新 聞 等
新聞などを読んでいて「何だ、こりゃ」とか「アレ」と思ったり、いろいろ考えたりすることがある。日本経済新聞は、朝、出勤する途中、コンビニに寄って買っていくことが多い。気付いたことを書きたい。
2004/10/27
新聞ではないが、総務省のホームページに全国の自治体の決算カードが掲載された。この取組みを評価したい。さらに望むとすると、『市町村決算状況』(地方財務協会)のデータをエクセル形式でそのまま掲載することである。すると、そのデータを加工することでさまざまな比較を国民ができるようになる。
2004/09/28
小泉内閣の改造について、毎日新聞など社説で「小泉人事 守勢目立つイエスマン政権」であるとか批判的な記事が多いような印象を受けた。しかし、自ら改革を進めようという姿勢に忠実であったとすれば、自分の意見に従う者を閣僚に置くのは当然であるし、好ましいとの印象をもった。新聞は批判だけすれば、良いのではなくて、その積極的な意義も見るべきと思った。郵政事業の改革を進める意思が国の政治の責任を負うべき首相にあるとすれば、実現できなければ政治の仕組みとしておかしい。
日本の政治は首相の意思が与党内の調整で実現できないような状態が続いてきた。与党の調整をするということは、結局、改革を行わず官僚依存の仕組みを残す原因になってきた。
しかし、首相がそのリーダーシップを発揮できない仕組みそのものがおかしいと思う。首相がリーダーシップを発揮できないということは、政策に責任を負えないということで、どこに実質的な決定権があるのか不明確な状態をつくるということである。
財政的な困窮状況により、三位一体改革は首相の決断が先行するかたちで、なんとなく収まりがつくようになってきたし、自治体において政治的責任を負う首長の合意で国に三位一体改革の補助金改革の提案を行った。政治的責任を負う者が決断すること、政治が機能するということは、本来のあるべき姿で大切なことであり、向かうべき方向であるように思われる。
2004/06/30
最近の新聞をみていると、「国の借金700兆円突破=1人当たり550万円に」とか、「特殊法人運営 国の将来負担
大幅増」「団塊の世代 大量退職ならGDP16兆円減」「長期金利1%上昇なら 国債費増加
税収増の3倍」等、財政状況の悪化状況をことさら強調するような記事が増えてきている。
三位一体の改革で税源移譲という話があり、他方で、財政状況の悪化がある。こうした情報が流れることは必要なことであろう。自分がもし財務省の役人なら同じことをするだろう。
ただし「持続可能な財政」を目指すとすれば、情報を流しただけでは足らず、どこかで、何らかのかたちで国民自身が財政の悪化や公債の累積を自分に関係する課題として理解できる仕組となっていること、そして、さらに政治の場に対して国民の考えが反映し、政治の在り方そのものが変化することが必要である。
そのためには、おそらく財政錯覚の大きい国レベルよりも、自治体レベルで、財政の悪化とは何を意味するのか実感することが有効であろう。だが、そのことは自治体にとっては今までにない厳しい財政状況に直面することで、つらいことであるし、すでに始まっていることで、覚悟すべきことである。
2004/06/30
日本経済新聞 経済教室 「環境税の焦点 地道な努力でCO2削減」 小谷勝彦(2004/06/29)
この方は経団連の地球温暖化対策ワーキンググループ座長をされていて、産業界の環境税に対する反対の代表的な意見なのだろう。環境省で環境税導入をしようとすると、経済産業省と経済界が組んで、その動きを阻もうとするような構図がある。まず、「温暖化対策は長期的視野で」というのんびりした態度に疑問を感じた。とはいえ、いろいろな意見のうちいくつかはなるほどと思える点もあった。環境税の被害者であるような意識が産業界にあるとすれば、よろしくないし、より建設的な提案をすべきだと思う。
環境税で導入したいとすれば、思いつきではあるが、家庭部門でのガソリンの使用量を抑えることがおそらく正しいように思われるので、家庭のマイカーのガソリン代に現在の販売価格の9倍くらいの税をさらにかけることである。すると、マイカーでのガソリン代がざっと10倍となり公共交通機関や自転車等への転換が進むように思われる。税収は、原則として、公共交通機関の充実に充当する。少し過激だろうか?
2004/05/17
日本経済新聞 経済教室 「法定外の狙い撃ち懸念」 今里実東大教授(2004/05/12)
特定企業の狙い撃ちが多く、それらは憲法違反の疑いがあるのではないかという論調であった。
これを読んでいた生じた疑問は、「条例は法律の範囲内においてのみ制定を許される」(憲法94条)であるとか、条例に対する法律の優位性が全く疑いのない規定の事実のように論を展開されているが、今里氏は分権改革の意義をまじめにお考えになったことがあるのだろうかということである。法律でなんでもかんでも定めれば、それが通ってしまうとすれば、憲法の「地方自治の本旨」は何なのかということになる。もし条例で定めた内容と同じものを法律で定めたとすれば、それは憲法違反と考えるのだろうか。分権改革では、国と地方は対等協力の関係という考え方があったが、それはなぜなのか、踏み込んで考える時期に来ているように思われる。税のあり方を考えるならば、税法ばかりでなく、政府間でどのような現実の問題があるのか、実際に政策課題がどうなっているのか、分権委員会の最終報告等どのような問題意識で書かれているのか等にも配慮すべきである。
2004/04/07
2004/04/07の日本経済新聞「公共事業の格差拡大」という記事で、「国の「ばらまき策」限界 効率化への自助努力急務」ということで解説記事があるが、
「国からの交付税を削れば自治体館の財源の偏りは一層、顕著になるのは避けられない」とある。三位一体の改革の流れのなかで交付税総額は抑制傾向にあるが、交付税総額を縮減したとしても、そのことが直接的に財政力の小さい自治体へ大きくしわ寄せされるかというと単純にそうは言えない。というのは、財政力の小さい自治体を補正係数等の手法により基準財政需要額を同程度に維持しつつ、財政力の大きい自治体に交付税縮減の負担を負わせることも政策的に可能だからである。財政力の小さい自治体の交付税が縮減される程度が大きいならば、そうした自治体にとって、そうなるのが合理的という判断が前提にあると理解できる。
また、地方の効率化は必要とステレオタイプ的な批評がなされるが、より実質的な歳出の内容を見るべきであると感じている。公債費のほか、扶助費など、その負担が法律等でほぼ義務付けられ、自治体の自主的な判断で削減できない経費が多い。それを効率化だけで片付けるのは、狭い見方であるように思われる。また、地方単独事業の事業量が減っているという場合に、減らすのが可能だから減らしている、というよりも、減らすのは適切でないと思いつつ、減らさざるをえないから減らしている、という感覚でないかと思う。地方単独事業を縮減する背景には、民生費等で削減が困難な経費の不可避的な増加があることを意識すべきである。
体裁のいい当り障りのない意見には落とし穴があるように思われる。
2004/04/05
2004/03/31の日本経済新聞経済教室「事業別歳入債の導入を」吉野直行慶応大学教授
米国で採用されている元本保証を外した事業別歳入債券の導入について提言をされている。元本保証を外すというのは、日本の自治体には今までなかったわけで興味深い提言ではある。しかし、採算性を考慮して起債するならば、ほとんど対象になる事業はないように思われる。むしろ、当該事業について、税を投入したり、地方債で将来世代へ負担をまわしてもよいのかどうか実質的に判断する機会や場が欲しい。
2004/04/05
2004/03/27の日本経済新聞社説「消費税の負担わかるような総額表示を」
この社説では、消費税の税込みの価格表示を義務づける「総額表示」制について、「表示の仕方しだいで税負担がどのくらいか分かりにくくなり、結果として消費税の野放図な増税を許しかねないことである。」と述べている。
これを読んでいて、まず思ったのは、こんなことはとっくの昔にわかっていたことなのに、何でいまさら社説に書くのかと、まず思った。税を支払っていることを理解しにくい、関心を持ちにくい制度というのはよろしくない。所得税等の源泉徴収制度でも税負担の感覚が鈍る、つまり痛税感は弱い。源泉徴収制度と同様の過ちを消費税でもおかそうとしている。姑息な制度の改悪だと思う。ということで、こんなことを問題にするなら、制度が施行される数日前ではなく、制度が導入が決定されそうな時期に明確に問題にすべきであった。
つぎに、「野放図な増税」ということで、税が増えるのが悪だという視点がよろしくない。税負担が高くなったとしても、そのこと自体が悪いわけではない。納税者が納得して、納税者の意思にそうかたちで、政策課題解決のために有効に税が使われているならば、税負担が高くてもよいのではないか。将来世代への負担が増えつづけるよりも、例え税負担が増えてそのことで公債残高が縮減方向に向かうとすれば、その方が好ましいし、まっとうな考え方のように思える。
