「Desert Star」
第五話
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宇宙のただなかに浮かぶ中継ステーションでも昼時の空気がなんとなくのんびりしているのは昔も今も変わらない。
昼食を終えてくつろぐもの、仲間と談笑を楽しむもの、軽い運動で汗を流すもの、一人ゆったりと読書するもの・・・
突然、その空気を破るように、けたたましい警告音が鳴り響き
続いて管制オペレーターの乾いた声がステーション内放送のスピーカーから響き渡る。
『こちらはステーション管制局です。ただ今より、3番デッキからDESERT STAR号が出港のため
ゲートへ移動を開始します。お近くの方は、速やかに指定エリアから退去してください。繰り返します。ただ今より・・・」
やれやれ、といったように腰を上げて人々が立ち去り、無人となって静まりかえったデッキエリア。
だが、そこに係留しているDESERT STAR号の中は、乗組員たちが出港に向けて慌ただしく動き回っていた。
「管制局より通達!デッキエリアの退去、完了しました!」
「ナヴィゲーション・システムとの接続、完了!」
「エアーロック、動作チェック完了!」
乗組員から次々と報告が上がってくるたびに、ブリッジの一段高いところ
に陣取った船長、エル・ハウリングが小さくうなずいては手元の操作パネルに入力していく。
「船長、出港準備全て完了です!」
副長のメリルが最後の呼びかけをすると、エルは立ち上がってブリッジを見渡して、ひときわ大きな声で
「直ちに発進します!トラクター接続!」
「トラクター接続します・・・接続完了!」
「重力解除!」
「人工重力、解除スタート・・・無重力まで10秒です!」
「デッキエリア排気開始!」
「排気開始します!・・・エアー抜けまで20秒!」
「重力完全カット!トラクション異常なし!」
「船長、排気完了しました!」
「スラスターパネル、オープン!」
「スラスターパネル開きます・・・・・・オープン!」
「出港ゲート、オープン!」
「出港ゲート開きます!・・・・・・ゲート開放!」
「ロッキングアーム、解除!」
「ロッキングアーム解除します!・・・1番、2番、3番、4番・・・全アーム解除、船体フリー!」
「トラクター作動!」
「トラクター作動します!・・・進路クリア!」
「・・・DESERT STAR、出港!微速前進」
「了解、微速前進・・・トラクタールート異常なし・・・ゲート通過します・・・通過!トラクターオフ!安全宙域まで15秒です」
「座標確認」
「座標確認・・・確認しました。再設定、完了」
「安全宙域に到達!」
「第1巡航速度」
「第1巡航速度まで加速、開始します・・・到達まで1分25秒」
ブリッジにいくつかのため息がもれ、緊張した雰囲気がやや和みはじめる。
「船長、第1巡航速度に到達しました」
メリルの報告を受けると、やや上方に顔を向け
「ZERO、後はお願いしていいですか?」
『はい、船長。後はお任せを。最初のジャンプエリアまで62時間40分の予定です』
ブリッジを再度見渡すと、今度は柔らかな口調でエルが指示を出す。
「皆さん、ご苦労様でした。以後はスケジュール通りに。第2種待機。当直の方は引き続きお願いします」
続いてメリルのほうに顔を向けると
「では、メリル・・・すいませんが後はよろしく。私は・・・船長室にいます」
「はい船長、お疲れ様でした!」
「お疲れ様でしたぁ!」
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全員に見送られるようにしてエルが立ち去ると
残った乗組員たちのざわめきでブリッジが喧騒に包まれる。
「あ〜、腹減った〜!ステラ、行こ!」
「・・・ええ」
「あ、マディ?ごめん、当直だから。先に食べててよ」
「何か持ってこようか?」
「うん、お願い」
皆昼食も取らずに出航準備に勤しんでいたので
非番になった乗組員の殆どがぞろぞろと食堂に向かう。
「ボクらも行こっか・・・フラクは?」
「当直になってるんだよ〜・・・お腹すいた・・・」
ロイの呼びかけに力なく答えるフラク。
「ありゃ、ご愁傷様・・・じゃ、お先に〜」
連れ立って食堂に向かうキースとロイの背中を恨めしそうに見送りながら
「冷たいなぁ・・・後2時間かぁ・・・はぁ」
そのままコンソールに突っ伏してしまう。
そのまま眠ってしまおうかとも思ったが空腹でそれどころではない。
すきっ腹を抱えてぐったりしていると
「こら!ちゃんとモニター見てるの?」
「わ!?」
何時の間にか後ろに立っていたメラニがポンと肩を叩く。
「なぁに、だらしない!一食ぐらい抜いたって死にはしないでしょ?」
「そりゃ死にはしませんけどね、メラニと違ってボクはまだ育ち盛りなんだから・・・」
「・・・悪かったわね・・・どうせもう育たないわよ!」
後ろからフラクの頭を押さえつけ、口の端を指でぎゅ〜っと引っ張る。
「あわ!ひひゃいひひゃい!ひゃふぇふぇひゅひゃひゃひひょ〜!」
周囲からクスクス笑う声が聞こえてぱっ、とメラニの手が離れる。
「いって〜・・・ひどいなぁ、もう・・・」
口元をさするフラクの目の前に突然皿に乗ったサンドイッチが現れる。
「え、これ・・・あれ?」
だがすぐに目の前からサンドイッチが遠ざけられていく。
その行方を目で追うとメラニがサンドイッチを自分の背中に隠していた。
つん、とすましたような顔をして
「せっかく持ってきてあげたのに、そんな憎まれ口きくんだったらあげるのよそうかなっ」
「わ、ちょ、そりゃないですよぅ」
情けない顔になったフラクを見て、メラニの顔がぱっとにこやかに変わる。
「・・・ウソ!・・・ここで一緒に食べようと思って、アタシの分も持ってきたのよ。いい?」
「あ・・・はい!」
フラクの隣にメラニが腰掛け、並んで皿に盛られたサンドイッチを食べ始める。
「でも、大変だったね。乗り組んで二日目に出航なんてさ」
「そうですね・・・でも、なんかバタバタしてるだけで・・・ボク、役に立ってるのかなぁ・・・」
「こら!そんな弱気なコトでどうする!しっかりしろ、男の子!」
バン!と思い切り背中を叩かれてフラクが顔をしかめる。
「まあ、ESP班なんてそうそういつも仕事があるわけじゃないからね。普段は雑用」
「・・・そうなんですか?」
「そ・・・がっかりした?」
「えと・・・少し」
「ところがどうして、早速あなた方の仕事ができましたよ」
「えっ!?」
二人が振り向くと、これまた何時の間にか背後に船長、エル・ハウリングが立っていた。
「船長!・・・お休みになられてると・・・」
「急に用件が出来てしまって・・・ごめんなさい、ちょっと立ち聞きしてしまいました。でも・・・」
そう言ってから二人のほうに腰をかがめ、声を潜めて
「二人の力を、ちょっと貸してください」
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「まず質問ですが・・・出航準備中に二人のうちどちらか『力』を使いましたか?」
「え?・・・いえ、ボクは何も・・・そう言えば一度『力』を感じましたけど・・・アレってメラニ?」
「アタシは使ってないわよ・・・アタシはあなたが使ったんだとばかり・・・」
「やはりそうですか・・・」
「・・・どういうことですか?」
「先ほどZEROから報告があったのですが、出航準備中に船内で弱いESP反応が検出されたそうなのです」
「え?・・・でも、ボクたちは使ってない・・・」
「ESPパターンが二人のものと違っていたそうですから・・・やはり、まだ誰かいるのですね」
メラニの顔色が変わる。
「ちょ、ちょっと待ってください!船員登録では私たち以外にESP能力者はいないはずですよ!?」
「しっ・・・声が大きいです・・・そうですね、船員登録時のチェックではそうなってます」
「じゃ・・・まさか、密航者でも?」
メラニの小声での疑問にエルが小首を傾げ
「う〜ん・・・思い当たる節はあるんですが・・・とりあえず、まだこのことは内密にしておいてください」
「それは・・・構いませんが・・・」
「それと、指示があるまでESPは使わないでいて、何か『力』を感じたら私かZEROに報告してください」
「了解しました・・・いい?フラク」
「あ、はい、了解です」
「それじゃ、お邪魔しましたね。どうぞごゆっくり♪」
「せ、船長!からかわないでくださいよ」
「からかってなんかいませんよ、メラニ。彼が・・・」
そう言ってフラクにちらと顔を向けると、そっとメラニの耳元に顔を寄せ
(貴女の《探しもの》なのかもしれませんよ?)
エルの囁きにメラニがちょっとびっくりしたような表情になり
すぐさま顔を赤らめてうつむいてしまう。
「さて、私も何かいただくとしましょうか・・・ZERO、サンドイッチ以外のメニューは?」
『後はパスタとピラフだけです。急な出航だったもので』
「そうですか・・・じゃ、パスタをいただきましょうか」
『ではお急ぎを。パスタは残りが少なくなっていますので』
「おや大変。では」
エルがさっと身を翻しブリッジを後にすると、フラクがメラニに
「・・・船長、最後は何を言ったんですか?」
「え?・・・あ、えっと・・・た、頼りない部下だからしっかり面倒見なさいって!」
「え〜!?ウッソだぁ、船長そんなコト言ったんですかぁ?」
(はぁ・・・頼りないかどうかはともかく・・・「ニブイ」のは確かみたいね・・・)
この先の苦労を思って、メラニはすこし気が重かった。
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当直が終わってブリッジから自室に戻りながら
フラクは今までのことを思い返していた。
気まぐれに応募したDESERT STAR号の募集に思いがけず突然採用の通知が来て
出向いてみればいきなり慌しく出航することになり
気が付けば今までいたステーションはもう遥か彼方になってしまっている。
今までは出航準備の忙しさに気を奪われていたが、今こうして落ち着いてみると
わずか1日ちょっとの時間でこれほど大きく環境が変わってしまったことに
驚きとともに少なからず興奮していた。
(ホントに・・・DESERT STARに乗ってるんだなぁ・・・)
そして、ふと不安になる。
(皆・・・スゴイ人ばっかりだなぁ・・・)
まだ皆の仕事振りはほんの僅かに垣間見ただけだし
普段は気軽に接してくれる者ばかりだが
それでもこの船の乗組員のレベルが総じて高いのはフラクにも感じ取れていた。
(・・・やっていけるのかなぁ・・・)
「そこにいるのは・・・フラク、ですか?」
「・・・え?・・・」
声をかけられ、はっと俯いていた顔を上げると
船長−エルが小さい窓に顔を寄せるようにして通路の脇に立っていた。
(・・・あ!)
いつものように黒い船員服に身を包んでいたが
だが、今は大きく違うところがあった。
トレードマークとも言える、バイザーと聴覚センサーをつけていない。
初めて見る、エルの素顔だった。
黒い瞳は、光を映さないとは思えないほど輝き
時折窓の外の何かを追うように動いている。
「ちょっと待ってください。今バイザーとセンサーをつけますから」
「あ、はい」
(あれ?どうしてボクだってわかったのかな?)
「しょ・・・っと。今日の当直は終わりですか?」
「はい、先程交代しました」
「ご苦労様・・・どうですか、初勤務の感想は?」
「あ・・・えっと・・・なんだかバタバタしてるだけで終わっちゃって・・・あの、お聞きしてもいいですか?」
「なんですか?」
「あの・・・どうしてボクを採用したんですか?」
「・・・採用されたことが不満なのですか?」
「いえ、そうじゃないんですけど・・・なんか、全然役に立てなくて・・・周りの人は皆優秀なのに、ボクなんかが・・・」
そう言ってうなだれてしまうフラクの肩を、エルがポンポンと叩く。
「・・・貴方を採用した理由は二つあります」
顔を上げたフラクの目の前にエルが指を2本立てて
「一つは、この船には貴方が必要だからです・・・たとえ今そう思えなくても、必ず貴方が必要とされる時が来ます」
「・・・そうでしょうか・・・」
「そうです。だからもっと自信を持ちなさい・・・そして、もう一つ。こちらのほうが大事かもしれません・・・」
エルがちょっと言葉を切って少し顔をフラクに近づける。
「・・・貴方には、この船が必要だからですよ」
「・・・は?」
「貴方の探しているものは、この船にあります。この船は『探しているものを見つけるための船』ですから」
「え?いや、その・・・ボクが何を探してるって?」
「たとえ自分で気づいていなくても、いずれ見つかります・・・さて、そろそろ私もブリッジに戻らなくては」
「はあ・・・」
狐につままれたような顔をしているフラクを後にしてエルがブリッジに向かう。
その背中に、我に帰ったフラクが尋ねかける。
「船長も・・・何かを探しているんですか?」
ピタ、とエルの足が止まる。
そのまま振り向かず、天を仰ぐようにしてエルが答える。
「私は・・・そうですね、私にも探し求めているものはあります」
「それって・・・なんですか?」
「答えです」
「答え?」
「・・・そうです・・・もう、いいですか?」
「え?・・・あ、すいません」
ブリッジへと足早に向かうエルの背中が、フラクの目には心なしか寂しげに写っていた。
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