「結果として」
「結果として」
つまり過程はデタラメに満ちているということを自ら認める時の科白。
なぜその結果になったのか、その過程を質問しているのに、「結果として、こうなったのです」と返答するというナンセンス。
(大石)「結果として女はバカだ」とは深淵なり。
<記者
「公共事業評価監視委員の人選の基準は。半分以上が県外者で、女性は一人もいない」
<康夫
「公共事業のあり方は税金の使い方であると同時に社会のあり方でもある。
県や日本の社会の明日を考える言葉を持ち、県民に分りやすく伝える力を持った方を選んだ。いずれも広い視野を持った方だ。結果として男性ばかりになった 」
この発言が事実とすれば、その意味するところは深淵で、本音がツイ出たというべきだろう。
最初にお断りしておくが、筆者は性の違いに基づく役割の違いは断固として認めるが、権利としての人権について言えば断固として平等でなければならないと考えている。
さて、この田中知事の記者会見は「問うに落ちず、語るに落ちる」を地でいったものである。
つまり、人間・田中康夫の裸の姿を見せてしまったということである。
ふだんは心に秘めて口外しないことでも、話しているうちに、つい表現の中に本心が出てしまうことをいうのである。
差別主義者・田中康夫の事実と真実がこれほど具体的に明白に表現した言葉はあるまい。
「結果として男性ばかりになった」というところが問題なのである。
さらっと読んでいると、「なんとなく」男性になったので仕方ないという諦観になるかも知れない。
しかし、感性の鋭い女性はこれくらいの偽装をすぐ見破ることであろう。
あるいは感度の鈍い婦人は口を開いてニコニコしているに違いない。
なぜ「結果として」こうなるのか。
「結果として」とはいかなる意味か、ここを分析しなければならないのである。
結果まで行き着くには過程があるはずである。過程の進行状況では女性がいたのだろうか。
それはまったく分らない。田中康夫氏は選挙当時、過程も含めて情報を公開するのが民主主義であると言っていたはずである。
したがって選考の過程をも公開するのが公約である。
田中康夫氏の「結果として」の意味を、さらに平易に翻訳すると「いろいろ考えたが女性はバカだから選ぶことが出来なかった」ということにならざるをえない。
つまり、女性参画社会の構築などとごもっともなことを言っているが、やっていることは女性蔑視の県政であるということになるのである。
「結果的に仕方がない」のではなく、そもそも女性参画は口先だけのサービスであったということになる。
さらに言えば、ただ票を欲しかっただけに過ぎない。先の選出過程のコメントはこれだけのことを暗に表現しているのである。
(青木)
「検討します」
「検討します」
就任当初、県職員が言った「検討します」という言葉をつかまえて
「検討?検討しますじゃなくて、答えなさい、検討なんて言葉は使うな」
と因縁をつけた田中知事。
しかし現在、知事はこの言葉を使わない日は無い。田中知事の発言中、最も使用頻度の多い言葉。
そして、「検討する」と言って、まともに検討したためしがない。全部先送り。
「実験の場」
康夫ちゃんが良く使う言葉。
「長野県を実験の場として」などと使用する。県民は実験台か。
長野県は「いかがわしい意味」での「実験の場」。
(青木)田中康夫を支持する県議会会派の名前は「トライアルしなの」であるが、日本語に訳すと「実験台信濃」である。
シンシューベリーマッチ
県の観光キャンペーンで康夫ちゃんが使ったキャッチコピー。
感性が絶望的に古い。
「しなの牛」や「インフィオラータ」や「スキー王国」と同じように、企画倒れの末路を迎える事は簡単に予想できる。
「情報公開」
康夫がいつも吹聴している理念。だが実態は全くの逆であり、会議は非公開ばかり。
その内容も全く公表されない。車座集会の質疑すら全く公開されていない。有言不実行とは、まさに田中康夫のことである。
包み隠しの多い田中県政について全国的な評価も低く、都道府県の情報公開ランキングでも長野県の順位は急落している。現在は底に近い状態。
また、田中康夫は後援会幹部である下水道業者と談合をした文書について問い合わせを受け「そのような文書は存在しない」と主張していたが、批判を受けて渋々文書を公開した。
その文書も、実は改竄されたものだという事が発覚している。
まったく、ご立派な情報公開である。
「それはあなたのお考えです」
「それはあなたのお考えです」
自分の考えがとうてい世間に受け入れられないと負けを悟った時の逃げ口上。
(大石)「それは〜のご判断です」「それは皆さんが判断されることです」とも言う。
知事の悪事について批判を受け、反論できないときに必ず使う常套句。
「県民のみなさんが判断されることです」などと使用する。
「ダイジョウビかのう」
「ダイジョウビかのう」
田中康夫が時々使うフレーズ。
田中と田中後援会の業者が談合していた事実がバレそうになった時、不安になった田中が部下に出したメールにこのフレーズが使われ、有名になった。
ペログリ日記などでもこの表現を使っている。
なんというか、言いたくはないが、感性が古い。80年代のテイストがする表現。
「名前が全てを物語っている」
「名前が全てを物語っている」
自身たいした付き合いも無い人間をむやみに引っ張ってくるもんだから、何しろ説明のしようがない。
そこで、この王様の服が見えないのか!?と開き直る。
(大石)自分に都合の良い答申を得るため、知事は自分の信奉者を検討委員にしようとする。
これは知事の御用委員会ではないか?と批判されると知事はまず「結果としてこうなった」と意味不明の回答をする。
なぜそいうい結果なったのかを聞いているんです!と詰め寄られると知事はこの言葉を出す。
「名前が全てを物語っているのです。以上。」ぜんぜん答えになっていませんよ!とさらに追求を受けると、知事は記者会見を打ち切り逃げ出してゆく。
「山猿」
井の中の蛙ならぬ山の中の猿
井の中の蛙たる長野県人
「信州痴痔戦・猿山狂騒戯画」(爆笑)
ねぇーっ なにか県会議員はねー、是々非々とかよくおっしゃってるらしいねぇ。
ぜ・ぜ・ひ・ひぃ?
なんでも田中の言うのはダメダメ、ヒ・ヒ・ヒ・ヒ・だ・よ。
なにニヤケテ笑って非々非々だぁ?非々非々言っているうちにマントヒヒだぞみなさん。
有・害・鳥・獣なんだよ!みなさん。こんなことは。
ほぉーんとうに是々非々だと、是々非々になりますか県議会。
えぇーーっ!
- これでもまだ長野の有権者は田中康夫を支持するのだろうか。(LogBook)
- 田中康夫一味の勝谷誠彦は「学習なき猿ども」という表現を使用。
894
名前:名無しさん投稿日:2004/03/07 20:30
信州は、猿や豚が棲むのだから道は必要なし。
895
名前:名無しさん投稿日:2004/03/07 20:33
»894
信州の豚は、新幹線に乗るんだぞ。衛星通信機能付きの公用車にも乗るんだぞ。
私用でも、帳簿を書き換えて公用にして旅費は受け取るんだぞ、その豚は。
896
名前:投稿日:2004/03/07 20:45
カタカナ好きだしね
897
名前:名無しさん投稿日:2004/03/07 20:48
おそれおおい豚だね。何とかして神棚に上げないと。
罰が当たるぞ。
エセ関西弁
関西人からは失笑を買っている康夫ちゃんのインチキ関西弁のこと。
とても聞くにたえない不快な、気持ち悪いもの。
康夫ちゃんお得意の「オネエ言葉」も同様に気持ち悪い。
「有言不実行」
「有言不実行」
田中康夫が県議会議員を攻撃する時に使う言葉。
しかし、この言葉が最も適合するのが田中康夫本人であるということは皮肉である。
田中康夫の公約不履行はひどいものだ。
「良い方法があれば教えていただきたいです」
「良い方法があれば教えていただきたいです」
オリンピック帳簿疑惑について、なぜ解明しようとしないのか、と問い詰められたときに田中康夫が必ず返す言い逃れの言葉。
「夜討ち朝駆け」
「夜討ち朝駆け」
知事がいつでも受けてたつ、と言っている行為のこと。
「表現者」からの取材を拒否しない、ということなのだが、現実は拒否しまくり。
自分の手下であるK嬢からの取材にはホイホイ応じるが、厳しい追求をする小林照幸からの取材には逃げまくる。
「理念を共有した人」
康夫ちゃんのイエスマンのこと。
わか者、よそ者、ばか者
2005年2月に康夫ちゃんが使い始めた用語。
「コモンズからはじまる信州ルネッサンス革命」のキーワードなのだそうです。
転じて、康夫の詐欺に真っ先に引っ掛かる馬鹿な人のこと。
類義語:『長野県では、IQ(知能指数)が高い人ほど、田中県政への支持率が低い』
「私が〜すると『〜』って言われちゃう」
。
「隗(かい)より始めよ」
故事成語。康夫ちゃんは正しい意味を理解していない模様で、誤用を連発している。
「記憶にございません」
「記憶にございません」
「改革モデム」
宮城、高知、三重に於ける90年代型改革モデムは明らかに賞味期間を終えつつあり、代わって岩手、鳥取に象徴される改革モデムこそが、長野革命と拮抗する形で稼働し始めているのですから。
- モデムなんつうのは、所詮スピードの速さを競う道具に過ぎずに、こんな所で、「改革モデム」なんつう、流行のIT用語とくっつけたからと言って、それが別にファッドな響きと意味を持つわけではない。温性無き造語であって、レベルの低い言葉遊びに過ぎない。(大石)
リナックス精神・リナックス運動・リナックス型・リナックス的
二日前に東京で「Linux World Expo(/Tokyo)2002」というのの基調講演をいたしましたが、ここでも述べましたことは、ある意味で言えば長野県の改革のムーブメント(movement:傾向、動向)というのは、リナックス(Linux)的な精神であるということです。
長野県のコンピューターのサーバーも今7割近くがリナックスになっております。
ただこれはお金を出せばこのリナックスのOSは買うことができます。
けれども大事なことは、仮にMSNをお使いの方であっても、精神がリナックス的であるかどうかということだと思います。
これは繰り返し申し上げてる、まさにユナイテッド・インディビジュアルズと。
国・県・市町村がピラミッド型に組み込まれた従来のウィンドウズ型垂直補完ではなく、優れてリナックス型水平補完の精神です。
いろんな意味で、この人の LINUX 話って、出鱈目も良い所だと思っています。
だってこの人は、 LINUX が理想とする所の、open source であるとか、own risk とか、全然解って無いじゃない?
パソコンという own risk で進化して来た文化に関して、どうして動かない時に、他の家電製品みたいに修理が来てくれないんだ? と吠えたり( LINUX なんざ、自力解決できないユーザーは触っちゃいけないんだぜ! それが LINUX のお約束)、ドコモの迷惑メールに関しても、own risk の範囲内でやるべきことすらやらずに、クローズドな手順に閉じこもってブツブツ文句を言った。
田中康夫がこの1年やって来たことは、まさに LINUX の理想に逆行することばかり。
事大主義なMSのOSと一緒で、全く融通の利かないトップダウンで物事を決めてハングアップし、システムをフリーズさせて来た。
MSのOSはシステムがフリーズしちゃうと、そりゃフリーズじゃなく、「不正終了」ですと訳のわからん言葉でケツをまくる。
田中康夫は、フリーズすると、それは「クリエィティブ・コンフリクト」です、とケツをまくる。
派手な宣伝ばかりでろくなことは出来ない。いつ何を出してもバグだらけ。バグを指摘すると、それはバグでは無く仕様だと言い逃れる。
アプリ(審議会とマスコミ)が無ければ何の役にもたたん。何から何までMSのOSと一緒。
「これからはもう LINUX みたいなオープンソースでオープンマインドだ!」
と、出来もしない宗旨替えする所までMSと一緒。
そもそも決定的に間違っているのは、own risk というのは、市民の日常の生活や仕事に関して言えることであって、行政というのは、own risk でカバーできない所を、公でサポートしましょうという概念です。
言ってみれば、行政は、いざという時に、みんなが頼りにする UNIX みたいな存在であらねばならない。
仮に、100歩譲って、その話に幾ばくかの真理があるとしよう。一体何処の誰にその話がわかるよ?
パソコン遣いなんてのはまず世代が限定される。その中でも、OSとアプリの違いを理解している人間はごく僅か。
まして LINUX の存在を知っているのは中でもごく僅か。全然一般的じゃない。
その存在を知らない人間にとっては、所詮いつもの田中康夫の横文字自慢に過ぎない。
LINUX の何たるかを知っている人間にとっては、笑い話にもならない、素人の戯れ言。
何でも新しい言葉を使えば良いってもんじゃない。
康夫ちゃん、そんなに LINUX にご執心なら、潰れかかっている信大の open source プロジェクトに金出してあげなさい。
それと、 過去のOS(どっこいまだ生きている)だから具体的には書かないが、MS−DOSに対する不当な評価には強く抗議したい。
だいたいあんた、DOSを使ったことなんか一度も無いくせに、好き勝手なことを言わんでくれ。
あんな堅牢なOSは無かったぞ。まるでNT並だった。
トーバルズというのは、Linuxでおなじみのリーナス・トーバルズだ。
CNETは技術情報系のWebサイトなのだが、かつて「リナックス型県政」などという戯言をホザいていたどこかの知事にも読んでほしい。
新しいこと、変わったことがしたいという理由で、ゼロから新しいもの、変わったものを作ろうとするのは、私にいわせれば愚の骨頂であり、思い上がりです。
Linuxが目覚ましい成果を上げているのは、細事にこだわり大事を逸する愚を犯していないからです。
しかし、この穴に陥るプロジェクトのいかに多いことか。
NIHシンドロームは病です(編集部注:NIHはNot Invented Hereの略。NIHシンドロームとは他所で開発された技術を嫌い、自社の研究成果にこだわる考え方のこと)。
リーナス・トーバルズ
違うOS
田中は壊すだけというのは間違いで、そう捉える人たちは演繹法でしか考えられない昔いOS(オペレーション・システム)の頭脳ですね。
全国の知事で宮城や高知はOS(パソコン基本ソフト)が古く、鳥取や岩手は学ぶべきOS
康夫ちゃんの口からOSなんていう台詞が出てくるのは滑稽ですな。中小企業から大企業に至るまで、OSからアプリケーションに至るまで、ビジネスの最前線では数世代も昔のOSやアプリが堂々と動いていることをご存じないようで。
どうやらこの人、MS社製の新しいOSは常にバグだらけで、信頼と堅牢さがモットーのビジネスの現場ではまったく歓迎されないという現実をご存じないようで、きっと古川さん辺りから、「今度のOSは凄いよ!」という心地よい話を聞かされて鵜呑みにしているんでしょうな。
誰か康夫ちゃんに、あんたは素人なんだから、物事をコンピュータやネットワークにたとえるのはお止しなさいと忠告すべきだと思う。
ダム検討委員会専門用語集
ヤフー掲示板田中知事に敢えて苦言を呈しましょうにて展開された用語集企画を、おもしろいので転載します。
公式発表資料は長野県サイトで読めます。
以下はダム検討委員会の場でのみ通じるローカルな専門用語です。
専門用語ばかり出てきて訳が分からないという人は、ダム検討委員会の議事録を読むとき、新聞報道を見る時の参考にしてください。
間違えても日常生活や長野県以外の一般的な河川事業では適用されないと思いますので、使い方には十分お気をつけ下さい。
kawamoyuruさんやhiyokunotiさんらの投稿を参考にしながら、思いついたまま並べています。
- ※
河川整備計画 -
河川法で定められた河川計画立案の手法で、これに基づかないと河川事業が一切できないことが法律ではっきり定められているが、検討委員会の議論は法律を超越しているため、河川整備計画での位置づけになるかどうかは大したことではないらしい。
- ※活断層(かつだんそう)
-
学界などでは今後活動の可能性のある断層のこととされているが、検討委員会の中では第四紀断層と同義。
盛んに引用するのは石坂・藤原の各委員。
- ※カバー率
-
自分の主張に都合の悪い水文資料を恣意的に排除するための指数。
具体的な数値は決められておらず、基準「案」では60〜80%と示されているが、そこから使い勝手のいい数字を根拠も示さず引用できるらしい。
自分の主張に都合の悪い水文資料を恣意的に排除するための指数。
具体的な数値は示されておらず、基準「案」では50%以上とされているが、
「一級水系の主要区間では60〜80%で採用されている例が多い」
との記述があるため、そこから使い勝手のいい数字を根拠も示さず引用できるらしい。
- ※
既往最大 -
厳密には、自分たちが都合よくピックアップした洪水群のうち、最大の流量だと思われる洪水のことを指す。
もっと大きな洪水が起こっていて、実際に記録に残っていても、それらは自分たちが認めない限り既往最大とは認定されない。
- ※
危険 -
100%安全だと完璧に立証できない事象の一般的形容詞。
「××の地質は危険だ」など。
- ※
生活 レベルの低い見るからにおばさん -
日本共産党長野県議団団長でありダム検討委員であり同浅川部会長でもある石坂千穂さんの私設応援団、及び同党の支持組織のこと(両者はしばしば重複する)。
藤原委員が命名。
言うまでもないが、俗に「おばさん」にジャンル分けされる人のほとんどはこれに属していない。
逆に「おばさん」以外にも該当する人もいる。
- ※
選択 の問題 -
議論の大前提を、あたかも新しいものの見方であるかのように宣伝し、本質をぼかすために使われる言葉。
特に「基本高水論争の中でなぜ標準的な方法を選ばないのか?」との問いや、「長野モデル」とはどんな基準を求められた時などに答えをはぐらかすために使われる常套句。
繁用しているのは宮地委員長のほか、大熊・高田・五十嵐の各委員。
- ※
総合的判断 -
本来は総合的に判断するという意味だが、基本高水などある限定したテーマに従って議論を進めた時に反論できずに詰まってしまった場合などに、風呂敷を大きくしてそれがOne Of Themに過ぎないと言い立てるがために頻繁に用いられる。
繁用しているのは宮地委員長と石坂・高田の各委員。
- ※
代替え案 -
ダムを造らない時の、洪水の危険性や水道水の供給に関するアフターケアのこと。
現代において物を購買する時にはアフターケアが一つの要点になっているが、こと「脱ダム」については、これまで一人前のアフターケアの予想図がろくに示されていない。
- ※
長野 モデル -
無計画かつ恣意的に河川工事を行うという画期的な公共事業のあり方のこと。
五十嵐委員が提唱し、宮地委員長らが賛同。
- ※100年確率
-
100年に1ぺん降るであろう確率の降雨量、そしてそれにより生じる基本高水の数値のこと。
日本の河川はおおむね100年確率での整備が行われている。
ただし、カバー率という係数を計算過程で強引に導入して、実際には70〜80年確率程度のものを100年確率だとこじつけて主張することもあるらしい。
確率論的には100年確率の雨が100年に2回以上降る確率は27%ほどある。
- ※フェアではない
-
自分たちの言い分に反する客観的事実が扱われることの形容詞。
石坂委員が多用。
- ※
殆 ど人がいない -
法政大学のある首都圏に比べれば、長野市の浅川流域はいくら住宅街とはいえ人口密度が少ないのかもしれない。
五十嵐委員の観点によると、8万人の住宅がある地域といえども殆ど人がいないも同然らしい。
- ※
緑 のダム -
これさえ整備すれば、たとえ現在の上流の森林整備率がいかに高かろうが洪水もピッタリ出なくなり、渇水も起こらないという魔法のようなシステム。
一部では新興宗教の一種とも言われている。
藤原委員が強力に提唱している。
- ※ややこしい
-
高田委員の常套句。
高田委員は丁寧にも、「ややこしい」とはどういうことなのかを、自らの発言により示してくれている。
- ※あとで検討
-
話が紛糾して面倒くさいとき、もしくは話が好ましくない方向へ向かいだしたときに使われる宮地委員長の切り札。
事実上の放置プレイ宣言と取ってほぼ間違いなく、「あと」とは具体的にいつなのかは触れないし、質問したところで言った本人にも答えられない。
同義語に「後ほど」など。
- ※
河川砂防技術基準(案) -
なぜか案の字がいつまでたっても取られることのない国の技術基準。
それがためだけに色々とケチをつけられている。
- ※
過大 -
矮小化した自分たちの立場から周囲の普通の状態を見渡した時の感想、評価。
「過大」という言葉を用いることによって、逆に自らが矮小化していることを証明してしまうという諸刃の剣。
- ※
環境破壊 -
山にも河川にも人里にも海にも自然環境があるが、環境破壊とはダム計画が立てられるような山間地の自然環境に負荷を与えることの一般的表現であり、河川や人里の自然環境に負荷を与えることは環境破壊とは言わないらしい。
- ※
議事録 -
事務局は委員会の様子を撮影し、「テープ起こし」をした上で委員全員のサインをもらい、だいたいこれまでは10日くらい後に議事録として公表している。
議事録はあくまで大本営発表の公式記録であり、委員が何を言ったか、委員会で何があったのかを正確に記載したものではないが、あくまで公式記録であるため、委員会の議論の中では金科玉条のごとく扱われる。
なお、第8回の検討委員会(3月27日開催)の議事録が2ヶ月近く経ってから公表された(5月21日公表)のは、委員の誰かがサインを渋ったためとする説がある。
- ※基本高水(きほんたかみず)にとらわれない
-
基本高水は治水計画の一番の基本であり、事業の目的と密接に関わっているので、基本高水を無視ないし軽視した治水工事というのは、これまで五十嵐委員に代表される公共事業見直し論者が「止めるべき」とかねがね主張してきた「無駄な公共事業」に他ならない。
- ※砂防(さぼう)ダム
-
土砂の流出を自然にコントロールさせることを目的にコンクリートなどで造られる小型のダム。
堰堤(えんてい)ともいう。
しばしば誤解されているが、ダムが土砂でいっぱいになってから調節機能の本領発揮をする。
これまでに数多くの土石流を防いだ実績があり、役者出身の紋次郎印の国会議員がちらりと現地見学をしただけで「水系から見て不要だ」などと簡単に切り捨てられるようなシロモノでないことだけは確か。
- ※神学論争(しんがくろんそう)
-
もとは、ローマカトリック、ギリシャ正教、ネストリウス派、ルーテル派、イギリス国教会、その他色々があるキリスト教を名乗る宗派の中で、どの教義がキリスト教の正統なのかを論じるもの。
転じて、いつまで議論をしても決着がつかないことの喩え。
ダム検討委員会そのものが神学論争だという話は、さすがに出てこない。
- ※専門家(せんもんか)
-
定義が不明確な概念で、一般には特定分野を長年研究して精通している人のことを指すが、時にはその分野を少しかじっただけでも専門家と扱われることもある。
周囲からは専門家扱いされ、本人もそのように振る舞っていながら、追及をされると「専門家ではない」「専門外」として逃げ口上に使われることもある。
- ※
総合治水 -
ダムだけでなく、遊水池や貯留施設、緑のダムなど、様々な方法を用いて流域全体で治水をしようという考え方。
本当は検討委員会でこれを行うはずだったのが、いつの間にかダム有り案と基本高水引き下げダム無し改修案との、それぞれの論点整理及び自己主張の場になってしまい、浅川と砥川では総合治水が非現実的であることをまざまざと見せつけてくれた。
- ※
貯留関数法 -
ローマカトリックの教義でもないのに三位一体論が頻繁に出てくる流出計算の方法。
洪水流量の資料が不足しており、雨量データを流量データに変換して計算するために用いられている。
- ※土砂対策(どしゃたいさく)
-
土砂は等しく同じ山から生産され、等しく河川に出てきて、等しく対策が必要であるのに、ダム計画の時にはダムで土砂が止められるのにも拘わらず大々的な事業投資が求められるうえコストが大きく見積もられているのに対し、ダム無し河川改修の時には必要であるにも拘わらず対策が括弧付きで扱われてコストは殆ど無視されるという、摩訶不思議な概念。
- ※部会(ぶかい)
-
本来は住民の意思を反映させるための場として、流域ごとに設けられる検討委員会の出先機関。
これまで開催された浅川部会と砥川部会は、技術的に素人ばかりが集まっており、ダム推進派とダム反対派とが各々の主張を展開させるためだけの場になっていた。
- ※放水路(ほうすいろ)
-
水を流下させるためだけの水路であり、そこには多自然型護岸も、せせらぎも、ワカサギの生息も見込めない。
バイパス目的以外の放水路を河川事業で整備することはできない。
- ※ボーリングコア
-
ボーリング調査を行うときに地中から抜き取られる土が直径6センチほどの円筒状にくり抜かれたもの。
普通は見やすいように木箱に収納されている。
これを数本見ただけで断層があると判断することは非常に困難であり、五十嵐委員の言うところの「神業」、発掘調査における「神の手」の領域である。
- ※余裕高(よゆうだか)
-
洪水時には水面が波打ち、画一的に流れてくることはまずあり得ない。
また、洪水時には木をはじめいろいろなものが上流から流れてくる。
それらによって洪水が堤防を越えて破堤してしまうことを防ぐため、河川計画では流量計算上の定規断面に加えて余裕高というものを考慮しており、河川の流量ごとに決められている。
ダム無し河川改修案では、洪水が起こっても水面が波打たずに静かに流れ、上流から木などが全く流れてこないために、余裕高を食うことを容認することがある。
また砥川のダム無し案では、余裕量を見る方法として、既往最大流量相当量に25%を付加するという斬新な試みも全国で初めてなされている。
なお、ダム無し河川改修案そのものが法律や基準を超越しているので、その手法や25%という数値の根拠などは基準等には全く記されていない。
- ※ワーキンググループ
-
基本高水、利水、森林、財政の4部門について専門的に扱う委員会内の機関であるが、公共事業論の基本を理解できていない公共事業モデルを提唱したり、教え子の調査を委員会で公表するなど、責任者である座長には好き勝手なことができるほどの強大な裁量が握られている。
リンク集
田中知事に敢えて苦言を呈しましょう
ヤフーの掲示板
ダム検討委員会の実情を克明にレポートした書き込みがある
国土交通省河川情報局 「緑のダム」が整備されればダムは不要か
脱ダム派の主張のうち、いくつかは根本から間違っていることがわかる
正しい認識をした上で、必要か不要か検討すべきだ
目的(推進・反対どちらも!)のために数値や事実ををねじまげてはいけない
ダムの議論に「政治思想団体の政争」を持ち込んではいけない。
長野県サイト ダムの役割は?(Q&A)
長野県が県民に対して公表している正式見解。
日本ダム協会
ダムについての解りやすい解説がある。
滋賀県サイト ダムのはなしとQ&A
長野県と同じく、「水源の県」である滋賀県のサイト
ダムについて大変丁寧に説明がなされている。
ダム検討委員たち(当サイト内)
長野県治水・利水ダム等検討委員会の名簿や砥川下諏訪ダム・浅川ダム・黒沢川黒沢ダム・郷士沢川郷士沢ダム・上川蓼科ダム・角間ダムの検討委員名簿がある。