第10夜 「選択」

その人は窓の外にいた。
眠ることができず、ぼんやりとベッドの中から眺めていた病室の窓。
月明かりを背にして浮かび上がったシルエット。
やがて、その人は中に入ってきた。窓を開けずに。
(ああ、これが死神なんだな)
「違うわ」
私の心を見透かすように、その人は言った。
「彼が来るのは、まだ先のこと」
低く落ち着いた感じの女性の声。
「貴方が私を呼んだのよ」
「私が呼んだ?」
「そう。貴方の声が聞こえたからここに来たの」
「私は、誰も呼んでません」
「呼んだのは、貴方の魂。私には、そういう声が聞こえるの」
そう言って、窓辺からベッドのそばに音もなく歩み寄ってくる。
「私の魂は・・・何と言っていましたか?」
「それは、貴方自身が一番よくわかっているはずよ」
月明かりに照らされたその人は
若く美しい女性に見えた。
「だから、選択肢を貴方にあげにきたの」

「選択肢?」
「そう。貴方の命はそう長くない」
「わかりますか」
「ええ。貴方からはもう『死』の匂いがする」
この病院のベッドで死を待つばかりが私に残された時間。
それも、そう長くはない。
「他の選択肢があるのですか?」
「貴方が思っているのとは、少し違うかもしれないけど」
「どう選べるんですか?」
「死ぬことは、避けられない。死んで消滅するか・・・」
彼女の目が赤く輝く。
「死してなお、この世界にとどまるか。どちらかお選びなさい」
「幽霊になるってこと?」
「いいえ。今の肉体を持ったまま。制限付きだけれど」
「制限?」
「太陽の下には出られない。聖なる場所や物は毒になる。他にも色々、ね」
「・・・なんとなく、貴方のことがわかりました」
「そう。でも、実際は貴方の考えるソレとは違うかもしれない」
「少し、考えさせてもらえませんか?」
「では、また明日の夜に来ましょう。今日はもう、夜が明けそうだから」
ベッドから離れ、窓際にたってこちらに振り向く。
「私はいくらでも待てる。でも、貴方は違うわ。選ぶなら早くなさい」

「答えは出たのかしら?」
「いえ。その前に質問したいことがあります」
「慎重なのね」
「一生の問題ですからね」
「そうね」
彼女が小さな笑みをこぼす。
初めてみた人間的な感情。
「もし貴方の提案を受け入れたら、やはり血を吸わなければなりませんか?」
「アレは嘘。血を吸った相手を操ることはできるけど、必要ではないわ」
「貴方の他に、同じような人は何人ぐらいいますか?」
「・・・私一人よ。私が、最後の一人」
寂しげな表情になる。
血も涙もない存在というわけではないようだ。
「・・・一人になって、どれくらい?」
「そう・・・まだ、200年ぐらいね」
「どうして仲間を増やさなかったんです?」
「・・・強制的に同族にした者は、とても邪悪になってしまうの。それが嫌だったから」
「本人が同意してなれば・・・そうはならない?」
「私のように、ね。私が邪悪な存在に見える?」
「いえ・・・」
とても魅力的だ、と言いかけてその言葉をとめる。
何の意味もないような気がしたからだ。
「さあ、他に質問は?」
「・・・貴方は何歳なんですか?」
「女性にする質問ではなくてよ」
「すいません」
「いいわ・・・もう、ハッキリとは覚えていないけど・・・」
思い出すように小首をかしげる。
「1500歳ぐらい、かしら」

「どうして私を助けてくれるんです?」
「別に貴方を助けたかった訳ではないわ。ただ、寂しかっただけ」
永遠の孤独。
私にはとても耐えられそうにない苦痛に
彼女は200年耐えてきた。そして、これからも。
「ただ、一緒にいてくれる誰かが欲しかったのよ」
二人なら耐えられるのだろうか?
永遠の夜の世界に。
時の流れから取り残されることに。
「貴方のことは知らないことばかりだけど・・・」
彼女の目がじっと見つめる。
また、心を見透かされているような気がする。
「貴方となら、耐えられるような気がするの」
透き通るように白い彼女の顔が
その時、ほのかに赤く染まるのを見た。
そして、私の答えが決まった。

こうして私は夜の世界の住人となった。
そのことを後悔はしていない。
今はまだ。
やがて、流れるときの重さに押しつぶされそうになるかもしれない。
「そうしたら、太陽に会いに行けばいいわ」
「そして全てを終わらせる?」
「そう。でも、その時には・・・私も誘ってね」

・・・・・・・・・・・・・・・・・Fin・・・・・・・・・・・・・・・・・

どうだったかね?それではまた、別の夜に。

次の夜も覗いてみる

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