「翼」
第3話
![]()
恵理子さんがオレのリハビリを始めて1週間が過ぎた。
ゆっくりとだがオレの右足は回復に向かい
だんだん出歩くのも億劫でなくなってきたので
久しぶりに買い物でも、と駅前まで足を伸ばしてみたら
入院していた大塚病院の医者にばったり出会った。
「おや・・・佐久間くんじゃないか」
「あ、どーも。入院中はお世話になりました」
「・・・随分杖の扱いに慣れたようだね」
「え・・・ああ、いや違いますよ。リハビリが上手くいってるんです」
「リハビリ?」
「ええ、ホントいい人紹介してもらって、お陰さまで随分回復しました」
「いや、すまないがどうも話が見えないんだがね」
「やだなあ、高井さんのことですよ」
「高井?誰かねそれは?」
「・・・先生が紹介してくれた高井さんですよ。オレの足のリハビリを見てくれてる」
「いや、私はキミのことを誰かに紹介したりはしていないよ」
・・・なんだ?オレの勘違いか?
いや、確かに最初恵理子さんは『大塚病院で紹介された』と言っていた。
・・・嘘?
「佐久間くん?」
「あ、すいませんオレ勘違いしてましたわ。別の人の紹介でしたその人」
「そうかね。しかし信じられんな。こんな短期間にここまで回復するとは・・・」
「あ、オレちょっと用事あるんでそろそろ失礼します」
無理やり話を打ち切ってそそくさとその場を後にする。
恵理子さんって、一体・・・?
![]()
駅前からそのままキャンパスに向かったが
恵理子さんのことが引っかかっていた。
あまり詮索するのもどうか、とも思ったがどうしても気になる。
まずは教えてもらった電話番号にかけてみた。
緊急のとき以外はあまり電話しないで、と言われていたが
オレ的にはけっこう緊急なカンジだ。
トゥルルルル・・・
『ハイ、光が丘教会です』
「は?」
落ち着いたカンジの男性の声が応対する。
『こちらは光が丘教会ですが?どちら様ですか?』
「あ・・・えー佐久間と申しますが、高井 恵理子さん、いらっしゃいますか?」
『今はでかけていらっしゃいますね。よろしければご用件をお伝えしますが?』
「いえ、結構です。失礼します」
光が丘教会なら知っている。俺のアパートからそう遠くない、小さな教会だ。
そこに住んでるのか?
だが電話に出た男性の口調だとそんなカンジでもないし・・・
謎は深まるばかりだ。
考え込んでいたらいきなり後ろから頭を小突かれた。
「な〜に考え込んでるの?似合わないわよ」
響子だった。
「うるせーな、オレは響子と違っていろいろ悩みが多いんだよっ」
「今日の学食の日替わりならアジフライよ」
「誰が学食のメニューで悩むかっ!お前と違うわっ」
「フンだ、アタシだって・・・」
つい、とそっぽを向いて黙り込む。
「なんだ、お前何か悩みあるのか?」
返事をしない。何を拗ねてんだコイツは。
「アタシの悩みはね・・・」
「うん?」
「明日の日替わりメニューが何かってこと!」
これでわかった。
何か悩んでるんだな、響子も。
強がってばかりいる可愛げのないヤツ、と思われがちだが
強がっているときほど苦しんでるんだ、コイツは。
高校の頃からの付き合いだから
まあそんなトコもわかってきてるんだな。
「あ、そういえば!佐久間くんこないだ貸した心理学のノート持ってきてる?」
「あ、まだレポート途中だからもうちょっと貸しといて」
「え〜!困るよぅ、アタシだってレポート書かなきゃいけないんだから!」
「持ってきてないんだからしょうがないだろ」
「む〜・・・じゃ、今から佐久間くんとこに取りにいく」
「いやだからまだレポート途中なんだって」
「じゃ、一緒にやる」
そうだった。言い出したら聞きゃあしないってのもあったっけ・・・
![]()
「お邪魔しま〜す」
結局、アパートまで響子はついてきた。
「ほら、ノート。じゃな」
「なによう、せっかく来たんだからお茶ぐらい飲ませなさいよ」
「勝手にしろ。それから4時になったらリハビリの先生来るからそれまでに帰れよ」
「え〜、いいじゃない別に。アタシもその先生って会ってみたいな」
「会ったってしょうがないだろ?」
「あら〜、会わせたくない理由でもあるのかしら〜?」
「いや・・・別にそういうわけじゃ・・・って勝手に冷蔵庫あさるなっ!」
「お、ビール発見〜。没収〜」
「こら〜〜っ!」
参ったな・・・
今日は恵理子さんに色々聞きたいことがあったんだが
響子が一緒だとなんとなくなぁ・・・聞きづらいよなぁ。
しかし無情にも刻々と時間は過ぎていく。
そして・・・ドアチャイムが鳴る。
・・・あれ?まだ3時ちょっと過ぎだぞ?
「和樹〜、帰ってるの〜?」
ぐわ・・・静香だ。
「あら、お客さんみたいよ。は〜い、ど〜ぞ〜」
「バカっ、お前が言うな」
いつもと違い、ドアを少し開け警戒するように静香が中を窺っている。
「あー・・・なんだ早かったな。入れよ」
「・・・うん・・・あの・・・いいの?」
多分オレと響子のことを誤解してるんだろーなー。
ん?・・・ってことは
響子もオレと静香のことを誤解してるんだろうか・・・
「さって、アタシお邪魔みたいだから帰るわ」
やっぱし。
「あ、ご、ごめんなさいアタシちょっと寄ってみただけですっ。アタシが帰りますっ」
「いいわよ無理しないで。じゃね、佐久間くん」
はあ・・・
「二人とも、座れよ」
「いいわよもう、ノートももらったし」
「ご、ごめんなさいっ!すぐ帰りますからっ」
「いいからっ!二人とも座れって!」
ちょっと声が大きくなってしまった。
「響子、レポート一緒にやるんだろ?」
「・・・うん」
「静香、今日は晩飯作ってくんないのか?」
「・・・作るけど・・・」
「じゃ、二人ともここに用事があるわけだ。帰ることないだろ?」
二人がお互いをちらちらと見る。
そして、殆ど同時に二人ともまた座った。
![]()
二人が自己紹介を済ませて、固い会話をし始めた頃
「あら〜、今日は随分にぎやかですね〜」
当然のように4時になり、恵理子さんがやってきた。
さすがに恵理子さんは静香や響子を意識するようなことはないみたいだが
二人は恵理子さんを意識しまくっているようだった。
「えーと、恵理子さん、そろそろリハビリ始めますか?」
「あ、今日はお休みにしましょう」
「はい?こういうのって休みとかあるんですか?」
「ええ、あまり急いでも良くないんですよ。だから今日はお休み」
「じゃあ、今日はどうして?」
「私、うっかりしてお休みにすること言いませんでしたから、カズくんが待ってると悪いと思って」
『カズくん?』
静香と響子がハモって驚く。
しばし、沈黙。
「あら・・・私、何か変なこといいましたかしら?」
ぷっ・・・
二人が同時に吹き出して笑い始める。
「ねえ、アタシも今日からアンタのこと『カズくん』って呼ぶわ」
「アタシもそうする〜。ねっ、『カズくん』」
・・・そんなにおかしいか?オレが「カズくん」でそんなにおかしいか?
「でも、ホントは私、カズちゃ・・・」
「恵理子さんっ!」
これで「カズちゃん」なんてよばれたら・・・恥ずかしすぎる。
まあ、何はともあれ恵理子さんのお陰で
凍りついたような空気が和んだのは確かだった。
ちょっと、先が思いやられるけど。
![]()
「いい子ですね、二人とも」
静香と響子が帰り、二人残された部屋で
恵理子さんが誰に言うでもなくつぶやいた。
「どうするんですか?カズくん」
「は?どうするって・・・何をです?」
「とぼけてもダメですよ?気づいてるんでしょ、二人の気持ち」
「え・・・」
「早くハッキリしてあげないと、可哀想ですよ」
「答えは・・・まだ出せないですよ」
「あら、どうして?」
「選択肢が増えたから」
「?」
「オレは・・・恵理子さんのことが知りたい」
きょとんとした顔でしばらく動きが止まっていたが
オレの言葉の意味に耳まで真っ赤になってしまった。
「ダッ・・・ダメですよっ私なんかっ!カ、カズくんからかわないでっ!」
「・・・嫌ですか?」
「えっ?」
「オレなんかじゃ、ダメですか?」
「いえ・・・あの・・・イヤって言うわけじゃなくて・・・」
「オレ、このままじゃ答えが出せないんですよ。恵理子さんのこと、何にも知らない。だから」
うつむいていた恵理子さんが顔を上げる。
「教えてください。本当のことを」
![]()