皆様初めまして、34回生の岩崎 浩治と申します。
現在私は3等空曹(下士官)として、航空自衛隊入間基地(埼玉県狭山市)に所在する中部防空指令所で警戒管制員として勤務しております。
 日本の領空を守るため、24時間365日止まることの無い防空レーダーによる警戒監視・要撃管制任務に従事し、緊張した日々を過ごしています。
 私が勤務する部隊は陸上は仙台から岡山、そして洋上は広大な太平洋と日本海を担当空域としており、この自分の目で故郷の空を守ることが出来るため、宝塚を遠く離れた今でも心は我が故郷宝塚にあります…。

県宝時代は2年から卒業までは「県宝最後」の英語クラスに所属し、2年間メンバーが変わることなく同級との交友を楽しんでおりました・・・そしてその友との仲は宝塚を遠く離れた今でも続いています。
 
 幼少時代より鉄道運転士を夢見て、県宝3年の秋に鉄道会社の試験を受験しましたが、未曾有の不景気と採用数減によりその夢を叶えられることなく、失意の内に大学進学の道を選びました。
 しかし私は県宝で過ごすことが出来た3年間のおかげで、仲間と共に一つの目標に向かって全力で進むことの尊さを学ぶことが出来ました。
県宝では生徒会財務委員長、放送部長、写真部長を務めさせて頂き、今でも文化祭前の準備で多忙だった日々を懐かしく思い出すことが多々あります。 県宝で培った課外活動への情熱は失せることなく、大学においても大学放送局技術研究部員として、また2回生の時には放送局からの派遣という形で大学祭実行委員会三田技術部長として、大学祭を微力ながらも支える日々を過ごしました・・・。
 楽しい大学生活はあっという間に過ぎ去って大学3回生になり、いよいよ2回目の就職活動を開始しました。しかし県宝時代以上の未曾有の不景気が自分を再度襲い、自らの進路に悩む日々が続きました…。私は機械が大好きであるものの、自分は完全に文系であり大学の学部は文理混合というものでした。そのため自らの希望する分野の仕事は受験資格すら無く、その他に受けた会社も全て不採用という有様でした。
 
 そのような日々を送る中、職業が違っても現場で勤務することへの情熱が忘れられず、現場のスペシャリストになることが出来る航空自衛隊に入隊することを決めました。 
 入隊後に隊員としての基礎教育を受ける航空教育隊(山口県防府南基地)では厳しい訓練の日々でした…。自分は元々運動神経はかなり悪く、正直なところ今でもかなり不器用なので苦労しています。
しかし駆け足だけは県宝の勾配のあるグラウンド周辺で体育教諭の先生方に鍛えて頂いたこともあり、これだけは成果を出すことが出来ました。
3等空曹昇任前教育隊に再度入校した際に行われた中隊駅伝大会では区間2位の成績を出すことが出来、最終的に我が班は準優勝することが出来ました…。
 ここでも県宝で学んだ「仲間と共に一つの目標に向かって全力で進む」ことの重要性を改めて認識しました。
 3等空曹昇任後は部下を持つ隊員として、自分の能力を高めるだけではなくいかに後輩を指導育成して仕事への使命感を持たせるのか、さらに日々の隊舎での生活指導をいかに行うのか等悪戦苦闘の日々を過ごしております…。
 
 そのような日々を過ごす中、2007年7月新潟県中越沖地震が発生しました。入間基地は新潟県中越地震発生時と同じく、被災地に最も近い航空自衛隊基地であるため救援物資輸送の最前線基地として使用され、災害派遣部隊を被災地に続々と送り出しました。
 そして私は大型自動車運転免許を持つため、部隊から災害派遣隊員として被災地に赴くよう命令されました。航空自衛隊は陸上自衛隊からの支援要請を受けて新潟県柏崎市・刈羽村で給水を実施中であり、私の任務は給水車の運転と給水実施でした。
 私が自衛隊を志すようになったもう一つの大きな理由として阪神・淡路大震災時の災害派遣活動を当時中学2年であった自分が目の当たりにし、現場で社会の役に立つ仕事がしたいとの思いを抱いたことが挙げられます…。
 災害派遣中は僭越ながらも、12年前の阪神・淡路大震災で助けて頂いた新潟県民の皆様のお役に少しでも立ちたいとの思いで任務に従事しておりました。
陸上自衛隊の災害派遣部隊の中には、伊丹駐屯地や千僧駐屯地から来た部隊もいたため、もしかしたら同じ志を抱いた県宝同窓の隊員がいらっしゃったかもしれません…。
 航空自衛隊の給水先は陸上自衛隊が設営した臨時入浴施設であり、夕方以降市民の方々が入浴を開始されてから水の消費が激しくなります。そのため給水は早朝の開始から深夜に至ることもありました…正直、派遣期間中は精神的・体力的にも大変でした。
 しかし被災地市民の皆様からは自らの生活再建で大変な中にも関わらず、我々自衛隊災害派遣部隊に対する御心遣いや感謝の言葉を頂き、それまでの苦労が全て吹き飛び自分の胸の中が熱くなりました。災害派遣に行くことが出来て本当に良かった…そして自衛官として奉職しこの仕事に骨を埋めようと強く思いました。
防空指令所内部(防衛省防衛白書HPより転載)
「防空指令所で勤務中の隊員」





陸上自衛隊が設営した臨時入浴施設に給水中



幼少時代の夢を叶えることは出来ませんでしたが、今は自らの仕事に誇りを持つことが出来る自分がいます。
その誇りが決して「独り善がり」にならぬよう、自らの仕事の原点を忘れることなく今後も日々の任務に邁進したいと思います。
 
 現役県宝生そして社会に出ようとされている県宝卒業生の皆様の御活躍と、全ての県宝卒業生の御健勝を祈りつつ
私の稚拙な文章を終わらせて頂きます。