第15夜 「雪景色」

「うわ、寒ぃ〜!」
「結構風が強いねー」
小さな喫茶店のドアを開け外にでてきたのは
まだ若い一組のカップル。
吹き付ける寒風に青年が身を縮こまらせる。
「お前、ンな格好で寒くねーの?」
「んー、平気。だいたい、キミ雪国出身のくせに寒がりすぎだよ」
「雪国まれだって寒いものは寒いって!」
「今日はもっともっと寒くなるよ・・・ほら」
そう言って少女がどんよりと鉛色に曇った空を見上げる。
天を指した少女の指先に、ふわりと舞い落ちる白い欠片。
「お、雪だ」
「これは積もるかなー♪」
「そうだなー・・・このまま降り続けば積もりそうだな・・・」
空の鉛色がそのまま降りてきたかのように、色を失い灰色に染まった街並みに
白く鮮やかな雪が降り注いでいく。
寒さのせいか、人通りが殆どない道を
肩を寄せあいながらゆっくりと歩く二人。
やがて人気のない公園にたどり着くと
つもり始めた雪を手で払ってベンチに並んで腰掛ける。
次第に勢いを増して降り始めた雪空を見上げながら
青年がほぅ、とため息をつく。その顔を覗き込むようにして少女が尋ねる。
「・・・田舎のことでも思い出した?」
「ん・・・まあな」
「昔のこととか?」
「ああ」
「昔の彼女のこととか?」
「ああ・・・って、おい」
「やっぱり、田舎に彼女いたんだぁ」
「違うって。まあその、俺の初恋ってぇか・・・まあそういうことをだな、雪を見ると思い出すわけだ」
「・・・初恋?」
少女の顔がちょっと強ばるのを見て、青年が少しあきれたように
「だからぁ、もうずっと昔の、俺が中学校の頃の話だって。何やきもち妬いてんだか」
「ふーん・・・ね、詳しく聞きたいな」
「ダメ」
「ケチ」
「ダメなものはダメ。約束したんだから」
「約束?」
「そ。誰にも言わない、って約束」
「そんな約束、破ったって、私が誰かに喋らなきゃわかんないんだから、別にいいんじゃないの?」
「そういうもんじゃないの。誰かに知られないことが重要なんじゃなくて
 約束を守るそのことに意味があるんだから」
「ふーん。じゃあさ、せめてどんな人だったかぐらい教えてよ」
「それぐらいなら・・・いいのかな・・・ま、綺麗な人だったよ。多分ちょっと年上で」
「多分?」
「よくは知らないんだ。一度会っただけだから」
「へー。一目惚れってわけだぁ。で、それからずっとその人のこと想ってたわけ?」
「うん、まあ・・・お前に会うまでは、な」
「・・・えへへ」
「でも、忘れたわけじゃない。俺にとっちゃ命の恩人でもあるし・・・」
「あ、そうなんだ・・・どんな状況だったの?」
「ん・・・これ以上はダメ。約束破ることになっちまうからな」
「ケチー。ここまで喋ったんだからいいじゃん」
「ダメだって。それに・・・約束守ってれば、またあの人に会えるような気もするんだよな」
「・・・そっか。だからちゃんと約束、守ってたんだね♪でもさ・・・」
少女が立ち上がるとぴょん、と一歩前にでて、青年の前に立つ。
「なに?」
「また会えるような気がする、じゃなくて・・・もう出会ってるんだけど?」
「・・・へ?」
「あれが初恋だった、なんて言われちゃったら、もう私の方が降参だよ」
「・・・え?え?」
狐に摘まれたような青年の顔に、かがみ込んでゆっくりとその両腕を回すと
「アタシが、あの時の雪女」

「・・・ウソだろ?」
「面影、あるでしょ?」
「そりゃ・・・似てるっていうか・・・お前に声かけられたときはびっくりしたけど
 でも、あのときは俺より年上っぽかったぞ?今のお前って俺よりガキっぽいじゃん」
「悪かったわねー。だけど、なんといわれようと
 吹雪の中道に迷ったキミを即席でかまくら作って助けてあげたのはアタシなんですからね?」
「・・・マジ?」
「うん、マジ。ねえ、感動の再会を果たしたご感想は?」
青年が首に回された腕を体を振って振りほどき、ぷい、とそっぽを向く。
「お前・・・ヒデェよな」
「え・・・な、何が?」
「俺・・・ずっと探してたんだぜ。冬になったら危ないの承知で山に入ったりさ・・・
 それなのに、知らんぷりで俺の前に現れて他人の振りして
 おまけに俺が約束破らないか今試しただろ?」
「あ・・・ゴメン・・・」
「もう、いいよ・・・うんざりだ・・・」
「探してくれてることは・・・知ってたんだよ・・・」
「だったら・・・なんですぐ会いに来てくれなかったんだよ・・・」
「・・・牢屋に入れられてたから」
「え」
「本当はね・・・あそこで、キミを助けちゃいけなかったの。凍え死にさせるはずだったんだ。
 でも・・・できなかった。それどころか助けちゃった。
 で、仲間の掟で最近まで牢屋に入れられてたんだよ・・・」
「そうだったのか・・・悪い、知らなかったから・・・」
「ううん、いいよ。でね、お許しが出て外にでてきたんだけど
 偉い人にキミがちゃんと約束守ってるか確かめてこいって言われて・・・」
「そっか・・・大変だったんだな」
「ううん、全然平気。牢屋の中でね、ずっとアタシ考えてた。どんな男の子になってるかなーって・・・」
「俺を見つけて・・・つきあうようになって、どう思った?」
「想像してた通りだった・・・優しくて、真っ直ぐな人だった・・・
 あのね、探しにきたのは命令されたからってだけじゃないんだ。
 そんなこと言われなくても、キミのこと、探しに来てた」
「なんで?」
「だって・・・アタシもあれが初恋だったんだもん」
そう言うと、少女の長い黒髪が、見る見るうちに白銀色に変わり
気がつけば着ていたものが白い和服になっている。
「お、おい!?」
「ゴメンね、イヤな思いさせて・・・
 でも、キミがちゃんと約束を守ってくれる、素敵な男の子になっててよかったよ。
 これで・・・安心して帰れるから・・・」
ふわり
舞い落ちてきていた雪が急に吹き始めた風に舞い上がり
その舞い上がる雪の渦の中に
少女の体もふわりと舞い上がる。
こぼれる涙がそのまま凍りついて
輝く小さな氷の玉になって風の中パラパラと散っていく。
「さよなら・・・黙っててくれて、ありがとう・・・」

「こら、早とちりすんなよ!」
そのまま虚空に消えていきそうになる少女に
吹く風にかき消されないよう青年が大きな声で叫ぶ。
「今はまだ喋ってないけど、そのうち俺喋っちまうかもしれねえぞ!いいのか!?」
「キミのこと、信じてるからー!」
「馬鹿野郎!こう見えても俺は結構口が軽いんだ!そんな簡単に信用すんな!」
困ったような、ちょっと怒ったような顔で少女が叫び返す。
「何よそれー!じゃどうすればいいのよー!?」
「心配だったらなー、ずっと見張ってればいいだろー!ずっと俺のそばで、俺のこと見張ってろ!」
少女の顔が一瞬驚いたような表情になり
そして泣きながら笑い始める。
風がやみ、少女の体がまた地面に降りてきたときには
もとの黒い髪、普通の服に戻っていた。
「ずっと・・・見張ってていいの?」
「好きにしろよ」
「見張ってるには、ずっとそばにいなきゃなんないよ?」
「だから、好きにしろってば。それとも・・・俺のそばにいるのはイヤか?」
少女が黙ったまま、また青年の隣に腰を下ろす。
雪はゆっくりと、静かに積もり始め
二人がいる公園も次第に白一色に塗りつぶされていく。
ただ、二人が腰掛けるベンチだけが
雪が避けて降っているように
白銀に包まれずに残っていた。

どうだったかね?それではまた、別の夜に。

次の夜も覗いてみる

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