第9夜 「夜の海」

「うわ、真っ暗だな。足元へーきか?」
「ダイジョブだよ・・・っとっとっと」
「ほらあ!手!」
「あ・・・うん」
照れくさくてそっぽを向いて手だけ差し伸べた。
その手をオズオズと、小さな手が握り
やがて二人で夜の海辺を歩き出す。
別にどこへ行こうという訳ではない。
ただ、こうして歩いてみたかっただけだ。
「あ、あそこの防波堤明かりが点いてるよ」
月明かりだけの夜の海岸で
その防波堤の明かりだけが遠くからでもはっきりと見える。
「ちょっと遠いな・・・行ってみるか?」
「うん。このまま暗い所にいると誰かさんがオオカミになりそうだからね」
「オレはさっきからずっとオオカミだぞ〜!」
「じゃあ、手を離さないでね、オオカミさん」

「誰もいないね・・・」
明かりがともっている分、無人の防波堤はかえって寂しげだった。
幅は4メートルぐらい、先端まで30メートルぐらいだろうか。
幾つかの街灯に照らされてはいるが
それほど明るいわけでもなかった。
「先まで行ってみようか?」
「なんにもないみたいだけどね」
二人手を繋いだまま、先端に向かって歩き出す。
潮風に彼女の髪がなびく。
彼女の髪をかきあげる動作がなんとなく艶めかしく感じ
心臓の鼓動が早くなる。
防波堤の先端で、繋いだ手を引き寄せた。
「・・・やっぱりオオカミさんだ・・・」

どれくらいの時間が過ぎたのだろうか。
突然、防波堤の明かりが全て消えてしまった。
「きゃ!?」
「なんだ?時間が来ると自動的に消すのかな」
「真っ暗だよ・・・」
それまでの明かりに目が慣れているせいか
月明かりだけでは足元もおぼつかない。
「戻るか・・・」
また手を繋いで、もと来た道を引き返し始めた。
その時だった。
誰かが、背後にいる。
今まで二人だけだった防波堤。
先端から引き返すのなら
後ろには誰もいない。そのはずだった。
だが・・・
それは、ただ気配を感じさせるだけだったが
確かにその存在を感じ取れた。
横を見ると、彼女もその気配を感じているのだろう。
緊張した面持ちでうなずいた。
「・・・行こう」
振り向いてはいけない。
走って逃げてもいけない。
どうしてか、それがわかっていた。
ゆっくりと、歩いて、この防波堤から出なければならない。
出られなければ・・・
どうなるのか、試す気はなかった

ズルリ・・・ビチャ・・・
オレたちが引き返し始めると間もなく
背後から何か濡れたモノの音が聞こえた。
それは波の音ではない。
固いコンクリートの上で、濡れ雑巾を落としたような音。
音は、だんだんと近づいていた。
ズルリ・・・ビチャ・・・
いつか、その音だけが聞こえていた。
もう、波の音も、潮風も聞こえない。
背後から聞こえるその音だけ。
たった30メートルぐらいのはずなのに
砂浜ははるか遠くのように感じた。
追いつかれる。
このままでは。
だが、走ってはいけないのだ。
走って逃げれば、ソレはオレたちが感づいたことに気づく。
だから、少しだけ
ほんの少しだけ、歩く速度を速める。
それでも音は遠ざからない。
また少し、早足になる。
音は遠ざかるどころか、かえって近づいているようだった。
もう、すぐ後ろ。
もし振り返れば、手が届きそうなほど。
(・・・もう、ダメだっ・・・)
走った。
走って、逃げた。
あっという間に防波堤を降り
オレは足を砂浜に踏み入れていた。
そして、振り向いた。

振り向いてもそこには何もなかった。
そこにあったはずの防波堤も。
そして気づく。
彼女の手を離していることに。
そして、オレ以外誰もいないことに。
・・・いや。
波間に何かがその一部を水面の上にのぞかせている。
それは何かを抱えた人影のようにも見えた。
しばらくこちらを窺うようにしていたが
やがて沖へと遠ざかっていった。

・・・・・・・・・・・・・・・・・Fin・・・・・・・・・・・・・・・・・

どうだったかね?それではまた、別の夜に。

次の夜も覗いてみる

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