第14夜 「花火」

夜の帳が降りてきて
星の瞬きが鮮やかになったら
人気のない海岸へ行こう
種火と水の入った桶と
そして胸にいっぱいの花火を抱いて

ぱちぱちぱちぱちぱちぱち・・・
小さな、小さな明かり
線香花火の先端からほとばしる、針のような火花に照らされて
暗い海岸に二つの影が浮かび上がる
ぱちぱちぱち・・・しゅっ
「あ」
手の先の線香花火から
赤く燃える小さな火の玉が落ちて
後はぼんやりした月明かりと
種火にしている小さな蝋燭の明かりだけ
「へったくそだな、あいかわらず」
「うー。下手じゃないもん。風が吹いたからだもん」
「怖がって体から離しすぎるんだよ。ほれ、もっぺんやってみ」
ぱちぱちぱちぱちぱちぱちぱちぱちぱち・・・
今度は、なかなか落ちない
影の一つが、吹き付ける風から花火を遮るように
花火を持つもう一つの陰を風から守るように
そっとその位置をずらしたから
飛び散る火花に照らされる二つの人影
寄り添うように、支えあうように
じっと動かずに火花に照らされている
「ずっと、こうしててくれてたんだね」
「なにがだよ」
「ずっと、こうして風を遮っててくれてた。火が消えないように」
「まあな。でも、どんなに頑張ってもいつかは消えちまう」
ぱちぱちぱち・・・しゅっ
「な?」
「消えたら、またつけるから」
ぱちぱちぱち・・・
「じゃ、また風よけでもしてやるか」
ぱちぱちぱち・・・
「でもな。花火だっていくらでもあるってわけじゃないんだぞ?」
「知ってるよ。だから、なるべく長く見ていたいんじゃない」
「その割には下手だな」
「うー、意地悪」

ぱちぱちぱち・・・しゅっ
また周りが暗くなり
そっと手から手へ差し出される線香花火
「ほら、これで最後だ」
「うん」
「どした?火、つけないのか?」
「この花火の火が消えたら、もうおしまい?」
「おしまいだな。もうないんだから」
「じゃ、一人でやる」
「ああ?」
「私一人でやるから。私一人でも、できるから」
「そうか?」
「うん。もう、風よけしてくれなくても、私一人でも、大丈夫だから」
「そっか。じゃあ、側で見てる」
「うん。一人で頑張るから、見てて」
「ああ。頑張れ。ずっと見てるから」
ぱちぱちぱちぱちぱちぱち・・・
「綺麗だねー」
「ああ、綺麗だな」
ぱちぱちぱちぱちぱちぱち・・・
「ほら、一人でできた」
「ようやっとだな」
ぱちぱちぱちぱちぱちぱち・・・
「今までみた花火で、今日の花火が一番綺麗だよ」
「これから、もっと綺麗なのだって見られるさ」
「ううん。今日のは、きっと特別」
「ああ・・・そうかもな」
ぱちぱちぱちぱちぱちぱち・・・
「あのさ」
「なに?」
「ありがとう、な」
「ううん。こっちこそ、ありがとう、だよ」
ぱちぱちぱちぱちぱちぱち・・・
「ほら、こんなに綺麗」
ぱちぱちぱちぱちぱちぱち・・・
「ね、綺麗だよね」
ぱちぱちぱちぱちぱちぱち・・・
「ねえ?」
ぱちぱちぱちぱちぱちぱち・・・
「まだ消えてないよ?まだ消えてないんだから・・・」
ぱちぱちぱちぱちぱちぱち・・・
「うそつき・・・ずっと見てるって言ったじゃない・・・」
ぱちぱちぱちぱちぱちぱち・・・
「まだ消えないで・・・消えないでよ・・・」
ぱちぱちぱちぱちぱちぱち・・・しゅっ
「あ」
手の先の線香花火から
赤く燃える小さな火の玉が落ちて
後はぼんやりした月明かりと
種火にしている小さな蝋燭の明かりだけ
これまで同じことを何度も何度も繰り返して
でもこれが最後になって
今までと少し違うのは
赤い小さな炎に照らされる影が一つだけなこと
一つだけの小さな影が、ふるふると肩を震わせていること

小さな蝋燭の風よけの覆いを外すと
少し明るさが戻ってくる
しばらくうずくまったまま
ただ月の浮かぶ夜空を見上げる。
「送り火、か」
やがて立ち上がり
この場所に来たときに砂浜についた
一筋だけの足跡をたどって
ゆっくり、ゆっくり帰っていく
辺りをまた闇が塗りつぶしていく
ただ月明かりだけが優しく夜道を照らす
行き先には街灯や、時折走り去る車のヘッドライトや、民家の明かり、商店の明かり
色とりどりの沢山の灯りが見える
道はまだ遠く
闇に慣れた目にはまだその明かりは目映いけれど
ゆっくりと、ゆっくりと
それでも一歩一歩、戻っていく
一度だけ振り返り、そしてつぶやく
「おやすみ」

どうだったかね?それではまた、別の夜に。

次の夜も覗いてみる

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