「分岐点」

第二話

部屋の警報装置が反応を示す。
どうやらレイが部屋を出るようだ。
時間からすると、おそらくキャンパスに向かうのだろう。
私もいそいでドアに向かう。
「あ、おはようステラさん」
「おはようレイ。いまから学校?」
「ええ、ステラさんも?」
「ええ。ねえ、レイはキャンパスまではどうやって行ってるの?」
「そこの交差点の先からバスですけど?」
「じゃあ、よかったらアタシの車で一緒に行きましょうか?」
「・・・いいんですか?」
「モチロン!遠慮しないでちょうだい」
「それじゃ、お言葉に甘えさせてもらいますね」
やはりレイと親しくなっておいたのは正解だった。
もっとも危険と思われるキャンパスとの行き帰りを
これでしっかりガードできる。
二人で階段を下り、アパートの裏の駐車スペースに向かう。
「あの・・・ステラさんの車って・・・コレ?」
・・・しまった。つい自前の黒のムスタングだったことを忘れていた。
もっと女の子っぽい車を借りておけばよかったのだろうがもう遅い。
「ええ・・・おかしいかしら?」
「そんなことないですよ!・・・すっげ−」
こういうところはホント、普通の男の子ね・・・
「じゃ、行きましょうか」
ちょっといたずら心を起こして、タイヤを鳴らして急発進をしてみる。
「ワオ!すっごい加速!」
「気に入ってくれた?」
「うん!サイコ−!」
言葉遣いにいつもの礼儀正しさがなくなっている。
それだけこの車に夢中になっているのだろう。
目がいつにもましてキラキラと輝いていた。

キャンパスにつくのはあっという間だった。
名残惜しそうなレイを下ろしてから、再び校門にもどる。
見知った顔を入り口の警備室で見かけていたからだ。
「ハイ。こんな所でアルバイト?」
「ああ。これでも潜り込むのに苦労したんだぜ?」
警備員の制服なんて着込んでいるから、うっかり見落とす所だったが
いつもの連絡員の男だった。
「こんな所で見張り?相手がここから来るとは限らないんじゃない?」
「ここのキャンパスには車が入れるゲートは2箇所しかない」
なるほど。奴らの狙いが誘拐なら
レイを連れ去るのには車が必要だろう。
「もう一方は?」
「ちゃんと別のヤツが入ってるよ。妙なヤツが来たら携帯で連絡する」
「妙なヤツ?身分証明ぐらいは偽造してくるでしょ?」
「ハ!同業者の『匂い』ぐらいすぐわかるさ」
匂い、か・・・
「ねえ」
「まだ何かあるのか?」
「アタシもその『匂い』がする?」
男はニヤリと笑った。
「俺が相手の組織の人間だったら、アンタの匂いをかいだらすぐ逃げるね」

レイが講義を受けている教室のそばでただ何をするでもなく時を過ごす。
まだ相手の組織はレイの存在に気づいていないそうだから
今はガードしている必要はないのだが
必要になったときにいきなり上手く潜り込めるとは限らない。
準備はできるときにしておくに越したことはない。
とはいえ、敵が来ないとわかっていると緊張感が薄れる。
時々扉越しに講義の内容に耳を傾けてみるが
・・・何のことやらさっぱりだ。
幼い頃ファミリーの先代のヒットマンに拾われてから
学校などという物には行ったことがなくても
それなりの教育は受けてきたつもりだったのだが。
・・・明日は何か暇つぶしの雑誌でも持ってこよう。
窓の外をぼんやりと眺めていると、教室の中がざわめき始めた。
どうやら講義が終わったようだ。
レイが出てくる前に廊下の陰に見を隠す。
一応、別の講義を受けていることになっているから
今ここで見つかるのはまずい。
待ち合わせた昼食時間まではこんなストーカーまがいのことを続けることになる。
廊下にレイの姿を見つけ、次の教室まで後をつける。
他の学生達は誰かと話しながら移動していたが
レイは一人だった。
友達はいないのだろうか?
あの人懐っこいカンジのレイが友人を作るのが下手とは思えないが。
年下ということで相手にされてないとも考えられないし・・・
やがて、一人の女子学生がレイに声をかけてきた。
二言三言言葉を交わしていたようだったが
やがて、ついと離れていってしまった。
アタシと接しているときのレイとは、ちょっと違うカンジだ。
やがて教室に入っていくレイを見送る。
昼食のとき、少し話してみるとしよう。

「いつもは誰とお昼を食べてるの?」
「え?ああ、普段は・・・一人で食べてます」
「あら・・・まだ友達ができない?そうは見えないけど」
「そうですね・・・できないって言うか・・・」
なんだか歯切れが悪い。
「ごめんなさい、言いたくなければ別に・・・」
「いえ、構いません。その・・・なんだかつまらなくて」
「つまらない?大学の講義が?」
「講義はとても楽しいですよ。ただ、周りの人達が・・・」
「まだ知り合って間もないんじゃない、中には気のあう人もいるんじゃないかな?」
「うーん・・・ボク、大学には凄く期待してたんですよ」
少し遠くを見るような眼でため息をつく。
「だから、一緒に勉強することになる人達にも期待しすぎてたのかも」
「でも、思ってたほどじゃなかったってワケね」
「まあ、そんなトコ」
「じゃあ、アタシとは退屈じゃないの?」
一瞬でレイの顔が真っ赤になる。
「スッ・・・ステラさんは退屈な人なんかじゃないですよっ!」
「あら、アタシだって普通の学生なんだけどな〜」
「・・・ステラさんは、その、なんて言うか・・・特別なカンジです」
「どんな風に?」
「どうって・・・ハッキリわからないけど、他の人とは違う何かを感じるんです」
それは、アタシの「匂い」なのだろうか?
レイはそれを敏感に感じ取っているのかもしれない。
喜んでいいのか悪いのか。
「ねえ、講義が終わるのは何時頃?」
「えーと・・・今日は3時で終わりですね」
「じゃ、帰りにどこかドライブに行こうか?」
「わ・・・ホント?」
「うん、キミさえ良ければ、だけど」
「モチロンOKですよ!喜んで!」
「じゃ、ゲートのトコで待ってるわね」

助手席にレイを乗せ、あまり交通量の多くない道路を、当てもなく走る。
時折何台か車を追い抜いたが、他の車が殆ど見かけられない。
時速70マイルぐらいで、ただ車のエンジン音を楽しんでいた。
レイもただ黙ってウットリしたような表情で乗っている。
アタシの本当の顔とも意外と趣味が合うのかもしれない。
そんな事を考えていて、少し油断していたのかもしれない。
対向車が突然テールを振ったかと思うと、スピンしてこちらの車線に飛び込んでくる。
反応がほんの少し遅れた。
・・・間に合うか?咄嗟にブレーキとハンドルを操作し
こちらの車体を相手のスピンに合わせてスピンさせる。
スピンしながら2台の車はすり抜けるようにすれ違う。
・・・セーフ。
車体を立て直してから路肩に止める。
「・・・レイ?大丈夫?」
目を見開いて、口をパクパクさせているが別に大丈夫だろう。
すれ違った車はガードレールにぶつかって止まったようだ。
「レイはここにいて。様子を見てくるわ」
上着の下のH&Kのセーフティをそっと外し車を降りる。
「あ・・・ボ、ボクも行きます。怪我してる人がいたら・・・」
「ダメよ。ガスが漏れてるかもしれないから近寄るのは危険」
「だったら、尚更・・・」
「いいから残りなさい」
ちょっと威圧しすぎたのだろうか。レイがビクッとして体をこわばらせる。
「わかった・・・何かあったら呼んでね」
返事はしない。何かあったら、絶対に呼ばないのだから。
事故に見せかけて相手の車を止めるのは常套手段だ。
もっとも、すれ違ったときにチラリと見た相手のドライバーの様子じゃ
その心配もなさそうではあったが。
近づいてみると、相手の車の後輪がパンクしていた。
相手のドライバーを窓越しに見る。
レイと同じように、目を見開いて口をパクパクさせていた。
そのまま自分の車に引き返す。
「大丈夫だった?」
「ええ、ちょっと驚いてたみたいだけど、かすり傷一つしてなかったわ」
レイが私のことをじっと見つめる。
「・・・何?」
「やっぱり、ステラさんて・・・スゴイや」
確かに。今の行動は普通の女子学生が取れるものではなかったかも。
とはいえ、事故を起こしてしまうよりはマシだ。
レイがあたしの正体を疑わなければいいのだが。
「・・・そろそろ帰ろうか?」
「そうですね・・・ステラさん?」
「何?」
「あの・・・また誘ってくださいね、ドライブ」
何か言いたげなカンジが気になった。
問いただそうか、と思って思い直す。
まだ、もうしばらくは時間もあるだろう。
もう少し、この関係を楽しんでもいい。そう思った。

・・・第3話へ

酒場のカウンターへ戻ります

案内所に戻ります