「分岐点」
第一話
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「言ったはずよ、当分『仕事』はしないって」
「そうだったかな?俺が聞いたのは『殺し』は当分しないってことだけだ」
「アタシにそれ以外の『仕事』があるの?」
連絡員の男が苦笑いを浮かべる。
無理もない。今までこの男から殺し以外の指令など
一度もなかったことだ。
「まあな。今回はいつもの逆をやってもらう」
「逆?」
「そう。護衛だ」
「どうかな・・・アタシには向かないと思うわ」
「まあそう言うな。どの道ボスの命令だ。断れんよ」
「しかたないわね・・・話、聞きましょうか」
「護衛してもらうのはボスの・・・孫になる」
「孫?ファミリーには入ってるの?」
「いや。実は駆け落ちしたボスの娘さんの子供だ。」
「へえ。駆け落ちしちゃったんならファミリーとは無関係?」
「そうだ。だがボスは痛く心配しておられる」
「ファミリーに無関係なら狙われないんじゃないの?」
「そんなに甘くはないだろう、あちらさんも」
それもそうだ。血で血を洗う抗争になってしまっているのだから。
祖父がファミリーの大ボスだったのが不運ってことか。
「ただ、あまりごついのに周りをうろつかせるのもな」
「それで、アタシってわけね」
「ま、そんなところだ。これが詳しい資料だ。よく読んでおいてくれ」
「OK。それじゃね」
「ああ。スマンな、休暇中だったのに」
「いいのよ・・・どうせ退屈し始めてたんだから」
そう、その時は軽く考えていた。
退屈しのぎの護衛の仕事。来るかどうかわからない敵を迎え撃つため
一時の堅気に混じっての生活。
それがアタシにとっての大きな分岐点だとは思いもしなかった。
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「まさかこんなボウヤを護衛することになるとはねぇ・・・」
資料に目を通してつい一人愚痴ってしまう。
レイモンド・フォスター。16歳。
IQ200を越す天才。飛び級ですでに大学生。
専攻は物理学。すでに発表された論文もあり。
現在は両親と離れアパートで一人暮らし。
・・・やれやれ、どうやって「さりげなく近づけ」っていうのかしら?
アタシとじゃ共通点がなさ過ぎる。
いっそ正直に「護衛として貴方のおじい様から派遣されました」
とでも言ったほうがよさそう。
しかたがない、何か方法を考えるとしましょうか。
渡された資料の中の顔写真を眺めてみる。
ふ・・・ん。
後5年早く生まれていてくれればねぇ。
護衛の仕事も少しは楽しかったかも。
「悪い子ね、キミのせいで余計な苦労をさせられそうよ?」
指でピン!と写真を弾く。
ヒラヒラと舞った写真が床に落ちる前に
私は立ち上がってドアに向かった。
仕事は仕事。やることはやらなければ。
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相手が少年を殺すつもりで来るとしたら
正直ガードしきれる自信はない。
あれほどのSPに囲まれた大統領だって狙撃されるのだ。
たった一人でガードなど不可能だろう。
だが、相手の組織はそんなことは考えないはずだ。
少年はファミリーの仕事に直接の関係はない。
消してもこちらのファミリーに損害はないのだ。
ただ、ボスを激怒させ
より激しい報復を生むだけ。
相手の組織がこの少年に何か仕掛けてくるとすれば
おそらく誘拐ということになる。
ボスの身内を人質に抑えることで
その後の交渉などを有利に運ぶのが目的だ。
誘拐となれば複数名のチームを組んで襲撃してくるだろう。
そこがちょっと不安な要素だが
こちらがある程度抵抗すれば
引き下がるのが普通だ。
予想外の抵抗であれば尚更だ。
襲撃に遭ったら少年をガードしてある程度の時間をしのげればいい。
用意の獲物と最低限の身の回りの物を持って
車で少年の住むアパートに向かう。
受け取った資料の中に入っていたカギは
ガードする少年のアパートの隣の部屋のカギだった。
前の住人は大金を払って追い出したのだろう。
すっかり片付いた部屋の中では連絡員の男が待っていた。
「遅かったな」
「女には色々支度とかあるのよ」
「ふん。まあいい。資料にも書いておいたが、これでレイモンド君の部屋の様子がわかる」
沢山のモニターテレビ。
彼の部屋に仕掛けた隠しカメラの画像がここに出ることになっている。
用意のいいことだ。
これで部屋にいる間の少年の状態は把握できるだろう。
問題は少年が大学に行っている間か・・・
「部屋のドアにもセンサーが取り付けてある。出入りがあればこのランプが点灯する」
「覗き魔になった気分だわ」
「気分じゃない、実際に覗き魔と同じだよ」
「今までアンタが覗きをしてたの?」
返事をせずに肩をすくめる。
「さ、バトンタッチだ。よろしく頼むぞ」
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部屋の間取りを確かめると、思ったよりも壁が薄い。
これなら何かあったときは廊下に出るよりショットガンで壁をぶち抜くほうが早そうだ。
・・・どちらが襲撃者かわからないわね、それじゃ。
廊下にも隠しカメラとセンサーが取り付けられないかと思い部屋から出ると
思いがけずこれからガードする少年と出くわした。
「あ、今日は。こちらに越してこられたんですか?」
「ええ、今日から。アナタは?」
「ボクは隣の部屋。レイモンド・フォスターです。よろしく」
そう言って右手を差し出す。
私も名乗らなければならないだろう。
今回用意された仮の名前は・・・
「ステラ・ロバーツよ。よろしくね、フォスター君」
そう言って彼の手を握る。
握手か・・・アタシが右手を他人に差し出すなんてね。
「レイでいいですよ。ロバーツさんは学生ですか?」
「アタシのこともステラでかまわないわ。州立大の学生。キミはどこのハイスクール?」
「実はこの春、飛び級でここの大学に入ったんです。先輩後輩ってわけですね」
「まあ、凄いのね。アタシのほうが色々教えてもらうかも?」
「からかわないでくださいよ。まだ入学したばかりなんですから」
「からかってなんかいないわ。それに越してきたばかりだから、この辺りのこととかも聞きたいし」
「そうですか・・・じゃ、案内がてらちょっとこの辺でも散歩しませんか?」
「あら、いいの?今帰ってきたところなんじゃ?」
「構いませんよ。どうせ部屋に戻っても大して用はないし」
「それじゃ、お願いしようかな」
「はい、喜んでご案内させていただきます」
いい子だわ。素直で、礼儀正しくて、親切で、溌剌としていて
・・・アタシがなくしてしまった物を全部持っているのね。
いいえ、アタシは16歳の頃だってこんなに輝いていなかった。
もう、何人も手にかけて、すっかり汚れていた。
守ってあげよう。
この輝きを失わせないようにしよう。
仕事だからではなく、そう思った。
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二人で歩きながら近所の店とかの話をする。
パン屋はどこが一番かとかダイナーだったらどこがいいかとか
どこそこのドラッグストアは品揃えが悪いとか・・・
本当に、たわいのない話。
そして、自分がその会話を楽しんでいることに気づき、驚く。
こういう生活もあることを知らないわけではなかった。
ただ、自分には無縁の物だっただけ。
「・・・ステラさん?」
「え・・・ああ、ごめんなさい、ちょっと考えごと」
「・・・疲れてるみたいですね。大丈夫?」
「ありがと。引越し疲れかもね」
「あ・・・すいません、無理に誘っちゃって」
「いいのよ、そんな。それにとても楽しかったわ」
彼の顔がパッと輝くような表情になる。
「もうそろそろ部屋に戻りましょうか?今日案内できなかった所はまた今度にでも」
「そうね、また誘ってちょうだい」
部屋に戻るまで、彼の顔は紅潮したままだった。
おやすみなさいの挨拶をして部屋のドアを閉め
女子学生のステラ・ロバーツから
ファミリーの女ヒットマンに戻る。
・・・近づきすぎただろうか?
明らかにレイはアタシに好意を持っている。
年齢差があるのでそうそうアプローチはしてこないかもしれないが
可能性はありそうだ。
もしそうなったら・・・
受け入れてしまうほうが都合いいのかもしれない。
ガールフレンドということにでもなれば
四六時中張り付いていても別に問題なくなる。
問題があるとしたら
ステラ・ロバーツから元に戻りたくなくなってしまうかもしれないこと。
それは絶対にできないとわかっているのに。
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