「瞳の中の竜」

第十八話

「あ〜あ、この門は収穫なしか。意外とアヤシイ奴っていないもんなんだねぇ」
最初に聞きこみに回ったシェキルの西門では
思ったような情報は得られず
次の門に向かうためにフラク達3人は
西門から少し離れた路地を歩いていた。
セピアのぼやきをなだめるようにアキが微笑む。
「まあまあ。まだ一つ目の門で聞き込みしただけですし」
「後3つかぁ・・・次はどの門に行くの?」
「え・・・いや、別に決めてないけど」
「・・・この道に入ったのはセピアでしょう?行き先、決まってるんじゃないんですか?」
「セピアが道がわかってると思ってついてきたんだよ、ボク達」
「そんな訳ないじゃない、アタシだってこの街初めてなんだから」
「だってスタスタ歩いてくから・・・てっきり道を知ってるのかなって」
「違うよ、アタシはただ・・・その、なんとなく・・・」
「なんとなく、こんな路地に入っちゃったんですか?」
ほんの少し黙ってから、セピアがばつが悪そうに
「・・・ゴメン」
「しょうがないなー・・・一旦西の門まで戻ろうか」
「悪ィ、無駄足させちゃった」
3人がもと来た道を引き返し始めて
何度か曲がり角を曲がったところでフラクが立ち止まる。
「・・・ここ、どこ?」
「さっきは・・・こんな場所は通りませんでしたね」
「ちょっとぉ、道間違えてるんじゃないの?」
「おっかしいなー・・・さっきの角、左だったかな・・・」
「もう、意外にフラクの記憶力も当てにならないですねぇ」
「あ、そんなこと言うならアキが先に行ってよ」
「いいですよ・・・とりあえず、さっきの曲がり角まで戻りましょう」
再び戻っていく途中で今度はセピアが立ち止まる。
「ねえ、こんなところに入れる路地あったっけ?」
「・・・っていうか・・・」
「さっきの角にすら、戻れてないですね・・・」
無理もない。
路地は何度も曲がりくねり
道が出会うところはたいてい5叉路か6叉路という複雑さに加え
周囲の建物は皆同じような石造りで見分けがつかない。
時折道端に現れるちんまりと開いた店が
今いる場所が初めて通る場所だと告げていた。
しばらく3人は黙ったまま立ち尽くしていた。
やがて不意に、ほぼ同時に声を上げる。
「こっちじゃないかな?」「こちらではないかと思うのですが」「こっち行ってみる?」
そしてそれぞれがまったく違う方角を指差していることに気づき
またほぼ同時にため息をつく。
「まるで迷路ですね・・・」
「アタシら、道に迷っちゃったわけ?」
「そう、みたいだね・・・」
「・・・どうしましょう」
「あー、もう!誰かに道でも聞くしかないねこりゃ」
「でも・・・誰も通らないよ」
「この辺りって・・・どなたかお住まいになっているのでしょうか?」
アキの言葉に辺りを見まわしてみる。
「う〜ん・・・気配はしてるんだけどさぁ・・・」
「え、誰かいるの?」
セピアは気づいていた。
いつも、誰かしらの視線が注がれている。
だがそれはよそ者に対する好奇心や歓迎の視線ではない。
明らかに警戒されて見張られている感じだ。
「道を聞ける雰囲気じゃないんだよねぇ」
「セピアらしくないなぁ。いつもみたいに図々しく聞いちゃえばいいのに」
「誰が図々しいってぇ!」
ぐりぐりとフラクのこめかみにセピアの拳がねじ込まれる。
「痛い痛い!」
「とにかく・・・どなたかいらっしゃるのでしたらこの際道をお尋ねするしか・・・」
「そうだねぇ・・・えー、誰かいるかぁい!」
セピアが大きな声で誰の姿も見えない周囲の建物に呼びかける。
しばらく待つ。が、返事はない。
「・・・ホントに誰かいるのぉ?」
フラクが疑いの目をセピアに向けたときだった。
「おぉい、何やってんだいこんなトコで?」
背後から聞こえた覚えのある声に3人が振りかえる。
「クラウスさん!?」
シェキルまで3人を馬車で連れてきた組合の幹部、クラウスだった。
「うわぁ・・・助かったぁ・・・」
「?なんだよ、助かった、って?」
「いや、そのぉ・・・へへへ」
「何やってんだ?こんなトコにいたってなんにもネタなんてありゃしないぜ?」
「いやあ、そりゃなんとなくわかってるんだけど、ね」
「・・・まさか、道に迷ったとかいうんじゃねえよな?」
「恥ずかしながら・・・その通りです」
「すいません・・・できれば街にどこかわかりやすい場所まで案内してくれませんか?」
「やれやれ・・・頼りない助っ人だなぁ・・・」

「さっきんトコは『穴ぐら』だ」
とりあえず西門まで戻る道を案内しながらクラウスがぽつりと漏らす。
「穴ぐら?」
「オレらみたいな裏家業の連中がねぐらにしてるとこさ」
セピアが納得したように頷く。
「道理で。ヤケに皆アタシらを警戒してると思ったよ」
「そりゃそうだろうよ・・・よそ者が来るところじゃねえし、ましてアンタらは・・・」
ちら、と振りかえって3人を見る。
「親方に頼まれて、造反者が誰か探りを入れてるんだからな」
「なんだ、引きうけたの、もう知ってたの?」
「よせやい、もうシェキルでそれを知らねえヤツなんていねよ」
アキが心配そうにクラウスに尋ねる。
「なんだか皆ヤケによそよそしいと思ったのですが・・・そのせいでしょうか?」
「まあなぁ、親方の依頼で動いてるんじゃ、邪険にもできねえし・・・」
「かと言って、痛くもない腹を探られるのも面白くないってわけか」
「それで、誰も出てこなかったんですね」
「そういうこと。別にシェキルの連中がみんな愛想悪いってんじゃねえからさ」
クラウスの弁解にセピアもアキも苦笑する。
自分の故郷を旅人に悪く思われたくないというのは
どこでも共通らしい。
「ああ、わかってるよ」
安心したようにクラウスが少し微笑む。
「でも、昼間からねぐらに閉じこもってるなんていかにも盗賊らしいね」
「悪かったな、実を言えばオレもヤサに帰るとこだったんだけどよ」
「ま、気にしない気にしない」
「でも本当に助かりました、恩にきます」
「なに、いいってことよ。それよりどうだい?・・・何か掴めたかい?」
クラウスの問いかけに3人の表情が暗くなる。
「それが・・・皆目でねぇ」
「こんな調子でお役に立てるのでしょうか・・・」
努めて明るくクラウスが慰める。
「あせってもしょうがねえよ。地道に聞きこんでくしかねえさ」
「でも・・・ボクそんなにここに長居はできないんですよ」
フラクが困った顔を見せ、しばらく会話が途切れていたが
やがてクラウスが思い出したように話し出した。
「・・・そう言えば、一つ妙な話があるんだが・・・調べてみるかい?」
「なんですか?」
「二ヶ月ほど前かな・・・この街に女魔術師が一人やってきたらしいんだが・・・」
「へえ・・・女の魔術師ってのは珍しいね」
「だろ?誰かの客なのか探ろうと思ってたんだが、街に来た後の足取りが掴めなくてな」
「いつの間にか街を出ていたとかは?」
アキの問いにゆっくりとクラウスが首を横に振る。
「門は全部見張ってるからそりゃありえねえ・・・魔法を使えば別なのかも知れねえけどな」
「じゃあ、まだこの街にいるってこと?」
「オレ達に所在も掴ませないでな。ちょっと臭いだろ?」
「魔術師だからってだけで胡散臭いっていうのはヒドイなあ」
フラクがちょっと不満そうに膨れるのを見てクラウスが笑いながら
「そうじゃねえよ。街に入るなり居場所がわからなくなるってのは・・・」
「何故だかわかんないけど、そいつは隠れてるってことか」
「つまり、そこが怪しいとおっしゃるんですね?」
「そういうこと。やましいところがなきゃ隠れる必要ねえんだからさ」
「で、探してはいるけど・・・見つからないわけだ」
クラウスががっくりと肩を落とす。
「そうなんだよなー・・・誰かがかくまってるかもしれねえし、魔法でも使ってたらオレらにゃお手上げ・・・」
そこでフラクを見ると、にやりと笑う。
「で、兄ちゃんの出番ってわけだ」
「ボクの?」
「同じ魔術師だろ?こう・・・魔法でパパッと居場所とかわかんねえかな?」
「えー・・・ちょっと無理ですよお。そんな便利な魔法なんて・・・」
断りかけたフラクにアキが言葉をはさむ。
「フラク、『魔力感知』を使えばいいんじゃないですか?」
「あ、そうか」
魔力感知。呪文としては初歩の初歩で、フラクも当然習得している。
普通は魔法のかかった品物や場所を識別するためにかけるのだが
高い魔力を持った人間も感知することができる。
「魔術師ならば、人より高い魔力をもってるはずでしょう?」
「そうですね・・・『魔力感知』でおよその居場所ぐらいはわかるかも」
「ほお!そりゃすげえ!早速やってみてくれよ!」
「あ、でも・・・『魔力感知』の効果範囲で見つかるかなぁ」
「・・・どういうこったね?」
「そういう人がいるとしても、20メートル以内でないとわからないんです」
「・・・20メートルか・・・それじゃ建物の奥とかにいるとわからねえかもな」
「それに、術をかけた状態で街中歩かないと」
「まあ、それでもやらないよりはマシだろうけど・・・どうなのかなぁ」
「何がだい?」
「その消えた女魔術師が今度の件にからんでるとは限らないだろ?」
「そりゃそうだが、この際アヤシイのをしらみつぶしにやってくしかねえからな」
「それもそうか。フラクはいいのかい?術を使うのはアンタなんだから」
「うん、この際やれることはやってみようよ」
「OK、それじゃ始めなよ」

立ち止まったフラクが目をつぶり、呪文を唱え始めた頃
少し離れた場所にある屋敷の地下で
女魔術師は小さな瓶をぼんやりと見つめていた。
金色に妖しく光る左の瞳も、今は心なしかその輝きに陰りが見えた
(この街も・・・潮時かもしれぬな)
分不相応な暗い野望を持つ男に取り入り
男の野望をかなえることで「災厄」を呼ぶ・・・
いや、男自身の存在を「災厄」と呼べるものに仕立てあげようとしたが
(あの男では役不足だったようだ)
女の望むような「災厄」になど、とてもなれそうにはなかった。
(せめて・・・置き土産でもしていくか)
手にしていた瓶を机に置き、立ちあがり部屋を出ようとして
ふと今朝がたのことを思いだす。
「赤鬼」と「三つ手」。どちらも名の知れた使い手だ。
(様子を見てみるか・・・我が障害となるようならば、手を打っておかねばな)
そのまま目をつぶり、呪文を唱え始める。
「行け、『魔法の目』よ」
それは自らの視点を自在に移動させる探知系の魔法で
居ながらにして遠い場所の様子を見ることができる術だった。
あっという間に彼女の視覚は屋敷を離れ
シェキルの街を鳥が飛ぶような速度で移動していた。

「ねー、まぁだ見つかんないのぉ?」
「まだ。そんなに簡単じゃないんだよ」
つまらなさそうに尋ねるセピアにフラクがやれやれといった様子で答える。
術をかけ始めてからかなりの時間がたっていたが
フラクが感じ取れたのはすぐ傍に居るアキの魔力だけだった。
少し先を歩いていたクラウスが振り向いて声をかけてくる。
「お3人サン、そろそろ中央通りだぜ?」
「西門周辺にはいないということでしょうか」
「そうなるな・・・まあこの辺は昔っから住みついてる連中ばかりだから」
「最初から期待薄だったってわけか・・・」
「まあこの調子でいけばシェキル全部を探るのに・・・」
「ちょ、ちょっと待って静かに!」
不意にフラクが立ち止まって叫ぶ。
「ど、どした!?見つかったのか!?」
「今・・・ほんの一瞬だけど魔力を感じたんだけど・・・ああ、見失っちゃった」
「おおよそどの辺りとかわかる?」
「それが・・・」
「・・・わかりませんか?」
「いや・・・おかしいんだけど・・・上・・・空から感じたんだよね・・・」
「はあ?その魔術師って羽根でもはえてるのかね?」
「そんなわけないよ・・・ね」
「もう・・・しっかりしてよ」
やれやれとクラウスが首を振り
「どうする?ちょいと休むかい?もうすぐ西門だ、どこかの店にでも入ってよ」
「そうだね・・・喉も乾いたし腹も減ったし」
「またぁ?セピアっていつもお腹空いてない?」
「うるさいな、ヘッポコ魔術師!アンタは魔法の鳥でも探してな!」

無表情な女魔術師の額に一筋汗が伝う。
迂闊だった。
連れに若い魔術師がいることを忘れていたわけではなかったが
まさか「魔力探知」を使っている最中だとは思っていなかったのだ。
ほんの一瞬だが探知されたことに気がつき、効果範囲外に「魔法の目」を移動させると
相手の様子に変化がないことに安堵し
そのまま「魔力探知」の効果範囲ギリギリのところから観察を続ける。
若い魔術師は術をかけたまま歩き回っている。
女魔術師は考えた。
普通じっと動かずに集中してかける術を
歩き回って維持しているのは一体何のためなのか?
なにか魔法のかかった品物を探しているか
でなければ魔力を持つ人間を探しているのだ。
そこで一行の先に立って歩く男に気づく。
以前「魔法の目」で調べたときに見かけた組合の上級幹部の男だった。
つまり、これは組合のからんだ仕事ということだろう。
組合では私の所在を躍起になって探しているらしい。
そこまで考えて
彼らが探しているのは自分であると言う結論に達し
女魔術師は再び考える。
(もう一働きしてもらうか)
左の瞳がまた黄金色にキラキラと輝いていた。
部屋を出るとき、机の上の小瓶に目が行く。
一瞬立ち止まり、また思いなおしたように部屋を出ていった。

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