「自転車に乗って」

第四話

海辺に置き去りになっているボートの中で
星を見上げながら考える。
選択肢は二つ。
戻るか。
それとも、このまま・・・
隣ですやすやと眠るようこを見る。
・・・間違いだ。
選択の余地なんて、ない。
いったん、戻る。
それしかない。
「ちょっと・・・出かけてくるけど・・・すぐ戻るからな・・・お休み」
自転車にまたがり、急ピッチでこぐ。
急げば、朝までに行って帰ってこられるはずだ。
海に行こうなんて急に言い出したのは
目的地がその近くだったから。
・・・それだけじゃないな。
もし、戻ってこられないとしても
思い出だけは、ようこに与えたかった。
オレも、思い出と呼べるものが欲しかった。
ありがとう、ようこ。
素晴らしい時間をすごせたよ。
たったの二日だったけど
これがオレの一生になっても悔いはない。
やがて見えてきた高いフェンスを睨みつける。
そう、悔いはない。

自転車は近くの茂みに隠して、正面ゲートまで歩く。
帰りにはまた必要になるからな。
門には看板とか表札の類はない。
ただ固く閉ざされたゲートに「関係者以外立ち入り禁止」とあるだけだ。
ゲートのまん前に立って、設置された監視カメラを睨む。
やがて、慌てふためいた様子の白衣を着た男が二人と
数名の警備員らしき男たちが
ゲートの奥の白い建物から走ってきた。
「ゲートを開けろ!」
白衣の男の一人の指示で、軋みながらゲートが開く。
「よく戻ったな、UM88−A2。混乱状態は回復したのかね?」
「はいドクター」
「UF86−R2はどうしたのかね?キミと一緒に行動していたようだったが」
「UF86−R2は研究所を出たところで別行動をとりました。以後は関知していません」
「そうか・・・まずいな、安定剤もないのに・・・とにかく、処置室に戻りたまえ」
「はいドクター」
UM88−A2、か・・・
ここを逃げ出したのはつい3日前。
ついでに言えば生まれたのは1週間前だ。
冷たい金属製タンクの子宮に培養液の羊水で
促成栽培された出来立てほやほや。
誰かのクローンなのか合成なのか
それとも何処かの馬の骨か?
圧縮された記憶を脳味噌にぶち込まれ
目覚めたときは一人前の殺し屋の出来上がり。
後は組織に忠誠を誓う洗脳の儀式を受けるだけってとこで
オレは何かが間違ってることに気がついたわけだ。
確かにオレは作り物かもしれないが
だからってあのままモノ扱いされるのはゴメンだった。
一緒に訓練を受けていたUF86−R2・・・
いや、ようこ、だよな・・・
彼女と一緒に記憶の混乱を装い、狂った振りをして暴れながら研究所から逃げたのが
そう、つい3日前だった・・・
だが、オレ達には生き延びるうえで必要な物がなかった。
今から思えば随分無計画なことをしたもんだ。
それをヤツラは安定剤と呼んでる。
どんな効き目があるのかよくは知らないが
定期的にこいつを飲まないと死んじまうらしい。
クソッたれな記憶だが、思い出さなきゃあのままいずれは死んでたわけだ。
「圧縮記憶に障害はないかね?また記憶投与をするべきかな?」
「いや、それより洗脳タンクに入れるほうが先だね。記憶投与は後でもできるさ」
白衣の二人がヒソヒソと話す声にぶち切れそうになる。
オレはモノじゃねえ!
手前らがオレに与えた「能力」とやらを
自分で味わってみるか?
いや・・・
まだだ!まだ早い!目的の物を手に入れるまでは・・・

固いベッドに寝かせられて、アレコレ質問攻めにあう。
感情を押し殺し、勤めて無表情に答えていく。
「どこか体に不調はないかね?激しい運動をしていなければまだ安定剤は必要ないはずだが」
その質問を待ってたぜ!
「筋肉収縮が最大値の60パーセントに低下しています。通常行動に支障はありません」
「いかんな・・・危ない所だったようだ。少し待ちたまえ」
そう言って背後の棚に並んだ沢山の瓶の中から一つを手に取ると
中から一粒の錠剤を取りオレに差し出す。
「さあ、飲みたまえ。1錠でいい」
・・・?オレの記憶ではドロドロした液体状だったが・・・
これがそうか?
「ああ、キミが失踪している間に完成したんだよ。安定剤の新タイプでね、錠剤にしたんだ」
さも得意そうににんまりとする。
「期間が過ぎれば安定剤など不要なのだがね。しかし、それまでキミ達を遊ばせておくのも惜しい」
瓶の中身をウットリした目で見ていやがる。変態野郎め。
「錠剤タイプなら作戦行動中でも持ち運びやすいからね。これで、完成即戦力というわけだ」
オレも嬉しいぜ、確かにこれなら持って帰りやすそうだ。
アンタらがオレにしてくれたクソ忌々しいコトの中じゃ、コレが一番マシみたいだ。
「・・・?顔面がおかしいな。筋肉の弛緩かね?」
「・・・笑ってるんだよ・・・」
「何?」
「笑ってるって言ったんだよぉ!手前らの間抜けさ加減をなあっ!!」
言うが早いか飛びかかり、あっさり取り押さえる。
「大人しくしないと、首の骨へし折るぜ?オレは「タイプA」なんだからな。アンタらがそうしたんだろ?」
顔がみるみる青ざめていく。
「せ、洗脳は・・・効いていなかったのか!?」
「お生憎だな。けど、脳味噌にぶち込まれたいろんな「記憶」はちゃんとこうして使えてるぜ。もっと試してみるか?」
「逃げられはせん・・・ここの警備員は皆お前と同じタイプAだ!5人を相手にして・・・」
「オレの兄弟ってわけか・・・」
「そうだ!お前と同じスペックのユニット5体を・・・」
「別にやりあう気はねーよ。こっそり逃げさしてもらうさ。だが、コイツは頂いていくぜ」
安定剤の入った瓶をひったくる。
オレとようこの、命を繋ぐクスリ。
これさえいただければココにはもう用はない。
・・・待てよ。
「おい、正直に答えろ・・・安定期に入るまで、これだけで持つのか?」
「・・・途中で死なれては困るな。それでは足りんよ」
「じゃ、残りをよこせ」
「・・・そこの棚にあるので全部だ」
男を片手で引きずったまま棚に近寄る。
「これで全部か?」
「そうだ。キミ一人ならそれだけあれば充分安定期まで持つだろう」
「・・・後一人分必要なんだ!」
「・・・?!そうか、やっぱり86−R2も一緒だったのか!」
「いいから、安定剤を出せ。旧タイプでもいい!」
「残念ながら、本当にこれだけだ」
「くそっ!二人でこれを分け合って飲んで、安定期まで持たせられるか?」
「・・・わからんね。安定期に入るまでの期間には若干個体差があるんだ」
「安定期に入ったかどうかはどこでわかる!?」
「簡単だ。首の後ろのユニットナンバーが消えれば安定期に入った証拠だよ」
「安定剤が必要になる目安は!?3日おきでいいのか!?」
「それは安全のために間隔を詰めた場合だ。ギリギリ引き伸ばすなら1週間ほどは持つ」
「そうか・・・やけに素直に教えるな。何が狙いだ?」
「別に。ただ、キミ達は非常によく出来た傑作ユニットなのでね。できれば生きたまま取り戻したいのさ」
「そうかい、ありがとうよ」
「ところで、急いだほうがいいのではないかな?私の計算では86−R2はそろそろ限界だよ」
「なにぃ!?」
「あのユニットはキミより生産が早かったんだ。最後に安定剤を投与してからもう1週間だよ」
くそっ!早く言えよ!
男の後頭部を殴りつけて気を失わせるとオレは出口へ走った。
間に合ってくれ!

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