、師匠の命をつないでいる、あの呪文。
なぜこのからくりを今まで思いつかなかったのか、フラクは己の不明を恥じた。
「あります。「停滞」という呪文をかければ、病気の進行を止めたまま患者を運べる・・・」
「そう、その呪文。町の中で行方が知れなくなった魔術師がいるって報告があったときは
 さして気にもとめてなかったんだけど、オード熱の報告があったときにピンときたのさ。
 この隠れてる魔術師が怪しいってね。でも、今までも探していなかったわけじゃない。
 それなのにまだ見つかってない。アタシたちの目を逃れてね。
 誰かが匿ってる。それも身内かそれに近い人間が。そういう結論になったわけ。
 さて・・・いったいどういう関係なんだい?その魔術師と、お前と?」 
「く・・・大きなお世話でぃ!親方が傷を負っているからって、娘っこ風情が随分出しゃばるんじゃねえ!」
「親方が・・・なんだって?」
それまで、どこかスティックを嘲笑うように見つめていたサーヤの視線が
厳しく冷酷な光を帯びる。
「確かに親方は襲われて傷を負った。どうしてお前がそれを知っている?」
スティックが一瞬の後それに気づき、後悔を表情に表す。
「この事を知っているのは、組合の中にもほんの数人しかいない。堅く口止めもしている。漏れるはずはない」
「う・・・」
「もし誰から聞いたのでもなく、その事を知ってるやつがいるなら
 そいつが親方を襲った奴だと思うんだけどね」
「いや、俺は・・・」
「ところで・・・お前にこの事は報せなかったはずだが、誰からそれを聞いたんだい?」
明らかに狼狽している男、スティックに魔術師が笑いながら声をかける。
「スティック。何を迷う?」
「ま、迷うって何をだ?」
「ハバスの件も、親方の件も露見した。だが、それがどうした?踏み出した時からわかっているはずだ。
 もうお前は後には引けないのだよ。行き着くところまで、進むしかない。
 そして、先に進むには、この者たちの口を封じてしまうしかない。だろう?」
「そ、そりゃそうだけどよ・・・」
「やれやれ、気弱なことだ。では、私が片づけてやろう。手下どもを下がらせろ」
だが、スティックはうつむいたまま指示を出さない。
「スティック?」
再度の魔術師の呼びかけに、意を決したように顔を上げる。
「・・・いや。これはオレが片づけなきゃなんねえ。でなきゃオレが組合を牛耳ることにならねえ。
 悪いがここはこっちのやりかたでやらせてもらう。手は出さねえでくんな!」」
「そうか。お前にも意地があると見えるな。では好きにするがいい。手は出さない」
「ありがてえ・・・いくぞ、野郎ども」
開き直ったかのようなスティックの様子に、周りの手下たちも腹を決めたようだった。

「お前か・・・お前だったのか・・・!」
表情はそれほど変わっていない。
だが、場慣れたセピアでさえたじろぐほどの冷たい殺意が
サーヤからあふれ出していた。
スティックが青ざめながらも叫ぶ。
「ああ、そうよ!やったのはこの俺さ!あのクソ爺、言うに事欠いて
 お前みてえな小娘に後を継がせるとか抜かしやがったんだぞ!?冗談じゃねえや!
 あのクソ爺の下で、何年薄汚え仕事を黙ってやってきたと思ってんだ!?
 20年だ、20年だぞ!?ようやっと爺が隠居を腹に決めて
 さあこれから俺様の時代だってぇ思ってたのに・・・!」
「・・・組合の掟は忘れちゃいまいね」
「は!この状況で何抜かしやがる!てめえもこの場で片づけてやるぜ!」
「いいや、スティック・・・悪いけどいつまでもこの場にいる気はないんだ。
 お前の口から事実が聞ければ、アタイのこの場での目的は果たしたからね。
 後は、組合の「狩人」を呼んでくるんで、さっさと消えさせてもらうよ」
そう言うと、現れた時と同じように、スーッとその姿が薄れていく・・・
「くそっ、また隠れ身か!?」
「ちょ、ちょっと!?アタシらはどうなんのさ!?ここまでやっといて押しつけるなっての!」
セピアが猛烈に抗議すると、声だけが帰ってくる。
「悪い、すぐに加勢を連れてくるから、それまで持ちこたえて」
アキがそれに答えて冷静に判断する。
「セピア、どちらにしてもこれだけの人数に囲まれたままでは分が悪いです。
 助けを呼んできてもらう方がまだ目があります。それまでなんとか持ちこたえてみましょう」
「あーもう、わかったよ!サーヤ、急いで頼むよ!」
「ち、ちっきしょう・・・どこ行きやがった!?」
3人・・・と見えなくなったサーヤを囲む輪はまだ崩れない。
だが、その輪は間を人が通り抜けられないほど密なものではない。
輪の中にまだサーヤがいるのかさえ定かではなかった。
それまで成り行きを見守っていた女魔術師が叫ぶ。
「スティック!手は出さないと言ったが、そやつに逃げられては都合が悪い!
 呪文を使うが、よいか!」
「た、頼む!」
スティックの返事を聞くが早いか、女魔術師が呪文の詠唱を始める。
「フ、フラク!あれは何の呪文!?」
「ぼ、ぼくの知らない呪文だよ・・・内容からするとエネルギー放出系みたいだけど」
「えーと・・・確かあの呪文は・・・」
「知ってるの、アキ?」
「使えるわけではありませんけど、たぶんあの呪文は「光の壁」です」
「光の壁?」
言っている間に呪文が完成した。
女魔術師の前に淡い光を放つ半透明の「壁」が忽然と現れる。
壁は路地を完全にふさいでしまっていた。
「なるほど、「光の壁」だね・・・で、どんな効果なわけ?」
「えーとですね・・・」
アキが説明しようとした矢先
バシッ!
「うあっ!?」
悲鳴とともに壁が一瞬強く輝き、その輝きに弾かれるようにサーヤが姿を現して倒れ込む。
「・・・だいたいわかった」
この「光の壁」の呪文は「障壁」と違って
術者の前方にだけ「壁」を作るが、触れたものに衝撃のダメージを与える点で
「障壁」よりも攻撃性のある呪文だった。
慌てたスティックが一瞬遅れて倒れこんだサーヤに飛びかかるが
サーヤもまたすぐに姿を消した。
「ふむ。やはり見えなくなるだけか。実体が別次元に滑り込んでいるようだと厄介だったが。
 スティック、見ての通りだ。もはや誰もこの路地からは出られぬ。後は存分にするがよい」
「ありがてえ、助かったぜ!よし・・・!」
スティックが何やら手振りで手下に合図を送ると
3人を囲んでいた輪が崩れ、スティックの元に手下が集まる。
十数人が横一列に並び、路地いっぱいに広がる。
これでは手下どもに触れずに路地を抜けることはできそうもなく
仮にこの人の列をかいくぐっても、その先には「光の壁」が立ちはだかっている。
「サーヤさん、いますか!?ちょっと助けを呼んでくるのは無理なんじゃ・・・」
フラクの呼びかけに、3人のすぐ側にサーヤが姿を現す。
「・・・そのようね・・・アタイら3人だけで、やるしかないか」
「ひい、ふう、みい・・・15人か・・・3対15ね・・・」
「では、1人ノルマ5人ということで」
フラクが3人のやりとりに不平を漏らす。
「ちょっと!なんでボクが頭数に入ってないのさ!」
「あんた接近戦闘できないだろ」
「何か攻撃的な呪文、使えたっけ?」
「安心してください。フラクはちゃんと守りますよ」
なんだか情けなくなるフラクだった。

「いいか!討ち取った奴は幹部に取り立てだ!」
スティックの合図で、手に手に獲物を持った人の列がじりじりとフラクたちに近づいてくる。
サーヤも腰に差した小剣を抜き身構える。
(一度に来られたらやばいね)
(アタイらのやり方じゃそれはないね。動きの速さで攪乱するのが普通)
サーヤの囁きのように、人の列は微妙にその配置を変えながら接近してくる。
近づくほどその動きは速くなり、まるでよく訓練された踊り子のチームのようでもある。
「くそっ!」
苛立ったセピアが長剣を横薙ぎに払うと、一瞬遠ざかるが
若干体勢が崩れたところにすぐさま3人が斬りかかってくる。
「うぉっとぉ!」
ガキッ!
なんとか1撃をかわし、2撃目は受け・・・3撃目!
(ヤバ!)
ピキン!
かわすことも受けることもできそうになかったセピアへの3撃目は
素早く前にでたサーヤが小剣で弾いていた。
「大振りはヤバいよ!」
「悪い!」
シャッ!シュッ!
休む間もなく次々に刃が繰り出されてくる。
セピアもサーヤもかわしたり受けるので精一杯になってきた。
いつの間にか前列を作っていた二人の間隔が広がる。
気づいた時には開いた間隙を縫って2人の盗賊がアキに小剣を振りかざしていた。
「アキ、逃げて!」
セピアの叫びも間に合わない。
丸腰のアキにはかわすしかないはずだが
攻撃をよければ、その後ろにはフラクがいる。
アキは、よけなかった。
ガキ!ガキッ!
そのまま、小剣の攻撃を素手で受け止めていた。
「アキ!?」「アキさん!」
「ご心配なく!」
攻撃を受けた手をそのまま返して、拳で突きを放つ。
ドズン!
「ぐあっ!?」
鈍い音とともに手下の一人が吹っ飛び、もう一人が慌てて飛び下がる。
「気をつけろ!腕に何か仕込んでやがる!」
「失礼な。そんなことしません」
再び間隔を狭めたセピアとサーヤが前列を形成し
うごめく人の壁もやや下がっていく。
「アキ!手は!?」
「大丈夫。これが私の二つ目の手です」
そう言って、アキが切り裂かれた手袋を捨て去る。
普段からそこだけ肌の色が黒く変色しているアキの両腕が
今はさらに黒く、まるで金属のような光沢さえ出ていた。
「ああ・・・聞いたことがあるよ、アンタの「神の三つの手」ってやつだろ?」
「はい」
「なに、それ?」
「なんだよ、連れのくせに知らなかったの?噂になってんだぜ、結構。
 神は3つの手を授く、慈悲深き神の癒しの手、頼るべき神の護りの手、だっけ?」
「はい。普段の私の手は癒しの手ですが・・・今は二つ目の護りの手。
 鋼と同じ強さを持つ、弱き者の盾となるための手です」
「3つ目は?」
「えーと・・・なんだったっけ?」
「・・・3つ目は、無闇に使ってはならないのです」
「いや、そんなこといってる場合じゃないって。何か手があるなら使っとくれよ」
「セピア、無理強いはよくないよ」
「だってさ」
「っと、お喋りはここまで!」
再び接近してきた人の壁が次から次へと刃を繰り出してきて
新たにアキを加えた3人でその攻撃を払いのけていく。
その後ろで、フラクは自分に何かできることはないか必死に考えていた。
(使える呪文・・・「明かり」を全力で・・・ダメだ、こんな狭いとこじゃみんな焼け死んじゃう・・・
 「念動」で一人ずつ捕まえて・・・あんなに動き回ってちゃ補足できないな。
「点火」は生き物にはかからないし・・・「障壁」じゃこっちも逃げられないし・・・
 あ〜、もっと呪文覚えてれば・・・)
「フラク、下がって!」
「うわ!?」
前列が3人に増えたにもかかわらず
いつの間にか、盗賊たちのほうが押し気味になっていて
セピアたちはじりじりと後退している。
(まずいな・・・このままじゃ・・・)
(引きつけられれば・・・ダメだ、抜けられてもあの呪文の壁が・・・)
(打撃では相手の動きが止められるだけ・・・回復すると戦列に戻ってくる・・・)
フラクにも前列の3人から焦りが感じられる。
それはそのままフラクの焦りでもあった。
(もう・・・狂戦士になるしかないか?)
(3つ目の手・・・神よ、赦したまえ・・・)
(やれやれ・・・奥の手使うしかないかね・・・フラクには見られたくないんだけど)
(何か・・・何かないのか・・・!)

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