「瞳の中の竜」

第十一話

「あーあ、今から村を出てもすぐに日が暮れちまうねえ」
セピアが荷物を確認しながらぼやくのを聞いて、ゼフがニヤリと笑って応じる。
「そのほうがいいのさ。この季節になると荒地の昼間はとんでもなく暑い。夜のほうが行動しやすいよ」
「なるほど・・・でも、物騒なのも夜に出歩いてるんじゃないの?」
「まあね。ヤバイのは大体夜行性だからな」
「そんなのには出くわしたくないねえ」
「なに、なんとかなるさ・・・もっとも、ホントにヤバイのに出っくわしちまったら・・・」
そう言ってゼフは肩をすくめる。
アナカリアのほぼ中央に位置するスクルピア荒野。
危険な生物もいるらしい、とセピアも噂で聞いてはいた。
だが、それほど「ヤバイ」のがいるとは思っていなかった。
せいぜいオオカミとかがでるぐらいだろうとしか考えていなかったセピアに
この土地を知るゼフの言葉が重くのしかかる。
そして、目指すシェキルはそのスクルピア荒野の真っ只中にあるのだ。
「・・・アタシ暑いのは割りと平気だからさ、夜に動き回るのはヤメにしない?」
「いや、夜に休むとしたら交代で見張りに立たなきゃヤバイ。それよりは二人とも起きていて歩くほうがいい」
話しているうちに段々とゼフの表情が固くなっていくのを見て、セピアが一つため息をつく。
「・・・ま、ここの事情はアンタのが詳しいんだもんね」
「そういうこと。頑張れば明日の朝には旅人用の祠に着けるはずだ・・・準備はいいか?」
ゼフが言っているのは荷物の準備だけではない。
言外に、心の準備、覚悟はいいか、と尋ねているのがセピアにはわかった。
そして、ためらいを感じていた自分に気づく。
(何びびってんだアタシは・・・しっかりしろセピア!)
パンパンッ、と両手で頬を叩いて活を入れると、勢いよく立ち上がった。
「ああっ!さ、行こうか!」

その頃、村の礼拝堂ではアキに抱きしめられたフラクが
どうしていいかわからずに固まったままだった。
「あの・・・司祭サマ?」
思い切って声をかけると、はっと我に帰ったアキが慌てて体を離す。
「・・・失礼しました。つい、感動してしまって・・・ご迷惑でしたね・・・」
色白な顔を耳まで真っ赤に染めて、俯きながらアキが消え入りそうな声で弁解を始める。
「い、いえ!迷惑だなんて・・・」
フラクの顔も負けじと赤く染まっている。
「そ、それでは早速・・・『同調』を・・・フラクさん」
「はい、いつでもいいですよ・・・ボクはどうすればいいんですか?」
フラクも「同調」の呪文についてそう詳しく知っているわけではない。
ただ、そういう術が司祭の間に伝わっているとメラニに聞いただけなので
具体的にどうするのかは何も知らないのだ。
「はい・・・特に何もしていただくことはありません。心を静めて・・・あ・・・」
突然、それまで赤らめていた顔を真っ青にして
アキが両手を体の前で合わせ屈みこんでしまう。
「・・・どうしたんですか!?」
「い、いえ・・・なんでもありません・・・そう・・・これぐらいのことで・・・」
「でも、顔が真っ青ですよ!?どこか具合でも・・・」
フラクが抱き起こそうとする前に、ゆっくりとアキがまた上体を起こす。
もう、もとのアキに戻っていた。
瞳に悲しみをたたえている他は。
「いいえ。ただ・・・ちょっと・・・悲しかっただけ、です」
「・・・え?」
「フラクさん・・・「同調」に加わるには、心を静めていただかなければなりません」
「は、はい」
「だから・・・これからお見せするものを見ても・・・驚かないで下さいね」
アキはそう言うと、ゆっくり、ゆっくりと
白く長い手袋を外し始めた。

ほっそりとした手首。
細く、しなやかそうな長い指。
外された手袋から出てきたのは、フラクがアキに対して持った印象どおりの手だった。
ただ、その色を除けば。
(黒い・・・手?)
二の腕の中間ぐらいの所から青あざのようにどす黒くなった肌は
手の先のほうになるほど黒さを増し
指のあたりでは真っ黒といってもよく
先端の爪はまるで黒曜石のように輝いていた。
「・・・やっぱり、気持ち悪いですよね・・・」
アキが笑う。
「別に、何か病気と言う訳ではないんです・・・生まれつき、こう・・・」
悲しみと諦めと自嘲の入り混じった、寂しい微笑みだった。
「よく言われました・・・呪われた手・・・悪魔の手・・・」
相変わらず、アキは笑っている。
フラクはその笑いに胸が痛んだ。
一度受け入れられたと思ったところで
瞳の色のせいで掌を返すような仕打ちを受ける。
そんな経験が脳裏に思い起こされる。
「『同調』に加わる方は、直接手を繋がなくてはならないんです・・・お嫌でしょうけど・・・」
言葉もなかったフラクが我に帰る。
「司祭様!・・・ボクの、目を見て」
そう言って顔に覆い被さる前髪を払いのけた。
「あっ・・・」
アキは思わず驚きの声を上げると、まじまじとフラクの金色の瞳を見つめた。
「金色・・・」
「ボクの目・・・気持ち悪いですか?」
「いいえ・・・いいえ!そんな・・・そんなことありません!」
「こんなボクでも、『同調』に加えてもらえますか?」
「モチロンです!ああ・・・それにしても・・・なんて・・・不思議な・・・」
既にアキの表情から驚きは消えている。
両手を合わせ、ウットリとした目で中空を見つめている。
「運命って・・・そんなに悪くないのかも・・・」
なにやら自分の世界に入り込んでしまっている。
「・・・司祭様?あの・・・呪文は・・・」
フラクの言葉に現実に引き戻され、目が焦点を取り戻す。
「あ・・・そうでしたね。では・・・手を繋いで下さい」
そう言っておずおずと差し出されたアキの左手をフラクの右手がしっかりと握る。
その瞬間、アキがピクリと震える。
「・・・司祭様?」
「あ・・・両親以外で・・・私の手に触れた方は貴方が初めてなんです。あの、フラクさん?」
「はい?」
「私のこと、アキ、って、名前で呼んでいただけませんか?」
「え・・・はあ、いいですけど」
「私ね、ずっと思ってました。両親以外でこの手に触れてくれる人がいたら、きっとその人は・・・」
そこまで言って、また顔を赤らめて口篭もる。
フラクもなんとなく胸が高鳴っていく。
少しの間、言葉もなく見つめ合う二人。
「・・・じゅ、呪文、かけますねっ」
緊張に耐えられなくなったかのように、アキが目を逸らして珍しく早口に話す。
「ちょ、ちょっと待って!」
慌ててフラクが制する。
「なっ、何かっ!?」
「いや、その・・・今全然ボク心が静まってないですよ・・・アキさんは・・・その・・・今落ち着いてます?」
「あ・・・そ、そう、ですよね・・・落ち着かなきゃ・・・フラクさん、深呼吸しましょう」
二人手を繋いだまま深呼吸をする。
「ふう・・・フラクさん、いいですか?」
「ええ・・・大丈夫、始めてください」
「では・・・始めます!」
アキが低い声で呪文の詠唱を始める。
同時に右手が流れるように、だが複雑に動き始めた。
「同調」の呪文が始まったのだ。

すっかり日の暮れた荒野を、月明かりに照らされて歩く二つの人影。
セピアと、道案内役のゼフだ。
ゴロゴロと岩が転がる、歩きにくそうな道を
歩く、と言うにはかなり速い速度で進んでいた。
少しでも歩きやすい所に来ると、早足から小走りに変わる。
だが、そう長くは続かない。
荒地の中の、道ともいえないような細い道は
所々で途切れ岩だらけの荒野になり
また少しして道の体裁を取り戻すといった具合なのだ。
「だいぶ来たねえ。いまどの辺りなんだい?」
少し息を切らしながら、それでも足を止めることなくセピアが尋ねる。
「なに、まだまだ。やっとスクルピアの入り口ってとこさ」
同じように息を切らしながら、やはり止まらずにゼフが答える。
「うへえ。結構来てるつもりだったんだけどな」
「でも、この分なら思ったより早くシェキルに着きそうだ」
「そうなの?」
「ま、ロバを連れてない分いつもよりちっと早いってぐらいかな」
「やれやれ・・・」
「しかしアンタ、頑張るね。オレの早足について来るなんてさ」
「言ったろ?軽歩兵の時分にゃこの程度の早駆け行軍なんて・・・」
突然、前を行くゼフが立ち止まり、右手でセピアに「止まれ」の合図を無言で送る。
セピアもその場で立ち止まり、声をかける。
「・・・どしたの?」
「シッ!・・・静かに」
そういうとはるか彼方に目を凝らすようにして小手をかざす。
セピアも同じように、ゼフの見つめる方角を見る。
遠く荒野の彼方に、土ぼこりが舞い上がっているのが見える。
ゼフが急に身を伏せ、地面に耳を当てる。
しばらくそうしていたかと思うと、ガバッと跳ね起きて辺りを見回し始めた。
「・・・くそっ!よりによって・・・!」
「なんだい!?ひょっとして、アンタの言う『ヤバイ』ヤツ?」
セピアが腰の剣に手をかけながらゼフに詰め寄る。
「ああ・・・それもとびっきりヤバイやつだ・・・くそっ、ここじゃどうしようもねえ!」
「なんだよ、一体ナニが来るってのさ!?」
「・・・この荒地のヌシさ」
「ヌシ?」
「・・・今にわかる。ここじゃ逃げようがねえ。下手に動くより、じっとしてたほうがいい」
だが、ゼフの見つめる先に舞い上がる土ぼこりは次第に近づいていた。
「やれやれ・・・どうやらアタシも『力』とやらを使わなきゃなんないようだね」
「ああ?ナニ言ってんだよ?どんな力があんのか知らねえけど、人の手におえるようなヤツじゃ・・・」
「そう・・・じゃ、人でなくなりゃあ手に負えるかもしんないね・・・」
「な・・・!」
絶句するゼフ。
「アタシは、アタシにできることをする、か・・・フ・・・カッコつけすぎだったかな・・・」
唖然とするゼフを無視して、自嘲するかのようにセピアが独り言を言う。
「でも、ホントだよフラク・・・アタシのできる、全ての力・・・使うからね・・・」
キッと土ぼこりの先を見据えると、勢いよく腰の剣を抜き放つ!
「さあ!・・・来ぉいっ!!」

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