おばあちゃんの手作り餌

そもそも、わたしと熱帯魚の出会いは、小学校時代ですわ。
いつ頃から家にあったのか覚えてないけど、60センチ水槽が1本あって、そ こには何匹かエンゼル・フィッシュがいたんですよね。ネオンテトラもちらほら、いたような気がするのですが、その頃はまだネオンなんて高価だったと思うし、エンゼルとネオンが混泳できるのかどうかも知らないので、あるいは、わたしのアルツな頭が記憶違いをしてるのかもしれません。

その水槽には、他に、わたしが夜店ですくった金魚、わたしが田んぼで捕まえたどじょう、わたしが池で捕ったモロコ、センペラなどが入っていました。
わたしゃ、子供の頃はアウトドア派だったようで、毎日、学校が終わると、近くの田んぼや池にカエルやザリガニを採りに行ってたんです。父親に1メー トルくらいのザリガニプールを作ってもらった時は嬉しかったなあ。木枠の上に、ビニールシートを敷いて、水を張っただけのものなんですけど、毎日捕まえたザリガニを入れてました。そんな中でも、どじょうは結構見つけるのが難しくて、捕まえた時は、意気揚揚と凱旋帰宅してましたね。モロコなんかは仕掛け筒のようなものを池に沈めて捕まえてました。餌がなんだったか、あまり記憶にないんですが、黄色い粉のようなものでした。日動のリリーフ・ブラインという餌に雰囲気が似てます。あのきな粉のような餌を見るたびにちょっと思い出したりします。マブチの水中モーターがはやりで、潜水艦なんかのプラモデルには、必ずついてたんですが、池に沈めて、そのまま浮いて来なかった記憶まで蘇ったりして。フン。マブチのバカ。

さて、思い出の水槽ですけど、濾過は水作エイトのようなものだったと思います。エアレーションも別にしてたような気がするなあ。サーモスタットはバイメタル方式で、ヒーターは石英管。あたしゃ今でも両方とも使ってますが、もちろん当時のものじゃないですよ。両方で500円もしなかったから、ひょっとしてかなり古いものかも知れませんが。

飼い主は父親だったのだろうと思うけど、世話をしていたのはおばあちゃん。
うちのおばあちゃんは、なかなか凝った人で、自家製の餌をすりこ木を使って練ったりなんぞしてました。凄いっしょ?レシピ覚えてりゃ、ここの目玉コーナーになったのに。残念。卵とエビは入ってたような気がするんだけど、全然覚えてないや。卵とエビかあ・・なんか水に悪そうだな・・。
市販の餌をブレンドするとかじゃなくて、全くの手作りだったのは確か。おばあちゃんの餌は、とにかく食いつきがよくて、さかなには評判良かったですよ。

わたしは、かなりのおばあちゃんっ子だったようで、おまけに、自分の捕まえたさかなを見るのは大好きでしたから、いろいろなことを教わりました。
たとえば、水合せの仕方。袋のまま水槽に吊り下げられた金魚を早く出せ、とせがむわたしに、急に新しい家に放り出されると魚がビックリするでしょ、とたしなめられ、何度も袋の水を半分くらいずつ捨てながら、水槽の水を入れてたのを覚えています。

水は替えるもの、でも水道の水はそのまま使っちゃダメ、冬はヒーターとサーモスタットが必要、餌は朝晩、そんな知識は、子供の頃、身についていたんですね。

わたしは、どうも、ぼーっとした子だったようで、あるいはアルツハイマーかもしれませんが、この水槽がいつ無くなったのか覚えていません。
でも、おぼろげながら、思い出は残っています。だって、自分で熱帯魚を飼い始めた時、真っ先に思いましたもん。なーんだ、あの頃と大して変わってねーじゃねーか、って。

コッピーの謎

次に熱帯魚と出合ったのは、うーんと後。つい最近のことです。
両親が買い物に行った帰り、なにを思ったのか、小さなビンに入った熱帯魚を買って来たのです。「コッピー」という名のさかなでした。地味な体色に、白いライン、赤いヒレをしたこの小さなさかなは、説明書きによれば、バイオテクノロジーで品種改良されており、寒さに強く、餌もあまり食べず、勝手に卵を産んで、生まれた子供を食べたりもしない、ということでした。

わたしには衝撃でした。バイテクはここまで身近なものになったのか。
餌も少なくて済むし、それでいて丈夫な熱帯魚。熱帯魚業界も進んだものだなあ。世の中、とんでもなく綺麗な熱帯魚で溢れてるのかもしれないぞ。下地はあったと言える、わたしの熱帯魚への興味はちょっとずつ膨れて行きま した。

しかも、バイオ溶液とやらに入れておけば、水替えは週1回で良く、酸素を大量に含んでいるため、コルクの蓋はきっちり閉めたままでOKとか。うーん、凄いっ!わたしは脅威のまなざしで、コッピーを眺めました。結構綺麗です。

わたしの感動に反して、両親は結構醒めており、こりゃ中国あたりのドブにでも住んどるさかなじゃないのか、などと不謹慎なことを言ったあげく、水槽を買ってこようという話になりました。せっかく、こんな小さなビンで飼えるものに、わざわざ水槽を与える必要があるのか、天下のバイオ・フィッシュだぞ失礼な、と思うわたしに構わず、翌週には、30センチ水槽と新たなコッピーが追加されました。どうも水槽と別に、新たなビン入りコッピーも買ったようです。

こうして、我が家に、また水槽が入りました。
もの珍しくもあり、コッピーは、またたく間に、人気者になりました。
30センチ用のライトと、水作エイトSは、セット販売だったかもしれません。水草も、なにかがちょろっと入ってました。水槽の中を泳ぐ2匹のコッピーを見ながら、こんな普通の飼い方でよろしーのでしょうか?とわたしは思っていました。くどいようですが、遺伝子工学が生んだバイオフィッシュです。春先で暖かく、ヒーターなどとは無縁の季節だったのですが、きっと冬になっても無縁な筈です。ならば、金魚鉢だろーが、麦茶などを冷やしておくプラスチックの容器だろーが、なんでもいいじゃないか。当たり前の水槽で飼うのは、かえって失礼ではないのか。
 それと共に、なんとなく、小さな容器で、手間もかからないのだったら、自分の部屋に置いてもいいかな、という気持ちも生まれて来ました。よく通販のカタログなんかで、おまけみたいに載ってる、小さな縦型の水槽なんかを思い出しました。小さいけど水草なんかも入って、結構綺麗でした。あんなものを置いて、たまにボーと眺めるのもいいんじゃないかなあ・・

そんなことを思っていると、また父親がえらいものを買ったのです。
それは60センチ水槽でした。
呆然としているわたしに構わず、父親は、ホームセンターで買ったらしい台を組み立てています。母に聞くと、さかなも買ってあるそうです。うーん・・・どうやら、コッピーが引き金になって、昔の記憶が蘇って来たらしいのでした。

結局、夕方になって、水槽は完成しました。
ライト、温度計も取り付けられていました。濾過器は、テトラのワンタッチ・フィルターでした。茶色い粒のような砂が5センチ以上敷かれ、アマゾンソードらしきものが植えられていました。そして、さかなは・・・・ネオンテトラとヒメダカでした。うーーーーーん・・・・・・・・・

この水槽は、わたしが昔の記憶として持っていた水槽のイメージに近かったと思います。
ですが、例え興味が無くても、たまにはホームセンターへ行った折、水槽らしきものを見てしまうことはあります。水草いっぱい、アクセサリーいっぱいで、照明なんかも、ちょっと違う感じの美しく神秘的なあの水槽たちと違い、目の前にあるそれは、あまりにも、そう、あまりにも昔通りでした。しかも、メダカとは・・・・。

20匹くらいのメダカと50匹くらいのネオンテトラ、よく見ると、底に変なさかながいます。
コリドラスでした。赤白黒、3種類が2匹ずついました。

76匹ものさかながいるのに、妙に殺風景な水槽です。寒々しい、と言っても過言では無かったでしょう。水槽と言えば、昨今はインテリアとしても注目されています。
しかし、この、ガラス越しにベランダの洗濯物が見える我が家の水槽は、あまりにも平面的でした。ガラス、水、砂、申し訳程度の水草、さかな。全てが平坦で寒く、密集しているのに広大な水に目がイってしまう。そんな水槽が我が家に出来ました。

わたしが、そんな水槽に心を奪われるわけもなく、ちょっとだけ興味があったのは、ワンタッチ・フィルターという濾過器でした。小さいのに、えらい量の水を吐き出し続けるこの機器だけが、アクアリュウムという昨今の言葉にマッチしていたからです。
ただ、しくみも意味も分かるはずがなく、出てくる水を眺めるのみでした。

後に、このワンタッチ・フィルターは外されてしまいました。
この水槽は、腐ったドブのような臭いがしており、父親は、その原因を、濾過器の能力が低いからだ、と決め付けたのでした。濾過器は臭いをとるものでは無いし、むしろ、ワンタッチ・フィルターは活性炭がメイン濾材のようなものですから、臭い取り器としては有能なほうだと思うのですが、そのようなことを話しても理解して貰えないし、あのダバダバ入れてる餌の量まで口出ししないといけなくなるので、濾過器→臭い取りという父の認識は未だ変わっていませんが、とにかく、後に、上部濾過に変更されました。それはそれで良いと思います。大体、作ったばかりの水槽に、76匹もの成魚を入れること自体間違っています。

さて、後にわたしもアクアリストの仲間入りをし、そんな文句を並べられるほどに成長(うひひ)したのですが、そのへんのお話は後に譲ります。

この水槽には、翌週あたりに、ツメガエル5匹が導入されました。
メダカとツメガエル。いい組み合わせです。エンゼルとモロコが同居していたあの頃を彷彿とさせます。わたしは、この平べったいカエルには、結構興味があり、さかななんて目もくれず、ひたすらカエルを見るために、毎日水槽を見るようになりました。カエルのくせに、水中にいるのが、まず不思議です。時々、勢いよく水面に上がって、空気を取り込んでいる様子です。水中ガエル、面白い。そうやって毎日見てるうち、わずかな水草の陰に必死で隠れようとするカエルくんたちが可愛そうに思えて来ました。小さな塩ビ管が入れられており、そこにも入り込んでいるので、どうやら、このカエルは隠れたほうが落ち着くらしいのです。隠れ家を買って来てあげよう、とわたしは思いました。生まれて初めて、なにかを購入する目的で、ホームセンターの熱帯魚売り場へ行きました。

ディスプレイされてる水槽にも使われてる、色とりどりの塔などが売っていましたが、とにかく高いのに驚きました。3000円などという金額が、なんでこんなもんに付けられるのであるかっ!憤慨したわたしは、結局、赤い小さな橋のおもちゃを買いました。これは、安かったです。初めての熱帯魚関連品ご購入でした。

せっかく来たのだから、とさかなも見て見ることにしました。す、するとっ!
幸か不幸か、最初にわたしが見てしまったものは、コッピーだったのですっ!
いえ、コッピーにそっくりなさかなだったのです。
日ごろ熱帯魚に無関心な人は、どんなさかなも、大別して3つに見えます。
メダカ、金魚、フナ(鯉)、です。フナと鯉のイメージは定かではないでしょう。大きいのが鯉というイメージかな。当時のわたしも、似たようなものでした。
なので、目の前にいる、見るからにコッピーと似たさかなに対しても、絶対的な確信はもてませんでした。コッピーと似てるだけのさかなかも知れないからです。
第一、そのさかなには、コッピーではなく、別の名前がつけられていました。
アカヒレ10匹300円、1匹40円」と。

わたしは、混乱し、逃げるようにその場を立ち去りました。
バイオ・フィッシュが1匹40円?そんなあほなことがあってたまるか。なんてったって、バイオテクノロジーの結晶であるのだぞ。そんな値段で売られてたまるか。
そう思いながらも、熱帯魚業界→おしゃれ→最先端のバイテクという勝手に頭の中で作られていたイメージは、全然違うものへと変化して行きました。
熱帯魚業界→海千山千→嘘八百→ぼろもうけ

結論から言いますと、天下無敵のバイオ・フィッシュはただのアカヒレですし、バイオ溶液は、ただの、麦飯石水溶液です。そもそもアカヒレは熱帯魚じゃありませんから、ヒーターも不要です。一匹40円のアカヒレは、ビンに詰められ、980円で売られています。しかも、何人かコッピーを買ったことがある人に出会ったのですが、ビン飼いしてたら、そのうち落ちちゃった、そうです。

コッピーそのものを責める気持ちはありません。
それを機会にアクアリストが増えるなら、たとえ25倍の値段で売られても、問題ないではありませんか。買う人は、欲しくて買ったんだから。でもね、なんでああいう大嘘書くかな?

JAROに電話する人もいないほど、コッピーを買う人は無知だし、熱帯魚に詳しい人は、コッピーなんて買いませんから、ああいうインチキがまかり通ると思うのですが、分からないのは、なんでバイオテクノロジーとか、意味不明のはったりをかますのか、ということです。

夢?確かにそうかもしれません。なんとなく、わたしもコッピーに夢を見ました。
でもね、ここに一人、熱帯魚業界に、根強い不信感を抱いてしまった人間を作ったことは事実です。

インチキくさい、市場が狭いからぼったくり、というイメージが、コッピーのおかげで抜けません、わたし。それは、きっと間違ってはいないと思います。そして、その不信感は、免疫として、以後の商品購入に役立っています。謳い文句通りの効果がある熱帯魚関連商品なんてどれくらいあるのか、と考えれば、熱帯魚入門としてのコッピーは、予防注射のようなものかもしれませんね。

ヒメダカって池のメダカ?

ある日を境に、小さな卵が、水草につくようになりました。ヒメダカがお尻につけたまま泳いでたりすることから、すぐ、なんの卵か分かりました。父親は水草ごと切り取って、さかなをすくう角ネットに入れ、水槽の上端に渡しました。この水槽には、アマゾンソードのほかに、なんか印象の薄い水草が植えてありました。ペンペン草のように見えましたが、無論、そんなものは水中に生えません。そういえば、昔の水槽にも、そんなものが入っていたような気がします。もう少し見栄えのする水草でもあれば、この水槽の印象も違うものになったかもしれないのですが、水の上に渡された白いネットは、ひなびた漁港の、海苔の養殖場みたいな雰囲気すらかもし出すようになりました。

父は卵をせっせと移しました。移せない卵は、翌日には無くなっていましたから、ネオンテトラかツメガエルが食べてるようです。いやヒメダカ自身が一番怪しいです。卵は2,3日に1回ほどの割合で産み付けられていました。なんせ20匹もヒメダカがいるのですから、それがどのような結果をもたらすのか、今になってみればよーく分かりますが、その時のわたしには想像もつきませんでした。なんにしろ、飼ってるさかなの子が生まれるというのは喜ばしいことです。初めてヒメダカの子が孵った時は、わたしも嬉しかったです。それは、あまりにも小さなメダカとしか言いようのないものでしたが、スイッスイッと泳ぐ姿は、思わず頭の中で「メダカの兄弟」が流れるほど明るい喜びに満ちていました。

父は金魚鉢を買って来て、稚魚を移しました。金魚鉢の底には、水作エイトを平たくしたような濾過器が置かれていました。ウィローモスも入っていました。ウィローモスは、60センチ水槽にも入りました。ところが、どうしたものか、父はウィローモスを固まりとしては使いませんでした。なぜか細長く紐のように伸ばして、その片側を縛って固定する、といった方法をとったのです。金魚鉢のほうは、普通に固まりとして入れられていたのですが、60センチでは、片側を糸で縛り、それをエアストーンのビニールチューブにくくりつけたのです。エア・ストーンに一端を縛り付けられたウィローモスは、ビヨーンと髪の毛のように長く伸び、水流にたなびきました。

ウィローモスというものは、流木や岩に活着させない限り、あまり見栄えのするものではありませんが、このような使われ方を見たのは、あまり長いとは言えないわたしのアクアリストとしてのキャリアの中では、最初で最後です。ある意味、画期的だったかもしれません。
しかも、エアストーンは、石膏を固めたような、古い感じのする角棒でした。白いエアストーンと緑の髪は、なぜかしら絶妙のマッチングで、廃れた漁村の風景を盛り立てていました。

多分、このウィローモスは、水槽の中で稚魚が生まれた時の延命用に入れられたはずで、ならば固まりとして入れないと意味は無いのですが、ワンタッチ・フィルターの強い水流がこのようなレイアウトを編み出させたのだとは思います。いや、そもそも、卵がそんな長い間、水槽に残っていないことは分かっていたので、単に金魚鉢に入れた残りを使ってみただけなのかも知れません。一直線にたなびいたウィローモスは、長かったです。はい。ひたすらロングでした。そんな急流に、稚魚など隠れられるはずは無いですね。

さて、以後、メダカの卵は、水草を切っては、金魚鉢へ入れられる、という繰り返しになりました。どんどん卵は増え、稚魚も増えて行きました。卵から孵る稚魚というのは、小さなものです。その糸のような稚魚が順々に育っていく過程は、それだけで楽しく、待ち遠しいものです。ヒメダカの稚魚は日に日に大きくなって行きました。

ところが、メダカはメダカ。小さなうちはかわいらしいのですが、ちょっと大きくなると、とたんに、ただのメダカです。大きくなった稚魚は本水槽に戻され、あっという間に、メダカの巣窟と化して行きました。

あとはもうご想像の通りです。増えたヒメダカは大人になって交配し、さらに増えつづけました。
しかし、父はせっせと卵を取り続けました。なかなか見過ごせないものなのかも知れません。50匹に増えたヒメダカに、金魚鉢から50匹の稚魚が戻されるに至って、やっと父は決心したようです。それは、古くなって使われていない冷蔵庫の再利用でした。冷蔵庫といっても、使ったのは、下段の野菜入れだけです。野菜入れを引っこ抜いて、ベランダに置いたのでした。
かなりの水量が必要だったと思いますが、一旦設置してしまえば、これほど楽なものは無いでしょう。以前、庭のある家に住んでいた時、金魚やメダカを、埋めた半球状の瓶で飼っていましたが、餌すら与えなかったのに、長生きしたものです。台風が来ると、流れてどこかへ行ってしまいましたけれど。

さて、ベランダにヒメダカ専用水槽が設置されることになりました。同時に、ホテイアオイが多数、入れられました。ベランダに水槽。わたしも良いアイデアだと思いました。庭の無いマンションでは、池を掘るわけには行きませんからね。

でも、よく分からないことがひとつありました。
なぜか、父は、水作エイトを入れて、エアレーション&濾過したのです。無論電源は屋内から引き、外にエアポンプが設置されていました。なぜ?全くシロウト同然のわたしでさえ不思議でした。さきほども書いたように、メダカなんてほかっておいても育つんですから、いくらなんでも過保護というものではないでしょうか?
野菜入れを覆うようにスノコが立てかけられ、日差しや雨から守ってさえいました。
確かに水槽に入っていたものを外に出すわけですけど、本来、メダカはそうやって飼っても育つというか、そうやって飼うものだと思っていたのですが、父にはなにか、特別な考えでもあったのでしょう。毎週のように、水替えすらしていました。

そう。この野菜入れ水槽もかなり臭く、腐ったドブのようなにおいが立ち込めていたのです。
なぜ、彼の作る水槽に、ドブのにおいがつきまとうのか、わたしには、よー分かりませんが、今思えば、濾過でにおいを取る、という間違った信念を持つ父は、水作エイトと水替えで、ニオイを無くそうと努めていたのでしょう。

そういえば、ホテイアオイが臭いとか、濾過が効いていないから臭いとか、意味不明な言い訳をしていました。なので、水作エイトには、最大級のエアが送られていたと思います。

そんなこともあり、起こるべくして事件は起きたのかもしれません。
それは暑い夏の日でした。
我が家では、暑い夜、クーラーをつけっ放しで寝ることになっています。当然、ベランダのドアはしっかりと閉じられています。しかし、お隣りさんは、そうではなかったようでした。クーラーなどというものは、体にとって、決して良いものではありません。寝冷えはするし、風邪はひくし、そうでなくても、変な倦怠感を残すものです。そんなこんなで、アンチ・クーラー派のご家族は、どこにでもいらっしゃいます。お隣りさんは、そんな人たちだったのでした。

深夜、3時頃だったでしょうか。すっかり寝静まった我が家に、突然、チャイムの音が鳴り響きました。繰り返し繰り返し、何度も鳴りました。母が出て行くと、それはお隣りの奥さんでした。我が家のベランダから突貫工事のようにバリバリと音がして、いくら我慢して寝ようと思っても、どうにも眠れない、あの音は一体なんなのか、と言うのです。驚いた母がベランダに出てみると確かに凄い音がしていました。エアポンプが自らの振動で移動し、クーラーのファンボックスに当たっていたようです。

ご存知のように、エアポンプとは、電磁石がダイヤフラムを振動させることによって、空気を送り出す、それ自体がバイブレーターのようなものです。当然、なにかに当たれば、機関銃のごとき、異音が発せられます。

その異音は、部屋を締め切り、クーラーをかけっ放しにした我が家では聞えず、網戸にしていたお隣りさんで猛威を奮ったのでした。無論、我が家一同、平謝りでした。実は、見たような話し方で書きましたが、わたしは全く起きず、グースカ寝ておりましたので、全ては翌日聞いたのですけれど。

そんなこともあり、父は、野菜入れ水槽を仕事場に持って行ってしまいました。
メダカを全部、池に放流するのだ、と言います。その場は、ふうん、と聞き流したわたしですが、後になって、ハタと思い立ったことがありました。

あのメダカは、果たして、池のメダカなのか?

そもそも、ヒメダカという名前すら、最近になって知ったのです。当時はメダカとしか分かりませんでした。メダカに種類があるなどと、考えたこともありません。ですが、子供の頃、池や川で見たメダカは、あんな、ゴールデン系のメスグッピーのような色はしていませんでした。もっと黒っぽかったように思います。しかし、今でもあのメダカたちは、本当に池にいるのでしょうか?池のメダカは、あのヒメダカたちに、代わってしまったのでしょうか?いや、池にメダカなどいるのでしょうか?

ヒメダカて、どんなメダカなのでしょう?日本に自生するメダカ?
わたしは、なにも知らない自分に、愕然としました。

生態系の破壊に繋がる行為であるなら、当然、止めなければなりません。しかし、生態系の破壊である根拠も立証出来ないのです。ヒメダカが自然にいるメダカなのかどうかさえ知らないのですから。わたしは、結局、何も言えませんでした。池ならば、それ以上には広がらないだろう、と自分を納得させるしかありません。

ヒメダカたちが、池に放されたかどうか、わたしは聞いていませんが、随分寒くなったある日、父の仕事場を覗いてみると、なんと、野菜入れ水槽は立派に続いていました。中には、たくさんのメダカたちが健在でした。ワンタッチ・フィルターはここで活躍していました。フィルターで濾過され、ヒーターまでつけて貰って、メダカたちもさぞ幸せなことでしょう。

笑ってしまったことに、野菜入れ水槽は、食卓の上に乗せられていたのです。相変わらず、腐ったドブのニオイを放ちながら。ここで食事する人は大変だと思いました。

実は、今でも、ヒメダカがどんなメダカなのか知りません。
沖縄や温泉地では、野生化したグッピーが増えていると言います。昔、田んぼに蚊が多かった時、グッピーに似たさかなが全国で放たれた、とも聞きます。でも、ヒメダカは?ヒメダカが増えて、川のメダカが消えた、とは聞きません。そもそも川にメダカがいなくなって久しいのですね。

なぜか、アパッチケンさんが、野生メダカの研究家として、有名になっており、TVで久々に、昔いた本当のメダカを見ました。ケンさんも自宅でメダカを飼っていらっしゃるのですが、60センチ水槽が何本も何本もあるのを見て、笑ってしまいました。よく見えませんでしたが、やっぱり濾過してヒーターも入れてるのかなあ?いや、あれは川に戻すのでしょうから、そんなことはしていないでしょうね。

誕生日にはグッピーを
メダカって、寒くなると冬眠するんですか。知りませんでした。さて、前回は、話がメダカへ行ってしまいました。今回は熱帯魚の話、それもグッピーの話です。

わたしは、グッピーという熱帯魚を知っていました。「コッピーの謎」ではすっとばしましたが、実は、「おばあちゃんの手作餌」から「コッピーの謎」の間に、熱帯魚との出会いがあったのです。会社で同期だった青年が、ブリーダーと知り合いになったらしく、その真似事を始めたからです。彼は、ちゃんと育てれば1ペア1万円で通販出来るのだ、と公言し、金儲けの道具としてグッピーを始めました。バブル全盛の時代でしたので、あながち嘘とも言い切れませんが、なぜか、わたしが彼に連れて行かれたのは、ホームセンターばかりだったし、実際に、そこでグッピーを購入していました。今、記憶を辿ると、不思議なことに雄グッピーしか買ってなかったなあ、あいつ。

わたしは、その頃、パソコンに夢中で、熱帯魚になど、全く興味が有りませんでしたので、いい迷惑でした。ホームセンターへ行っても、熱帯魚は見ないで、猫の餌を探したりしていました。
彼は、グッピーを始めてすぐ、会社を辞めてしまいましたから、その後のことは知りません。今となってみれば、彼の言動のいいかげんさをいくらでも挙げることが出来ますが、まあ過ぎたことです。でも、彼といたおかげで、グッピーがどういうさかなかということは知っていたし、コリドラス、プレコというさかなのことも覚えていました。名前だけはね。

そう、全然、知識が無いまま、アクアリウムに足を踏み入れたわけじゃないんです。じゃあ、どんな知識が有ったのかと言うと、名前くらいは知ってる、父親の水槽がある、小学生の時、自宅に水槽があった、そんな程度ですね。知らないより、ちょっとましな程度。

そんなわたしが、ついにグッピーを購入しました。おりしも誕生日のことでした。
免許の書き換えを伸ばしに伸ばしていたわたしは、ギリギリになった誕生日、会社を休むことにしました。書き換えは地元の警察署で済ませられるので、休むこともなかったのですが、こんな時でないと有給休暇など、一生使えそうに無かったからです。午前中に書き換えを済ませたわたしは、あちこち繁華街をうろつき、誕生日であることから、記念の品などを探しました。
誕生日なのでロレックスでも、と思ったのですが、そのちょっと前に買った車と同じ値段なのを見ると、つい目がチュードルを求めてしまい、更にセイコーのキネティックに移って、ハミルトン、エルジンと下り、ついにはスウォッチに至るに及び、部屋に飾ってある50個ほどの時計を思うに至って断念しました。持ってるほとんどは、Gショックとスウォッチなんですけどね。

繁華街から戻ったわたしは、そのまま近くのショッピングセンターへ行きました。あれこれ見ましたが、どうもしっくり行くものがありません。ふと、敷地内のホームセンターには、熱帯魚コーナーがあることを思い出しました。売り場へ行くのは初めてでした。以前、橋のおもちゃを買ったホームセンターに比べると、熱帯魚売り場は小さいですが、熱帯魚グッズは豊富でした。あれこれ見ました。熱帯魚売り場をじっくり見るのも初めてなので、蛍光塗料が入ったみたいに光るさかなもいたりして、ビックリしました。おなじみの蛍光塗料注入グラスフィッシュなのですけどね。そして・・

おおっ!美しい!わたしは、グッピー水槽に目を奪われました。久々に見るグッピーは輝いており、まるで熱帯魚の王のように堂々と泳いでいるではありませんか。雄と雌が別々の水槽に入れられており、どちらにもたくさんの品種がいました。グッピーの雌て、見るの、初めてだったように思います。このホームセンターのグッピーは、他の店より状態が良く、大きいのですが、その時のわたしは知る由もありません。わたしは呼び鈴を押して、係りの人を呼び、2ペアのグッピーを選びました。なんのためらいもなく、わたしは、自分への誕生日プレゼントにグッピーを購入してしまったのです。雄は青と赤、メスは緑の尾をしたものと、黄色の尾をした大柄なものを選びました。ネオンタキシードとモザイク、2ペア¥900円と割高でしたが、無論本当のペアではありません。適当に選んだのですから。

安い誕生日プレゼントでしたが、なぜかしらウキウキ気分でした。
そのくせ、自分で水槽を持とう、などとは考えもしませんでした。むしろ、内緒で水槽に入れておいて、両親を驚かせてやろうと思っていました。なるべく車を揺らさないように、いそいそと帰ったわたしは、おばあちゃんの教えに従って、じっくりと水合せしました。2時間ほどかけました。すごいですね。今のわたしなら10分ほどで済ませてしまうのに。60センチネオンテトラ&メダカ水槽と30センチコッピー水槽の2本があり、どちらに入れるか迷ったのですが、結局広い60センチを選びました。

ネオンテトラを従者のように従えたグッピーは驚くほど美しく、主役不在の水槽に、王と王妃が誕生したように見えました。うっとりとわたしは水槽を眺め続けました。良い誕生日プレゼントだったと思います。

夕方になり、両親が帰って来ました。わたしは自室に戻り、そ知らぬ顔でした。さぞ、驚いたことでしょう。母親が呼びに来ました。リビングへ行くと、な、なんとグッピーたちは30センチ水槽に移されているではありませんかっ。驚いたのはわたしのほうです。子供を良く産むので、さかなの少ないほうに入れておいた、というのが父親の言葉でした。おまえは水合せという言葉を知らんのかっ!せっかく2時間もかけたのに。いや、その時のわたしは、水合せという言葉を知りませんでしたし、今では平気で、ポイポイ自室の水槽から水槽へさかなを移してしまいますが、それでも買ったばかりのさかなで、そういうことはしません。どうも父には、同じ水道の水だから、という認識しかないようです。さかなにストレスがあるなどとは考えもつかないのでしょう。そういえば、落ちたさかなを埋めに行こうとした時、なんでゴミ箱に捨ててはいかんのだ、と実に不思議そうな顔をされたなあ・・ま、いいです、話を進めましょう。

結局、コッピー4匹、アエネウス2匹と共に、グッピー2ペアは、わが家の一員になりました。それと共に、夜の餌やりは、わたしの分担になったのです。父の指示に従って、餌の量を覚えました。今思うと、メチャクチャに多い量でしたが、60センチ、30センチの2つとメダカ稚魚のいる金魚鉢へ餌をやるのは、なかなか楽しいひとときでした。

グッピーたちは病気にもならず、おだやかに時が過ぎました。
そんなある日のことです。わたしが水槽を持つきっかけとなった、あの事件が起こったのは。次回、乞うご期待ね。
「熱帯魚を飼うって、自分と向き合うこと」
さて、ある夜のこと。わたしは水槽を眺めていました。ちょっと前から、雌の1匹に元気が無く、水面にじっとしていたり、底でひっそりしていることが多かったのです。病気かもしれないと思うと、観察し続けずにはいられませんでした。ところが、その夜に限って、当の雌グッピーはガラス面に沿い、上下にせわしなく動き回っているではありませんか。元気になったらしい。わたしはホッとしながらも、しつこい上下運動にとまどい始めていました。と急に雌グッピーは上下運動を止め、わたしの真正面に来ました。そして・・・・ポロッとオレンジの玉を出しました。

へ?なにがなにやら分かりません。一体、こいつはなにを出したのだ??固まっていると、ポロッ、もう1つ、玉を出し、雌グッピーは泳ぎ去って行きました。た、卵を産んだのか・・・?プチプチしたオレンジ色の玉。そう、それは放卵でした。俗に言う「イクラ」です。孵化することが出来なかった卵なのです。でも、そんなことは知りませんでした。「卵産んだっ!」グッピーて卵を産むんだあ・・わたしは叫びながら底砂に落ちた卵を食い入るように見ていました。すると雌グッピーがまた、わたしの正面に来ました。その時のことを、今でもハッキリ覚えています。おしりから小さな尻尾が出ていました。あっと思う間もなく、ツルン、小さなさかなが出たのです。メダカの稚魚より、はるかに大きかったです。

「子供も産んだ!」またわたしは叫びました。グッピーの産仔は、深夜から早朝にかけての時間帯が多く、見たことがない人も多いと聞きますが、わたしは幸いにも、最初に飼ったグッピーの初産仔を見ることが出来たのです。続いて、玉が出ました。しかし、今度の玉は、落ちる途中で弾け、丸まった稚魚がクルッと出てきました。

卵産んだり子供産んだり卵だと思わせて実は子供だったり、一体こいつは何者だっ!そう思いながらもわたしは、あわてて角ネットを探しました。もどかしげにライトを動かすわたしに、リビングにいた母が言いました。「お父さんにやらせてあげなさい!お父さんの水槽なんだから」その声を聞いたとたん、わたしはゼンマイの切れたおもちゃみたいに固まってしまいました。
なぜかしら、母の声に動けませんでした。「お父さんの水槽だから」その言葉が頭の中でグルグル回っていました。自分にとって結構ショックな言葉だったと思います。わたしは、誕生日の記念にグッピーを買ったのだし、確かに間借りしてますが、当然自分のさかなだと思っていました。しかし、両親はそんなことを知るはずも無いし、父の水槽に入ったさかなは父のもの、という認識だったのです。「なぜ俺は止まっているのか?」瞬間モードで混乱を極めたわたしは自分でも分からないまま、素直に母の言葉に従っていました。というよりフリーズしました。母が父親を呼びに行き、父親が不機嫌に出て来ました。

その時です!パクッ!もう一匹の雌グッピーが、産まれたばかりの稚魚を食べました。ヒメダカの卵が、翌日に無くなっていることはよくありました。でも、水槽内で稚魚が孵化したこともないし、さかながさかなを食べる、という当たり前のことさえわたしは気づいていませんでした。目の前が真っ暗になりました。でも、残った1匹の稚魚を助けなくてはいけません。わたしは大急ぎでガラス蓋を外して、水槽に角ネットを入れました。その手から起きてきた父親が強引にネットをもぎとろうとしました。取られるはずも無いのですが、それでも父は思い切りネットを奪おうとします。なんで?「お父さんの水槽だから」再び母の言葉が頭の中で回り、わたしは、またも2秒でストールしました。わたしを突き飛ばすように押しのけ、父親は稚魚を探し始めました。

瞬時に復帰したわたしは、シラケ放題にシラケました。あほくさ。
結局、父は稚魚をみつけられず、水槽内から水草とさかなを全部出して、隣りの水槽に放り込みました。産仔したばかりで水が替わってもいいのだろうか?と思いましたが、シラケきったわたしは、もーどうでもいいけんねビーム発射しまくりな斜め45度の視線で、父の行動を見ていました。かなりの時間捜索し、やっと1匹の稚魚が見つけられました。稚魚はヒメダカの稚魚がいる金魚鉢に移されました。メダカの稚魚に混ざったグッピーの稚魚なんて探せるはずもなく、この第一子は長らく行方不明になりました。

翌朝、産仔した雌は、底に沈んだまま横たわっていました。
わたしが殺したのも同然です。だって、そんなことしていいのだろうか、と思いながら、結局なにもしなかったのは自分なんだから。別に、すぐ元の水槽に戻したって、たいして状況は変わらないはずで、落ちるものは落ちるんですけど、そのときはそう思いませんでした。なにもせず、後になって後悔する、という最悪のパターンになりました。

このままでは終われない。一旦は、シラケきって全部投げ捨ててしまったわたしですが、再びグッピーを飼うことでしか癒されない思いが頭の中でうずまいていました。自分で水槽を立ち上げ、自分で思い通りに管理することでしか、心の中のモヤモヤは晴れそうにありません。といって、これ以上、リビングに水槽が置ける場所があるのでしょうか?当時のわたしは、極力生活臭の無いシンプルな部屋づくりを心がけており、ティッシュ、ゴミ箱に至るまでクローゼットに置くほど徹底していましたので、自室に水槽を置こうなどとは夢にも思っていませんでした。それとなくリビングや玄関にスペースを模索する日々が始まりました。

さて、わたしのグッピーたちはというと、2匹の雄が1匹の雌を巡って争う、3つ巴のバトルチェイスに明け暮れていました。あまりのことに見かねたのか、父はセパレーターを入れて雌雄分けたりもしましたが、翌朝になるとジャンプした雄が雌と同じ側にいたりして、効果は上がりませんでした。父は追い掛け回される雌を不憫に思ったのか、新たに2ペアのグッピーを購入しました。赤いさかなが好きらしく、2匹の雄は、いずれもレッドテールでした。これで30cm水槽は、4匹の雄(モザイク、ネオンタキシード、レッドテールx2)と3匹の雌、2匹のアエネウスの計9匹になりました。最初に入っていたアカヒレは、60cm水槽に移されていました。にぎやかになった30cm水槽ですが、すぐ外国産グッピー特有の洗礼を受けることになろうとは、さすがに予想出来ませんでした。

初めて熱帯魚を飼うと、予想もつかない事件が次から次へと繰り広げられます。特に外国産グッピーには、色々なことが起こります。予兆はまず、わたしの雄モザイクに発生しました。自慢の尾鰭が裂け始めたのです。最初は気にならないレベルだったのですが、指で掴んでむしり取ったように千切れ始めた時は、さすがにおかしいと気づきました。ただ、病気だなどと思わず、訳が分かりませんでした。父親に相談すると、両親は2人共、最初からそういう尻尾だったと言うのです。これには顎が外れそうに驚きました。わたしは軽く地動説を唱えたガリレオに思いを馳せながら、二人の間違った認識を正しました。

男気を発揮した父は、自分がグッピーを買ったホームセンターへ行き、帰りには青い液体の入ったボトルを持っていました。「尾腐れ病」という病気なのだそうです。変な名前。液体は、メチレンブルーという染料の一種で、尾腐れに効果があるのだそうです。メチレンブルー水溶液て白点病の治療薬じゃねーか、などと知らないわたしは、へえーと感心し、水槽の水が青く染まるのを不思議な気持ちで見ていました。2,3日後、わたしのモザイクくんは、尾鰭が無くなって落ちました。続いて、父の買ったレッドテールの1ペアが落ちました。そして、アエネウスの1匹までもが落ちてしまいました。コリドラスをなんで入れておくんだーと思うのも、今から考えればの話で、当時は病気が60cmにまで広がるほうが怖かったのです。父はグッピーに懲りたのか増えつづけるヒメダカで手一杯なのか、以後長い間、新しいさかなを導入しませんでした。

なにも知らないことを痛感したわたしは、水槽の置き場よりまず飼育の知識を得ることのほうが重要だと思うようになりました。まず考えたのは、アクアゾーンというソフトで、熱帯魚管理のシミュレーションをすることです。ゲームなので多少オーバーに作ってあるでしょうから、訓練を積めば実践に生かせるでしょう。ところが、調べてみると、アクアゾーンを一式買うには水槽一式分の金額がかかってしまうのです。困ったわたしはパソコン通信NIFTYに、アクアリュウムの会議室があることを思い出しました。ほとんど活用しなくなっていたNIFTYですが、かってどっぷりとはまり込んだ経験から、特定分野の深い知識を習得するにはNIFTYの会議室が1番であると知っていました。さっそくわたしは、グッピー会議室、分科会、熱帯魚の飼育全般に渡る指南書まで全てのLOGをライブラリから落として、片っ端から読み漁りました。思ったとおり、書いてある内容は、わたしにとって、知識の宝庫でした。半月かかって全てのLOGに目を通した時、わたしは実践こそ伴いませんが、頭の中にデータベースが出来たような気がする「熱血!熱帯魚男イーッ」(仮面ライダーかっ)に変身していました。そして、いよいよ密かに練り上げた計画を実行する時が来たのです。

「宮殿への道のり」1
ある平日の夜にホームセンターへ行きました。誕生日にグッピーを購入したホームセンターです。グッピー2ペアと37cmの水槽セットを購入するつもりでした。NIFTYで調べた結果、輸入グッピーの購入には対策があると知ったのです。その対策に基づいて、自分の水槽を立ち上げる計画でした。わたしが学んだ「傾向と対策」を箇条書きにすると、下記の通りです。

・傾向
1.袋詰にされ、船便で主にシンガポールから輸出される。その間、餌も与えられない。よってストレス、スレ傷、断食で著しく体力が低下している。
2.シンガポールの飼育水は硬度が高く、日本の水とは違う。大量のグッピーが消費されるホームセンターでは、水慣らしせず、塩を入れることで硬度を上げて対応している。
3.水面底面でじっとしている、クネクネとヘビ泳ぎする、尾ひれが千切れている、体表に白点がある、皆病気のグッピーなので買ってはいけない。閉店間近に入って、1匹でも落ちているようなら、その店で購入してはいけない。

・対策
元気で外見上病気の無いグッピーを選んで購入。本来汽水域に近いところで最も体調の良いさかなであるため、直ちに粗塩を投入して体調を保つ。2日に一度、1/5ずつ換水し、塩抜きする。

輸入グッピーの飼育を手がけて来た人たちの体験談ですから、その通りにすれば間違いは無いでしょう。
わたしは迷わず熱帯魚売り場へと向いました。このホームセンターは結構広く、早足で歩きました。いよいよグッピーとの対面です。なぜかしらドキドキして水槽を見ました。そこに見えたのは・・・

「し、死んでる・・」
真っ先に底砂の死骸が目に入りました。呆然・・
グッピー水槽は雄雌3本ずつ計6本。全ての水槽に、ふやけたグッピーの死骸がありました。前回訪れた時は昼時でしたので気づきませんでしたが、なるほど夜に訪問すると印象が違いました。掃除が終わったばかりの午前中では、その店の管理状態が分からない、とNIFTYでの発言にあったのですが、まさにその通り。傾向3に照らし合わせると、この店で購入してはいけないことになります。しかし、購買意欲満々なわたしの気持ちをどこにぶつければ良いのでしょう?出鼻をくじかれたわたしは、じっと水槽を眺めました。今回は入荷直後だったらしく、さまざまな種類のグッピーがいました。

ダブルソードと呼ばれる、尾ひれが二股に分かれハサミのように尖った種類も初めて見ました。グラスコブラ、キングコブラ、ブルーダイヤモンドコブラ、マルチタキシード、レッドテール、パイナップル、ゴールデンモザイク、まばゆいばかりの輸入グッピーたちが美を競っています。たちどころに先輩たちの忠告など忘れたわたしは、大興奮で購入すべきグッピーの選定に入りました。中でも、コブラ柄+メタリックグリーンのボディ、アイボリーモザイクの尾ひれを持った1匹に強く惹かれました。あと1匹、小柄でバランスの良い体型をしたモザイクを選び、呼び鈴を押しました。ここでは店員さんがいない時、呼び鈴を押すとアナウンスされる仕組みになっているのです。専任担当がいないのかと思っていましたが、実はペットコーナーは思っていたより遥かに広大で、目が行き届かないのでした。

やって来たおばちゃんに、選んだ2匹とゴールデン系の大柄な雌2匹をすくって貰い、すっかりハイな気分のわたしは能天気に尋ねました。
「やっぱ、このグッピー、シンガポールですか?」
「うんにゃ。静岡だ」
「へき?」
「静岡の問屋から来るんで、その前のことは知らんのよ」
なーるほど。どうやらダイレクトでシンガポールから来るわけではなく、卸問屋が介入しているらしいのです。またしても腰を折られた気分でした。
「その問屋さんには船便で来るんでしょーね、グッピー」
「さあねえ、うさぎは中国から船で来るけどね、子うさぎ頼んだって着いた時にゃ大うさぎだ。はっはっはー」
なにが、はっはっはーだ。うさぎはダイレクトで来るんかい。ムッとしたわたしは、ひとつ聞かなくてはいけないことを思い出しました。
「グッピーて、塩水で飼ってるんですか?」
そう。これは是非聞いておきたい話でした。海水魚でもないものを塩水で飼うなんて、本当のところ信じられなかったし、狭い了見のどこかに抵抗があったんです。せめて、このおばさんがそうだと言ってくれれば・・
おばさんはキョトンとして素直に答えを返しませんでした。その代わり、こう言いました。
「ここにある水槽ね、別々の物に見えるけど、実は全部繋がってるんよ。グッピーだけ特別扱いはしとらんよ」
言葉通りなら、この店の水槽は1つのタンクからくみ上げた水で、全水槽をオーバーフローしていることになります。なーるほど、店員さん少ないわけだ。今から考えると、ディスカスとかは、違う場所で単独の水槽にいたわ。そういえば。

すっかり腰砕けになったわたしは、ヘロヘロ状態でばばぁからグッピーの入った袋を貰い、器具売り場へ行きました。次は水槽です。ところが、ここの器具は高かった。相場を知らないわたしでさえ高いなあと思えました。実際、熱帯魚専門店の倍額近い値段で売られているものもあり、定価販売状態だったのです。しかもセット物が見当たらず単品規格ばかりでした。困っていると、たった1つだけ、キティちゃんの派手な図柄が入ったNISSOの40cm水槽セットが置いてあり、それだけが異常に安いことに気づいたのです。

物凄く派手だったので躊躇しました。水槽が派手なのではなく、外側の包みが色彩豊かでした。おこちゃま向けテイストいっぱいの原色使いまくり。運の悪いことに、その日は異様に混んでおり、近くに車の置き場が無くて、敷地内にあるショッピングセンターの立体パーキングに駐車していたのです。帰るに当たっては、このド派手な水槽を抱えて店内を通り抜けなくてはなりません。店内に熱帯魚売り場でもあれば別ですが、敷地内にあるというだけの、全く別な店ですから、ちょっと勇気が要りました。このホームセンターは当時、県内随一の敷地面積を誇っていた巨大専門店街の敷地内にあったのです。歩かなくてはいけない距離も半端なものではありません。しかし、これ以外に購入したい水槽は無し。観念したわたしは、ショッピングセンターに至るまでの歩道、信号、スーパーの各売り場、専門店街、はたまたエスカレーターで、痛いほどの視線を手元に感じながら駐車場に戻ったのでした。実際にあれだけの視線を浴びるとは思いもよりませんでした。ハローキティの水槽セット、そんなに珍しいのかな?確かに、水槽なんて思いもしない人たちには、なんだろう?な大きさですね。さぞ重そうに見えたでしょうし。実際、途中から腕が痺れて来て、投げ捨てようかと思いました。


「宮殿への道のり」2
さて、駐車場に戻ったわたしは、車の中で、さっそくグッピーの入った袋を取り出しました。オスの一匹は、マルチカラーなシンガポール産のモザイクです。赤いモザイク柄の尾ひれと色とりどりなボディが大変目を惹くあでやかなグッピーでした。小柄でしたが、ボディと尾ひれのバランスが良く、シンガポール産としてはタイトで尾ひれの開いた良好個体でした。
もう1匹のオスは、メタリックグリーンのコブラ柄で、アイボリーモザイクな尾ひれをしており、こちらも小柄でした。特筆すべきは尾ひれの形状で、まるでイチョウの葉のようなクローバー型だったのです。おそらくは病気かなにかの後遺症で、偶然そんな形になったのでしょうが、見事に上下対称だったため、わたしは長らく、そういう尾ひれの形をした種類が存在するのだと思っていました。そういえば、メタリックグリーンにコブラ柄が透けるボディというのも、あの1匹しか見たことないです。
メスは、でっかすぎるメダカとしか思えませんでした。
すっかりご満悦のわたしは、急ブレーキを踏まないよう注意しながら、安全運転で帰りました。

水槽を持って帰っても、予想外に両親は平静でした。日頃の態度から、いつそうなってもおかしくないと思っていたのでしょう。当り前のように迎えられたので、こちらが拍子抜けしました。目をつけていた場所は、食卓の、わたしの定位置から見ると真後ろに当るサイドテーブルでした。食事時に振り返ると目の前にある場所です。そこに設置してよいか聞きますと、重量を考慮したあげくに、あっさりと許可が下りたのです。まあビックリ。

食事時でしたが、両親の気が変わらないうちにと、わたしは急いで外側の派手なキティちゃんを剥がしました。水槽の中に入っているろ過器やビニールの水草も洗面台で洗いました。サイドテーブルが濡れないよう水槽の外側をふき取ってから設置すると・・なんかカッコ良いではありませんか。単に小さなテーブルへ空の水槽が乗っただけで、本当はカッコよくもなんともないんですが、わたしにはこの上なくステキな風景に思えたのです。バケツへ水を汲んで来て、ザーッと水槽へ流し込みました。半分近くまで水が入った状態で、ろ過器の組み立てです。組み立てと言っても投げ込み式のフィルターですから、ビニールチューブを差してエアポンプに差すだけでした。この投げ込みは、水作シリーズと違い、コーナーに置くよう三角形をしておりまして、なかなかスッキリしていたんですが、ビニールチューブの長さが足りないため、半ば宙吊りになってしまいました。

ソファで背もたれに両手を回し、デーンと足を組んでそっくり返っていた父が、指先でカルキ抜きを入れるよう指示しました。内心、なんであんたに監督されねばならんのだ、と思いましたが、ここは機嫌を損ねてはなりません。素直にカルキ抜きを持ってきましたが入れませんでした。もう1杯バケツの水を入れてから使いました。先輩方の知識が詰まった「熱血熱帯魚男」にしては、あまりにも小さな反抗です。

カルキ抜きは「水物語」というような名前でした。父はずっとこの液体脱塩素剤を使っているので、今でも我が家にあると思うんですが、わたしはどこの商品なのかも知りません。この時を含めて2,3度使用したと思いますが、すぐにハイポの信奉者になってしまったからです。今ではテトラコントラコロラインを常用しています。コロラインを使っていれば、カルキ抜きの良し悪しなんて考えなくなりますよね。父にとっての「水物語」も同じようなものなのでしょう。

この水物語ですが、シャンプーのような口をしてまして、握るとピュッと出るんです。本来、キャップで計量して使うのでしょうが、父はいつもピュッピュッとバケツに撒いてました。なので、わたしも真似をして水槽にピュッとやりました。無論、父もわたしもデタラメな分量だったと思います。

グッピーの入った袋を水槽に浮かべ、食事をとりました。水あわせも終わり、4匹のグッピーたちも元気に泳ぎ始めたのですが、ライトを購入していなかったので、さほど綺麗には見えませんでした。それどころか4匹共、宙吊りになった投げ込みフィルターの下へ入り込んでしまい、無魚状態です。これは漁村どころではないじゃありませんかっ!まるで荒野の防空壕です。

いかん。ここは秘策を使うところでしょう。粗塩。これこそがシンガポール産グッピーを長生きさせる特効薬でした。しかし、当然ながら両親は猛反対しました。淡水魚に塩を入れるなんて、一般的な常識の範疇からすると狂気の沙汰です。わたしが入れようとしてる量たるや、なんと100gなんですから。父は小さじに1杯入れるものだと怒りました。母も止めました。でも、わたしはこの日のために計画して来たのです。やめるわけにもいきません。

ですが。ですが、いざ100gの粗塩を目の当たりにし、怒りと制止の声を聞くと、躊躇せざるをえませんでした。100gの粗塩を計量カップに入れてみると、この迷いは分かっていただけると思います。片手でガバッと塩の塊りに手を突っ込んで握ったくらいの量なんです。先輩方の書かれたことは正しいに決まっています。なのに、37cmという小さな水槽へ入れるには、100gという分量は見た目に多すぎるのです。無意味な自分の理性までもが「大丈夫かお前?」と囁きかけて来ました。

誰も見ていないところだったり、回りにいるのが友人だったりしたならば、多分わたしは、自分のつまらない常識なんて振り切って実行したでしょう。でも「良心の呵責」に「両親の呵責」が重なってしまうと、これはまた予想以上に重かったのですよ。

結局、わたしは大さじ1杯の粗塩を入れるのが精一杯でした。
その夜、メス1匹が、蓋の給餌口から飛び出して落ちました。翌日には、もう1匹のメスも底に沈んでました。これが水質上のなにかであったのか、半端に入れた粗塩のせいだったのか、元々病気だったのか、輸出前のペニシリンが切れたのか。今でも分かりません。せっかく購入して来たグッピーは2日でオスだけになってしまいました。

この日から、わたしは両親に「さかな殺し」と命名されました。まあカッコいいかもしれませんが、熱帯魚飼育2日目で言われたくはないあだ名です。わたしが入れた粗塩のせいでこの2匹は死んだのだと散々言われました。

家に帰るのもイヤになり、水槽の前に立つが怖くなりました。今日は無事か、今朝は無事かとビクビクものだったのです。2匹の無事を確認すると夜中まで観察を続け、朝になるとビクビクし、時には心配で夜中に懐中電灯片手に見回ったりもしました。

そんなわたしを勇気づけて下さったのはNIFTYのメンバーたちでした。
わたしは誰か外産グッピーの飼育経験者に話を聞いて欲しかった。だからNIFTYのグッピー部屋に書き込みをしたのです。何人かの人々が相談に乗ってくれました。なかでも、夜中にリビングへ忍び込んで粗塩を撒くという意見には大笑いしました。
あのとき相手をして下さった、しゅんさん、しのさん、義経さん、ハセさん、この場をお借りしてお礼申し上げます。ありがとう。

次の週、モザイクが尾腐れにかかりました。考えた末、購入時のビニール袋に隔離し、その袋を水槽に入れたままメチレンブルーを内外に投入しました。心配でしたが、初心者のわたしに出来ることと言ったら、換水と薬浴しかありませんでした。この2匹はオス同士なのにやたらと仲が良く、それはビニール袋を挟んでも続いていました。袋越しによりそって泳ぐ2匹を見ていると、自然、奥歯に力が入りました。なんと自分は無力なのだろうと悔しい思いでいっぱいだったのです。せっかく勉強しても、なんの役にもたっていません。下らない擬人化と言ってしまえばそれまでなのですが、寄り添う2匹をなんとか助けたいと願い続けました。しっかりと予備知識を身に付けたはずなのに、なんでこう易々とグッピーたちは病気になってしまうのでしょうか?

わたしは更に勉強を重ね、粗塩投入は水の硬度を上げるのと殺菌効果のために行うのだから、硬度を上げるだけならばサンゴ砂を入れるだけで良いことに気づいたのです。時既に遅く、モザイクは翌朝落ちていました。粗塩でさかな殺しと呼ばれたわたしは、サンゴ砂を敷いてもそう呼ばれませんでした。どちらも効果は同じはずなのです。いや、本当は同じではないのですが、目的は同じなのです。

現実は残酷でした。サンゴ砂を敷いたことが結果的に悪かったのか、さらに1週間後、エメラルドコブラアイボリーモザイクいちょう型くんも落ちてしまいました。終戦記念日の夜でした。スコップ片手に、公園へ行って埋めました。

死ぬなっ!熱帯魚を購入した当初の心が張り裂けるような思いはアクアリストの誰もが経験することかもしれません。ですが、その思いを持ち続けることは多分、出来ません。いつしか思い入れも薄まり、達観し、感動も悲しみも薄まって行きます。現に今のわたしは、飼っているさかなたちが明日全滅したって、アリャリャ?とクビをひねるくらいのものなのです。

そもそも、粗塩を入れなかったためにグッピーは全滅したんでしょうか?飼育技術が未熟だからでしょうか?
どちらもその通りです。最初から粗塩を入れて、計画通りに塩抜きすれば良かったのだし、入荷直後と思われるさかなを買わなければ良かった。勉強したことを全く無視した結果とも言えるでしょう。少なくても、方法論通りにやった結果なのだから、という慰めにはなったと思います。

でも、気に入った個体がいたら、その場で引いて来るのは外国産グッピーに限らず、熱帯魚の鉄則でしょう?翌週いる保証は無いし、自分が気に入ったものは人が見たって同じように見えるはずです。自分の技術なんてものは全くゼロに等しかったけれど、外国産グッピーじゃなければ、もう少し違った結果になったような気はします。

これ以降、外国産のグッピーは飼育していません。いっぱしのアクアリスト気取りの今でも、落とさずに飼育する自信が無いからです。うまくいったとしても、それは運が良かっただけの話です。近年はシンガポール以外からの輸入も増えており、近所のホームセンターで見かけるグッピーも、一見してマレーシア種と思えるものばかりになりました。多分原価が安かったりするのでしょう。もう一度シンガポール産のきらめくような個体たちの中から、この時と同じような輝きを放つグッピーに巡り合えたら、とは思っているのですが、多分みつけても買わないです。

グッピー病も落ち着いたかもしれませんが、ひそかに蔓延し続けているのかもしれません。これはグッピーエイズとも呼ばれる病気で、カラムナリス菌の一種とも言われているのですが、シンガポール産のグッピーを中心に蔓延した不治の病です。その個体が発病せずともキャリアである可能性があり、感染は発病しないと分からないこともあって、見極めが出来づらい病気なのです。現在は無くなったと言われてますが、事実かどうか分かりません。

初めての熱帯魚に外国産グッピーは選ばないほうが良いと思います。値段が安いので初心者用と言ってるけれど、本当はバクチみたいなさかなです。一見して普通そうでも、病気のキャリアであったり、突然体調を崩したりすることが多いから。同じく東南アジアから輸入される養殖のネオンテトラなどもちょこちょこ意味不明に落ちますが、個体差が無くまとめ買いする彼らと違い、一期一会の感が強い分だけ、グッピーは始末が悪いと思います。

懲りないわたしは、今回の経験を生かし、違うさかなを選ぼうと考えていました。
かねてからの理想だった、インテリアとしての水槽を目指すため、パイロットフィッシュになる丈夫な熱帯魚を探し始めたのです。父の水槽には、まだわたしのグッピーたちの子孫が残っています。水槽をきちんと作って、彼らを引き取るつもりでした。