「瞳の中の竜」

第十七話

まだ太陽も昇りきらない早朝。
手下の若い者の知らせに叩き起こされ
顔も洗わずに屋敷の地下室に向かう。
地下に特別に作られた居室のドアの前に立つと
いつものことながら、緊張に引き締まる。
アナカリア中の盗賊の支配者になろうというのに
このドアの前では使い走りの小僧になったように思える。
そっとドアをノックする。
「いるかい?」
名前は名乗らない。
このドアをノックするのは自分だけ。
中にいる人物も一人だけ。互いに名乗る必要などなかった。
「入れ」
声に誘われて部屋に入る。
小さなろうそくが灯るだけの暗い部屋の中で
いつものように机の前に陣取って
分厚い本を読んでいる一人の女。
まだ若い・・20歳をすぎたばかりのように見える。
そして、そう見えるだけなことは男にはよくわかっていた。
何の飾りもない黒のローブ。
白い肌。黒く長い髪。そして異様に赤い唇・・・
小さな明かりの輝きを映す切れ長の目。
暗い中でもその妖しい美しさをはっきりと見て取れる。
本から目を離すことなく女が低い声で問う。
「なにがあった」
「つい今しがた知らせがあった。ハバスが持ちなおしたらしい」
「ほう?」
女の顔が動く。入り口に立ったままの男に瞳が向けられる。
右は髪と同じに吸いこまれるような黒い瞳。
そして左の瞳はろうそくの明かりに照らされて金色に輝く。
左右色違いの瞳に見つめられ、男の緊張がさらに高まる。
「何をしくじった」
なんの感情も感じられない声で女が尋ねる。
「別に何もしくじっちゃいねえ!ただ・・・邪魔が入った」
「邪魔、とは」
「通りがかった旅の術師が施術して持ちこたえさせやがった」
「一人二人の術者でどうにかなるわけがなかろう」
「術者の一人は、『三つ手』らしい」
「ほう」
「アンタも噂は聞いてるだろう?なかなかの使い手らしいぜ」
「如何に「三つ手』といえど、術をかけ続けていたわけではあるまい。他に何があった」
「術をかけている間に、伝令がこっちに来て医者を連れてって、それでオシマイ」
「たどりついたのか。荒地に砂竜を配しておいたのだが」
「それが、伝令は『マグリブの赤鬼』だったそうだ。どうやら『三つ手』とつるんでるらしい」
「あの砂竜を倒すか。噂以上だな」
女が再び本に目を落とす。
しばらくの沈黙の後、男が耐えかねたように話しかける。
「で、どうする?」
「何をだ」
「ハバスだよ!次の手はねえのか?」
「今は待て。立て続けに事を起こしてはまずかろう」
「ちっ・・・余計なことをしてくれるぜ、まったく」
「ところで、『三つ手』と『赤鬼』はどうしている。まだハバスにいるのか」
「それがな、どうもこっちに来ているらしい。『親方』が呼んだようだ」
「手を組んだか。厄介だな」
「手を組む?ただ労うために呼んだだけじゃねえのか?」
「呑気なやつだ。我等のこと、『親方』はうすうす感づいているぞ」
「なに!?」
「おそらく『三つ手』と『赤鬼』に助っ人を頼んだのであろう」
「くそっ・・・!おい、どうすりゃいい!?」
「そうだな・・・」
読んでいた本から顔を上げ、女が腕を組みしばし考えた後、ぽつりともらす。
「客はもてなさねばなるまい」

「ほらぁっ!さっさと起きなぁっ!」
「う、うわっ!?」
いきなりの怒鳴り声に、ベッドから転げ落ちそうになって
フラクは目を覚ました。
一緒に眠っていたはずのサーヤが
昨夜と同じように、自分に馬のりになるようにしてこちらを睨んでいる。
ただし、その表情は昨夜とはうってかわって厳しい。
「まったく・・・黙ってりゃいつまでも寝てるんじゃないの?」
フラクがあっけに取られながらも小声で抗議する。
「昨日の夜はあんな猫なで声でせまったくせに・・・」
「うっさいな、あれはプライベートの話!」
「じゃ、今は?」
「仕事を請け負ったんだろ?だったらキチンと働いてもらわなきゃね」
「なんか・・・ドライだなぁ・・・」
そうこうしているうちにセピアとアキも部屋に入ってくる。
「おはよー。あれ、サーヤが起こしてくれたの?」
「おはようございます。サーヤさん、朝、早いんですね」
「早起きの盗賊ってなんか変だよね」
二人が変なところで感心している。
「悪かったね、早起きで。アタシらだって仕事がなきゃちゃんと朝から起きてんだよ」
「へえ、そんなもんなの」
「さあ、いつまでもグダグダ言ってないで、街に出て情報集めでもしてきな!」
おずおずとフラクが小声でサーヤに
「えーと・・・朝ご飯は・・・」
「そんなもん出ると思ってたの?宿屋じゃないんだよここは」
「・・・なんだか人使いが荒くなってませんか?」
「確かに。こういう所は立派に『親方』だねぇ」
「あ、アタシのことは外で『親方』なんて呼ぶんじゃないよ?」
「わかってるよ、それぐらい」
「さあ、なにしてんのさ?さっさと着替えて出ていきな!」
「街の案内などはしていただけるのですか?」
「アンタ、初めての街じゃいちいちガイド頼んでるのかい?」
「そういう訳じゃありませんけど・・・」
「だったら、ここだってガイドなんかなくたっていいだろ?アタシャ忙しいんだよ」
「急ぎで繋ぎを取りたいときにはどうすりゃいい?」
「そうだね・・・西城門通りに『曲がった小指』って酒場がある。そこの主の
ビックスってヤツに会えばいい。すぐにアタシに連絡が来るよ」
「その店、今開いてるかい?」
「ああ、一日中やってる店さ。ビックスも、いつも店にいる。呼べば出てくるだろ」
「じゃ、早速行ってみるかね・・・そのビックスってヤツにはどの程度話していいんだい?」
「ビックスなら全部承知してる。信用していいよ」
「わかった。じゃ、行こうか?その酒場でまずは朝飯でも食おうよ」
部屋を出るところで、セピアがサーヤに耳うちする。
(ねえ・・・アンタ、フラクに夜這いかけたろ?)
(・・・なんのこと?)
(とぼけなさんな。シーツからアンタと同じ香水の匂いがしてるよ)
(ちぇ、お見通しか。でも、振られたよ。一緒に眠ってただけ)
(まったく・・・油断も隙もないね。いい?抜け駆けはなし、だよ)
(ふん・・・)
「セピアー、なにしてるのー?」
「ああ、今行く。じゃ、いいね、サーヤ?これだけは譲らないから」
「・・・わかったよ。今臍を曲げられちゃ困るからね」
廊下で待っていたフラクとアキに追いつくと
アキがセピアに尋ねる。
「譲らない、ってなんのことですか?」
「ん・・・ちょっとサーヤに釘を刺したのさ。多分、アキも譲れないこと」
「?」
「あ〜あ、いやんなっちゃうね・・・競争相手ばっかり増えちゃってさ」
「ああ・・・なんとなく、わかりました」
そう言ってアキがセピアと目を会わせ、互いに苦笑する。
「ま、そういうこと」
二人の間にフラクが口をはさむ。
「ナニナニ?何競争してるの?」
「アンタは知らなくていいこと」
「えー、なんだよそれ?気になるよー」
「いいから♪さ、行きましょう。遅くなると、また『親方』に何か言われますよ」
「ちぇ・・・なんだか二人ともボクに隠していること多いんじゃないの?」
「そうだね。この際だから覚えておきな。女はね、色々秘密があるんだよ」
「そうそう」
にっこりと笑う二人。
「なんだか不公平みたいな気がする・・・」
フラクは不満をあらわにしながらも二人の後をついていった。

「ここ・・・でしょうか?」
「そう・・・みたいだね。看板は出てるし」
「ここで食事できるのかな・・・」
一軒の酒場の前で3人が固まっている。
看板には確かにサーヤから聞いたように
「曲がった小指」と書かれていた。
だが、その看板がかなりいかがわしい。
しなをつくって横たわる全裸の女を象ったそれは
書かれた文字で最後の部分をようやっと隠している。
「思いだしたよ・・・『小指』って女って意味だったっけ・・・」
「じゃ、『曲がった』は?」
「・・・言わせないでよ」
なにかかなりきわどい意味らしい。
「入るんですか?」
「気は進まないけどねぇ」
ため息をつきながらセピアがドアを押し開け
アキとフラクもそれに続く。
「・・・らっしゃい」
薄暗い店の中には客はおらず
カウンターの内側で中年男が一人
皿を洗っているだけだった。
皿を洗う手を止めカウンターから出てくると
男がじろじろと3人を見て言う。
「・・・ウチで働きに来たのか?」
「え・・・違う違う!!客だよ客!」
「なんだ・・・こりゃ久々の上玉だと思ったんだけどな。で、なんにしやす?」
「朝飯がまだなんだ、適当に」
「あいよ」
男はカウンターに戻っていくと
奥のほうで何やら手を動かし始めた。
隅のテーブルに腰を落ち着けたところで
アキがセピアに尋ねる。
「どうしてビックスさんを呼ぶように言わなかったんですか?」
「こういう所じゃ客になって金を払ってからのほうが応対が良くなるからね」
ちょっと驚いたような顔でフラクがポツリともらす。
「なんだ、お腹がすいてただけじゃないのか」
「・・・何か言ったかい?」
ゴキゴキと指を鳴らしながらセピアがニッコリ笑う。
「あ、もう料理が来たよっ」
男がいくつかの皿を運んでくる。
「はい、お待ち」
出された皿には何か緑色の野菜のようなものが
賽の目に四角く切られたものと
肉片を茹でたものが混ざっていて、そこに赤いソースがかかっている。
「・・・何かな?」
フラクの問いに男がぼそっと答える。
「サラダだよ」
じっと皿の中身を見ていたセピアが立ち去りかけた男に尋ねる。
「これ、ひょっとしてサボテン?」
男がちょっと驚いてセピアを見る。
「おお、よくわかったね?アンタ前にもシェキルにきたことあんのかい?」
「いやあ、懐かしいなぁ!いやね、生まれはマグリブでシェキルは初めてなんだけどさ」
「へえ、じゃなんでこれがサボテンだってわかったね?」
「マグリブでも時々サボテン食べてたんだよ!ちょうどこんな風にサラダにしてさ」
「おお、そうかね!そういやアッチのほうもここいらみたいに荒地が多いんだっけ?」
「そうなんだよ、採れる物っていやサボテンとかしかないとこでね・・・じゃこの肉は?」
「岩トカゲの尾の肉だよ」
「やっぱり!コレが結構イけるんだよねぇ」
「へええ・・・マグリブなんて遠いところの料理がここと同じたぁねぇ」
「アタシもここでサボテンとトカゲのサラダにありつけるとは思ってなかったよ」
話しの弾む二人とは対象的に、アキとフラクはじっと皿を見つめている。
「・・・サボテン?あの・・・トゲトゲの?」
「・・・トカゲ・・・」
「さあさあ、たんと食べとくれよ!お代わりもあるからな!」
「は、はあ・・・」
恐る恐る料理を口に運ぶ二人。
「・・・!美味しい!」
「うん!甘酸っぱくて、果物みたいだ!」
「このお肉も、鶏肉のようですね。でももっと味がある感じで」
「そうだろそうだろ。旅のもんは皆材料を聞くと食わずに敬遠するんだが
オレに言わせりゃシェキルに来てコレを食わないのは間抜けだぜ」
「このパンは?随分黄色いし、ちょっと変わった味だけど?」
「コーンブレッドさ。この辺じゃ小麦なんて採れないからな」
「なるほど・・・荒地でも皆工夫して暮らしているのですね」
「住めば都ってね。けどな、何の努力もしなきゃ都にはならねえのさ」
男が自慢げに胸を張るとカウンターに戻っていった。

しばらく料理に舌鼓をうった後
セピアがカウンターの中の男に声をかける。
「ごっそさん、旨かったよ。ところで、ビックスってのはアンタかい?」
「?ああ、ビックスはオレだけど・・・ああ!アンタらがサーヤの客か?」
「ま、そういうこと。これからよろしく頼むよ」
「なぁんだ、早く言ってくれよ人が悪ぃな。てっきりオレはただの旅人かと思っちまった」
「悪い悪い、隠すつもりじゃなかったんだけどね」
「しかし・・・もっとおっかない連中かと思ってたぜ。あんな二つ名だからよ」
「噂は当てにならないってことさ」
「まったくな。こんねベッピンさん二人に可愛い坊やだとはねえ」
「か、可愛い・・・!?」
「で、早速なんだけど・・・どこから当たればいいと思う?」
「そうさなぁ・・・まあまずは門番だな」
「人の出入りを調べるわけですね」
「地道に当たっていくしかないかね」
「そういうこったな・・・なあ、頑張ってくれよ」
ビックスの顔が真剣味を帯びてくる。
「うん?」
「オレは今までの親方のやり方が気に入ってたんだ。
この街を変なヤツにかきまわされたかねえんだよ」
「そうだね・・・」
「街の連中も、皆そう思ってる。頼んだぜ」
「ああ・・・頑張ってみるよ」
「この街にも平穏は必要ですものね。全力を尽くしましょう」
「それじゃ、ボク達もう行きますね。ごちそうさま、ビックスさん」
「ああ、しっかりやんな」
「じゃ、勘定頼むよ」
「ああ、いやいやいや、ここはオレのオゴリにさせてくれよ」
「いいのかい?なんだか悪いねぇ」
「なに、いいってことよ。腹が減ったらまた来な・・・夜は来ないほうがいいかもしれんが」
「どうして?」
フラクの問いかけに苦笑しながらセピアが答える。
「ボウヤが来る所じゃなくなるっての」
「なんだよ、それ?どうして夜に来ちゃいけないのさ?」
「それがわからないようなボウヤはダメだっての」
「えっと・・・私もわからないんですが・・・」
「・・・アキも夜は来ないほうがいいクチだね」
ため息をつくセピアにビックスがにやにや笑いながら
「いや、姉さんも来ないほうがいいよ。他の女どもと一緒に働きたいなら別だけどな?」
「アタシがぁ?アタシに客がつくかね?」
「来る来る、アンタなら売れっ子になれるぜ?オレが保証するよ!」
「ありがたいけど、遠慮しとくよ。じゃね、ビックス」
酒場を出たところでアキがセピアに尋ねる。
「売れっ子になれる、ってなんだったんですか?」
「ああ・・・まあ、その、なんだ・・・アタシがあの酒場で働いたら、ってこと」
「へえ・・・セピアがあそこで何して働くってのかな・・・用心棒?」
「売れっ子の用心棒、ですか・・・なんだか変じゃありませんか?」
「はいはい、この話は終わり!まずは西の城門に行くよ!」
何故セピアの顔が赤いのかわからないまま
先に進むセピアをフラクとアキは追いかけていった。

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