第13夜 「花びらにのって」
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今年もまた春が来た。
桜の咲く季節がやってきた。
恒例の行事が終わると
私はその場所に向かう。
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うららかな春の日差しがさす校舎裏には、一見すると誰もいないように見えた。
でも、良く見るとあちらの木の影に、こちらの校舎の壁際に
何組みかの男女の姿が見える。
ひらひらと落ちては風に舞う桜の花びらが視界を遮るけれど
彼らが見つめあい、寄り添い
やがて抱きしめあい、口付ける姿までは隠せはしない。
教師としては止めるべきだろうか?
やめておこう。
私もその内の一人なのだから。
上着のポケットに入っていた手紙。
それはまるで手品のように、いつのまにか現れた。
『式の後、校舎裏で待っています』
差出人の名前のない、短い手紙。
でも、誰が出したものかはわかっている。
ゆっくりと桜の木が立ち並ぶ校舎裏を歩く。
彼の姿を探して。
制服姿で彼は待っていた。
「遅いよ〜」
「教師のほうは式が終わってもいろいろあるのよ」
「来てくれないのかと思っちゃった」
そう言って寂しげに笑う笑顔に胸がキュッとなる。
「そんな薄情な女だと思ってた?」
「先生だって、ボクから呼び出されるとは思ってなかったんじゃないの?」
「そりゃ・・・手紙見たときは驚いたわ」
しばらく黙ったまま、ゆっくりと歩く。
どこへ向かうでもなく、ただブラブラと。
彼もまた私の後をブラブラとついて歩く。
やがて彼が口を開く。
「式、出たかったなぁ」
「出れば良かったのに。制服だって着てるんだし」
「そりゃマズイでしょ。バレたら大騒ぎ、ってゆーか絶対バレるし」
「そうねぇ。じゃあ・・・」
立ち止まり、振り向いて彼の目を見る。
「卒業、おめでとう♪2年半だったけど・・・半年は、オマケしてあげる」
二人して笑う。
泣きだしそうなのに。
私が少し背伸びをして。
彼が少し背をかがめて。
出会った頃は見つめあってキスしていたのに
いつのまにかこんな姿勢になって
降り注ぐ桜の花びらの中、私たちは口づける。
不意にこらえられなくなって涙がこぼれ、溢れて止まらなくなる。
きっと、これが最後のキスだから。
「今日、先生に謝らなきゃいけないんだ」
彼がまた寂しそうに笑う。
「卒業したら、迎えに来るって約束、できなくなったから」
「それは・・・しょうがないよ」
「だから、先生も卒業してよ・・・ボクから」
「・・・できるかな」
「できるよ、きっと・・・でないと、ボクも帰れないし」
「そっか・・・もう帰るんだね」
「うん・・・ほら」
そう言って差し出された彼の手が
はらり、はらりと崩れていく。
小さな桜の花びらに。
彼の体を形作っていた花びらが
風に吹かれて1枚また1枚と剥がれ落ちていく。
手の先から、肩から、足先から・・・
微笑みながら彼がその姿をばらけさせていく。
風に舞う花びらに。
「先生・・・ありがとう・・・ゴメンね」
「まだ・・・行かないでよ・・・嫌だよ・・・行っちゃ嫌だよ・・・」
抱きしめて引きとめたいのに
そうしたら全てが崩れていってしまいそうで
だから何もできなくて
あの時、彼が逝ってしまった時のように
何もできなくて
崩れていく彼の前で
あの時と同じようにただ泣いた。
私の前にうずたかく積もる桜の花びら。
ついさっきまで彼の形をしていたもの。
まだ元気だった頃の彼の姿をしていたもの。
生きて、私を愛してくれた頃の彼の姿をしていたもの。
今はもういない、彼の姿をしていたもの。
やがて強い風が吹きつけ
積もっていた花びらが舞い上がって私の周りで渦を巻く。
まるで名残を惜しむ彼が私を抱きしめるように。
桜の渦は私をそっと撫でていく。頬を、髪を、肩を、うなじを。
そして渦を巻きながら上っていく。
遥か上へ、上へ、上へ・・・天まで上がっていくのだろうか。
この花の渦に抱かれて、私も上がっていければいいのに。
でも私は地上に一人残されて
ただただ泣いているだけしかできなくて
そして私たちの卒業式が終わった。
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そして
今年もまた春が来て
桜の咲く季節がやってきて
恒例の行事が終わったら
今年もまた私はその場所に向かおう。
来るかもしれない彼を探して。
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どうだったかね?それではまた、別の夜に。