「明細書」提示で医療費の透明化を

(「週刊金曜日」 2002年1月25日号)


医療情報の公開・開示を求める市民の会
事務局長 勝村久司


<中身を変えようとしない言葉だけの「改革」>

「抜本改革」「構造改革」というのは、本来、中身を根底から変えていく作業だ。ところが、医療における小泉改革は、全く中身に触れず、相変わらずその場しのぎの対応に終始しており、話にならない。「三方一両損(※1)」という小泉氏の言葉も、医療費総額のやりくりだけで、その中身に全く目を向けず、問題の本質を先送りしている証である。
 医療保険財政が危機的状況だ、と叫ばれてから10年以上が有に過ぎている。この間も、国民医療費は歯止めなく膨張し続け、健保組合等の保険者の財政はまさに後がない。
 しかしこの間、国はあまりにも何もしてこなかった。例えば家庭でも、家計に対してある業者からの請求額が毎月、鰻登りに増え続ければ、普通ならば、「それは家族の誰が何に使っているから請求されているのか」「それは本当に必要な出費なのか」「また支払いに値するものなのか」「そもそもその請求は正当なものなのか」等を検討するだろう。しかし、国の医療政策は、その中身を聖域化し封印して、いかに請求合計額を支払うかのみの議論に終始してきたのである。そして、その業者のサービスには、家族の誰もが満足していないにもかかわらず、毎月の収入から支払えなくなれば、貯金をはたき、家族の小遣いを減らし、ついには隣近所からお金をもらい、更に借金も膨らませて、払い続けてきたのである。その家の主【ルビ:あるじ】は、家族や子どもたちの未来のことを本当に考えているのか。実は、主【ルビ:あるじ】だけ、請求業者から献金をもらっていたりする。しかも、その家の主【ルビ:あるじ】はころころ入れ替わっていたりするのだ。
 そんな事情で、この国は医療の中身を変えることができずに来たし、医療保険制度も破綻寸前まで追い込んでしまったのである。そこで、登場した「日本を変える!自民党を変える!」と眼光鋭く叫ぶ小泉氏には、私も少なからず期待した。しかし、その改革が「三方一両損」とは、本当にがっかりだった。これはつまり、更に増えた家計への請求額に対して、「更に支払いの努力はするが、ちょっと請求の増加率をまけてもらえないか」と頼んでいるに過ぎないのである。
「改革」という言葉だけで、中身に踏み込むことさえできないようでは、これまでと何も変わらない。こんなことでは、医療はもとより、自民党も日本も到底変えることはできないだろう。小泉氏が本当に、目先の私利私欲よりも未来を見据える政治家ならば、今からでも遅くはない。医療の中身の改革に踏み込むべきだ。

<医療費の中身を国民に示せ>

 実際、医療費の中身にはあまりにも不明瞭である。
労働組合の連合は、一昨年より継続して「お医者さんにかかったら領収書をもらおう!」キャンペーンを精力的に展開しているが、このことは、いまだに領収書さえまともにくれない医療機関が多数あることを示している。国立病院などが発行している最も詳しい領収書でも、そこに記載されているのは、投薬量いくら、検査料いくら、保険適応がいくらなどの小計、すなわち合計のみで、明細は全く示されていない。
 何という薬をどれだけ使ったか、単価はいくらか等の明細が記された請求書であるレセプト(※2)は、医療機関から直接、健保や国保などの保険者に送られ、厚生省は長い間、患者には見せないよう指導してきた。一般に社会では、明細のない請求に対してお金を支払わない。ところが医療においては、全ての国民が明細がわからないままお金を払い続けさせられて来たのである。
 レセプトは、患者に見せない代わりに、医療機関から保険者へ送られる途中で、全て特殊法人の審査機関で審査がされることになっており、そこで1枚につき118円20銭の手数料が取られている。ところが、審査委員はほとんど地元の医師や歯科医師といった同業者であり、自分が支払うわけでもない請求書を審査する、といういい加減なシステムだ。しかも、レセプトの総数は年間に12億枚を超えており、審査委員の人数で単純に割り算すると、1枚につき数秒。全てをほぼめくるだけか、目をつけたほんの一部のレセプトのチェックしかできない。一部の専門家たちに国民全てのレセプトをチェックすることは物理的に不可能なのである。
 そして何よりも大切なことは、そもそも第三者には、そのレセプトに記載された病名と投薬名が合っているかどうかはチェックできても、本当にその患者がその病気だったのか、本当にその患者にその投薬がなされたのか等をチェックすることは論理的に不可能であるということだ。それらは、患者本人にしかわからないにもかかわらず、患者に明細を見せないために、架空や水増しなどの不正請求が後を絶たないのである。
 数年前、朝日新聞等が、「国民医療費の3分の1にあたる10兆円近くが不正請求ではないか。不正請求の実態にメスを入れよ」と告発した際に、日本医師会は、「そんなにもない」と猛反発したが、歯科や接骨院等では約半分が不正請求ではないか、と疑う事情通も相当多い。もちろん、小泉氏もそのような噂は当然知っているはずだ。しかし、やはりそれらは全ての患者にレセプトを見せない限り実態はわからない。しかし、はっきり言えることは、根拠がないのに噂をする者が悪いのではなく、医療費の明細を示そうとしない医療機関および国が悪いのである。
 最近でも、「妻が受診しただけなのに夫も受診したことになっていた」「別の病院でずっと入院していたのに、以前通っていた病院に通い続けていることになっていた」など、悪質な不正請求の市民団体への告発は多いが、本人に明細を示さない中でも発覚している事件というのは、まさに氷山の一角だろう。先月、大阪の歯科医が実際に診療していない人を診療したようにレセプトを書く等の不正請求で逮捕された事件では、報道された記事の最後にこう書かれている。「大阪府などによると、医師1〜2人の標準的な歯科医院の場合、社会保険、国民健康保険、生活保護などを合わせた保険収入額は月400万〜600万程度。逮捕された歯科医の医院には、他に非常勤の医師が二人いただけだが、国民健康保険だけで今年1月からの8ヶ月間で約3億1千万円に達しており、更に不正がなかったか調べている」
 健康保険証はクレジットカードと同じである。クレジットカードで支払いをする際には、必ず商品名・単価・数量等の明細を確認してサインをし、その写しも受け取る。同じように、医療機関の窓口で自己負担分を支払う際にも、レセプト相当の明細書を患者が確認の上サインし、その写しも手渡すようなシステムを作るべきだ。明細も示さず、「三方一両損で」と言われても患者側として納得できるわけがないのである。

<医療事故の原因は不自然な単価だ>

 悪徳の個人経営開業医は架空請求をするが、複数の事務員が働く病院では、いくら悪徳でも架空請求はしにくい。それで悪徳病院は、不要な医療を施してでも、医療費を稼ごうとするのである。健康な子宮や乳房を癌だと偽り手術をしたり、危険だとわかっている薬剤を使用し続けたり、患者の健康や命よりお金儲けを優先する犯罪行為としての薬害・医療被害は繰り返し報道されている。そうでなくても、日本の医療は薬漬け・検査漬け・手術漬けと言われて久しく、医療者の側からも、薬価や検査費等に比べ人件費が低い等の、医療の単価である診療報酬の問題を指摘する声は多い。
 例えば、お産を例にとっても、夜間や休日の人件費を減らすために、必要のない陣痛促進剤を使用して無理矢理分娩を平日の昼間に誘導する医療機関がある。そうすると人件費の削減だけでなく、薬価差益が増え、無理矢理のお産は出口の切開も伴いますます収入が増える、という仕組みなっている。一方、夜間や休日でも、複数のスタッフが長時間にわたる自然の陣痛に付き合ってくれてとても満足行くお産をしてくれる医療機関には、十分なお金は支払われない。つまり、私たちが価値が高いと思う医療の単価が低く、私たちが価値が低いと思う医療に単価が高く設定されていたりするのである。つまり、医療の価値を示す単価が、患者の需要とは無関係に、一方的に供給側の意向で決められてしまっているのである。このことが、患者にとって不本意な医療が施されてしまう根源である。
 不本意な医療の極みが医療事故だ。医療を納得のいく信頼できるものにするためには、医療の単価を患者のニーズにあった健全なものに改革していくことが不可欠である。ところが、医療の単価(診療報酬)は「中医協」と呼ばれる厚生労働省の審議会で、一方的に決められている。医療の明細さえ知らされない現状では、国民はその議論に参加することさえできない。
 医療保険制度の根幹は、医療費の単価である診療報酬をどう決めるかにかかっている。したがって、中身に踏み込まない、医療保険制度改革などはあり得ないのである。
 利害を代表する専門家だけで決めてきた「医療の価値観」を決める医療の単価(診療報酬)が、消費者のニーズとどれほど隔たりがあるかを明細書の提示で明らかにし、消費者自身が健全な医療保険制度の確立に向けた議論に参加できるシステムを作ることこそが、唯一、抜本改革の実現につながる道ではないか。

<三方一両損の前に小泉氏がやるべきこと>

 悪徳医療機関ほどボロ儲けをする中、心ある医療者や医療機関ほどアップアップしている。その原因は、医療の中身の議論を聖域化して封印し、健全も不健全もひとまとめにして議論してきたことにある。不健全をなくす努力をせずに、医療側と患者側という対峙の構図をとり続ける限り、誠実な医療機関・医療者は、いつまで経っても経済的な危機から逃れることはできないだろう。健全な医療を守り、育てるためには、中身の議論が大切だ。そして、そのためには医療費の明細書発行が不可欠である。
 厚生省が集めた専門家がいくつもの審議会などで何度も医療保険制度の改革を論じたが、結局、医師会や製薬企業などの利害調整に終始し、抜本改革はできなかった。市民に情報を与えず専門家の密室の決定を下に降ろしていくやり方をいくら繰り返しても、本当に必要な改革はできないのである。
国民は皆、今の政治にも行政にも、目前の私利私欲に走る不健全な部分があることを十分に感じている。そして医療界も相当歪んできている。「自民党を変え、日本を変える」という言葉に、誰もが、これらの不健全を健全にしてくれるのではないか、と期待した。しかし、そのために最も必要な、社会にはびこるマフィア的なものの排除に手を付けないようでは、健全な制度の実現はあり得ない。
 改革には常に、一部の既得権益の抵抗がある。しかし、それでも改革を進めていく力があるとすれば、それは情報公開ではないだろうか。
 特に、電算化の進んだ国立病院等では、窓口での自己負担分の計算時に、既に医療費の詳細は打ち込まれているのであり、プログラムを少し変更するだけでレセプト相当の詳細な明細書が簡単に発行できるはずだ。「三方一両損」と言って、保険料や自己負担分の増額を強行するならば、医療費を透明化・健全化する責任がある。国立病院が率先して病院窓口での明細書(薬剤ならば正式の薬剤名・単価・数量)提示をして行くべきである。
 五年前、菅厚生大臣のときにレセプト開示がほぼ決定した直後、日本医師会が激しく抵抗していた。そのとき後任の小泉厚生大臣は、国会で「赤ちゃんが病院で死んで親にレセプトさえ見せないなんて憤慨に堪えない」とはっきり言った。最近は、「改革」と言うのみでめっきり歯切れが悪くなったが、あの頃のように「国民に負担を強いる変わりに、まず国立病院から医療費の明細を国民に示していく」とはっきり言えないものか。
 それならば、三方一両損に付き合っても良い。いや、明細を示せば、そもそも、様々な意味で国民の「損」は無くなるに違いないのである。


(※1)「三方一両損」
 厚生労働省は昨年9月25日に発表した医療制度改革試案の中で、「サラリーマン本人の窓口負担金を3割、老人医療の窓口負担を1〜2割」、「政府管掌保険の保険料率の引き上げ、保険料をボーナスからも徴収」、「診療報酬の伸び率の引き下げ、薬価基準の見直し」等を示した。小泉首相は、大岡越前の裁きのお噺にかけて、これを、患者・保険者・医療機関の三方痛み分け、としてこう称した。しかし、この思案は、昨年末の政府・与党社会保障改革協議会等でも若干抵抗され、今年度末の法案成立まで、まだ紆余曲折が予想される。(実際は、保険料も患者が負担しているので、患者側は二両損である。または、保険者と患者は同じ支払い側であり、三方ではなく二方と考えるべきである。)

(※2)「レセプト」
 診療報酬請求明細書。医療機関から健康保険組合等の保険者に送られる請求書で、それに基づき、健康保険組合などが医療費を支払う。ここには病名の他、投薬名・検査名・処置名などが全て正式名称で書かれ、単価や数量なども記されている。(ただし、単価が205円以下の薬剤に関しては、明細を記載しなくても請求できるとする「205円ルール」が存在する。この丼勘定が不正請求の温床になっている、と随分前から指摘され続けているが、放置されたままだ。今回の厚労省試案でも、「205円ルールの撤廃」は目標として記されてはいる。)旧厚生省は、長年にわたり、レセプトを患者本人に見せないように各保険者に指導してきたが、97年6月、医療被害者を中心とする粘り強い交渉の末、保険者に請求すれば、ようやくレセプトが患者本人に開示されるようになった。