「瞳の中の竜」

第一話

森の中のちいさな小屋の裏手で、少年は切り株に腰掛けていた。
目をつぶり何かを呟いている。
少年の前のもう一つの切り株には、立てられた薪と小さな手斧があった。
少年の額に玉のような汗が浮かぶ。
汗は流れて、端正な顔を滴っていく。
まだあどけなさの残るその顔は、年のころなら14,5歳といったところだろうか。
だが、今は眉間にしわを寄せて何かを一心に念じていた。
つ、と膝に置かれていた右手が上がる。
胸の前に差し出された手が空を掴むようなしぐさを見せたとき
「フラク!フラク〜!今帰ったよ!」
小屋の入り口のほうから女性の呼ぶ声を聞いて
ふうっ、と大きなため息をついて少年が目を開ける。
金色の瞳。
森を吹き抜ける風にたなびく、長いブロンドの髪と同じ輝きの色の瞳。
「は〜い、今行きま〜す!」
目の前の手斧を取って振り下ろす。
パカン、と乾いた音を立てて薪が割れると
フラクと呼ばれた少年は立ち上がって小屋の入り口に向かった。
「お帰りなさい、師匠!」
師匠、と呼ばれた女性は部屋の中の小さな椅子に腰掛けていた。
「ただいま。やれやれ、久しぶりの登城で疲れたわ」
そう言って首をかしげるとトントンと肩を叩く。
首をかしげたので長い黒髪が顔にかかり、それを鬱陶しげに手でかきあげる。
年は30台前半ぐらいだろうか。
不機嫌そうな表情ではあるが、フラクはこれが師匠のいつもの顔と知っている。
美人なんだから、もっと愛想良くすればいいのに、とも思っているが
モチロンそんなことはおくびにも出さない。
「肩でももみましょうか?」
「ああ、頼むよ」
椅子の後ろに回ると、慣れた手付きで肩をもみ始める。
「それで、カディモス様の御用って、なんだったんですか?」
「まあ、たいしたコトじゃなかったんだけどね」
「だったら、わざわざ師匠を城まで呼ばなくても・・・」
「そうもいかないわ。この辺じゃアタシ、メラニ・シンクレアが唯一の魔術師なんだから」
元々、魔術師と呼ばれる人々はそう多くない。
そして、その殆どは王都に住んでいて
ここボーディンのような地方では領内に魔術師が一人もいないことだってある。
ボーディンにはメラニがいるだけまだマシなのだ。
当然、魔法がらみのこととなると、領主のカディモスは
メラニに頼ることが多い。
カディモスには何度も城勤めを頼まれているのだが
人付き合いの苦手なメラニはその都度理由をつけて断り続け
この森の中の小屋で弟子のフラクと暮らしてきたのだった。
「ねえ師匠、もうすこし街に近い所に引っ越しませんか?」
「どうして?」
「だって、こう度々城に呼びつけられてちゃ、往復するだけで大変ですよ」
「そうねえ・・・とりあえず、来月になったら考えようか?」
「来月?」
「そう、来月になれば・・・なんだい、まさか忘れてるんじゃないだろうね?」
「と、とんでもない!」
そう、自分の15歳の成人の儀を忘れるような人間は
このアナカリアにはいるはずがない。
その大事な成人の儀を、フラクは来月迎えるのだった。

「後の二人の後見人には誰がなってくれるんですか?」
メラニの肩を叩きながらフラクが尋ねる。
「そんなことお前は心配しないでいいんだよ」
「でも・・・」
メラニにはフラクが心配している理由はわかっていた。
成人の儀を迎えるには3人の成人が後見になってやらなければならない。
だが、フラクは金色の瞳の持ち主なのだ。
それは、この世界では人ならざるものが持つもの。
この瞳のために、母親と死に別れ一人きりになったフラクを
誰も代わって育てようとはしなかった。
唯一人、母親と知り合いだったというメラニだけが
この忌まわしい瞳の色を気にせず
フラクを弟子として引き取ったのだ。
魔女が悪魔の子を引き取ったなどと
口さがない連中の噂になったりもしたのだが
メラニはまるで頓着がなくフラクを育ててきた。
しかし、メラニの他に自分を後見してくれる大人を後二人というのが
フラクの心配の種だった。
「大丈夫よ、一人はもうハラルドに頼んであるの」
ハラルドならフラクもよく知っている。やはりこの森に住んでいる薬草師で
メラニとは薬草の売り買いで付き合いがある。
最初フラクが引き取られてきたばかりの頃は
目を合わせようともしなかったが
そのうち普通の子供と変わりないことを知ると
その境遇に同情してか、街から土産を持ってきてくれたり何かと良くしてくれる。
師匠のメラニの他にフラクがまともに話ができる、数少ない人間だ。
「そっか・・・ハラルドさんがいたっけ・・・でも・・・」
「後一人も、ちゃんと手を打ってあるわ。だから心配しないでいいのよ」
「後一人って・・・誰?」
「アタシの師匠よ」
「師匠の・・・師匠、ですか?」
フラクの手が止まる。メラニとて生まれたときから魔術師だったわけはなく
当然師匠の下で修行をしてきたのだろうが
メラニの修行時代というのがフラクにはとんと想像がつかなかったのだ。
「そっか、お前はまだ会ったことがなかったね」
「どんな人なんですか?」
「おっかない爺さんだけどね、基本的にはいい人だから大丈夫」
「・・・なんだか怖い人みたいですね」
「まあねえ・・・お前はホント幸せだよ、アタシみたいな優しい美人が師匠でさ」
「はいはい」
「ほら、手が止まってるよ!今度はもうちょっと首のほうやっとくれ」
「はい!」
「イタタ、こら、ちょっと強すぎ!」
喜びのあまり、力が入りすぎてのこととわかっているので
メラニも苦笑いを浮かべながら肩を叩かれていた。

すやすやと寝入っているフラクを見つめながら
メラニは物思いにふけっていた。
フラクが後見人のことで心配していたように
メラニも不安に感じていることがあったのだ。
成人の儀で、フラクに何を『お披露目』させるかが問題だった。
城の中庭で行われる儀式では、それぞれの若者は自分が修行してきた成果を
領主や他の大人たちに見せることになっている。
農夫であれば自分で開墾した土地。
商人であれば行商の売上。
職人であれば自分で作った作品。
猟師であれば自分で取った獲物。
魔術師見習のフラクであれば、当然覚えた呪文を皆の前で唱えることになる。
メラニが恐れているのは呪文が成功するかどうか、というより
成功しすぎはしないか、ということだった。
本人は気づいていないが、フラクの魔力は桁外れに大きい。
初めて会った幼いときでさえ、すでにメラニより大きな魔力を持っていた。
今ではどれぐらいの魔力の持ち主なのか、メラニにも見当がつかないほどになっている。
そして、その膨大な魔力をコントロールするには
フラクはまだまだ未熟だった。
修行の殆どを魔力のコントロールに費やしてきたが
もし、この膨大な魔力で唱えた呪文が暴走すればただでは済まない。
簡単な『明かり』の呪文でも、フラクがうっかり魔力を注ぎ込みすぎれば
家一軒ぐらいは丸焼けにしてしまうだろう。
いままで教えた呪文は、暴走すると危険なことになるかもしれない。
今から何か危険の少ない新しい呪文を覚えさせるべきか
それとも今覚えている呪文の完成度を上げるほうが良いか
メラニは二者択一を迫られていたのだ。
(やっぱり、師匠に相談したほうがいいかな・・・)
メラニは今ほど師匠の助けを欲しいと感じたことはなかった。

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