「瞳の中の竜」

第十話

もう季節は既に初夏と言ってもいいだろうか。
フラクもセピアも服は袖の短いやや薄手のものになっている。
だから今二人の前に立つ若い女司祭の服装に
フラクは少し違和感を感じていた。
正確には、その手袋に、である。
肘の少し上までをすっぽりと覆う、白い長手袋。
これから舞踏会に行く貴婦人のようなその手袋が
二人と同じような薄手の服の半袖からにょっきりと突き出している。
「フラク・・・!」
つん、とセピアが肘でフラクを突付く。
「え・・・?」
「え、じゃないよ、まったく。そんなにジロジロ見て、失礼だろ?」
耳元で小言を囁いてから取り繕うように司祭に笑いかける。
「スイマセンねぇ、コイツったら司祭サマがあんまり美人なんで見とれちまったみたいで・・・」
「なっ・・・!?」
「まあ・・・お世辞でも、嬉しいです」
「ちっ、違いますよっ、別に見とれてたわけじゃないですっ!」
「そうですね・・・私などに目を奪われる訳はありませんね」
「あっ、いやっ、司祭サマはとてもおキレイだと思いますが決して見とれてたとかっ・・・」
「フラクぅ、隠さなくたっていいって」
あたふたするフラクとニヤニヤ笑いながらからかうセピアが
終始にこやかな女司祭に簡単に自己紹介を済ませると
思い出したようにフラクが話を切り出す。
「そんなことより!司祭サマ、ここの病人全員に術をかけてるんですか?」
「はい・・・でも、私の力では1日でここに倒れている方々全てには・・・」
にこやかだった女司祭の表情が曇る。
「3日前にこの村に着いてから、ずっと『回復』を願い続けていますが、まだ全員には・・・」
「後何人ぐらい・・・残っているんですか?」
セピアの問いにさらに表情が曇る。
「後20人ほど、術をおかけしなくては・・・でも、もう今日は・・・力が・・・」
二人はあたりをざっと見まわしてみた。
病人は60人ほどもいるだろうか。
ということは、3日で40人ほどに「回復」を使ったことになる。
(凄い・・・きっととても偉い司祭サマなんだ)
フラクは驚くと共に感嘆していた。
高い霊力を必要とする「回復」の呪文を日に何度も唱えるだけでも大変なのだ。
大概の司祭では、すぐに霊力が足りなくなってしまうだろう。
アキ・キュリシェスと名乗ったこの女司祭が
まだ若いながらかなりの修行を積んでいることがフラクにはわかった。
「私に、もっと・・・力が・・・あれば・・・」
そう言うと女司祭−アキが今にも泣き出しそうな表情になる。
「司祭サマ!ひょっとしたら・・・ボクがその「力」になれるかもしれません!」
「・・・え?」
うつむきかけたアキの顔がフラクの言葉にまた前を向く。
「司祭サマ・・・『同調』の呪文を使えますか?」

「え・・・『同調』・・・ですか?」
司祭たちが大掛かりな儀式を執り行うときや
大量の霊力を必要とする呪文を使う場合に
何人かの司祭や信者を集め、その霊力を一つにする呪文である。
「同調」に加わった人間の霊力を、術を行使した司祭が自分の霊力と同じように
別の呪文に使うことが出来るのだ。
フラクは別にアキが信奉するヘンディック神の信者ではなかったが
司祭に同意さえしていれば「同調」に加わることはできる。
「こう見えても、ボク魔術師なんです。魔力も、普通よりは多いらしいですから司祭サマが『同調』すれば・・・」
「そう、ですか・・・フラクさんには、何かとても大きな力を感じてはいました・・・」
「それで・・・その、『同調』は・・・」
「一応、習得はしています。ですが、実際にその力を行使したことはまだ・・・」
アキは躊躇いの色を見せる。
「でも、使えるのなら・・・」
「フラクさん・・・ご存知ですか?『同調』は未熟な人間が使うと、とても危険なのです」
「え・・・そうなんですか?」
「ええ・・・失敗すれば、術者のみならず『同調』に加わった方全てが、呪文の力を失います・・・永遠に」
「ええっ!?」
「私には・・・正直に言って『同調』を成功させる自身が・・・」
二人の術者はそのまま黙ってしまう。
口を開いたのはセピアだった。
「司祭サマ・・・その呪文、どれくらいの割合で成功しそうなんですか?」
「え・・・そうですね・・・五分五分、といったところで・・・」
「そう。じゃ、ココは二人に任せます。術を使うかどうするかは、二人で決めて」
そう言って暗い礼拝堂を立ち去ろうとする。
「セピア?どこ行くの?」
「アタシは、アタシに出来ることをする。ココにいても役には立ちそうにないからね」
「そう・・・でしょうか・・・貴方からも、何か・・・大きな力を感じるのですが」
首をかしげるアキをセピアが笑い飛ばす。
「アタシにぃ!?とんでもない、アタシはただの傭兵、魔力なんてこれっぽっちもありませんよ」
「そうですか・・・では私の気のせいですね。失礼しました」
「それで、セピアはどうするの?」
「シェキルまで行く。いずれにしても、医者は呼ばなきゃならないからね。じゃ、後は頼んだよ」
「そんな!無茶ですわ!一人であの荒地を越えてシェキルまでなんて・・・」
「そ、そうだよ!」
「言ったろ?アタシは、アタシに出来ることをする。出来るかもしれないなら、やってみるさ」
バタンと音を立てて礼拝堂の扉が閉じ
フラクはアキと病人の中に取り残されたように立っていた。

ず・・ず・・・
気づかないうちに、一人の病人が二人の足元に這い寄っていた。
「し・・・司祭・・さま・・・」
突然足元から呼びかけられ、アキが驚いてその場にかがみこみ、病人を診る。
ひどい熱のせいか、うつろな目をしながらも必死にアキに縋りつく。
「まあ・・・だめですよ、休んでいなければ!さあ・・・」
助け起こそうとするアキに、病人が手を合わせて懇願する。
「お・・お願いです・・・倅に・・倅に、術を・・・」
そう言って指差した先には、熱にうなされる少年が臥せっている。
この父親も、このままではそう長くは持たない。
おそらく、自分でもそれはわかっているのだろう。
それでも、いや、だからこそ、息子の命を救える最後の希望に縋っている。
アキにはそれがよくわかった。
「フラクさん・・・この方を・・・お願いしてよろしいでしょうか?」
「は、はい!」
フラクが代わって病人を床まで運ぶ間
アキはじっと身動きもせずに立っていたが
フラクが戻って来たときには、それまでの打ちひしがれた表情は消えていた。
「私は、今から少しだけ休ませていただきます。『同調』が使える程度に力が戻るように・・・」
「え・・・」
「私を、信じていただけますか?今日初めて会った私を、今まで『同調』を使ったことのない私を・・・」
アキの目が、真っ直ぐにフラクを見据える。
「こんな頼りない私を、結果を恐れて苦しむ人々を見捨てようとした私を・・・信じていただけますか?」

セピアが礼拝堂を出ると、村の広場でザニクルとその息子たちが
まだ病魔に冒されていない村人たちに食料を配っていた。
病原は村の中の食料かもしれないので
発病後に外から持ち込んだ食料を与え、少しでも抵抗力を高めておこうという考えだ。
「おう、セピアさん!どうだい、司祭サマって上手くやってるかい?」
「あ・・まあ、大変そうだけど・・・アタシはあの二人を信じるよ」
「ん?アンタはどこ行くんだね?」
「いくらなんだって、いつまでも二人が術をかけ続けるわけにはいかないだろ?シェキルまで行ってくる」
「・・・アンタ一人でか?」
「なんとかなるさ。」
「バカ言っちゃいけねえ!あの荒地は初めてのヤツが一人で抜けられるような土地じゃねえよ。ゼフ!」
「おう!話は聞いたぜ。道案内だな?」
ザニクルの3人の息子の中の一番年上と見えた若者が二人に歩み寄る。
「わかってんなら話は早え。この姐さん連れてちょっくらシェキルまで行ってこい」
「ひゅう、この姐さんと二人っきりで道行かい。親父、ありがとよ!」
「親方・・・いいの?危ない場所なんだろ?アタシ、守ってやれるかどうか・・・」
「ワシは、アンタを信じてるよ。どっちかってぇと、アンタにゃゼフのほうが危険かもしれねえけどな」
そう言ってひとしきり豪快に笑うと、ザニクルはまた村人に食料を配って廻り始めた。
残ったセピアの肩をゼフがぽん、と叩く。
「さあ、いこうぜ姐さん。シェキルまで、急いで往復4日ってとこだ。オイラの脚に付いてこれりゃね」
「おや、言うじゃないの。こちとら傭兵部隊じゃずっと軽歩兵だったんだ。早足行軍なら負けやしないよ」
「うへえ、おっかねえ。こりゃあ途中でしっぽり、って具合にゃいきそうにねえなぁ」
「ふふん、そんなコトになったら、アンタが足腰立たなくなっちまうからね」
軽口を叩けるほど、これからの道のりは安全ではない。
むしろ命がけと言ってもいいだろう。
それを承知で、敢えて軽口を叩くザニクルとゼフに
やはり軽口を返しながらもセピアは心の中で感謝していた。

アキが仮眠を取っている間
病人の世話をしながらフラクはずっと悩んでいた。
アキの問いかけに、フラクはすぐに答えることができなかったのだ。
それを責めることなく、休んでいる間に考えて下さいと言ってアキは微笑んだ。
アキを信用しないわけではない。
だが、もし呪文が失敗すれば自分の魔力は失われる。
魔力がなくなることは別に怖くは無い。
問題は、そうなればメラニを救うための魔道器の探索は出来なくなるということだ。
考えてみる。
メラニなら、どうするだろうか。
あの人なら、きっと・・・
「どうしますか?」
何時の間にか起きだしていたアキがフラクの後ろに立っていた。
「たとえ貴方が断られても、そのことに罪を感じる必要は全くないのですよ?
ひょっとしたら、失敗してしまって全員を助けられなくなってしまうよりも
少しでも、確実に助けられる人だけを助けるほうが正しいのかもしれません。
だから、貴方のしたいようにして下さい・・・きっと、それが正しい道なのです」
フラクが振り返る。
「ボクは・・・貴方を信じます。使って下さい。ボクの、力を」
「ああ・・・」
アキの目が潤み、やがて近寄ってフラクを抱き寄せる。
「し、司祭サマ!?」
「神よ・・・感謝します。この方に出会えたことに・・・感謝します・・・」

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