「自転車に乗って」

第三話

朝起きるとカラダの節々が痛い。
まあ、公園のベンチなんかで寝てたんだからしかたがないか。
膝の上の、柔らかく暖かな重みを見つめる。
ようこは、まだ眠っている。
すやすやと眠るその横顔は、昨夜の乱れ方からは想像もつかないほどあどけない。
髪をなでてみる。
さらさらとした感触が指の隙間を通り抜けていく。
「・・・?」
手が止まる。
ようこの首の後ろ・・・うなじに妙なモノを見つけたからだ。
それはアルファベットと数字の組み合わせだった。
UF86−R2。
昨日は気がつかなかった・・・
そっと指で擦ってみるが、消えない。
それぐらいで消えるなら、昨夜風呂に入った時に消えるだろう。
刺青?
それにしては洒落っけもなにもない。
これじゃまるで・・・何かの・・・番号?
番号?
ようこの首に手を当てたまま
オレは何かを思い出しかけていた。

「ん〜・・・ふぁあぁ〜・・・おあよ〜」
もそもそと起きだしたが、ようこはまだ眠そうだった。
「やっと起きたな、寝呆スケ。朝は弱いのか?」
「ん〜・・・そうみたい・・・」
そういってまたオレの膝で眠ろうとする。
「コラコラ、いー加減起きろって!・・・ちょっと頼みがあるんだから!」
「ん・・・ナニ?」
「ちょっと・・・オレの首の後ろ、見てくんない?」
「ナニ?蚊に喰われた?」
その程度ならいいんだけどな・・・
「アレ?なんか書いてあるよ?ナニこれ?」
「・・・なんて書いてある?」
「えっと・・・UM88−A2・・・ナニこれ?狩野クン、変な刺青してるね?」
「・・・そうか・・・そうか」
その「番号」を聞いた瞬間
オレの脳の中を何かが走りぬけた。
「あれ?・・・なんでこの刺青わかったの?見えないよ、ね・・・ひょっとして、何か思い出した!?」
「あー・・・いや、昨日風呂屋の鏡でコレに気がついてな」
「なんだあ・・・」
「ほら、逆になってて読めなかったんで見てもらったんだよ」
「だったら、昨日すぐ言ってくれればよかったのに」
「・・・昨日は風呂の後はソレどこじゃなかっただろ?」
「・・・バ、バカ・・・で、なんなのコレ?なんか思い出した?」
「いや・・・ダメだな。見当もつかない」
「なんだ・・・あ〜あ、何か手がかりないのかなぁ」
ゴメンな、ようこ。
オレ、嘘をついたよ。
ホントはもう、全て思い出したんだ。
オレのことも、オマエのことも、なにもかも・・・
「なあ・・・今日は海行かないか?」
「ええ!?ナニ言ってんの?どしたの急に?」
「あー、その・・・なんだ、あせってもしょうがないと思うんだよ。ちょっと心にゆとりを持ったほうがいい」
「お財布にはあんまりもうゆとりがないよ・・・」
「なに、なんとかなるさ!結構ここから海近いんだぜ?」
「・・・なんか急に楽天的になってない?」
「なんだよ、行きたくねーの?じゃ、オレ一人で行こっかな〜?」
「あん、行くわよう、もう。待ってったら!」

海が見えたのは昼近くなってからだった。
「疲れた〜!ケツ痛え〜!」
「お腹空いた〜!」
「海について最初の感想が、腹減った、かよ?」
「ケツ痛え〜、よりはマシだよ」
「なにおう、誰がここまで自転車漕いできたと思ってるんだ!?」
「狩野クン」
「わかってんなら、もっと労われ!」
「あー、可哀想な狩野クンのお尻!可哀想だからさすってあげよう・・・これで満足?」
「む!ヨシ!」
「じゃ、アタシのお腹も労わってよう」
「・・・さすればいいのか?」
「何か食べようって言ってるの!」
そして、オレ達は遊んだ。
水掛けっこしたり
岩場でカニをとったり
波打ち際を自転車で走ったり・・・
失っている間あんなにも望んだ「記憶」を、取り戻した今は忘れようとしている。
そして、二人で遊んでいる間は、忘れることが出来た。
やがて日は傾き
遊びつかれたオレ達は砂浜に腰掛けただ夕日を見ていた。
オレの足の間に座り、背中を持たせかけてくるようこを
後ろから抱きしめたまま
夜がくるまでそうしていた。
「もう、夜だね」
「ああ」
「今夜は・・・ここで?」
「ようこが、ここで良ければ」
「うん・・・いいよ・・・狩野クンがいるなら、どこでもいいよ・・・」
「そうか・・・」
もう、言葉が出ない。
何か喋ったら、泣いているのがバレちまう。
「今日は随分遊んじゃったねえ。疲れちゃった・・・」
両手を前に伸ばして、んーっ、と伸びをするとクルリと振り向く。
慌てて顔を上に向ける。
泣いていることを悟られないように。
「でも・・・楽しかったよ・・・狩野クンと一緒で・・・スゴク・・・楽しかった」
また顔を前に戻して、暗い海を見る。
「だから、本当のこと聞いても耐えられると思う」
「え・・・?」
「教えて。本当のこと。狩野クンが思い出したこと」

「別に・・・まだ何も・・・」
「・・・隠さないで。もう、思い出したんでしょ?」
「・・・どうしてそう思う?」
「今日・・・スゴク無理してたよ。無理やり遊んで、笑って・・・忘れようとしてたんでしょ?」
「そっか・・・ゴメンな、かえって気ぃ使わせちゃって」
「・・・アタシ、狩野クン一人に苦しんで欲しくないよ・・・だから・・・」
「ダメだ」
「どうして?アタシ・・・覚悟してるよ・・・」
「・・・今は、まだダメだ」
「まだ?」
「ああ。ちょっと・・・問題があるんだ。もし・・・問題を解決できたら、その時全部話す」
「・・・わかったよ・・・待ってるよ」
胸が痛い。
そんな機会は来るはずが無いことを知っているから。
問題が決して解決できないことを知っているから。
ゴメンな、ようこ。
また、嘘をついたよ・・・

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