「分岐点」

第三話

護衛について1週間が過ぎた。
レイがどんどんアタシに近づいて来ようとしているが
ギリギリのところでかわしている。
受け入れてしまいたいという気持ちもあったが
アタシの中の警報ベルが
これ以上は立ち入るなとうるさく鳴り響いて踏みとどまっていた。
そして、8日目。
夜中に突然携帯電話が着信を知らせる。
この番号にかけてくる人間は限られている。
出ないわけにもいかないな・・・
「はい」
「や、起こしてしまったかな?」
ちょっと驚いた。いつもの連絡員ではなく、幹部の一人からだった。
それもボスの側近中の側近。
「いえ・・・大丈夫です」
「そうか。実は緊急で君に知らせておかなくてはならない事ができてね」
「なんでしょうか?」
「レイモンド君の存在をあちらサンに知られてしまったようだ」
「それは・・・確かな情報ですか?」
「残念だが、間違いなさそうだ。潜り込ませてあるヤツからの裏も取れてる」
「まずいですね・・・動きはありましたか?」
「今のところは、ない。だが、今までのようにノンビリもしとられんぞ」
「護衛の増員はないのですか?」
「すまないが、こちらも護衛しなければならない人間が多く手一杯だ。現状で頑張ってくれ」
「わかりました・・・やはりまだ素性を明かすことはできないんですね?」
「やりにくいだろうがな・・・もし一度でも何かあったら、私からボスに話すつもりだ」
「お願いします」
さあ、ウォーミングアップはお終いだ。
いつもならこんな時はゲームの始まりを楽しんでいたのだが
今回は勝手が違う。気分が高揚してこない。
いつもの攻める側から、今回は守る側にまわっているせいだろう。
もし、それ以外に戸惑いの原因があるとしたら・・・
感情が入ると、勝てるものも負けることがある。
コレまでのことが吉と出るか凶と出るか。

「あの・・・」
「・・・え?あ、ゴメン何?」
「何かあったんですか?」
「え?・・・別に何も、ないわよ。どうして?」
「だって、今日はやけにむっつりしてるから」
しまった。ステラ・ロバーツになるのを忘れていた。
まあ無理もない。
いつものように車でキャンパスに向かう途中だったが
通学途中が一番危険と想定されていたので
周囲に気を配っていてレイと会話している余裕がなかった。
「ゴメン・・・ちょっと考え事」
「そう、ですか・・・」
それっきりレイも黙ってしまい、キャンパスまで車中は静かだった。
レイが車を降りる際に昼食の約束をして校舎に消える。
そのまま車の中から携帯で警備室を呼び出す。
「もしもし?」
「アタシよ。今レイは校舎に入ったわ。ソッチはどう?」
「別に怪しいのは来てない」
「了解」
いつもの軽口もなく電話を切り、アタシも校舎に向かった。

「ステラさん、何か僕に隠してませんか?」
随分いきなりだ。隠してるといえば何もかも隠し事ばかりなのだが
それなりに感づかれないよう努力はしてきた。
だが、レイは結構鋭い。こういうところも天才だからなのだろうか。
「・・・別に何も隠してなんかいないわよ」
「そうですか・・・自分が隠してることがあると他人もそうだと思っちゃうのかな」
「・・・どういうこと?」
「ステラさん・・・僕、お話しておかなければならないことがあります」
なんだろう。レイの顔がいつになく真剣だ。
「その・・・ここでは話しづらいんで・・・学校が終わったら、いいですか?」
「わかったわ。じゃ、部屋に戻ってからね」
「はい。それじゃ」
隠し事があるようには見えないが
天才とはいえレイも年頃の男の子だし・・・
そこではたと気づく。
隠していることを、アタシに打ち明ける・・・それって・・・
なんだろう?胸が高鳴る。
期待してる?レイの言葉を待ってる?
同時にアタシの中の警報ベルが鳴り響く。
感情に流されるな。計算を誤るもと。
必要な時に適切な行動が取れなければ
そこには死が大口を開けて待っている。
この状況を、警戒するアタシと、歓迎するステラ・ロバーツがせめぎあっている。
そんなカンジだ。

どう答えればいいのか、答えが出ないまま部屋のドアをノックする。
「ステラさん?どうぞ、開いてます」
ドア越しにレイの声が聞こえる。
中に入るとレイはテーブルで新聞を広げていた。
「無用心ね。カギくらいかけたほうがいいわよ」
「あ・・・そうですね。気をつけます」
「それで・・・話って・・・ナニ?」
「はい・・・僕の、家族のことです。コルレオーネ・ファミリーの事はご存知ですか?」
思わず動きが止まってしまう。知ってるも何も・・・
「ええ・・・まあ・・・新聞で見るぐらいは」
「単刀直入に言います。ファミリーのボス、パウロ・コルレオーネは僕の祖父です」
知ってたの!?思わずそう口に出してしまいそうなくらいの驚き。
顔にも出てしまったらしい。
「すいません、驚かせてしまったみたいで・・・でも、僕はファミリーと直接関係はないんです」
レイの説明は続く。
「母は祖父のパウロ・コルレオーネの元を飛び出して父と結婚してから
ファミリーと接触を絶っていましたから、僕も祖父と会ったことはありません。
僕が祖父のことを知ったのも、母が父と話しているのを偶然聞いてしまったからです」
「どうして・・・それをアタシに?」
「黙っていても構わなかったかもしれませんね・・・半年前だったら」
そう言って微笑む。悲しそうな眼で。
「いま、祖父のファミリーは新興の勢力と激しく争っています。
母は関係ないとタカをくくっているようですが・・・そんなわけにはいかないでしょうね。
望む望まないに関わらず、母はパウロ・コルレオーネの娘であり
僕はその息子、パウロ・コルレオーネの孫なんです。
いつ相手の組織に狙われてもおかしくない、それが僕の現状です」
「だったら、どうして家を出たりしたの?一人暮らしなんて危ないじゃない?」
「だから、です」
「え?」
「母も僕も、いつか狙われるかもしれない。一緒にいれば、二人一緒に。
でも、僕が家を出て一人暮らしを始めたら?家族と一緒に暮らす母と
一人暮らしの僕と、どちらかを狙うとしたら相手はどちらを狙うと思いますか?」
「それじゃ・・・アナタ、囮に?」
「父も母も、とてもいい人です。でも・・・悲しいほど世間を知らない。
子供の僕にこんな風に言われるぐらいにね。全然危険を感じてないんです。
僕が・・・危険を理解している僕が狙われるほうが、まだ安全だと考えて・・・」
「でも・・・殺されるかもしれないのよ?」
「それは・・・ないと思います。すぐにはね。もし狙われるとしたら・・・
僕を誘拐して祖父を脅迫する材料にすると思います。祖父はかなり恐れられています。
いきなり僕を殺して祖父を怒らせるような真似はしないでしょう」
恐れ入った。ボウヤだと思っていたがとんでもない。
全てを把握して、その上で家族を守るために自ら囮になっていたとは。
「ひょっとして、友達を作らないのもそれが理由?」
「あ、わかっちゃいました?・・・巻き込んじゃったら、悪いですからね」
「・・・さっきの質問、まだ答えてもらってなかったわね。どうして、アタシには話してくれたの?」
途端にレイの顔が真っ赤になる。
今までの、何もかも計算し尽くしたような大人の表情から
普通の16歳の少年の顔に戻って。
「それは・・・それでも、ステラさんには傍にいてほしかったから・・・」
「レイ・・・」
立ち上がってレイの傍に歩み寄る。
「黙っていて巻き込んでしまったら、きっと後悔する。だから、ちゃんと話して・・・」
レイの隣に座る。
「僕が守ります!何もできないかもしれないけど、でもなんとか頑張って・・・だから・・・」
レイを抱きしめて、耳元で囁く。
「アタシを守って・・・ずっと傍にいるから、アタシのこと、守って」
そして心の中で呟く。レイは、アタシが守る。必ず。
レイの手が、ゆっくりと、やがて力強く背中に回される。
アタシの答えは出たようだ。

もう少し、レイの寝顔を眺めていたかったが、自分の部屋に戻ることにした。
警報の類はすべてこちらの部屋にいなければモニターできないからだ。
二人一緒に寝込みを襲われてはどうしようもない。
手早く服を着て廊下に出ると、連絡員の男が待っていた。
「お楽しみだったようだな」
無視。
「おい、そうツンツンするなよ。別にからかってるわけじゃ・・・」
「何か用?」
「お前、携帯切ってただろ?サッコさんから連絡があったんだよ」
「レイと会うんで切ってたのよ。連絡って?」
「あちらサンに動きがあったらしい。警戒しろとさ。あと二人よこすそうだ」
「そう」
「お前サンがレイモンド坊ちゃんと出かけた後にこの部屋で張り込むのに一人」
「勝手に人の部屋に入らないで欲しいわね」
「文句言うな。あと、このアパートの前に一部屋借りてそこに一人だ」
「了解。じゃ」
いよいよゴングが鳴ったようだ。
昨日までと違い、心が高ぶっていくのがわかる。
たとえ守る側でも、戦いは意味ある物になるようだ。
守るべき物が、大切な物ならば。
部屋に戻って、携帯から電話をかける。
私が直接話すことのできる、最も大物の幹部に。
「・・・ヴァンゼッティさんを。・・・はい・・・お願いします」

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