「瞳の中の竜」
第十五話
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「まだ名前を名乗っていなかったな・・・クラウスだ。『早耳』のクラウス。よろしくな」
荷物をまとめ馬車までやってきたフラク達3人に
シェキルからの使いを名乗る男は薄笑いを浮かべながら右手を差し出した。
「あ、どうも・・・フラク・ヒューベットです」
つられて差し出されたフラクの右手をしっかりと握りながら
クラウスが素早くフラクの身なりに目を走らせる。
「・・・坊主が魔術師か。まだ若いのにてえしたもんだ。年はいくつだい?」
「この春に15になりました。魔術師っていってもまだ見習いなんですけどね」
「見習いでもなんでも、この村を救ったことには違いねえからな。いや、3人ともホントてえしたもんだよ」
人間誉められて悪い気はしない。ほんの少しその場の空気が和む。
だが、続いてクラウスが放った言葉で空気は一変した。
「・・・で、そっちの別嬪サンがアキ・キュリシェスさん・・・だね?・・・『三つ手』の」
アキがピクリと肩を震わせ、驚いたようにクラウスを見るが
それを無視してさらに言葉を続ける。
「んで、アンタが『赤鬼』・・・セピア・ボグティクスと。いや、まったくてえした面子だ」
キョロキョロと3人の顔を見回して、訳がわからないといった顔でフラクが尋ねる。
「あのー・・・『三つ手』とか『赤鬼』って・・・」
質問の途中でそれを遮るようにセピアの大声が響く。
「フラク!」
「な、なに急に」
「あー・・・宿屋に勘定をまだ払ってないんだ。ちょっと行って払っといてよ」
「え?・・・セピア払ってなかったっけ」
「・・・あの親父受け取らなかったんだよ。もう一回行ってきてさ、なんならこっそり置いてきちまいな」
「ん・・・わかった」
パタパタとフラクが走り去り、その姿が建物の角で見えなくなるのを待って
セピアが振り向いてアキに尋ねる。
「・・・コイツの言ったコト・・・ホント?・・・『三つ手』のキュー?」
「・・・はい・・・お恥ずかしい限りですが、それが私の通り名になっているようです・・・セピアは?」
「あー・・・まあ確かに傭兵だったころは『赤鬼』なんて呼ばれてたね」
「なんでえ、お互い素性を知らなかったってのか?」
セピアがゆっくり首をクラウスに向ける。
右手が何時の間にか腰に下げた長剣の柄にかかっている。
「・・・で、アンタはなんだってアタシらのコトを知ってんだい?」
「おいおい、そう怖い顔しなさんな・・・ま、オレも伊達に『早耳』って呼ばれてるわけじゃねえんでな」
「私たちを・・・どうなさるおつもりですか?」
「だーかーらー、さっき言ったろ?シェキルの『親方』に会ってもらうんだよ!」
「その『親方』の用事ってのはなんなのさ?」
だがその問いかけにクラウスは答えない。
何時の間にか彼の後ろに立っていた配下の男の耳打ちを真剣な表情で聞いているのだった。
「ねえ!用事って一体なんなのさ!?」
苛立って声を荒げるセピアを片手で制して
「すまねえがそいつぁオレからは言えねえ。『親方』から直接聞いてくれ」
「セピア・・・こうなったら覚悟を決めたほうがよさそうですよ」
配下の男がスッと立ち去り、クラウスがまた飄々とした顔に戻る。
「そうそう、そういうこと・・・さて、コッチは準備できたんだが・・・遅えな、坊主」
そう言ってフラクが走っていった方へ顔を向けると
ちょうど角から姿を現してこちらに向かって走ってきて
「お待たせ〜!・・・やっぱり受け取ってくれなかったよ、宿代」
「そう・・・で、どしたの?」
「しょうがないから、こっそりテーブルの上に手紙を付けて置いてきちゃった」
「ん、それでよし。ここはこれから金が入用になるだろうからね・・・さて、じゃあ行こうか」
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ガタガタと揺れる馬車の中でも
かなりの魔力を放出して疲れていたのだろうか
それとも眠れぬ夜を過ごしたせいか、いつしかフラクは舟をこぎはじめ
やがてスヤスヤと寝息を立てていた。
「・・・呑気だねえ・・・意外と大物なのかな?」
「疲れてるんですよ。寝かせておいてあげましょう」
あきれたようにため息まじりで呟くセピアにアキが優しく答える。
「アキも寝たら?・・・何かあったらアタシが起こすよ」
「いえ・・・起きているほうが・・・気が抜けませんから」
後半は小声で喋ったアキの言葉を御者役を務めるクラウスが耳ざとく聞きつける。
「おいおい、まぁだ信用できねえってか!何にも悪いことなんてありゃしねえよ!」
「だったら『親方』の用件ぐらい教えてくれたっていいだろ?」
「・・・仕方ねえなぁ・・・オレが言ったってのは黙っててくれよ?」
「わかった、誰にも言わないからさっさと教えてよ。先行きが不安でしょうがないからさ」
「実はな、今度のハバスの村の流行り病・・・誰かが仕組んだ、って『親方』は見てるのさ」
「はあ?仕組む・・・って、そんなコトできるの?」
「ああ、ディーケンズ先生の話じゃ誰かが井戸に仕込んだんじゃねえか、ってことらしい」
「まあ・・・一体誰が!許せませんわ!罪も無い人々を無差別に苦しめるなんて!」
「ちょっと待ってよ・・・まさか、『親方』はそれがアタシ達の仕業だって・・・」
「違う違う!・・・だったらオレじゃなくて『刺客』の連中が来てるよ」
「では・・・一体どのような御用なのでしょう?」
「んー・・・実はその『仕掛け』をしたのが・・・『組合』の内部の人間じゃねえかっていうんでな・・・」
クラウスの言葉が歯切れが悪くなる。
「で、誰か『外』の人間で腕の立つのに極秘で調べてもらいてえって訳。身内の恥さらすみてえだけどな」
「それで、私たちにその調査を頼みたいということなんですね?」
「そういうこと!ちょうどハバスを救ったのが『赤鬼』に『三つ手』となりゃあこの二人に頼むのが手っ取り早いからさ」
「その呼び方はやめて欲しいんだけどね」
「別にいいじゃねえか?・・・そういやぁそっちの坊主は通り名はねえのかね?」
「さあ、そんなのはないだろ。まだ駆け出しなんだしさ」
「ん〜・・・『魔眼』とかどうだ?おっかなそうだろ?」
「・・・気づいてたんですか?フラクの目の色に」
「おいおい、オレの目は節穴じゃねえんだぜ?本人は隠してるつもりみてえだったけどな」
「その名前は・・・あんまり本人は喜びそうに無いねぇ」
「そうか?・・・んじゃ『竜の眼』とかどうかな?竜って眼が金色だっていうじゃねえか」
「あら、素敵ですわね・・・『竜の眼』の魔法使い・・・御伽噺に出てきそうですね」
「よっし、んじゃこの坊主は『竜の眼』ってことで決まり!」
寝ている間に勝手にあだ名をつけられているとも知らず
相変わらずフラクはまどろんでいた。
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「やれやれ、なんとか日が沈む前につけそうだな・・・よう、見えてきたぜ」
クラウスの呼びかけに馬車の前にセピアとアキが顔を出す。
「へえ・・・」「まあ・・・」
「どうだい、ちょっとしたもんだろ?今時分にこっち側から見るシェキルってのは」
「フラク、フラク!起きて下さい!」
アキが慌ててフラクを起こすと、半分寝ぼけた様子で
「・・・んん・・・もう着いたの?」
「まだですけど、すごく・・・とにかく前へ!とにかく見てください!」
「・・・なんなんですか?」
のそのそと馬車の前へ歩み寄ったフラクがふっと外の景色を見る。
その途端、一瞬で眠気が覚めて思わず歓声を漏らす。
「うっわあ・・・スッゴイなぁ・・・」
「おお、お目覚めか坊主?どうよ、初めてお目にかかるシェキルは」
だがフラクには言葉も無い。
それは荒野の真中にそびえる巨大な一枚の岩盤だった。
高さ30メートルほどのとてつもなく巨大なテーブル状の一枚岩。差し渡しは数百メートルはあろうか。
そして、その平らになった岩盤の上にシェキルの街並が並んでいる。
遠目には滑らかな岩盤の岩肌と街並みが、沈みかけた太陽の光を浴びて赤く染まり
まだ青さを残す空の中に浮き上がっているようだった。
「ここに街を作る上で一番問題になったのは砂竜でな」
誰に聞かせるでもなくクラウスが説明を始める。
「普通に地面の上に街を作ったんじゃすぐに奴等の餌食よ。で、奴等の潜り込めない岩の上に街を作ったって訳」
「へえ〜・・・そんな訳があったんだ。アタシャまた高いところが涼しいからかな、とか思ってた」
「ま、それもあるかもな。下よりはなんぼか涼しいんだぜ」
「水はどうなさってるんですか?雨水だけで足りるとは思えませんが」
「へっへっへ、ちゃんと井戸があるんだよ。あの分厚い岩を下までくり貫いて掘ったのがね」
「そりゃすごい・・・随分金のかかった街なんだねえ」
「まあねえ・・・それでオレ達みたいなのの棲家になっちまったんだから、ご領主は気の毒っていや気の毒だけどな」
「違いないね・・・ああ、どんどん真っ赤になってく・・・キレイだねぇ・・・」
「ちょいと飛ばすぜ。日没で門が閉まっちまったら洒落になんねえからよ。ハァッ!」
クラウスが馬に鞭を入れ、馬車が速度を上げて揺れを大きくしても
まだ魅入られたようにフラクはシェキルを見つめていた。
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シェキルの街を乗せた巨大な岩盤をぐるりと回りこむように
岩を削って作られた傾斜のついた道を馬車はゆっくりと登っていく。
時折荷を担いだ人々を追い越すたびに
クラウスが皆知った顔かのように声をかけ
また人々もそれに丁寧に挨拶を返している。
その様子から、このクラウスという男がどうやらただの使い走りではないことを
セピアもアキも改めて感じ取っていた。
やがて道に勾配がなくなり、台地のようになった岩盤の上の馬車がたどり着く。
そして、中央に向かって道が曲がった先に大きく開かれた街の門が見えてきた。
「やれやれ、閉門には間に合ったな」
と、若い女の鋭い声が門の上の見張り塔から響く。
「クラウス!首尾は?」
「よう、お嬢!三人様無事ご案内したぜ」
クラウスの声に何事かと馬車の前から3人が見上げると、年のころ17,8の小柄な女性が
塔の窓から身を躍らせ、まるでヤモリのようにするすると壁を伝い
あっという間に門柱を滑り降りて門の前に立った。
荒い麻のシャツに皮の短袴、柔らかそうな皮の深靴といういでたちで
腰のベルトには幾つもの小袋がくくり付けられている。
短く切りそろえた黒髪や、気の強そうな太い眉もあって
どこか女性というよりは青年の雰囲気があったが
胸や腰つきがハッキリと女性を主張していた。
「まぁた危ねえ真似して。お嬢!『親方』に言いつけやすぜ?」
「何だい今更。いいだろこの方が早いんだから。大体こんなのガキの頃からやってんだし」
やれやれといった感じで肩をすくめると、クラウスが3人に向かって
「さて、オイラの案内はここまでだ。馬車の旅、お疲れさん。ここからは・・・」
「アタイが案内するよ。シェキルへようこそ、客人!アタイはサーヤ。ま、よろしくね。さ、降りた降りた!」
「どうやら案内人が変わるらしいね」
「そのようですね。クラウスさん、どうもお世話になりました」
「えーと・・・お疲れ様でした」
馬車を降り、3人がそれぞれクラウスにねぎらいの言葉をかけると
ひらひらと手を振ってまた飄々とした顔で答える。
「なあに、これも仕事ってことよ。じゃあな、三人さん。またそのうち会うかもな。さて、後は頼みましたぜお嬢」
「あいよ」
馬車が門の中へ走り去ると、案内の女性−サーヤが3人をジロジロと見回す。
「ふーん・・・アンタが『赤鬼』で、アンタが『三つ手』?」
「またその呼び方かい・・・いいかげんうんざりしてるんだけどねぇ」
「えー、カッコいいじゃん?そっちの兄さんは?聞いてなかったけど」
「え?ボクは別に・・・」
「あー、コイツはね、『竜の眼』のフラクっての。これでもれっきとした魔術師だよ。只今売り出し中ってトコだね」
「・・・へ?」
あっけにとられたフラクの様子に
こらえきれずにアキの口からクスクスと笑いが漏れる。
だがサーヤはいたって感心したようだ。
「へえ!すげえ3人が揃ったもんだ。これなら親父も満足かな?」
「親父?」
「あ、そか。『親方』ってのは、アタイの親父」
「ええ!?じゃ、『親方』の娘さん!?」
「娘さん、なんて上品なもんじゃないけどねー。さ、ついてきて。親父ントコまで案内すっからさ」
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「親父は毎晩ねぐらを変えるんだ。その晩どこに泊まるかは『組合』でもごく一部の人間しか知らない」
「誰かに狙われてるの?」
「まさか!シェキルの『親方』を狙うヤツなんていやしないよ。なんか昔っからの習慣らしいよ」
「まあ、それらしいといえばそれらしいですわね」
曲がりくねった路地を進んでいくと
何度か鋭い目つきの男たちがすれ違い、ちらと視線を投げかけていく。
セピアはさらに僅かに開けられた窓から覗き見る視線も時々感じていた。
「流石に盗賊都市、気が抜けないね」
独り言をもらしたのを聞きつけたサーヤが
「そうピリピリしないでよ。よそ者が来れば誰だって警戒するさ。ま、アタイが案内してるから妙なちょっかいはかけてこないよ」
「そう言えば、ねえ、さっき言ってた「赤鬼」とか「三つ手」ってナニ?」
思い出したようにフラクが声を潜めて尋ねる。
「あの、それは・・・一応私たちのあだ名みたいなものです」
気まずそうにアキが答える。
「ふーん・・・セピアが「赤鬼」ってのはなんとなくわか・・・イテッ!」
後ろを歩いていたセピアがフラクの尻をつねったのだ。
「アキさんの「三つ手」ってよくわかんないな」
「そういやアタシも噂は聞いてたけど、由来までは知らないね」
「まあ、いいじゃないですか・・・いずれお話しするときもあるかもしれませんけど・・・」
「さ、ここだよ」
不意に立ち止まったサーヤが一軒の家を顎で指し示す。
「あら・・・割と、普通の家ですわね」
それは確かに「組合」の「親方」が泊まる家にしては
豪華でも怪しげでもない、ごく普通の民家だった。
「そりゃそうさ。あからさまに怪しいとこじゃ隠れ家の意味がないからね」
だが、その家の周りには何人かの目つきの鋭い男がいた。
ある者は露天の店を広げ、ある者は縁台で賭け将棋に興じ、またある者は屋台を開いていたが
皆一様に油断なく家の周囲に目を配っている。
門に一番近い、露天を広げている男が眼を合わせずに
近づいたサーヤに何事か短い言葉をかける。
サーヤも男に顔を向けずに短く言葉を返すと
「それじゃ、入ろうか。親父がお待ちかねらしいからね」
シェキルの「親方」。ある意味「英雄」とも言える人物にこれから会うとあって
フラクは緊張を抑えきれなかった。
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