「瞳の中の竜」

第十六話

サーヤに案内された家の中は意外に広かった。
幾つもの小さな部屋が、曲がりくねった廊下でつながれている。
「まったく、一部屋使うだけでこんな広い家使うこともないだろうにねぇ」
「それだけ、用心深いんだね」
「アタシらには迷惑なだけさ。あっちこっちにヤサを変えてさ」
「それだけ狙われる危険の多いお仕事をされてるということなのですね」
「は!いったい誰が親父を狙うってのさ?そんなヤツァ・・・」
全ての盗賊たちの元締め。裏の世界の王。
役人たちも手を出さない、いや、出せない存在。
確かに命を狙うには危険すぎる。
「よっぽどの、バカさ」
その言葉に強い怒りを感じ、3人とも口を閉じた。
何度か廊下を曲がると、サーヤが一つのドアの前で立ち止まる。
「さ、この部屋だ。ちょっと待ってな」
少しだけ開けたドアの隙間から滑りこむように部屋に入っていく。
「いよいよ、ですね」
「まあ貴重な体験ってトコかね」
小声で話す3人の前にやがて再びドアが開く。
「入んな。親方が会うとさ」

部屋の中は予想以上に広い。
窓がなく、小さなランプの明かりだけで照らされた部屋は
家具調度品の類が殆どなく、生活の匂いがなかった。
「?誰もいないじゃないか。親方はどこだい?」
「親方ならいるさ」
「あの・・・どちらに?」
「ニブイねアンタ。ここには今アンタ達とアタシしかいないんだよ」
「え・・・どういうこと?」
「あー、ホンットにニブイんだから!アタシがそうなんだよ!アタシが親方なの!」
「え・・・えええっ!?」
「アンタがシェキルの親方ぁ?」
「あの・・・本当なのですか?」
「ああ・・・騙してたのは悪かったね。アタシが2代目なんだ」
「じゃ・・・先代の親方は・・・?」
「一月ぐらい前かな、殺られちまったよ。どっかのバカが送りこんだ刺客の手にかかってね。
もっとも相打ちだったから、親父が死んだことはアタシとごく一部の人間しか知らない。
で、そのまま親父がさも生きてるような芝居をしてるのさ」
「芝居?なんで隠してるんですか?」
「無用な混乱を避けたいってのもあるんだけどね・・・
親父を殺ったヤツは、残念ながらギルドの内部の人間らしい。
親父が死んだってわかりゃ組織を自分のものにしようと動き出すだろうね。
アタシゃぁ別に後目を継ぎたいって訳じゃないが
そんなヤツにこのギルドを任せるってのはマズイだろ?」
「確かに、そんな人間が一つの組織の長になるのは問題ですね」
「ああ・・・コトはシェキルだけの話じゃない。アタシらはあっちこっちにいる
仲間に目を光らせてるんだよ。やりすぎてるヤツはいないか
非道な真似はしてないか、仲間内に波風立ててるヤツはいないか、ってね。
逆に困ってるヤツ、助けを求めてるヤツには手を差し伸べる。
親父はずっとそうやってやってきた。ろくでなしどもをある時は助け
ある時は抑える。その親父が突然おっ死んじまったら・・・
抑えのなくなった連中が何するかわかりゃしない。特に親父を殺った連中とかね」
「でも、そんなお芝居をいつまでも続けるわけにはいかないのでは?」
「そう・・・そろそろ潮時さ。いくら用心深いっても、いつまでも姿を見せない親方じゃ
睨みが利かなくなってね。今度のハバスの一件も、親父を殺ったヤツらが
しびれを切らして動き出したんじゃないかとアタシは見てるんだ」
「それで・・・ボク達にどうしろと?」
「親父を殺ったヤツラをつきとめて処分するのに手を貸してほしい。
たぶん、黒幕は同じだろうからね。
ハバスの流行り病の仕掛けが探りをいれる糸口になるハズだよ」
「仇討ちってわけだね」
「そんな殊勝なもんじゃないよ。ただ親父が守ってきたろくでなしどもを
アタシも守ってやりたいのさ」
「・・・断る、と言ったら?」
セピアの言葉にサーヤの目がギラリと光る。
「ここから出られなくなるよ」
「ほう。アンタ一人でアタシらをどうにかできるってのかい?」
「ハ!まさかね。でも、アタシがいなきゃアンタらはこの家からは出られない。
気づかなかったみたいだね、結界に」
「なに!?」
「この家には特殊な結界がはってあるのさ。そっちの兄さんは気づかなかったみたいだけどね。
出ようとしても、堂々めぐりになるだけだよ。この・・・護符がなきゃね」
そう言ってサーヤが首から下げた小さなペンダントを掲げる。
わずかながらそのペンダントから魔力が発せられているのをフラクは感じた。
「アタシらがその護符を無理やり奪うってのは考えないのかい?」
「それも無理。アタシの二つ名を教えてあげるよ。『隠れ身』のサーヤ、ってのさ」
そう言うと、すーっ、とサーヤの姿が薄くなっていく。
「な・・・なんだぁ!?」
やがて3人の前から完全にその姿が消える。
「き・・・消えた」
「フラク!これって魔法かい?」
「ううん・・・魔力も感じたし確かにこういう魔法はあるけど、でも呪文も唱えてないし」
「風狼・・・」
アキがふともらした言葉にセピアが呆れたように肩をすくめる。
「・・・そりゃ魔獣だろ。確かに風狼は姿を消せるけどさ」
風狼は狼に似た外見だが、はるかに大きく、人間並みに高い知能を持つ
アナカリアの北方に住む珍しい魔獣だ。
様々な魔力を持っているが、もっとも有名なのが姿を消す能力で
その能力ゆえに北方の住人には非常に恐れられている。
「風狼も姿を消すのに呪文は唱えないでしょう?それと同じような力があるのかも」
(おや、なかなか鋭いじゃないか。そんなに鋭いなら、どうすればいいかわかるだろ?)
サーヤの声だけが部屋に響く。その声はすぐそばからのようにも
天井からのようにも聞こえ、声の出所がまるでつかめない。
「くそっ、どこにいやがる?」
「サーヤさん、まだ断るとは言ってません。ただ、もう少し考えさせてもらえませんか?」
(ああ、そうだね・・・コッチもいきなりで悪かったからな。
じゃ、考えが決まったらアタシを呼びな。もっとも・・・答えは一つしかないと思うけどね)
「やれやれ・・・とりあえず、考えさせてもらうよ、親方」
(好きにしな。それから、無理にこの家を出ようとしないほうが身のためだよ。
アンタら気づいてないだろうけど、そこらじゅうに罠が仕掛けてあるからね)
「用意がいいこって・・・さて、どうやらアタシら手詰まりのようだね・・・」
「座りませんか?どうするか相談しましょう」

「引きうけたっていいんじゃないかな?なんだか相手は悪いヤツみたいだし」
「悪くって、ヤバイ相手だよ。シェキルの親方につくか
その親方を敵に回すぐらいのヤツにつくか
どっちを相手にしてもヤバイことに変わりはない」
「どちらもあまり気が進みませんね。盗賊たちの権力争いに荷担するようで」
「でも、サーヤさんは良い人みたいだったけどなぁ」
「その良い人に閉じ込められてるってのを忘れんじゃないよ」
「それはそうだけどさ、ボクはハバスの村をあんな目に遭わせたヤツは許せないなぁ」
「そうですね。あのような所行を見過ごすことはできません」
「じゃあ、サーヤさんを手伝おうよ。悪いヤツはこらしめなきゃ」
「わかりました。でも、盗賊に手を貸すのではなく、悪人を懲らしめるため、ですよ」
「セピアは?」
「首をたてに振らなきゃここから出られないんだろ?いいよ、とりあえず引きうけよう」
「じゃ、いいね?サーヤさんを呼ぶよ?」
「その必要はないんじゃないかな。いるんだろ、サーヤ?」
(おや、気づいてたの?)
3人のすぐ傍に、消えたときと同じようにすーっとサーヤが今度はその姿を現す。
「話がどうなるか気になったんでね。悪いけど立ち聞きさせてもらってたよ」
「油断もすきも無いね、まったく。盗賊相手はこれだから」
「口先だけの約束じゃないだろうね?引きうけるからには、ちゃんとやっておくれよ?」
「ああ、わかってるよ・・・剣にかけて、誓う」
「私も、我が神にかけて誓いましょう」
「結構・・・兄さんは?なんに誓うのさ?」
「え?えと・・・」
特に信仰のないフラクにはこれといって誓いを立てる対象がない。
ちょっとの間考えていたが、やがて胸を張って答えた。
「ボクは、ボクの良心にかけて誓う」
ちょっとあっけにとられていたサーヤがぷっと吹き出してから大笑いをはじめる。
「アッハッハッハハハッ・・・気にいったよ、アンタ!今までで最高の誓いだ!」
つられたようにセピアもアキも笑う。
「アンタらしいねぇ」
「本当に。でも、素敵ですよ」
フラクだけが、何がおかしいのかと憮然としていた。

「客間はこの二つ。好きに使っとくれ」
「じゃ、アタシとアキはこっちね」
「・・・ふーん」
「・・・なんだい?」
「イヤ、別に。さて、詳しい打ち合わせは明日の朝にしよう。今日はゆっくりしとくれ」
「あー・・・ボク、お腹すいたんだけど」
「おっと、こりゃ悪かったね。そうさね、なんか持ってくるよ。部屋で待ってて」
「頼むよ。じゃ、お休み」
アキとセピアが部屋に入っていくのを見て
フラクも自分にあてがわれた部屋に入ろうとしたとき
「ちょい待ち!兄さんにはちょっと聞きたいことあるんだ」
「え、なんですか?」
「あのさぁ・・・アンタ、あの二人のどっちかとできてんの?」
「いいっ!?違いますよ、そんなんじゃないです」
「そ。ま、そんなカンジだったけどね。じゃあメシ持ってくるから」
すたすたと廊下を歩み去るサーヤを見送って、フラクも部屋に入った。
部屋の中はベッド以外には小さなテーブルと椅子が一脚だけ。
窓もなく、テーブルの上で小さなランプがわびしく灯っている。
(ま、いいか・・・なんだか疲れたなぁ)
ベッドにどすんと体を投げ出すと、そのままうとうとと眠りに落ちていった。

「起きなよ・・・ちょいと、起きなっての!」
「ん・・・」
目を覚ますと目の前にサーヤの顔があった。
「あ・・・すいません、寝ちゃって・・・」
「メシ、持ってきたよ」
「あ、ありがと・・・わあっ!?」
気がつくとサーヤがフラクにのしかかるような形でベッドに乗っている。
それだけならたいして驚かなかったかもしれない。
サーヤが腰布一つの姿でなければ。
張りのある乳房がフラクの目の前にあらわになっている。
「どっちから食べる?食事?それともアタシ?」
「いやっ、ちょっとっ、サッ、サーヤさんっ!」
慌てて目をそむける。
「そんなに慌てなくてもいいのに。可愛いんだからぁ♪」
つん、とフラクの頬をつついてサーヤが笑う。
「それとも・・・盗賊の頭なんておいや?」
「い、いやとかそういうんじゃなくて!いきなりすぎですよ!」
「アタシね・・・嬉しかったんだ。さっきの話でさ、アタシのこと『良い人』って言ってくれたろ。
あんなこと言ってくれたの、親父ぐらいだよ。ね、アタシのどこが『良い人』だって思ったの?」
「いや、その・・・仇討ちじゃなくて、仲間を守るために戦うって言ったでしょ?
そういう、自分の目的よりも仲間を大切にできるのって、いいなあと・・・」
目をそむけたままのフラクをじっと見つめていたサーヤが
上体を起こしてベッドの上に膝立ちになる。
「フラク、っていったよね。こっちを見て」
「いや、ちょっと困るんですけど・・・」
目を開けていると見てしまいそうなのでフラクは目をギュッとつぶっている。
「いいから、見て。全部」
目をつぶっているフラクの耳に、かすかな衣ずれの音が聞こえてくる。
おそらく、腰布を解いている音だろう。
(あああ、どどどうしよう〜!?)
困惑しているフラクの鼻を、なにか柔らかい毛先のようなものがくすぐる。
こちょこちょこちょ・・・
髪の毛だろうか。だがサーヤの髪は短くてこんな風にフラクの鼻先をくすぐるには
息がかかるほど顔を寄せなければならないだろうからちょっと違うようだ。
「?あ、あの・・・ちょっと・・・?」
ぱふっ!
柔らかな毛の塊がフラクの顔を叩く。
「わぷっ!?な、なに?」
思わず開けたフラクの目の前でゆらゆらとゆれる栗色の毛の房。
その出所を目で追っていくと
生まれたままの姿のサーヤの形の良い尻にいきついた。
「・・・え?」
思わずまじまじと見てしまう。それは明らかに尻尾だった。
「やーっと見てくれた♪どう?」
「どう、って、あの・・・これ、サーヤさんの・・・尻尾?」
「そう。三つ手が言ってたろ?風狼と同じって。アタシの母親は風狼だったのさ」
「ええっ!?だって、魔獣じゃないですか!?」
「風狼ってのはいろんな魔力があってさ、人に化けることもできるんだ。
昔親父が風狼を助けたことがあって、それが縁で一緒に暮らしてたんだって。
で、人の姿をしてるときに結ばれて、生まれたのがアタシ。
だから、ちょっと念じただけで姿を消せるのさ。この姿を消す力と尻尾は
アタシがお袋からもらったものなんだ。これがアタシのヒミツ」
「どうして・・・そんな秘密をボクに?」
「アンタと仲間になりたいから。本当の、仲間に」
「だって・・・今日初めて会ったばかりなのに?」
「時間なんて関係ないよ・・・アンタには、何か感じるんだ」
再びフラクにのしかかるように上体を倒し顔を寄せる。
「今は抱いてくれなくてもいい。でも・・・仲間にはなってくれるかい?」
「サーヤさん・・・」
「さん、はやめて。仲間だと思うなら、ただ、サーヤって呼んで」
「・・・サーヤ」
「うん。ありがと」
ぱっ、と体を起こすとひょい、とベッドから降りる。
「さ、メシにしようか?アタシの分も持ってきてるんだ。一緒しよ?」
「あ、うん。でも・・・その前に、服を着てくれないかな。目のやり場に困るし」
「ん・・・ま、確かに間抜けなカンジだよね。アタシだけ素っ裸でメシ食ってるなんてね」
ぱっぱっと手早く服を着るとフラクの隣に腰をおろす。
「あーあ、一回目は振られたか」
「・・・ごめん。訳があるんだよ・・・って、一回目って?」
「アタシは狙った獲物は逃がさないの!抱いてくれるまでは何度でも来るからね、覚悟しなよ?」
「いいっ!?」
早く事件を解決しよう。それしかない。
妙な理由でフラクは決意を新たにしていた。

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