関係者名簿
| 団体名 | 代表 | 年齢 | 肩書 | 本拠地 | その他参加者 |
|---|---|---|---|---|---|
| 永田恒治 | 弁護士 | 松本市 |
| |
| けやきの会 | 湯本清 | 72 | 弁護士 | 上田市 |
|
| 輪の会 | 石曽根清晃 | 弁護士 | 松本市 | ||
| 空会 | 長尚 | 元教授 | 長野市 | ||
| 信州ゆめフォーラム | 若麻績享則 | 43 | 元長野青年会議所理事長 | 長野市 | |
| 輝く明日の長野県を考える会 | 近藤光 | 連合長野会長 | 全県 |
| |
| 民主党長野県連 | 羽田孜 | 元内閣総理大臣 | 上田市 | 篠原孝 | |
| 明るい県政を進める会 | 桜井伝一郎 | 元伊那市議会議長 | 伊那市 | ||
| 県民のための真剣な県政を目指す会 | 脇嶋光美 | 62 | 自営業 | 長野市 | 塩谷安男弁護士 |
| 真の改革を進める長野県民の会 | 青木照夫 | 白バラ会 | 長野市 | 青沼壽一 |
| 候補 | 出馬意思 | 出馬要請 |
|---|---|---|
| 市川周 | あり | 前回出馬 |
| 林泰章 | あり | 考える会 |
| 茅野実 | あり | 自己推薦 |
| 務台俊介 | あるらしい | 考える会 |
| 猪瀬直樹 | あるらしい | 同窓生一同 |
| 峰竜太 | あるっぽい | 石原慎太郎 |
| 杉原佳尭 | なし | 県民の会 |
| 永六輔 | 不明 | 変える会? |
| 羽田雄一郎 | あるっぽい | 民主党長野県連 |
| 若林健太 | あり | ゆめフォーラム |
| 村井仁 | あり | 考える会 |
| 会長 | 安川英昭 | セイコーエプソン経営 |
| 副会長 | 鷲沢正一 | 長野市長 |
| 副会長 | 近藤光 | 連合長野会長 |
| 階級 | 名前 | 肩書き | 献金額 |
|---|---|---|---|
| 後援会派会長 | 島田基正 | 県議・建設会社「第三木材」経営 | |
| 会長 | 穂刈甲子男 | 建設会社「林友」経営 | 64万円 |
| 事務局長 | 小林誠一 | 下水道工事会社「トーヨークリエイト」経営 | 120万円 |
| 事務局次長 | 吉江健太郎 | 松本市議会議員 | |
| 役員 | 吉田総一郎 | 吉田興産社長(長野市)長野五輪招致に関与・帳簿疑惑 | 五輪御殿で知事を接待 |
| 副会長 | 山根敏郎 | 県内大手ゼネコン「守谷商会」経営 | 130万円 |
| 副会長 | 平野稔 | 平安堂会長 | 50万円 |
| 副会長 | 樫山高士 | エムケーカシヤマ社長 | 5万円 |
| 副会長 | 宮ノ尾秀日人 | 信州ヤナセ社長 | |
| 副会長 | 星野佳路 | 星野リゾート社長 | |
| 副会長 | 向山信二 | 流通経済研究所長 | 30万円 |
| 副会長 | 宮沢マサ代 | 建設会社「川西木材」経営(上田市) | |
| 会計責任者 | 塩沢壮吉 | ベイクックコーポレーション株式会社 | 100万円 |
| 会計実務責任者 | 川上守俊 | ||
| 会計実務責任者 | 宮沢幸治 | 上田勝手連 | |
| 幹事長 | 茅野俊幸 | 曹洞宗瑞松寺(松本市) | |
| 企画室長 | 吉沢敬太郎 | 無職 | |
| やっしープロジェクト責任者 | 松田隆 | 元電通社員(松本市)鹿児島ラーメン桜島 |
年表
- 2003年 務台俊介・永六輔・峰竜太などの名前がチラホラと浮上
- 2004年 茅野実と仁科恵敏が田中と決別 務台俊介の名が浮上
- 2005年 連合長野が田中と決別 対立候補者擁立の動き進む
- 2006年1月 連合長野・民主党長野県連・自民党・市民団体動く
- 2006年2月 茅野実・河野義行ら動く 猪瀬直樹の名が浮上
- 2006年3月 市川周・セイコーエプソン安川英昭動く 連合長野動き加速
- 2006年4月 務台市川橋本菅谷猪瀬若林などの名が踊り混迷状態
- 2006年5月 若林健太出馬 猪瀬・小林照幸・篠原孝
- 2006年6月 猪瀬・阿部元副知事・羽田雄一郎らの名前が出る中、村井仁が浮上
- 2006年7月 若林立候補断念 村井意外な健闘・急激に支持を集める
事件の経過
8番目の候補〜田中康夫出馬までの経緯
2000年。
長野県経済界の重鎮だった銀行頭取・茅野実が、吉村知事から池田副知事への「権力継承」に反発して対抗馬を探していた。
きりえ作家の柳沢京子など、吉村県政に批判的な改革派の人たちもそれに同調。池田に勝てる候補を探し始めた。
茅野や柳沢らは「これぞ」という人物に次々と声をかけていったが、それぞれ受諾できない事情があり全て断られてしまった。
そこで仕方なく声をかけたのが、松本深志高校出身だという売れない作家の田中康夫だった。
茅野たちが声をかけた人の名前や人数はあきらかではないが、「田中は8番目の候補」というのはそういう事情があっての呼称になる。
- 田中秀征(元新党さきがけ)
- 羽田雄一郎(民主党国会議員)
- 小山峰男(元副知事・民主党国会議員)
- 永六輔
- 堂本暁子
- 峰竜太(元石原軍団)
- ピーコ(おすぎとピーコ)
- 田中康夫
順番は不明。
作家の内田康夫と間違って田中康夫に電話してしまったのだという話もある。
実際、候補者は内田康夫だと思い込んだまま投票所に行った人も多いらしい。
田中秀征氏一本化へ 知事選で県政会
(7月13日)
擁立に手詰まり感
田中知事の不信任を受けて予想される知事選の候補者擁立を巡り、県議会最大会派・県政会の下崎保団長は十二日、
「田中秀征・元経済企画庁長官に粘り強く(出馬を)お願いしていく」
と述べ、県政会として同氏に一本化して要請を行う考えを示した。
「県民の中で待望論が強い」
というのがその理由だが、同氏は十一日に宮下創平・自民党県連会長の要請を固辞したばかり。
擁立は困難との見方が強い中、あえて要請を行うとの方針には、擁立作業の“手詰まり感”もうかがえる。
県政会はこの日役員会を開いた。
下崎団長らによると、出席者から、
「地元で行った県政報告会などで『秀征氏待望論』が強かった」
などとする発言があり、同氏なら無党派層など幅広い支持を得やすいのではないかとの理由から、出馬要請を行うことを決めたという。
下崎団長は役員会後、
「地方から国を変えることが可能になってきた。(田中氏にとっても)改革を実現させるにはこちら(県政)の方が近道だろう。三顧の礼を尽くす」
などと田中氏への期待感を示した。
田中氏の東京都内の事務所では
「(県政に関する)取材はお断りしている」
としている。
県政会やその周辺では、知事選の候補者として、羽田雄一郎・民主党参院議員や県内の市長、県内出身の経営コンサルタントらの名前が上がっているが、いずれも本人の同意や決め手に欠けているのが実情だ。
読売新聞
宣言!
投稿者:清水保幸投稿日:2006/07/15(Sat) 03:18 No.186
遅く成りましたが、今日ここに長野県知事選に向けた宣言を書き込みます。
『宣言』
8月20日告示される長野県知事選に於いて『村井仁』氏を支援致します。
併せて、村井仁氏が当選した場合も、今まで同様、議員としての役割は毅然と果たして参ります。
『総括』
平成15年4月
『議論と対話の地域づくり』をスローガンに県議選に挑みました。
「知事と県議会の対立は、議会にも責任が有る。」私の目には、報道等を通してそう見えていました。
したがって、私の様な人間が県議に成れば旨く行く、そんな思いでした。
しかし、それは私の思い上がりであったという事が、直ぐに判りました。
新人が26人も居り、田中知事支持の方や支持とは言わずとも是々非々の方が殆どでした。
2期以上の方も含めれば35人以上、過半数は反田中ではなかったと思います。
もちろん我が会派も同様でした。
しかしながら、月日が経てば経つほど人が離れて行く。
とうとう、『田中・田中』で選挙を戦った田中清一議員や木内議員までが、1年前には与党会派である「トライアルしなの」から出てしまいました。
共産党さんをどう判断すれば良いか解りませんが、前回選挙は支援であった共産党が、今回は自由投票と成っています。
現在の与党といわれる議員は、たった7人と成ってしまいました。
後援会の幹部も、茅野実さん、柳沢京子さんをはじめ多くの方が離れてしまいました。
職員さんからも、まったく支持(3,6パーセント)されていないのが現状です。
何故なのでしょうか。
個人個人に理由が有るのでしょうが、私の理由を書きます。
政策や手法にも問題は有りますが、それは後程書きます。
まずは、彼の人間としての『ずるさ』が近くに居ると見えてしまうという事です。
彼の口から出る言葉と、現実はあまりに違いました。
田中知事当選当初、彼が重い荷物を抱え県庁までの歩く姿がテレビ画面で映し出され、県民誰もが知事は歩いていると思っていました。
現実は違います。
最初のほんの数週間だけです。
何時だって公用車が迎えに行っていたのです。
迎えに行った事が悪い訳ではないです。
それは、あたりまえの事です。
自分は如何にも何時も歩いていますよという印象を与えておいて、実は違うという事が『ずるい』という事です。
あのくらい騒いだ、泰阜へは結局何日行ったのですか。
通ったのは、ほんの数日だけだと思います。
『黒塗りの公用車は、権威の象徴であり私は乗らない』
カッコいいですよね。
しかし、後に彼のとった行動は、まずはプリウスを購入。
次に、エスティマ。
そして、現在はアルファード。
5年8ヶ月で4台の公用車に乗った事に成ります。
この間、議会の公用車は1台も買い換えておりません。
財政が厳しいといえば、どんな家庭でもそうであろうが車は壊れるまで乗るというのが普通ではないか。
子供の玩具ではあるまいし、3台も買い換えるなどという事が許される筈は無いのです。
田中知事なら仕方ないと思うのか、誰も大きく取り上げません。
仕方ないといえば、当選当初知事室に女性タレントを招いてワインを飲んだ事も有りましたね。
是も仕方ないで終わっています。
更に、私が当選してからも、会期中に東京に行き『女子大生と合コンパーティ』参加。
これもしかたない。
『ガラス張り知事室』
自分の公明正大さをアピールするものであろうが、都合の悪い事や見せたくない時は、3階知事室を使う。
つまり都合の良い情報だけを提供する。
稲荷山養護学校の『木質』から『木造』への変更過程での、材木関係の知事与党議員や木材関係の後援会幹部の子息と話す時は3階知事室。
他にもきっと有るのだと思う。
辞めた、任期付き職員談によると見えないところでは、罵声は浴びせるは、物は投げつけるは、そんな事が頻繁に有ったという事です。
『おはなしパケット号』
業者発注がされデザイン決定後に、横車を押し自分の友人のデザインを無理やり採用させ、業者を泣かせた上、契約額増。
『名刺営業禁止』
禁止しておきながら、この時ばかりは改革の提言を受けていたとして、後援会幹部(田中知事私設秘書)が庁内を闊歩。
結果として、この後援会幹部だった人が、年4億円もの受注をする。
後に、この時の文書を廃棄した事によって百条委員会が開かれる。
こういう現実を目の当たりにして、彼を信頼する事が出来るだろうか。
『公明正大・清廉潔白・しがらみが無い』等を口にする人は、自分自身も他人以上に襟を正さなければ信頼を失うのは当然の事ではないか。
『人事』
1年・半年の人事異動は当たり前、3ヶ月での移動も数多くある。
こんな事で、本当の仕事が出来るはずが無い。
職員の志気も低下するのは当たり前である。
『退職金』
日本一高い退職金を彼は改善しようとしない。
議会議員の報酬を、政務調査費が有るからという理由で、20パーセント引き下げる提案をしたのだが、議会は、政務調査費はあくまでも経費であるという主張から、現状の条例から10パーセント前後の引き下げをし、今まで通り削減を行う事とした。
我々の政務調査費は、日本オンブズマン会議より日本一という名誉ある判断を頂いている。
彼は、議会が否決した事を理由に、まったく退職金に手をつけていない。
自ら下げる事は、特例を使えば簡単に出来る事であるにも拘らず、結果として、彼は6月定例会に提案して来なかったので、丸々5400万円の退職金を手にする事と成る。
これって、ずるくないですか。
議会のせいでは無いでしょう。
『政策』
政策に付いては、一つ一つをここに書く事は難しい。
主なものに絞って書きたい。
「コモンズ」
絆のある地域という事らしい。
しかし、彼に本当に人と人の絆が語れるのでしょうか。
彼にとって、都会の人が田舎に憧れるようなもので、実際に地域の絆というものが、どういう中で築かれて居るのか解っていないのです。
絆は信頼から生まれ、信頼は協同から生まれるのです。
そしてそこには、我慢も有ったり、当然の事ですが協力も有るのです。
彼からは、どれも感じ取れない。
もし彼に、本当に地域の絆を大切にする気持ちが有れば、こんな混乱は起きないであろう。
県庁内や市町村・議会との関係が悪くなる筈は無いのです。
自分の主張に逆らうものは、すべて敵。
人を信じる事が出来ない。
こんな人に「コモンズ」の構築が出来る筈は無いのです。
はっきり言って、壊すだけと言っても良いと思います。
「水平補完」
私も、県と市町村の関係は、そう有って欲しいと思う。
しかし、実際はそうではない。
水平補完とは、お互いに補い合う事ではないか。
県が一方的に行うものではない筈だ。
もし本当の水平補完であるならば、市町村は大変喜ばなくてはならない。
現実には、押し付けと思われているのは何故か。
「コモンズ支援金」
元々有った「地域づくり交付金」や農業関係の地域づくり予算を集めてコモンズ支援金としたが、結果として「県の方向と同じ」として県の言う事を聞く市町村や、もしくは木製ガードレールのように県の施策を押し付けるやり方での配布には疑問を感じて来た。
ネーミングは別にして、この制度が知事のお気に入りの所だけではなく、知事が選定に参加するのではなく、幸平に判断されるのなら良い制度だと思うのだが残念である。
あまりに知事の意向が強すぎる。
「塩漬け用地の販売」
県営工業団地など売れなくて困っている所が有る事は、頭をなやませるところである。
しかしながら、知事に対する献金をしている方の親族に対して、条例を改正して高額な販売額の減額が行われた事には疑問を感じた。
「産業振興」
産業振興の為の助成金を県が出す事には異論が無い。
しかし、これが『知事への献金者』の方が社長であれば気持ちの良いものではない。
「農業政策」
安全安心な農業を目指す。
誠に良い事だと思う。
私は農政部の充実をはかるのだと思った。
しかし、結果は農政部はたった2課(チーム)に成ってしまった。
まったく私とは反対の考え方である。
安全な農産物を作る為に、食品衛生の専門家を充実させたり、環境問題を言うなら、土木部や生活環境部から人員を充実させるか連携を深める。
販路開拓が必要なら、専門員を置くというのが筋ではないか。
農業を環境の立場から考えると言う。
環境だけでは、農業は成り立ちません。
環境に配慮した農業をするというのが本来の考え方ではないかと思う。
この内容は、林務部も同じです。
農業は長野県の基幹産業というにはあまりにお粗末だ。
環境を守るためには、森林整備が重要だと言いながら本当にこの政策で良いのだろうか。
「木製ガードレール」
木製ガードレールが悪いといっている訳ではない。
見た目は奇麗で良いであろう。
しかし、木製ガードレールはブランド品である。
価格は3倍、寿命は2分の1、つまり6倍と成るわけである。
お金が無いという人は、ブランド品は購入しないのではないか。
鉄製のガードレールの修理が出来ていない。
曲がったり、もうガードレールの用を足さない物の放置や錆びて見るに耐えない物が放置されている現状では、まずそちらの修理をするべきであろう。
何の問題の無いものを抜き取ってまでする事業ではないと思う。
木製ガードレールが環境に良くCO2削減に寄与すると言う。
何か勘違いしていないか。
真の循環型社会とは、化石燃料に頼らないという事で、樹が二酸化炭素を吸収し固定化する、固定化した樹をエネルギー(ガス燃料・エタノール燃料・水素製造・ペレット)に変え(燃やす)、大気に二酸化炭素を戻す、その二酸化炭素を樹が吸収する、是を繰り返す事が循環型社会である。
木製ガードレールも寿命が来たときに、バイオマス燃料として利用してはじめてCO2削減に寄与した事に成るのである。
こんな事も解らないで、如何にも知っているかのように、材として樹を使うことが、循環型というのは浅はかである。
県のバイオマスエネルギーに対する取り組みは最低である。
「高校改革プラン」
最悪である。
他県はすでにかなり進んでいる。
それは、魅力有る高校づくりに長い間取り組んで来た結果であり、県民からも理解されている。
長野県は、10数年前に一旦地域高校と言う観点での議論があったのだが、反対運動が起こり、腰が引けてしまい本来しなければならない高校改革議論を怠って来たのである。
それを突然、昨年魅力有る高校作りはさておき、高校再編だけを先行させたのである。
私達も、魅力有る高校についての議論を深める為、単位制・多部制高校の視察も何箇所か行い準備をしておりました。
基本的には、生徒数が減る地域がある事も承知ですし、魅力有る高校作りもしなければ成らないと思っています。
しかし、高校削減だけを捕え、校名をいきなり発表した県教委に対して疑問を感ずる事は当然だと思います。
「もう少し議論をさせて欲しい。」というのが県民の思いではないでしょうか。
先延ばしは、改革が出来なくなるというのが県教委の言い分です。
本当にそうでしょうか。
私が聞いて来た中で、絶対に反対という人を聞いた事が無い。
生徒数が明らかに減る事が解っていて、子供達にとって環境の良い高校を作るということが理解されない筈は無いのです。
まったく、理解をしてもらおうという努力がされて来なかったから、問題が起きたのではないでしょうか。
更に、理由が解らない高校再編までも強引に進めようとすれば問題が起きるのは当たり前です。
本当に理由が正当であり、理解してもらえる努力が有れば必ず理解されるのではないか。
もちろん一部には反対も残るのかもしれないが、県民の皆さんが話し合う事が重要ではないか。
1年という期限を設けて、議論する事がこの問題の解決方法である。
このままの実施は、長野県教育に禍根を残す事は明らかである。
今のままでは、新知事の登場を期待する以外に無いのかも知れない。
まだまだ書きたい事は、山ほど有りますが、是くらいにして置きます。
何れにしても、こんな事が原因で田中知事にはお引取り頂きたいと思っているのです。
3度目の正直、今度は勝てそうな予感がしています。
当分の間、知事選絡みのものには返事が出来なくなると思います。
何か御座いましたら、メールで御願い致します。
最後にもう一度『知事が変わっても、議員としての態度は変らない』
以上宣言をして、当分書き込みを致しません。
次にここに私が書く言葉は『万歳!!』です。
頑張ります。
ご協力を宜しく御願い致します。
『おはなしパケット号』
ya-mana2006年7/17(Mon) 01:33 No.189
最近、県の公用車に禁煙宣言だかなんだかの緑のシールが貼られてますが、あれにも件のデザイナーによるキャラクターが。
あれって、契約関係とかはどうなってるんでしょうか?
『おはなしパケット号』
清水保幸2006年7/17(Mon) 17:00 No.193
以前の私の調査だと使用料は払っていないとの事でした。
でありますが、『おはなしパケット号』をはじめ『コモンズ支援車』と今回のすべての公用車への『空気のきれいな車』は、彼のイメージ戦略のひとつで、コモンズ支援車の時に県幹部より『あの絵を付けて、長野県じゅうを走らせたいんだよ』というのを聞いています。
今回削除された、温泉認定の看板予算1800万円も同様ではないかと思いますが、詳細を承知しておりません。
1800万円すべてが看板ではないですが、多くは認定シールや看板ではないかと思います。
もう一度、著作権料について確認する必要が有るかもしれません。
以前の調査では、無料という事です。
2006.08.01
小沢民主党 代表
ヤフーの掲示板に、小沢民主党代表が田中知事の応援に来るという話題が掲載されました。
ガセねたの可能性もかなりありますが、可能性が全くないとも言えません。
来年、第21回参議院議員選挙が行われるので、自民党と民主党はともに政権をかけ熾烈な争いの幕を開けようとしているのですから、ここで、勢力分布を少しでも広げる必要があります。
国会レベルでは、互いに牽制している2党ですが、長野県を見れば、民主党の半分は田中知事支持派で残り半分は、反知事派と言われています。
連合や労働組合などは田中知事を不支持、村井さんを支援すると表明していますから小沢党首が、連合と決別するつもりなら来訪する可能性も高いでしょう。
民主党が、既存の組織を否定し、浮動票を取り込もうと考えればそれもないことではない。
しかも、小沢氏と田中知事は、田中知事当選直後から親交がありますので、党の代表という立場ではなく友人という形での応援も考えられます。
選挙終盤となり、民主党の動きが今後の長野県政を左右すると言っても過言ではないかもしれないですね。
最終更新日 2006.08.01 20:56:01
理解不能
2006年8月1日 Tue)
本日は長野県選挙管理委員会を訪ねてきました。
ウェブでも結構見られた意見(というか「疑問」)に
<
「何で公党の代表者が『無所属』なの?」
というのがあって、まさに私もその辺が分からなかったので、やはり餅は餅屋で選管に聞くのが一番ではないかと思った次第です。
まず、この疑問の起点になるのが公職選挙法第86条の4、1〜3項。
特に第3項で、ここには
「3 前2項の文書(これは「立候補届け出に際し提出する書類」のことです。)には、公職の候補者となるべき者の氏名、本籍、住所、生年月日、職業及び所属する政党その他の政治団体の名称(2以上の政党その他の政治団体に所属するときは、いずれか一の政党その他の政治団体の名称とし、次項に規定する証明書に係る政党その他の政治団体の名称をいうものとする。)その他政令で定める事項を記載しなければならない。」
とされています。
普通の日本語で考えれば
「記載しなければならない。」
とあれば、それは
「所属政党(政治団体)があればその旨届け出用紙に記載する義務がある。」
と読めるのですが、法律条文というのは一筋縄ではいかないようです。
職員の方の説明によれば第4項
「4 第1項及び第2項の文書には、第86条の8第1項、第87条第1項、第87条の2、第251条の2又は第251条の3の規定により当該選挙において公職の候補者となることができない者でないことを当該公職の候補者となるべき者が誓う旨の宣誓書、所属する政党その他の政治団体の名称を記載する場合にあつては当該記載に関する当該政党その他の政治団体の証明書(参議院選挙区選出議員の候補者については、当該政党その他の政治団体の代表者の証明書)その他政令で定める文書を添えなければならない。」
と添付書類の一つである政党(政治団体)の証明について
「所属する政党その他の政治団体の名称を記載する場合にあつては当該記載に関する当該政党その他の政治団体の証明書」
といっている
「名称を記載する場合にあつては」
という部分の解釈から
「政党に所属していてもそれを記載しなければ証明書の必要がない」
と捉え、3項も
「政党(政治団体)の推薦、証明が必要なければ記載の必要がない。」
と捉えられているようです。
しかし、条文の流れからいけば先に
「記載しなければならない。」
とあり、その後で
「記載する場合には」
となっているのだから、むしろこの部分は
「(前項の規定によって)記載する場合には」
と読んだ方が自然だと思うのですが…。
どうも理解に苦しみます。
この後職員の方が「判例集」を見せて下さったのですが、出かける時間なので残りは後ほど(明日ぐらいだと思います。)。
by 信州ヒグマ
2006.08.02
産経新聞【夏の陣 2006知事選】飯田の合同演説会 舌戦激しく
6日の投開票が迫り、新人で元衆院議員の村井仁氏(69)、現職で3選を目指す田中康夫氏(50)の舌戦も日を追うごとに白熱する知事選。
31日夜には飯田市の飯田文化会館で、両氏が“直接対決”する合同個人演説会が開かれた。
互いに質問をし合うコーナーでは、村井氏は「高校再編問題」と「知事と新党日本代表の兼務」について、田中氏は「村井氏の国家公安委員長時代の治安」と「砂防ダム問題」についてそれぞれ質問。
議論もかみ合い、候補者同士が激しいやり取りを展開した。双方の発言の概略を再現する。
【高校再編】
<
村井「来年4月に実施されるというので県内各地で大変な問題になっている。なぜそこまで急ぐのか」
<
田中「県では中学の卒業生は平成2年をピークに減少。私が知事就任する6年前の、さらに10年も前から問題があったが先送りされてきた。むしろ空白の10年間があったことを反省しなければならない」
<
村井「再編があまりにも性急過ぎて、中学生や親が困惑している」
<
田中「教育委員会は地域に入って地元の人々と議論して今回のプランを出してきている」
<
村井「私が聞いている話とは違う。来春に実施すべきでない」
【国家公安委員長時代の治安】
<
田中「村井さんが国家公安委員長を務められた平成13、14年の刑法犯罪の発生件数はどのくらいあったか」
<
村井「正確に申し上げられない。昭和に比べて平成に入って急増し、14年くらいから少し下降し始めたと思う」
<
田中「発生件数は13年は12年に比べ12%アップし、14年は17%はアップした。そんな中、どのような具体的な対応をされたのか」
<
村井「警察官の増員に取り組んだ。それがきかっけで、今では全国の警察官は2万人余り増えている」
【政党の党首兼務】
<
村井「なぜ政党の党首をやっているのか」
<
田中「本県発の発信を行い、全国の制度や仕組みを変えるために、新党日本を立ち上げた」
<
村井「政党の代表という立場なのに無所属で出馬したことをどう説明するのか」
<
田中「(無所属というのは)県知事選でボランティアらの方と横一線になるということ。逆に(告示)前日に離党することの方が『頭隠して尻隠さず』ではないか」
<
村井「政党と縁を切って無所属で出た。田中さんはあくまで政党党首の立場は同じ。どうしても理解できない」
<
田中「私の方からすれば党籍を離脱したのに、その政党の国会議員の方が応援にたくさん来られていることの方が不思議だ」
<
村井「政党党首というのも大変な仕事。知事としての仕事がなおざりになっているのではないか、というのが私の指摘」
【砂防ダム】
<
田中「知事に就任した際、建設しなければならない砂防ダム7000カ所あると言われた。村井さんはどうやって造るべきと考えるか」
<
村井「優先度をつけて、だんだんとやっていくしかない」
<
田中「仮に年間100カ所作っても70年間かかる。専門家が述べた7000カ所が本当に必要な数だと思うか」
<
村井「専門家の意見は尊重すべき」
<
田中「では、どう財源を調達するのか」
<
村井「それは、やはり可能な限りやっていくとしかいいようがない。田中さんがだいぶお断りになったが、国からの補助金を使えばやってやれないことはないのではないか」
個別政策の対決鮮明に 知事選
2006年8月2日
6日の投開票まで1週間を切った知事選で、村井仁(69)、田中康夫(50)両候補の間で、政策論議が本格化している。
当初は市町村への権限委譲に絞った主張を展開した村井氏も、ここにきて「県政の課題」11項目を公表。
来春実施の高校再編などで「地域住民との話し合いによる合意の尊重」を強調する。
田中氏は、現職の強みを生かし、数値を交えて6年間の実績を訴え、村井氏の主張を「抽象的だ」と批判する作戦だ。
(久保智、五十嵐大介)●11の「県政課題」
31日夜に飯田市で開かれた合同個人演説会。村井氏は、県民の声を聞く過程で浮かんだという「11項目の主要県政課題」を公表した。
田中県政で論議を呼んだ施策を意識した「課題」が並ぶ。とくに高校再編は、地域の合意がない統廃合を「白紙に戻して再検討」と踏み込んだ。
治水・利水対策は、「脱ダム宣言」に固執すれば流域住民の安全を確保できないとの反田中派の主張に沿って「安全で実現性のある対策を住民と再検討」するとした。
高齢者福祉や子育て支援、農山村づくりなど、田中県政が力を入れてきた政策分野にも触れている。
●「具体策」追及
田中氏は詳細な数字を並べて、6年間の実績を強調する。とりわけ財政再建では
「923億円の借金を減少させ、地方交付税が580億円減るなか、県税収入は139億円増えた」
と訴える。
こうした戦略は、6月末に急きょ出馬を表明し、準備期間が短かった村井氏との「実績」の違いを際だたせる狙いがあるとみられる。
「村井さんの答えは抽象的。具体的に聴きたい」。同日の演説会でも田中氏は、村井氏が国家公安委員長だった当時の全国の刑法犯認知件数を問いただし、答えに詰まらせた。県政の課題でも、防災対策などについて村井氏に具体策を問うなど攻め立てた。
田中氏は、在宅介護をする家庭に県独自でヘルパーを派遣し、介護者の負担を減らすという具体策を、「福祉・教育の充実」という訴えに盛り込んでいる。
●「子育て」問う母親
両候補の具体的政策を問う動きは有権者にも出ている。
子育てに追われる長野市の宇敷香津美さん(28)らのグループは、「お産・子育て」などに関する両候補へのアンケートを試みた。
村井氏は
「少子化問題に特効薬はない。それぞれの問題にかかわってきた方々の知恵を借り、取り組む」
などと回答。
田中氏は30人規模学級や、県立こども病院での一般診療開始などの施策を説明し、
「最善の方法は何かを(市民と)ともに考えたい」
と答えた。
宇敷さんは
「暮らしと直接関係するところで、どう変わるのかが見えないと、これからの4年を託せない」
と話す。
知事選 県議も追い込み
村井氏、田中氏にそれぞれ加勢
写真:寺島義幸県議(右)と握手する村井氏(佐久市内で)
写真:田中氏が支持者にもらったてるてる坊主を眺める宮川県議(左)と北山早苗県議(右)
今回の知事選は、不信任決議を突き付け、出直し選となった前回に比べ、県議(58人)の動きが活発化している。
前回は知事と対立する県議が候補のイメージダウンを懸念して表に出ることをためらっていたが、今回は元防災相・村井仁氏(69)を推す動きが強まっている。
一方、現職・田中康夫氏(50)側も、「知事与党」の会派が積極的に支持を呼びかけている。
■ 村井氏 ■
村井氏陣営では、現県政に批判的な県議が前面に出て応援する。
程度に差はあるが、約8割が支持に回ったとされ、あいさつ回りの案内や、個人演説会の開催などに奔走している。
佐久市総合体育館前で2日に開かれた村井氏の街頭演説に、佐久地域の県議5人が顔をそろえた。
村井氏らが演説した後、5人は選挙カーの前に整列して聴衆に手を振り、支持を呼びかけた。
県議が懸命になる背景には「今度負けると、県民の支持が県議会から離れてしまう」(高見沢敏光氏=志昂会)という危機感がある。陣営関係者も「県議が一生懸命にやると、我々もやらざるを得ない」と相乗効果を指摘する。同体育館前での街頭演説には約800人が集まり、柳田清二氏(県民クラブ・公明)は「努力以上に人が集まっている」と手応えを語った。
■ 田中氏 ■
「組織の人よりみんなの人。田中康夫をよろしくお願いします」。
松本市の個人演説会で、地元県議の田口哲男氏(県民協働・無所属ネット)は声を張り上げた。
田中氏の選挙戦を側面支援するのは、知事与党とされる「あおぞら」「トライアルしなの」を中心とした“親田中”県議7人だ。
遊説に随行したり、各地で行う個人演説会の設営や支持者への声掛けに駆け回ったりしている。
もともと後援会「しなやかな信州をはぐくむ会」の会員だった者が多く、「勝手連の動きもよく知っているし、私たちがやらなきゃ、という意識が強い」(宮川速雄氏)という。
7月31日には、共産党県委員会も田中氏を全面応援すると表明した。これに伴い、同党県議団の6人も「網の目のように県政報告会を開いて」(石坂千穂氏)、支援を加速させている。
2006年8月3日
読売新聞
2006年8月4日
村井氏を支援する女性のグループが活発に活動
今度の長野県知事選では女性票の行方が大きなポイントだ。女性票は重要な割りに見過ごされている。世の中半分は女性なのだ。
田中さんに長野県政は任せておけない─と長野市の女性グループが知事選の告示直前ごろから活発に活動している。
田中康夫氏は女性に人気だとの評があるが、それも崩れつつある。
長野市の東後町に「あたらしい知事をつくる女性の会」が事務所をオープンしている。北野文芸座の斜め前だ。
7月30日に長野市バス会館で「スペシャルオリンピックス長野大会」で名誉理事長を務めた細川護熙元首相夫人の細川佳代子さんを熊本から招いて、村井仁氏支援の講演会を行っている。この講演会は第二部で、県立子ども病院(安曇野市)の一般診療受入の田中知事の方針に反発して、今年3月同病院長を辞職した石曽根新八氏も招いて交えてタウンミーティングも行っている。
細川さんは、南信地方で田中氏を支持する女性票が強いと聞くと、予定を変更して同地方を回ることにしたという。政治家の妻の闘争心に火がついてしまったようなのだ。
細川さんは、雑誌「世界」8月号で浅野史郎元宮城県知事と「スペシャルオリンピックス」について9ページわたって対談しているが、
http://www.iwanami.co.jp/sekai/index.html
その中に「田中知事」の文字は一度も出てこなかった。
本来なら田中知事に感謝し、支援する立場だろうが、「スペシャルオリンピックス」はトラブル続出、とても支援する気持ちにならなかったということだろう。
子ども病院の一般診療受入については医療関係者と思われるブログでこのように書かれている。
ssd's Diaryhttp://ssd.dyndns.info/Diary/archives/2006/03/post_71.html
田中康夫をヒトラーに喩えるのは不謹慎だと言われる方もいるかもしれません。
(たしかに田中康夫がワイマール共和国に生まれついたとしても、ヒトラーの様な「偉業」を成し遂げることなどできはしないのは確かです)
しかし、高度小児救命センターを1次診療に使おうなんて馬鹿な発想はヒトラー級の妄想と言って過言ではありません。
長野県も医師不足で大変だとは聞きます。しかし貧すれば鈍するというか、このアフォさ加減では医師不足は拍車がかかることはあっても改善されることはないでしょう。
7月29日夕方には、高橋はるみ北海道知事が小諸市で村井氏の応援演説をした後、同会事務所を表敬訪問している。
同会は、もし村井氏が当選した場合、あたらしい知事をチェックしていく─としている。
Posted by tuigekiat 12:22
2006年8月5日
すべてのチラシを配りつくして
選挙戦も今日が最終日。チラシを1枚たりとも残さずに配らなくてはと早朝からポスティング。早起きして庭にいる皆さんに声かけ。
「やっぱり福祉、医療を一生懸命やってくれる人でないと」
との声。
9時から今井区戦没者慰霊祭。奥さんに託して市県民税の値上げで悲鳴を上げている皆さんの新聞投稿の声を集めたものを資料に下さる。
お電話すると
「自民党政治はなんとしても変えないと。M氏は自民党そのもの。頑張ってくれ」
と。
夕方東京で1人暮らしをしている娘が投票のために帰ってきました。20才になって始めての投票。
政治を変えるのは一人一人の意志。ムダにしたくないという気持ちが嬉しい。往復の交通費は出してあげることに。
最終更新日 2006年8月6日 00時04分19秒
共産党 毛利栄子のかけある記
知事選で自主投票「県民に申し訳ない」
[9月14日(木)]
民主党県連の羽田孜代表は先月の知事選を振り返り、独自候補を擁立できず自主投票となったことについて「県民に申し訳ない」と述べました。
常任幹事会であいさつした羽田代表は開口一番、知事選に触れ「県民の皆さまに党の思いを選択肢として示すことができず、申し訳ない」と述べました。
知事選で民主党県連は当初、羽田雄一郎参議院議員の擁立を目指しましたが断念し、結局、自主投票としました。
村井新県政に対して羽田代表は「これまでの前進面を逆戻りさせないよう県連としても対応したい」と述べました。
また、来年夏の参議院選挙について北沢俊美幹事長は、新党日本代表の田中前知事が長野3区から出馬する可能性をにらんで「怠りのないようにしたい」とけん制しました。
ABN長野朝日放送
候補擁立不調「申し訳ない」
知事選で羽田孜・民主県連代表
羽田孜・民主党県連代表は14日、県連で開いた常任幹事会で、今夏の知事選について
「県民の皆さんに(県連が)選択肢を示せなかったことは申し訳ない」
と述べ、県連が独自候補を擁立できなかったことに謝意を示した。
県連は羽田雄一郎参院議員の擁立を模索したが、自民、民主両党の統一候補とならず断念、最終的には自主投票を選択した。
一方、北沢俊美幹事長は、来春の県議選に約10人の同党公認の新人候補擁立を検討していることを明らかにした。
また、来夏の参院選に前知事の田中康夫氏が長野選挙区から出馬する可能性があるとして、
「田中氏が出たら厳しい選挙になる。公認候補である羽田雄一郎氏の支援を怠りなくやりたい」
と述べた。
2006年9月15日
読売新聞
SBC信越放送民主党県連羽田代表・知事選候補見送りで「県民に申し訳ない」
14日18時07分
民主党県連の羽田孜代表は、長野市で開いた常任幹事会で、知事選で候補者の擁立を見送ったことについて、
「結果として申し訳なかった」
と述べました。
民主党県連はきょう、所属する国会議員や支持団体の幹部などが集まる常任幹事会を長野市で開きました。
この中で羽田代表は、県知事選挙について、
「党の独自候補の擁立に向けて努力したが、最終的に県民に選択肢を示すことが出来ず申し訳ない」
と述べました。
また、この後の会見で、北沢俊美幹事長は、村井県政に対して、
「一定の評価をする」
とした上で、県連として
「県政を後戻りさせない」
という村井知事の姿勢を
「サポートしていく」
と述べました。
阿部 元副知事に聞く
2006年9月25日
総務省のキャリア官僚、阿部守一さんが長野県に赴任したのは40歳のとき。
「長野に骨を埋める覚悟はできている」
と宣言し、3年半にわたり田中康夫前知事のもとで改革に取り組んだ。
しかし、徐々に意見の違いが表面化し、失意のうちに県庁を去る。
今でも長野のために役に立てれば、と考えているという阿部さんに、田中県政の評価と村井県政の課題について聞いた。
<
――知事選の結果をどう受け止めましたか
<
長野県は3回、「アンチ誰それ」という枠組みで不幸な選挙を強いられた気がする。00年は以前の県政に対する「アンチ」、02年は「アンチ県議会」。今回は「アンチ田中」だった。
たくさんの借金を背負った県の先行きが大変そうだと、みんな分かっている。県の将来像についての政策論議が足りなかったのではないか。
<
――阿部さんの出馬を期待する声もありました
<
大変、ありがたいこと。長野県のために役に立てればという気持ちは今も持ち続けている。
<
――田中県政で何を学びましたか
<
「県民と一緒に世の中を変えていこう」という田中さんの掲げる理想は、話で聞く限りにおいては非の打ちどころがない。信頼して任せてもらえれば、意欲に燃えた職員の手でかなりのことができたはずだという思いがある。だが、そうはならなかった。泰阜村への住民票移転問題の対応など後ろ向きな仕事が増えて、職員は疲弊した。組織内での信頼・信用の関係も失われた。
一方で、確かに田中さんはやりすぎが多かったが、既成の概念にとらわれがちな我々職員にも「行政としてここまでやってもよいのだ」という気づきがあった。
田中県政の存在意義はあったと思う。負の側面が多かったとはいえ、よかった点の検証も必要で、「何も残らなかった」ということになるのが県民にとって一番、不幸だろう。
<
――村井知事は選挙中、「元の県政に戻すことはない」と公約しましたが、当選後に「後戻りが何を意味するのかよく分からない」と発言しています
<
確かに「戻したかどうか」を検証するための尺度が希薄だ。
その原因の一つは田中さんが、改革を着実に実行するためのプログラムをつくらなかったことにある。宇沢弘文・東大名誉教授や神野直彦・東大教授の協力を得て、「未来への提言〜コモンズからはじまる信州ルネッサンス革命」という中長期のビジョンはまとめた。しかし、それを実行していく計画は、最後までつくらなかった。
<
――なぜだったと思いますか
<
自分がつくったものによっても、自分が縛られるのは嫌だったのか……。良くも悪くも「朝令暮改」を繰り返したから、職員もついていけなかったし、結果的に後戻りさせてしまう可能性を残してしまった。
田中さんは改革の方向性や具体策を体系化、明文化しなかったから、何をどう変えようとしたのか、わかりにくくなってしまった。
「対話」が不十分だったことも「戻る」可能性が大きくなった原因だ。多少時間がかかっても、多くの人の理解・納得を得た方が、改革は定着し、持続可能な本物になったと思う。
<
――村井知事は「田中県政は国の補助金をけっ飛ばしてきた」として、国の補助事業を増やして景気を刺激するとしています
<
「もらえる補助金は使わないと損」という発想だとすれば、いつまでたっても本当の地方分権はできない。
03年6月に、田中さんと一緒に「三位一体の改革に関する緊急提言」を国に提出した。その際に、全国に先駆けて「廃止すべき補助金」のリストをつけた。もちろん、税源移譲が前提だが、県庁内では「もらえる補助金ももらえなくなる」として抵抗感が強かった。
自治体は、本当は800万円ですむ事業だとしても、「1千万円の仕事をして500万円の補助金をもらった方が持ち出しが少ない」という発想をしがちだ。国からの補助金も元は我々が納めた税金だ。補助金などない方が、地方は効率的で良い施策ができる場合が多い。
<
――今後の長野県政が「元に戻らない」ために、何が必要と思いますか
<
県民が観客になってしまうことなく、行政に対して発言・行動していくことだ。副知事時代、県政改革には、県民サイドからの県政のモニタリング・評価や具体的な提案が不可欠であると痛感した。こうした活動に、私も協力したいと思う。
60年、東京都生まれ。
東大法学部卒業後、84年に自治省(現・総務省)入省。
山口、岩手、神奈川、愛媛県などの勤務を経て、01年1月に長野県企画局長に就任。
同年10月に副知事。
田中知事が県議会の不信任を受けて失職した間には、知事職務代理者も務めた。
04年7月、副知事を退職。
現在、全国市町村職員共済組合連合会総括審議役兼財務部長。
朝日新聞
06年 長野県知事選の裏側 ─ 1 フィクサーなき知事選 猪瀬氏とは2年前から接触
フィクサーなき知事選
田中ではダメだろう─という猪瀬氏とは2年前から接触
これから数回にわたって私が見た知事選の裏側を書いてみたい。
知事選を仕切ったフィクサーは誰か?という疑問を多くの人が持つと思う。そういう質問を私もしばしば受けた。答えは、そういう人はいなかった─だ。
知事候補選びの迷走振りを見てもらえばそれはわかるはずだ。
強いて言えば、石田治一郎県議が軸になったとは言えるが、いろんな人が入り乱れてそれぞれ勝手なことをやっていたように思う。
石田県議にしても、表に出てはいけない─と周囲が言い、本人も「そうだな」と言っていたのだが、結局、裏に表にいろんな場面に顔を出していた。
これは県政に対する石田県議の責任感からなのだと思う。
期日が迫り、事態が切迫すればするほど石田県議の出番は多くなっていった。
最終的に村井仁氏に決まったのも石田県議の動きがあったからだといっていい。
村井氏は早い時期に一度は断ったものの、最終局面で、
「あんたしかいない、頼むから出てくれ」
と石田県議に言われて決断したようだ。
フィクサーはいなかったがキーマンは何人もいた。しかし、仕切るだけの力が足りない人たちばかりだった。だから混乱したわけだ。
最初に表立った行動に出たのは永田恒治弁護士グループだ。
議会が表に出ると世論の批判を浴びるので、市民派の同グループが表に出るのがいいだろうということでそうなった。
これは誰かが図ったものではなく、衆目の一致するところで自然とそうなっただけだ。議会の中でもそれを望む声が強かった。
永田さんは最初、
「地元に根を張った地味でもしっかりした人物がいい」
などと言っていたが、
「じゃー、それは誰ですか?具体的に名を挙げてください」
と言うとウーンとなって返事がない。
選挙は具体的な名前を書いて投票箱に入れなければならない。理想論を言っていると負けだ。
田中康夫を上回る知名度のある人物がいい
─ということで有力視されたのが猪瀬直樹氏だが、猪瀬氏は前回02年知事選のとき複数の県議グループが出馬打診に行ったがこれを断っている。
だから、今回も出馬しないのではないかと大方の人は思っていた。
私もそう思っていた一人だが、04年の秋ごろある県議が
「猪瀬さんはもしかしたら出るかもしれないよ」
というので、ダメ元でメールを送ってその後猪瀬事務所に電話してみた。
最初、夕方電話したのだが、電話に出た女性スタッフが
「そういう話なら落ち着いて話したいからもっと遅い時間に掛けなおしてくれ」
という猪瀬氏の伝言を伝えてきた。
私にとって意外な反応で、これはやる気があるな、と思った。
夜が待ち遠しく、猪瀬事務所に電話すると、さっきの女性スタッフのあとに、猪瀬氏が電話に出た。
開口一番、
「あぁ、あなたのメルマガ読みました。あなたが書いている通りです。田中康夫ではダメでしょう」
と言うのだ。内心小躍りした。これで田中康夫に勝てる目算が付いた─と思ったのだ。
これが約2年前のことだ。
猪瀬氏が出れば圧勝だろうが、猪瀬氏が出ることを直前まで田中康夫や世間に覚られてはならないと思い、このことはひた隠しにした。
それからたびたび東京・麻布の猪瀬事務所に行って長野県の情勢をレクチャーした。
猪瀬氏は「田中康夫がダメなのは分かっているが、長野県でどういうことをやっているかよく分からない。
批判するには田中康夫のやっていることを知らなくては批判はできないので、その辺をよく教えてほしい」というのだ。
その当時、猪瀬氏は道路公団民営化委員で多忙を極めていた。
猪瀬事務所に行って話をしている最中にもいろんなところから電話が入ったり、雑誌のゲラのチェックなどをしていた。
私が面談している最中にも次の面会予定者が来て別室で待っているような状態だった。
これがその当時の猪瀬氏の名刺だ。
猪瀬氏は名刺交換の際、2枚の名刺を渡す。一枚は普通の名刺だが、もう一枚は自身で出しているメルマガ「日本国の研究」編集長のものだ。
この名刺の裏には配信申し込み方法が書いてある。
私も真似して自分の名刺の裏にメルマガ登録方法を書いたこともあったが、面倒くさくなって今はやっていない。
その名刺を見たメルマガを出している某県議も、おっ、これいいな俺もやってみるかな─と言っていたが実行したかどうかは定かではない。
続きは次回に─。随時連載という形になると思います。
こういったことを知りたい、書いてほしい─ということがあったらメールかコメントでお知らせください。それを参考にしたいと思います。
ただし、ご要望に応じられない場合もあります。
取材というのは相手との信頼関係の上に成り立っています。
大きな目で見て、世の中の役に立つだろうという前提のもとに取材に応じていただいているわけですから、その前提や信頼関係を壊すようなことはよほどのことがない限りできません。
メディアというのは大きくなるほどホンネが出にくくなります。追撃コラムはネットで公開されていて、読者はそれほど多くありません。
ちょうどいい大きさで、ホンネが書きやすいともいえます。正確な読者数はわかりませんが、数千から一万前後ではないかと思います。
議会関係者や県職員、それにマスコミ関係者などが多いのが特徴です。
長野県政に関心が高い方にピンポイントで情報を提供しているわけですから、数は少ないですが長野県政への影響力はかなり大きなものがあるといえます。
また、私はコラム誌上だけでなく、議会関係者や県職員にも直に意見を言っています。
どれがそうとは言えませんが、実際の県政運営に明るく暗躍しているのは事実です。
Posted by tuigekiat 16:07
衆院長野2区、自民が務台氏擁立へ
2008/7月1日(火)
自民党県連(小坂憲次会長)は30日、次期衆院選の県内小選挙区で、唯一立候補予定者が未定だった2区に、総務省の外郭団体・自治体国際化協会ロンドン事務所長の務台俊介氏(51)=安曇野市出身=を擁立する方針を固めた。
7月16日に総務会・選挙対策委員会・職域支部長合同会議を開いて務台氏を2区支部長に決め、党本部に申請する予定だ。
務台氏は松本深志高、東大を経て旧自治省(現総務省)に入省。総務省調整課長、大臣官房参事官などを経て現職。
7月中にも同協会を退職するとみられる。
同氏は取材に
「正式には聞いていないが、地元に擁立の声があることはありがたく受け止めている」
としている。
2区の人選をめぐっては、県連のブロック代表者会議が昨年12月、対応を小坂会長に一任。
小坂氏は6月の県連大会後の会見で
「人選は最終段階にある」
としていた。
6月下旬には2区内の自民党県議と他会派の一部県議が長野市内で会合を開き、務台氏支援を確認するなど、擁立に向けた動きが強まっていた。
2区は現時点で、民主党現職の下条みつ氏(52)、共産党新人の岸野正明氏(41)が立候補を予定している。
衆院長野2区に総務官僚・務台氏を擁立 自民県連が方針
2008.7.2 02:50
自民党長野県連(小坂憲次会長)が次期衆院選の長野2区の候補者に自治体国際化協会ロンドン事務所長で、元総務省大臣官房参事官の務台俊介氏(51)を擁立する方針を固めたことが1日、分かった。
県連幹部によると、務台氏は7月中にも退職し、出馬の準備を進めるという。
務台氏は、平成18年の長野県知事選の候補者として名前が挙がったが、出馬を見送っていた。
2区には、民主党の現職の下条みつ氏(52)、共産党の新人、岸野正明氏(41)が立候補を予定している。
産経新聞
選挙:衆院選・長野2区 務台氏擁立、自民県連に要請−−松本の市民団体 /長野
松本市内の住民らでつくる市民団体「新長野県政連絡協議会」(代表・永田恒治弁護士)は2日、長野市の自民党長野県連を訪れ、次期衆院選長野2区に総務省外郭団体勤務の務台俊介氏(51)を擁立するよう要請した。
同団体は、06年の知事選でも務台氏に出馬を要請した経緯がある。
永田代表は
「務台氏は見識があり、国政の場でも堂々と(政策を)展開できる。党派を超えた優れた人物の擁立をお願いしたい」
と述べた。
これに対し石田治一郎県連幹事長は
「私どもも務台さんと会い、大変な意気込みを感じている」
と強調。
「2区は国へのパイプを欠いており、打って付けの候補だ。皆さんの要請に心強く思う」
と述べ、近く県連として正式決定する方針を伝えた。
【神崎修一】 毎日新聞2008年7月3日
選挙:衆院選・長野2区 松本の市民団体、務台氏に出馬要請 /長野
松本地域の住民や市議らでつくる市民団体「新長野県政連絡協議会」(代表・永田恒治弁護士)は26日、総務省外郭団体勤務の務台俊介氏(52)に次期衆院選長野2区から立候補するよう直接要請した。
務台氏は
「できるだけ早い時期に決断したい」
と述べ、前向きな姿勢を見せた。
松本市内のホテルで開かれた会合には30人が出席。
永田代表は
「ぜひ国政の場で活躍してほしい」
と述べた。
務台氏は自治体国際化協会ロンドン事務所長などを歴任。15日に帰国した。現在は東京都内の同協会で審議役として勤務している。
【光田宗義】 毎日新聞2008年7月27日
務台氏が週内にも出馬表明へ
次期衆院選の県内小選挙区で、自民党県連が2区に擁立する方針を固めた総務官僚の務台俊介氏(52)=現自治体国際化協会審議役、安曇野市出身=が、近く総務省を退職し、週内にも正式に出馬表明することが28日分かった。
複数の県連関係者が明らかにした。
県連は8月3日に総務会・選挙対策委員会・職域支部長合同会議を開き、擁立を正式決定する方針だ。
7月29日(火)
務台氏、2区出馬へ
2008年07月31日
次期衆院選について、総務省の外郭団体・自治体国際化協会審議役の務台俊介氏(52)=安曇野市出身=が、長野2区から立候補する意思を固めた。
8月1日に松本市のホテルで記者会見を開いて表明する。自民党県連も同3日、長野市で会議を開いて正式に擁立を決める。自民党公認になる見通しだ。
務台氏は30日、朝日新聞の取材に対し、
「地元で生まれ育った者として、(擁立されるのは)名誉なこと。気持ちは前向きです」
と意欲を語った。
務台氏は総務省出身。今月中旬まで自治体国際化協会ロンドン事務所長を務めていた。
5月中旬にロンドンから一時帰国した際には、県内で同党の石田治一郎・県連幹事長や地元関係者らに立候補の意欲を伝えていた。
同協会は8月1日付で退職する予定だ。
長野2区にはほかに、民主党現職の下条みつ氏(52)と共産党新顔の岸野正明氏(41)が立候補を予定している。
朝日新聞
SBCニュース元総務省の務台俊介氏、衆院2区から立候補表明
(01日18時38分)
総務省の元官僚で安曇野市出身の務台俊介さんが、次の衆議院議員選挙長野2区に自民党から立候補することを正式に表明しました。
務台さんはきょう午前総務省を退職し、先ほど松本市内のホテルで立候補表明の会見を行い、
地方自治に長年関わった経験から地方の活性化を目指したい
と決意を語りました。
務台さんは近く空席だった2区の自民党支部長に就任し、党本部に公認申請する予定です。
務台さんは安曇野市出身の52歳、自治省総務省などを経て、先月まで総務省の外郭団体の自治体国際化協会ロンドン事務所長を務めていました。
長野2区では民主党現職の下条みつさんと、共産党新人の岸野正明さんの2人が立候補の意向を表明しています。
選挙:衆院選 務台氏が2区から出馬表明 /長野
自民党県連が次期衆院選長野2区での擁立方針を固めていた元総務省外郭団体勤務、務台俊介氏(52)は1日、松本市内で記者会見し
「故郷への思いが募り、微力ながら力を尽くそうと決意した」
と述べ、正式に立候補する考えを表明した。
務台氏は
「市場経済でセーフティーネットを張り巡らせ、地域を元気にする政策を打ち出したい」
と語った。
【光田宗義】 毎日新聞2008年8月2日
務台氏が出馬表明 長野2区
2008.8.2 03:36
次期衆院選で自民党県連が長野2区で擁立の方針を固めていた安曇野市出身の務台俊介氏(52)が1日、総務省を退職し、松本市内のホテルで正式に出馬を表明した。
務台氏は会見で
「大都市の住民の考えが国政に反映され、地方や農山村の声が届きにくくなっている」
と指摘。
出馬にあたり、
「地域の声を聞いて、何ができるかを整理していきたい」
と抱負を語った。
務台氏は、昭和55年、旧自治省入省。
茨城県総務部長、消防庁防災課長、大臣官房参事官などを務め、直近は自治体国際化協会ロンドン事務所長に就いていた。
平成18年の長野県知事選でも候補者として名前が挙がったが、出馬を見送っていた。
2区には、民主党の現職、下条みつ氏(52)と共産党の新人、岸野正明氏(41)が立候補を予定している。
産経新聞
衆院長野2区 務台氏が立候補を表明
8月2日(土)
安曇野市出身で元総務省大臣官房参事官の務台俊介氏(52)は1日、松本市内で記者会見し、次期衆院選の長野2区に自民党公認で立候補することを表明した。
務台氏は会見で、地方自治体の財政難や県内企業の経営危機などを挙げ、
「地域経済が落ち込む状況を目の当たりにし、心配した。微力ながら地域のために尽くす機会が与えられるのなら、何とか頑張りたい」
と立候補の動機を説明した。
務台氏は松本深志高、東大卒。旧自治省に入省し、消防庁防災課長、総務省調整課長などを経て昨年、財団法人の自治体国際化協会に出向し、ロンドン事務所長を務めた。
1日付で同省を退職。近く住所を都内から実家のある安曇野市豊科に移す。
自民党県連は3日に総務会・選対委員会・職域支部長合同会議を開き、務台氏を2区支部長に選任する予定。
同党は県内の5小選挙区すべてで立候補予定者が固まった。
2区は現時点で、3期目を目指す民主党現職の下条みつ氏(52)と、共産党新人の岸野正明氏(41)が立候補を予定しているほか、社民党も擁立を模索している。