「瞳の中の竜」

第二話

メラニの小屋の前に大柄な男が立っていた。
40がらみの日焼けした顔は
頬も顎も黒いひげで覆われており
がっしりした体格もあって熊を連想させる風貌だった。
小屋の中に人気が無いと見て取ると
そのまま迷うことなく裏手に回る。
薄い木漏れ日の中に見知った姿を見つけると
低いがよく通る声で話し掛けた。
「やあ、フラク。メラニはおるかね?」
日課になっている呪文の練習を終えて
フラクはいつもの切り株に腰掛けて休憩していたが
ハラルドの姿を見て取るとすぐに立ち上がり挨拶を返す。
「あっ、こんにちは、ハラルドさん。師匠ならさっき泉に行きましたけど?」
「そうか・・・ちょっと街でメラニ宛に言伝を頼まれてな・・・」
「じゃ、ひとっ走りして呼んできます。」
「そうか、すまんね」
立ち去りかけて、ふとフラクが振り返る。
「あの!ハラルドさん!」
「ん?なんだね?」
「ボクの・・・後見人になってくれるそうで・・・その・・・ありがとうございます!」
勢いよく頭を下げるフラクにハラルドが目を細める。
「なあに、礼をいわれるほどのことじゃないよ」
「でも・・・いいんですか?ボク、街の人から嫌われてるし・・・」
「誰もお前サンを嫌ったりなどしとらんよ。ただちょっと他の人と違うから避けてるだけさね」
「そうかなぁ・・・」
「そうだよ。お前サンが嫌われてると思って近づかんから、余計相手も近寄りづらいのさ」
「・・・そうなのかなぁ・・・」
やれやれ、といったようにハラルドが肩をすくめる。
「なあフラク、今度ワシと一緒に街に出よう」
「え?ハラルドさんと?何の用事ですか?」
「用事なんて別に無いよ。ただ酒場に行ったり買い物をしたり。それだけさ」
「はあ・・・あ!師匠を呼びに行くんでしたっけ!スイマセン、その話はまた!」
フラクが慌てて森の中の小道に走りこむ。
「おーい、そんなに急ぐと・・・」
危ないぞ、とハラルドが声をかけようとした頃には
もうフラクの姿は森の木々に隠れ見えなくなっていた。

(この時間に泉に行くってことは・・・水浴びだよなぁ)
メラニが出かけた泉が近づいてきて、フラクの足が少し遅くなる。
暖かい季節には、二人ともよくこの泉で水浴びをする。
(前にうっかり覗いちゃったときはこっぴどい目にあったから・・・)
こっぴどい目、というのはその場で「金縛り」の呪文を掛けられ
一晩ほうって置かれたことだ。
大きく息を吸うと、大声で泉のほうへ呼びかけた。
「師匠〜!フラクです〜!そっちに行ってもいいですか〜!?」
耳を澄ましてみる。
返事が無い。まだ遠くて聞こえなかったのだろうか?
もう少し近づいて、もう少し大きな声で・・・
そんなことを2度3度と繰り返したが
メラニからの返事は無い。
(もういないのかも・・・)
そう思いながら泉に向かって進むうち、やがて木々が途切れ
青く澄んだ泉がフラクの目に映る。
そして、泉の傍の大岩の上で寝そべる、一糸まとわぬメラニの姿も・・・
あわててクルリと振り返る。
「師匠!寝てるんですか!?」
そのまま後ろ向きに大岩のほうへ近づいていく。
「師匠!起きて下さいヨッ!」
「・・・ん・・・あっ!こら・・・あ?ああっ!?」
バシャーン!
バランスを崩して、岩から水に落ちたようだ。
「師匠?大丈夫ですか?」
「う〜・・・とにかく!アッチ行って!!」
「は〜い」
素直にそのまま振り向かず(振り向いたりしたら大変だ)また森の中へ戻る。
「まったく!来てはダメって言ったでしょ!」
「ハラルドさんが来たんですよ。師匠に何か話があるそうなんで、呼びに来たんです」
「だったら近づく前に起こしてよ!」
「呼びましたよ何度も!それに近づいたのだって後ろ向きじゃないですか!」
「どこから後ろ向きだったの!?」
「え?」
「小屋からずっと後ろ向きで歩いてきたの!?」
「いやその・・・後ろ向いたのは・・・泉に着いてから・・・」
「フラク」
「はい?」
「晩御飯抜きっ!!」
「わっ、ヒドイですよ!事故じゃないですか!だいたい師匠だってあんな所で素っ裸で・・・」
「やっぱり見たのねっ!!」
「だから事故ですよ!わざとじゃないんです!」
こんな調子で、小屋までの小道を騒々しく歩く二人だった。

「やあメラニ、相変わらず・・・」
「何よ」
不機嫌そうだな、と言おうとしたハラルドだったが
メラニの顔色を見て本当に不機嫌そうなので思いとどまる。
「いや・・・ん?どうしたフラク、やけに疲れたみたいだな。そんなに急がんでも良かったのに」
「別に急いだから疲れてるんじゃないですよ・・・」
それだけ言うとフラクは奥に引っ込んでいった。
「なんだ?どうかしたのかねフラクは?」
「ハラルド!話ってなんなの?」
「あ?ああ、実は街でお前サンの師匠だって爺さんに会ってな・・・」
「・・・え?」
「なんでもお前サンに会いにテミッシュから来たそうなんだが」
「・・・ええ?」
「じゃあ、ここまで案内しようって言ったんだが、えらく我儘な爺さんでな・・・」
「ど、どうしたの!?」
「『ワシャもう歩きつかれたからここまでメラニを呼んでこい!』っていうんだよ」
「えええっ!それ、いつの話!?」
「今朝方だよ。なんだか怪しい爺さんだったんだが・・・アレ、ホントにメラニのお師匠さんかね?」
「ど、どんな顔だった?」
「こう・・・四角い顔で、ゲジゲジ眉毛で・・・ボサボサの白髪頭で・・・口がへの字で・・・」
「大変!間違いないわ、バルーグ師匠だわ!」
「あ、そうそう、そんな名前だった」
「何だってこんな早く・・・いやソレどころじゃないわね。フラク!」
「はい?」
奥からひょいとフラクが顔を出す。
「話は聞こえてたわね?街に行くわ。一緒に来なさい」
「え?ボクもですか?今から?」
「そうよ。アナタの後見人になってくれる、アタシの師匠が来たの」
「そうらしいですけど・・・今からじゃ着くのは夜ですよ?」
「早いほうがいいの。師匠にへそ曲げられたくないでしょ?」
「そうですね、せっかくボクのために来てくれたんですもんね」
「そういうこと。ハラルド、師匠は何処の宿に?」
「『金の梯子』亭だよ。2階の個室に泊まってるそうだ」
「そう、悪いわねハラルド。じゃ、また出かけちゃうけど・・・」
「いや、ワシも一緒に行こう。夜道を女子供だけでは物騒だ」
「そう?ありがと。じゃ、行くわよフラク」
以前メラニが自分の師匠について言っていたことをフラクは思い返していた。
「基本的には」いい人。
「基本的」じゃない部分はあんまり期待できないのかなぁ、と
またちょっと憂鬱になるフラクだった。

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