「瞳の中の竜」
第十四話
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「いやあ、本当にアンタ方は村の恩人だよ!アンタらが来てくれなかったら、今ごろ・・・」
村でただ一軒の宿屋「鉄の鞍」亭の年老いた主が、涙でくしゃくしゃになった顔で
フラク、セピア、アキの手を順番に握り締めてはブンブンと上下に振りながら頭を下げる。
シェキルから戻ったセピアが連れてきた医師、ディーケンスは
その鈍重そうな外見とは裏腹に、患者を前にすると実にキビキビと動き回り
教会に集められた患者たちの手当てをテキパキとこなしていった。
手伝おうとしたフラク達を、ロバ追いのザニクル親方が「疲れているだろうから」と言って
やんわりと追い出し、仕方なく3人が向かった宿屋で待っていたのが
この歓迎と感謝の儀式なのだ。
一巡りするとまた戻って手を取るといった具合で
かなり長い時間この儀式は続いていた。
出された遅い夕食を取りながら、最初はにこやかに答えていた3人だが
食事が終わってもなお5回ほど回ってきたところで、さすがにセピアが切り出す。
「・・・あー・・・ねえご主人?ちょっとお願いなんだけど?」
「おお!?なんでしょうな、どうぞなんなりと言ってくだされ!ワシにできることなら・・・」
「アンタなら簡単にできるし、アンタにしかできないんだけどね」
「?はて、そんなコトがありますかいの?」
「ああ。ここ、宿屋なんだろ?部屋を借りて、もう休みたいんだけど」
「・・・おお!こりゃワシとしたことが!ささ、こちらへ!」
揉み手をしながら3人を2階の泊り部屋へ案内する。
「えーと・・・どちらとどちらが・・・そのぅ、ご一緒のお部屋で?」
「え?ああ、3人一緒でいいよ。ザニクル親方達やお医者だっておっつけ来るだろ?」
「ちょ、ちょっとセピアってば!アキさんは・・・一緒じゃ・・・その・・・」
「ん?別にいいよねアキさん?」
「はい、構いませんよ」
「ほら。それともアンタが嫌なわけ?」
「嫌だとかそういうんじゃなくて!その・・・マズイでしょ・・・ボクだって・・・その・・・男なんだし・・・」
「なーに言ってんだい!今までだってさんざんアタシと寝たじゃないか」
「!!!セッ・・・セピアッ!」
アキがクスクスと笑いながら主から鍵を受け取って部屋に入り
セピアもニヤニヤ笑いながら後に続く。
主が廊下に残されたフラクの肩をポンと叩いて
「お若いの・・・しっかり、な」
「いや、だからそんなんじゃないんですってば!」
「そう照れなさるな。さて、年寄りは退散退散と」
「う〜・・・」
しばらく苦虫を噛み潰したような顔をしていたが
やがて諦めたのかフラクも部屋に入っていった。
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フラクが部屋に入るとすでに二人はベッドの上でくつろいでいた。
「セピア!誤解を受けるようなコト言うのやめてよー!」
「ひどい!あんなに激しく愛し合ったのにそんなコト言うなんて!」
「なっ・・・!?」
つい文句を言ったフラクにセピアがベッドの上でしなだれて答える。
絶句するフラク。
「・・・アッハッハッ八ッ!・・・冗談だって、ほら、アキさんだってわかってるよ」
アキはニコニコしながら二人のやり取りを見ている。
「ちぇ・・・セピアがそんなカッコしたって全然色っぽくなんかないよーだ」
「なにおぅ!?・・・うりゃ!」
むぎゅ。
セピアが後ろからフラクを捕まえて、その顔を自分の胸に押し付ける。
「むー!!・・・むがむが・・・!」
じたばたじたばたっ。
「どーよ?これでも色っぽくないってか?」
「二人とも、仲がよろしいんですね・・・お二人の旅は長いんですか?」
「え?あ、そうでもないのよ。ついこの間知り合ったばかり」
「・・・もがもが!」
「なんかコイツ見てると、放っておけないってゆーかさ・・・」
「あ、なんとなくわかります」
「むぐ〜!」
「アキさんはなんで旅してるの?」
「まあ、いわゆる修行の旅、ですね。まだ司祭職についたばかりですから色々見聞を広めて・・・」
「結構大変だね、司祭ってのも」
「・・・ん〜!む〜う〜!」
「セピアさんは・・・どうして旅を?お生まれはマグリブですよね?」
「ああ、アタシは・・・行方不明の親父を探しにね」
「まあ・・・それはご心配でしょう」
「ハハハ・・・ま、そりゃ建前みたいなもんでね。特に探す当てもないんでコイツと一緒にいるってわけ」
「む・・・・ぐ・・・」
「フラクさんは・・・大変な旅のようですね」
「あ、事情聞いてる?・・・そーなんだよねー。はっきり言ってこんな坊や一人じゃキツイだろうね」
「・・・お優しいんですね、セピアさん」
「・・・・・む・・・・」
「そんなんじゃないって・・・ねえ、それと・・・アタシのことは呼び捨てでいいからさ。サン付けなんてこそばゆいよ」
「ええっと・・・セピアさんはお年は・・・?」
「アタシ?今年で21」
「あら、じゃ私と同い年なんですね」
「へー、そうなんだぁ?・・・ゴメン、年上かと思ってた。雰囲気が落ち着いてるからかな?」
「そんなコトないですよぅ・・・じゃあ、セピア、私のことも、アキ、と呼んで下さいね」
「・・・・・ぐ・・・・」
「うん、わかった・・・ね、アキはここからどこに行くつもり?」
「特に予定があるわけではないんですけど・・・」
「良かったら・・・アタシらと一緒に行かない?行き先は・・・シェキルなんだけど」
「まあ・・・良くない噂のある街ですよね」
「うん・・・司祭様には似合わないトコだけどさ・・・どう?」
「・・・・う・・・・・」
「・・・敢えて、そういう場所に赴くのも修行になるかもしれませんね」
「そうそう!汚いところも見ておかないと、綺麗なトコの良さはわかんないって!」
「そうですね・・・それに・・・もう少し一緒にいたいかな・・・フラクさんとも・・・セピアとも」
「じゃ、決まり!一緒に行こ?」
「はい・・・でね、セピア?」
「ナニ?」
「そろそろ・・・離してあげたほうがいいと思うんだけど・・・」
「あ」
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翌朝。
主が朝食の準備をしている食堂に、フラクがよろよろと2階から降りてくる。
「おお、よく眠れ・・・なかったようじゃな」
「・・・そう見えます?」
「いいのぉ、お若いの!んーんー、一晩ぐらい無理したって死にゃせんて」
「いや・・・ホントに・・死にかけましたから・・・」
「ほ!こりゃもうちっと精のつく物を出したほうが良かったかいの?」
もはや否定する気力も無いフラクがうなだれて席につくと
セピアとアキも階段を下りてくる。
「おっはよー!あ、早いねフラク?」
「おはようございますご主人・・・他の方はまだ?」
「ふむ・・・昨日は遅くまで頑張ってくれたようじゃからな」
「でもさー、あの先生があんなに頑張るとは思わなかったねアタシ。馬車で連れてきたときゃ・・・」
「ワシがどうしたって?」
セピアがはっと階段の上を見ると、しかめっ面をしたディーケンズ医師が立っていた。
「ア、アハハハ・・・いやその・・・」
「主!すぐに朝食を頼むぞ。まだ手当てをせにゃならん患者が大勢おるんじゃ」
「へいへいっ、只今!」
「さて、アンタらも食事が済んだらコレを飲んでおくように」
そういって薬嚢から小さな丸薬を3つとりだしてテーブルに置く。
「・・・あの・・・薬、ですか?」
「やだなぁ先生、まだアタシら罹ってないよ」
「バカたれ、こりゃ予防薬じゃ!オード熱は潜伏期間が長い。今平気でもいつ発病するかわからんぞ」
「そうでしたね・・・では、ありがたく頂戴いたします」
押し頂くようにしてアキが薬を手にとる。
フラクも自分の分を取ろうとして、ふと手を止める。
「あ、薬代は・・・」
「ああ、その心配はいらん。この村の者の治療費もろとも『親方』が払ってくれるんでな」
その言葉にセピアが目をむいて
「ええ!?ザニクルのおっさんが?スゲ−太っ腹だねあの親方も」
「違う違う、そんな訳ないじゃろ!払うのはシェキルの『親方』よ!」
「・・・え?」
ちょうど出来上がった朝食を持ってきた主が
「いやあ、どうもそうらしいんじゃ。まったく、今度のことでは『親方』に随分借りができちまったよ」
「ふーん・・・」
「どうしたんですか、セピア」
「あ、いや・・・なんでもないよ。さ、メシメシ!」
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ディーケンズ医師は急いで朝食をとると足早に教会へ向かい
またテーブルには3人が残された。
「ね、これからどうする?先を急ぐのは知ってるけど・・・もう少しここに残って様子を見る?」
「う〜ん・・・」
朝食の間のセピアの問いかけにフラクは少し悩んでいる。
一刻も早くエルフの森まで進みたいのは山々なのだが
この村のことも気がかりなのだ。
アキも心配を顔に出して
「私は・・・もう少し残って、様子を見たいのですけれど・・・でも、フラクさんが出立されたいなら・・・」
「そう、ですね・・・乗りかかった船ということもありますし、あと1日は・・・」
「おおっと、そいつぁ困るな!」
答えを出しかけたフラクの後ろから、突然聞きなれない男の声が割って入った。
「えっ?」
振り向くと、食堂の入り口に数人の男たちが立っている。
どこといって特徴の無い、一見どこにでもいるような男たちだったが
セピアは彼らの物腰、目の配り方、足の運びといったものに
ただならぬ気配を感じ取っていた。
(素人じゃ、ないね・・・)
男たちの中でもやや年かさの、30すぎほどのひょろりと痩せた男が
つかつかと3人が陣取るテーブルに歩み寄ると
「ふーっ!やれやれ、夜通し歩きづめでクタクタだぜ、おい、親父!エールを一杯!」
先ほどの声の主はこの男だったようだ。
じろりと睨んでセピアが尋ねる。
「・・・誰だい、アンタ」
「おっと、そう怖い顔でにらみなさんな・・・オレは使いだよ」
「使い?」
「ああ・・・シェキルの『親方』のな。用件は3つ・・・おお、来た来た」
「シェキルの?何の用だい?」
セピアのこの問いには答えず、運ばれてきたエールをぐっと飲み干してから
「そういや、ディーケンズ先生はどうしたね?」
「え・・・ああ、もう教会に行ったよ。病人の様子を見にね」
「そうか・・・おい!聞いたな?行け」
男は振り向き、入り口から中に入らずに立っていた残りの男たちに短い指示を出す。
途端にサッと男たちは食堂から走り去っていった。
「これが一つ目。ディーケンズ先生の手伝いをコッチによこすこと」
「・・・なるほど。随分よくしてくれるねえ、シェキルの『親方』ってのは」
「まあな。さて、次の一つは、姐さん、アンタに貸した馬車の回収だ」
ちら、とセピアのほうを見てニヤリと笑う。
「そうだったね・・・どうやって馬車を返そうかとは思ってたんだよ。で、最後の一つは?」
「その馬車にアンタら3人を乗せて、シェキルまで連れてくること。『親方』がお会いになりたいそうだ」
ピクリとセピアの肩が上がる。
「・・・なんだって?」
「おいおい、ちゃんと聞いててくれよ?『親方』が、アンタら3人に会いたいそうだ。それも、できるだけすぐに」
「まあ・・・どんなご用でしょう?」
「ひょっとしたら、この村のことで何かお礼をしてくれるのかも・・・」
「ま、そんなワケだから、ここでのんびりされても困るんだよ。すぐに出立の準備をしてくんな」
「・・・断る、と言ったら?」
セピアの問いに、それまで飄々としていた男の目つきが急に暗く鋭い色を帯びる。
「オレなら・・・そんなコトは言わないね」
「ほう?」
二人がそれっきりにらみ合うような視線を交わして黙っていると
あくまでのんびりとしたアキが微笑みながら
「まあ、いいじゃないですか。お手伝いの方も来て頂いたし、折角のお招きですものね」
「そうだよ。それに『親方』って偉い人なんでしょ?断っちゃ失礼だよ」
「・・・ハァ・・・アンタ達が羨ましいよ」
セピアがため息をついて二人の顔を見てから男に眼差しを向ける。
「・・・わかったよ。どうせシェキルに行く予定だったんだしね・・・会おうじゃないか・・・『親方』に」
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